時のつれづれ(北多摩の爺さん)

下り坂を歩き始めたら
上り坂では見えなかったものが見えてきた。
焦らず、慌てず、少し我儘に人生は後半戦が面白い。

君よ八月に熱くなれ!

2022年08月15日 | 時のつれづれ・葉月 

多摩爺の「時のつれづれ(葉月の33)」
君よ八月に熱くなれ!

コロナ禍、線状降水帯、そして・・・ 台風
今夏の列島は、さまざまな災禍に襲われているが、3年ぶりに行動制限がなくなり、
ブラスバンドの応援が加わった夏の甲子園が・・・ このうえなく熱い。

15年前に亡くなられた、稀代の作詞家・阿久悠さんが手がけた、
「サウスポー」や、「狙いうち」などの軽快な演奏が、
アルプススタンドに・・・ こだましている。

甲子園で阿久悠さんと云えば・・・ なんてたって、深夜にダイジェストで放送されていた、
「熱闘!甲子園」の挿入歌「君よ八月に熱くなれ」だろう。
「栄冠は君に輝く」も良いが、この歌もまた・・・ 不朽の名作なんだと思う。

そして・・・ もう一つ。
阿久悠さんが、ご健在だったころ、「敗れざる君たちへ」とのサブタイトルとともに、
「甲子園の詩」と題した・・・ 敗者を労い、称える詩が、
スポーツニッポンに連載されていたことを思い出す。

たまたま図書館で見つけ、手に取った「甲子園の詩(敗れざる君たちへ)」という表題の、
ちょっと分厚い詩集には、スポニチの紙面を飾っていた363編の詩が編纂され、
表紙には・・・ 次のような言葉が記されていた。

「 その夏、その日、その試合、そして・・・ その時、その一瞬、
  誰が主役であったか、なにが慄(ふる)えを呼び、なにが胸をえぐったか、
  人々よ、時間の経過とともに薄れゆく、
  宿命の心の襞(ひだ)の小さな記憶を・・・ 
色鮮やかにとどめてほしい。 」

半年かけて戦うプロ野球とは違って、
負けたら・・・ それで終わりなのが高校野球であり、
三年夏の敗戦に至っては、即引退の厳しい現実が待ち受けているなか、
球史として残され、語り継がれるものには、
勝者を称えるものが多く、残念ながら・・・ 敗者を称え、労うものは多くない。

その敗者にフォーカスし、阿久悠さんが精魂を込めて紡いだ言葉の一つ一つには、
口惜しさや、無念さを・・・ 穏やかに受け入れるとともに、
次のステージでの活躍に期待する、なにかしらのメッセージが含まれており、
一編一編が、当時の情景とともに、心にズシリと刺さるから、高校野球ファンには堪らない。

静かな図書館で、ゆっくりとページを捲っていると、
私が住む激戦の西東京大会を初めて制し、甲子園に挑んだエース投手の健闘を称え、
「大器に贈る言葉」との表題で綴られた詩に、目が止まったので紹介させてもらいたい。
 
「 甲子園が大器に微笑むとは限らない。

  時に過酷な仕打ち、わざとらしい程の冷淡さを示すことがある。

  大器が評判通りの大器として、喝采も栄光も未来までも手に入れたというのは少ない。
  大器であればこそなお、好意という名の微笑は示さない。
  それが甲子園なのだ。

  甲子園は母にもなり、父にもなる。
  君には多分、父の心で接したのだろう。
  しかし、厳格でやさしい父は、喝采と栄光は取り上げたけれど、
  未来に対しては文句なく・・・ 眼を細めてくれた筈だ。

  もう一本、あと一本、あるいは・・・ あと一球の選択で、
  局面は変わったかもしれない。

  もう一本、あと一本、あるいは・・・ あと一球の選択で、

  君の手には喝采と栄光が残されたかもしれない。
  しかし、終わってみれば・・・ 敗戦投手だった。

  甲子園の一番大きな贈り物は、試練とともに手渡した未来だ。
  母のぬくもりは示しくれなかったが、炎熱のもとで父の大きな愛情に育まれた大器よ。
  君のたった一度の甲子園は、余りにも短く速く行き過ぎたが・・・ 君ならどこででも会える。
  なにしろ未来を手に入れたのだから。 」

