多摩爺の「時のつれづれ(皐月の45)」
御用だ! 神妙にせい。
ちょっと驚くような、ビッグニュースが飛び込んできた。
週明けの20日、国際刑事裁判所(ICC)の主任検察官が、パレスチナ自治区ガザでの戦闘を巡り、
戦争犯罪と人道に関する犯罪の疑いで、イスラエルの首相と国防相のほか、
イスラム過激派ハマスの幹部3名に対し・・・ 逮捕状を請求したと発表したのだ。
何百年も昔に遡るような、歴史的な背景はさておき、
昨年の10月、突如として攻撃を仕掛け、
イスラエルに住む、多くの民間人を殺害し拉致したのは、紛れもなくハマスであり、
今回の戦いも・・・ そこから始まった。
然は然り乍ら(さはさりながら)・・・ 直後にイスラエルが行った反撃は、
明らかに過剰というか、度を超えて過剰すぎる反撃だった。
毎日のように報道されるニュースを見る限り、いかなる理由があったとしても、
民間人を巻き添えにした無差別な殺戮であり、非道の極みといっても過言ではないだろう。
逮捕状を請求した主任検察官は、イスラエルについては「国民を守るために行動する権利はあるが、
その権利は国際人道法を遵守する義務を免除するものではない。」と前置きしたうえで、
イスラエルが行ったとされる人道に対する罪は・・・ 食料、水、医薬品、エネルギーなどの、
人間の生存に不可欠な物資を組織的に奪っており、その証拠があるとしている。
さらに返す刀でハマスについては、昨年10月のイスラエルへの襲撃で、
民間人を殺害したり、人質を取ったことは、
戦争犯罪に値する責任があると、信じるに足る理由があるとして、
イスラエルとハマスの双方に・・・ 「御用だ! 神妙にしろっ!」と、啖呵を切ったのである。
逮捕状を請求された・・・ イスラエルは、
先に殺戮を行ったハマスと比較されたことに、嫌悪感を抱くと批判するとともに、
イスラエル国民を虐殺し、レイプし、誘拐したハマスと、
正義のために戦っているイスラエル軍兵士は、比較するに値しないとしている。
一方でハマスは・・・ 「被害者と加害者を同一視するものだ。」と非難して、
逮捕状の請求について、取り消しを求めた。
イスラエルの後ろ盾にあるアメリカは、逮捕状の請求を言語道断だと批判し、
イスラエルとハマスの行為に同等性はないと一蹴し、改めてイスラエル支持を表明した。
さらに、イギリスの報道官は・・・ 逮捕状の請求は、
戦闘の停止、人質の救出、人道援助に寄与しないと述べるとともに、
ICCには逮捕状を請求する権限がないと語っている。
イスラエルの言い分も、ハマスの言い分も、アメリカやイギリスの言い分も、
その立場に立ってフォーカスすれば、ある意味分からんではないが、
多くの民間人の生命を奪い、多くの犠牲を出したことを踏まえれば・・・ 政治は結果責任だから、
結果として責任者の判断に、責任がともなうのは必然で、主任検察官の考えに異論はない。
個人的な思いを、ひらたく言えば、
武器を持たない多くの民間人を巻き添えにし、死に至らしめておきながら、
戦争に勝ったから、責任はないなんてことになったら・・・ やったもん勝ちである。
やったもん勝ちと言うことになれば、強力な武力を持った国には逆らえないことになり、
戦争犯罪そのものが成立しないことになるが・・・ それで良いのだろうか?
だからこそ・・・ ICCという法廷があると思うので、
まずはICCを支持して、戦いの場を戦場から法廷に移すことに注力すべきではなかろうか?
ただ・・・ イスラエルは、ICCに加盟してないが、
パレスチナは国ではなく地域という扱いだが、9年前の2015年にICCへの加盟が承認され、
前年に遡って捜査権限を与えると、ICCへの宣言を行っており、
実質的に10年前のガザ紛争から・・・ 戦争犯罪捜査について、ICCに委ねている。
イスラエルや、イスラエルを支援する・・・ アメリカやイギリスのサイドからみれば、
ICCの逮捕状請求は想定外であり、全くもって寝耳に水だったかもしれないが、
パレスチナのサイドから見れば、相討ちであって不本意ではあるが、弱者が一矢を報いている。
あり得ないことだと思うが、もしもハマスが自主的にICCに投降すれば、
今後の歴史が一変すると思うが・・・ 如何なものだろうか?
世界はこの地域での戦禍に対しては・・・ パレスチナに同情的だが、
領土問題に関しては、基本的に見て見ぬふりしている。
だからこそ、そういった状況を一変させるような、逮捕状の請求であってほしいと願ってやまない。
それにつけても・・・ イスラエル(ユダヤ人)と、パレスチナ(アラブ人)に暮らす人々は、
なぜに互いを認めることができないのだろうか?
つらつら考えてみると・・・ あくまでも個人的な思いであり、
ひょっとしたら、大変な勘違いかもしれないが、
遠い遠い、遙か昔の歴史を含めて・・・ 互いの民族が、異教徒だというところに辿りつく。
表向きは領土問題だと思うが、その背景にあって思考と行動の基になっているのは、
各々が信ずる宗教が影響していると思うが・・・ 如何なものだろうか?
そもそも両民族が信じ、日々真面目に祈りを捧げている宗教は違うかもしれないが、
人を救い、人を幸せに導くという一点では、基本的に一致しているはずであり、
考え方と行動が、教典(聖典かも?)に説かれているはずだが、
なにをとち狂ったのか、双方の聖職者は・・・ 勘違いした解釈を説いてないだろうか?
古より双方が信じる・・・ 各々の宗教が、
いまこのとき、宗教ではなくなってしまい、宗狂になってないだろうか?
駄洒落を云うような事態でないのは、十分に承知しているが、
いまこそ聖職者による、勇気のあるメッセージと行動に期待したいと願ってやまない。
ここまで記してきて、本音の部分を吐露するというのもなんだが、
国際刑事裁判所(ICC)という機関の実行力には、力不足的なところがあって、
残念ながら、期待通りに進まないだろうというジレンマが・・・ ないわけでもない。
とはいうものの・・・ 逮捕状について、レッテル貼りという表現が、適切かどうかは別にして、
レッテル貼り以上の働きをして、成果を出すことが困難であったとしても、
ICCがあるということの意義は、途轍もなく大きく、
その仕事ぶりに頼りにしたいとの思いは、存在意義を遙かに凌駕しているのではなかろうか?
この先どうなるのか分からないし、双方ともに神妙にお縄を頂戴するとは思わないものの、
まずは戦いの場を、戦場から法廷に移すことに尽力すべきではなかろうか?
そういった視点に立ってもの申すとすれば、今回の逮捕状の請求が事態の改善に一石を投じ、
戦争終結の始まりであればと願ってやまないが・・・ 如何なものだろうか?
旬な話題かなと思って、タラタラと能書きを垂れてしまったが、
本文はあくまでも個人的な思いであって、
コメントを頂戴しても、議論するつもりはないので、ご理解いただければありがたい。
武器商人たちは儲けているはずなので、そう思うのは分からんでもありませんが、
煽りに操られて、戦争が続いているとは思いたくないですね。
武器商人が暗躍することのない、平和な社会に早くなって欲しいと願ってやみません。