ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

064. セジンブラのカルデラーダ

2018-12-18 | エッセイ

 夏のセジンブラは行くもんじゃない。
セジンブラの出入り口は昼時はずいぶん混雑している。
特に土曜、日曜は手前の町サンタナのロータリーからすでに渋滞でのろのろ運転。
夏は海水浴に行く人たちや、海岸沿いのレストランに食事に行く車が周辺の町や、リスボンあたりからもやって来る。
この交通渋滞を見ただけで、「夏のセジンブラ」を避けていた。

 ここ数日蒸し暑い日々が続いている。
わりと涼しかった夏が終わったとたんに、猛暑がやって来た感じだ。
もう9月も末、夏の混雑も終わり、ビーチもすいてきたことだろう。
久しぶりにセジンブラに行くことになった。
お昼を食べて、ビーチで甲羅干しをしよう。

 




 平日のセジンブラは思ったよりもずっと静かだった。
海岸沿いは駐車スペースはないだろうと覚悟して、かなり離れた場所に止めて歩いて行ったのだが、
ビーチ沿いにいくつも空きスペースがあった。

 数年前に比べると、レストランがかなり増えていて、以前はなかった路地裏にも新しい店があちこちに目に付いた。
まるで観光地で有名なナザレのようだ。
レストランの前に出してある冷蔵ケースには魚や貝が並べられ、その横にはメニューの看板が立っている。
ショーケースの魚の鮮度とメニューの値段を見て歩いた。
店によって鮮度の違いがよく分る。
お客の立場ではどの店を選ぶかの判断にとても重宝だが、お店にとってはいつも新しい魚を飾らないといけないので大変だ。

 ビーチ沿いのレストランをくまなく見て回って、どこにしようかと迷っていたら、階段が目についた。
なんとなくそこを上って行くと、ちょっとした見晴し台になっていて、その周りに数軒のレストランがあった。
真ん中の店のショーケースには見るからに鮮度の良さそうな魚が並んでいるし、場所もいい。
高台にあるので、路上に停めてある車に邪魔されずに海を見ながら食事ができる。
魚をさばいたり焼いたりする係りのおじさんも人が良さそう。たぶん元漁師ではないだろうか。
この店に入ることにした。

 さっそく最前列のテーブル席に付いた。
メニューはもう決まっている。
我が家の記念日はちょっと豪華に海鮮料理。
去年は泊りがけでナザレに行き、シティオの住宅地の中にある店でラゴスタ(伊勢海老)入りのアロス・デ・マリスコス(海鮮雑炊)だった。
いつも地元の客で賑わっていて、値段も安いから、ナザレに行くと必ずこの店で夕食をとる。
 でも今年はガソリンもユーロも高いことだし、目先を変えて、近場で穴場を見つけようということで、
数年ぶりのセジンブラにしたのだ。

 さてこの店のアロス・デ・マリスコスは大きな車海老はたっぷり入っているがラゴスタは入っていないという。
車海老は面倒だ。
殻つきの丸ごとを米と一緒に炊いてあるので、一匹一匹ナイフとフォークで殻をむくのは肩が凝るし、
かといって手に持って殻をむくと手がべちょべちょになる。
そういう努力のわりに、やっと口にした車海老は味が御飯の方に移ってしまった出しガラみたいなもので、いつもがっかりする。
その点、ラゴスタは身がたっぷりつまって、味もしっかり残っているし、殻がいくつかに割ってあるので食べやすい。

 メニューを見ていくとラゴスタとシャルネ(あら)のカルデラーダ(鍋)がある。
ビトシは海老類はあまり食べないが、シャルネは好きだからこの組み合わせはちょうどいい。
これに決まり!

 鍋物は注文してから出来上がるまで30分ほどかかる。
その間につまみを取ることにした。

 ラパスという貝がある。
大西洋に浮かぶ島、ポルトガル領マデイラ島に行った時に初めて食べて、その美味しさに感激して、滞在中は毎日注文していた。
岩場に張り付いた星型の小さな貝で、青海苔の付いた貝殻ごとフライパンに乗せてガーリックバターでソテーしてある。
バターを勢いよく飛び散らせながら目の前に置かれた熱々のラパスは、青海苔の香りが漂って、味覚と嗅覚を刺激した。

 セトゥーバルのレストランでは見たことがないのでがっかりしていたのだが、セジンブラで出会えた。
 やがて運ばれてきたのはフライパンで焼かれた小さな貝。
20個も入っている。

 





貝殻には青海苔が付いて、ジュウジュウと香りが立っている。
マデイラのラパスより分厚いし、よく見ると星型ではなく、楕円形。
舌触りも少しこりこりしている。
ひょっとしてこれはアワビ!
とても小さいアワビということは「とこぶし」だろうか?
でも貝殻の形がとこぶしとは違う。
マデイラのラパスとはちょっと違うが、これはこれでなかなか美味。
冷たい白ワインによく合う。

ラパスを食べ終わったころにやっとカルデラーダが運ばれてきた。
大きな鍋の蓋を取ると、中から勢いよく湯気が立った。

 





鍋の中には赤いラゴスタが一匹分と白身のシャルネがたっぷり入っている。
シャルネはさっき魚係りのおじさんが大きな切り身をふたつキッチンに渡しているのが、私たちの席から見えた。それがこの鍋に入っているのだ。
ラゴスタは腹に無数の卵を抱えている。
こんなのは初めてだ。
卵まで食べるのはとても気が引ける。
この無数の卵が少なくとも数百匹のラゴスタに育つだろうに。
でも料理してしまったから、しかたがない、有り難く頂くことにしよう。
ラゴスタの身もぷりぷりと柔らかく、卵もプチプチととても美味しい。
シャルネも新鮮そのもの。

 


シャルネとラゴスタ

そのほかにアサリやトマト、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンニク、そしてハーヴなどが複雑な味を出している。
大鍋に半分以上も入っていて、これで二人分。
とっても食べきれない。
きっと3人分以上の量があるだろう。

ゆっくりと時間をかけて食事をしたが、そうとう残ってしまった。

 





ビーチはセジンブラの街に沿って細長く伸びている。
ホテルなどに滞在しているドイツ人やイギリス人の老人たちが砂浜に寝そべったり、海に浸かったりしている。
でもそんなに人数は多くないので、他人との間隔が適当に取れているからゆったりできる。
海水はとても冷たいが、ゆっくりと長い距離を泳いでいる人も何人かいる。
漁師の親父さんがバケツを持って波打ち際に潮汲みにやって来た。
そのあと突堤に腰掛けて小魚をさばいている。
たった今自分で採って来た小魚が今晩のおかずなのだろう。

夏の観光シーズンを過ぎると、セジンブラにもゆったりとした空気が漂っている。

MUZ
2008/09/29

©2006,Mutsuko Takemoto
本ホームページ内に掲載の記事・画像・アニメ・イラスト・写真などは全てオリジナル作品です。一切の無断転載はご遠慮下さい
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(この文は2008年10月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに転載しました。)

 

 

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