今年は日本滞在が4月半ばから7月初めまでだった。
ということはポルトガルの一番良い季節を見のがしたことになる。
4月、5月に、一面に咲き乱れる野の花を充分に堪能できなかったし、6月に咲くジャカランタの紫の並木もみられなかった。
そして日本からポルトガルに戻るころはセレージャ(サクランボ)も、もう姿を消しているだろうと諦めていた。
日本ではスーパーにブラックチェリーと薄桃色のサクランボが二種類おごそかに並んでいた。
でもパックの中に半分ほど入って400円以上もする。
「なんでこんなに高いんだろう!」
ポルトガルでは1キロのセレージャが買える値段だ…。
でも今年はポルトガルに帰った時はもうセレージャは売っていないだろうと思い、かなり高いけど今年初めてのサクランボを日本で味わった。
東北のサクランボ農家では今年も収穫寸前のサクランボが畑からごっそりと盗まれたそうだ。
農家にとっては泣くに泣けないほどくやしいできごとだ。
でも広い果樹園の数十本から数百本もある木に鈴なりになっている小さな実を、傷めないようにひとつひとつていねいにもぎ取るのは、泥棒にとっても大変な作業に違いない。
しかも夜中の真っ暗な中の作業だし、人に知られないためには灯りをつけるわけにもいかないはず。
人数も一人や二人ではできないだろうし。
いったいどうやって畑じゅうのサクランボを一晩のうちに盗めるのだろうか?
高度に訓練された忍者部隊が大人数でしかも無言のうちにてきぱきと作業する…としか考えられない。
ポルトガルのセレージャは毎年5月の末ごろにメルカドの店先に並ぶ。
まず黒くつやつやのブラックチェリーが山盛りになる。
最初は少し値段が高いがだんだん安くなっていく。
そのころになると薄桃色のセレージャが横に並び始める。
ブラックチェリーの濃厚な味にそろそろ飽きたころに、薄桃サクランボのあっさりした甘味を味わえるのが嬉しい。
ポルトガルに住み始めたころは、市場に並ぶブラックチェリーは東欧かアメリカからの輸入物だろうと思っていた。
東欧のポーランドがまだ共産圏だったころ車でのんびりと旅したことがある。
物価も驚くほど安く、大衆レストランの料理も珍しいものが多くて美味しかった。
労働者でごった返す立ち飲みのバーで皆が飲んでいる黒ビールを私たちも真似して注文したら、これがまたこってりとホロ甘い。
ゼラティンで固めた料理や黒ビールやぎっしり肉の詰った本物のソーセージ。美味いものが多かった。
ポーランドの田舎の村を歩いていた時のこと。
大きな木の下で、リヤカーみたいな車の荷台になんだか赤っぽい物を山積みにして売っているのが目に付いた。
それは赤黒いチェリーの山だった。
手製のスコップでドサドサと紙の袋に入れると、下のほうのが重みで潰されて紙の袋が赤く染まった。
それほど完熟したサクランボをその時初めて食べて、その美味さと安さと量に感激したことを覚えている。
そのころは物価の高いスエーデンに住んでいたので、値段が高くて美味いものはあっても、安くて美味いものはどこを探してもなかったから、その反動でよけいに感動したのだった。
その後に移り住んだニューヨークのウエスト地区の八百屋でも、初夏になるとブラックチェリーが山積みになって、いつも買っていた。
というわけで、ポルトガルでブラックチェリーの山積みを見かけた時は、輸入物だろうと思っていたのだった。
この暑い国で栽培できるとは考えもつかなかった。
でもそれはポルトガル産らしい。
ポルトガルの北の方で採れるようだ。
7月の始めにポルトガルに戻って、さっそく翌日メルカドに出かけた。
入口の店先には黒くしなびれかかったセレージャが少しあった。
「ああやっぱりもう終わったんだな~」とがっかりしながら奥に行くと、なんと黒いセレージャが山積みになり、しかも薄桃色のサクランボの山もその横でツヤツヤと光っている!
しかも1キロが3ユーロと、まだ安い。
いつもの年は今ごろはもう姿が見えないか、もしあっても値段がぐんと高くなっていた。
ところが今年はまだ値段も安いし、見かけもいい。
このぶんではまだしばらくセレージャの味を楽しめそう!
以前フルナンドのキンタで知り合った郵便配達夫のアルマンドは、セレージャのくきを乾燥してお茶にして呑むと言っていた。
そして今回成田から乗った全日空の機内誌「翼の王国」に「たねの力」という文章があり、サクランボの種の事が書いてあった。
サクランボの種を3500粒詰めた枕についてだった。
そこからちょっとお借りして、ご紹介します。
以下の文章です。
「…さくらんぼの種には畜熱・耐熱力があるので、枕を電子レンジでチンすれば湯たんぽになる。
逆に、冷蔵庫にしばらく入れておけば、氷枕代りに使うこともできるのだ。
…さくらんぼの種の枕も、昔からヨーロッパに伝わる知恵を活かしたものだという。
イギリスでは、家庭でジャムを作る際に出たさくらんぼの種をオーブンで温めて使っていたという。
また、スイスではキルシュ(チェリーブランデー)の醸造所で、果肉を取り除いた後に残った種を利用していたそうだ。…」
全日空の機内誌「翼の王国」「たねの力」(鶴屋桃子、小泉絵美里=文)より
よ~し、私もサクランボの種を集めて枕をつくろう~。
でも3500粒もの種がそろうまで何年かかるかな~。
MUZ
(2005/07/12)
©2005,Mutsuko Takemoto
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(この文は2005年7月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに転載しました。)