甲子園で負けるということは・・・ こういうことなんだろう。
阿久悠さんの言葉を借りれば、力負けでも、油断でもなく、淡々と勝利の道を歩いていながら、
ほんの一瞬、おそらくは・・・ ほんの数秒、
運命のエアーポケットのような瞬間が訪れることがある。

それは、今後の人生においても、あり得ることだから、
だから次は「ガンバレ!」と・・・ 言っているような気がするし、
野球に負けただけであって、人生の勝負はこれからなんだと、
語りかけてるような気がしないでもない。

阿久悠さんが、もしご存命であったとすれば、
昨日の、その時、その一瞬には・・・ どのチームが選ばれていただろうか?

大接戦を繰り広げたものの1点が重く、聖光学園に惜敗した横浜だろうか?
7点差を猛然と追い上げたが、二松学舎大付の前に力尽きた地元の社だろうか?
それとも、大阪桐蔭に圧倒されたものの、最後まで潔く勝負を挑んだ聖望学園だろうか?

3校には、それぞれに、それぞれのドラマがあり、そのドラマに思いを巡らせ、
ストーリーを組み立て、文字に起こしてみるのもまた・・・ 甲子園の楽しみ方かもしれない。


暑い8月も、気がつけば半分が過ぎ、
騒がしかった蝉時雨は、エース格のミンミンゼミやクマゼミから、抑えのツクツクボーシに交代し、
酷暑の盛夏は、残暑の晩夏へ移ろうとしている。

甲子園はベスト16が出そろい、今日15日からは後半戦に突入する。
春の王者「大阪桐蔭」を破るチームは・・・ どのチームなんだろうか?
あまりにも強すぎる「大阪桐蔭」には、大変申し訳ないが、
どうやら・・・ 判官贔屓になってしまったようだ。

時あたかも・・・ 今日15日は「終戦の日」である。
もしも、運命のエアーポケット(先の大戦)に陥ってなかったら、
いまごろ、この国は・・・ どのような国になっていたのだろうか?

そんな想いが、頭のなかをグルグルとかけ巡るなか、
夏の甲子園を、横着な格好で観戦できることに、
どれだけ感謝しても・・・ 感謝が足ることはないだろう。


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2 コメント

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なるほど・・・ (くちかずこ)
2022-08-15 12:37:01
結果をどう捉えるか?
自分の未来をどう見据えるか?
可能性がどんどん消えていくのが人生なのかも。
それでも、
自分の掴んだモノもある。

今の平和。
感謝しか無いです。
ただ、それを甘受しているだけの自分が申し訳ないけれど・・・

そうそう、
山賊むすびね、
時々、家で作ります。
子供達、大好きです。
帰省後、東京の戻る時に持たせたりもしますよ。

https://blog.goo.ne.jp/kazukomtng/e/ef163e10d02f302449674f68c448df60

https://blog.goo.ne.jp/kazukomtng/e/e99a048089ea4a11cecd9cfaca3d5c56
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Unknown (多摩爺)
2022-08-15 15:12:14
くちこさん、こんにちは

平和の捉え方は、いろいろありますが、この国の民主主義は、欧州のように血を流して勝ち取った民主主義じゃなく、
戦争に負けて、棚ぼたで与えられたというか、強制的に服従された民主主義ですし、
平和だと云っても、平和憲法があるから平和なのではなく、日米安保があるから平和だとの意見もあるし、
近隣には、それこそ暴発しそうな狂った国が二つ三つあることを踏まえれば、敗者が学んだ平和とはなんだったのか?
そろそろ、現実的な議論をするタイミングにあるかもしれませんね。
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