ぬけるような青空。
モイタの露店市は日曜日の楽しみを求めて集まった買い物客で大賑わい。
サングラス屋があちこちで店を出している。私も思わずひとつ買ってしまった。
ところが鼻の引っかかりが無いデザインなので、私がかけるとずりずりと下に落ちて、ほっぺたのところでようやく引っかかってほほにしわが寄ってしまう。
これはやばい!
そろそろお腹がすいてきたが、露店の食堂はどこもお客で満杯。
しかたがないのでまたしばらく歩き回った後、いつも行く店に行ったら、ちょうど席があった。
この店はチキンの炭火焼とバカリャウ(塩ダラ)がよく売れている。
まわりの人達はやはりチキンかバカリャウとビコ豆(ヒヨコマメ)のゆでた料理を食べている。
私達もチキンとバタータフリット(フライドポテト)を注文した。
やがて出てきた料理は、皿に山盛り。
バタータフリットとライスまで付いてチキンが半匹。
ナイフとフォークを使おうにも皿からこぼれそうで使えない。
他の人のまねをしてチキンは手づかみでほおばった。
やはり炭火焼はおいしい!
まわりの席がいっぺんに空いたとたん、五、六人連れのおじいさん達がやってきて座った。
みんな申し合わせたようにバカリャウを注文した。
バカリャウなんてゆでてあるだけだから、家でしょっちゅう食べているだろうけど、なぜか注文する人が多い。
この店のは特別おいしいのだろうか?
運ばれてきたバカリャウ料理に彼らはたっぷり、どばどばとオリーブ油と酢をかけて食べ始めた。
その時、彼らの後ろを、チキンの皿とビーニョの一リットル瓶を手に持っていそいそと通り、向うのテーブルの端に座った男…、
なんと、あのフルーツ屋のドスおやじだ!
山盛りのチキンは、あれは二人前(一匹)に違いない。
今から昼食を食べ始めたということは、今、あの店に行けばチャンスだ!
あの店はドスおやじがいると、山ほど買わされてしまうので危険なのだ。
私達もプルーンを一キロ買うつもりが、「三キロだったら安いよ」と買わされてしまったことがある。
その時はアグアデンテ(ブドウの絞り粕で造った焼酎)に漬けてプルーン酒を仕込んだのでよかったけれど。
次に行った時、バナナをひと房とリンゴを一キロたのんだら、「一キロなんてめんどくせえ」と言わんばかりに二キロ以上も計って、むりやり買わされた。
家に持って帰るのに重たいこと…。
一キロのフルーツを二人で食べるのに一週間かかってしまう。
それ以上あると傷んでしまうので、こっちとしても大変なのだ。
でもこの店はいつも人だかりがしている。
というのもここのフルーツはなぜかとても甘くて美味しい。しかも安い!
しかしこのドスおやじが曲者。
ひょっとして私達が外人だからあんなことをするのか…
と思い、次の時、他の人が買うのを観察していたことがある。
男の人が他のフルーツと一緒にサヤインゲンを一キロ注文した。
ドスおやじは豆を計りにかけ、ドッサドッサと次々に入れて五キロほども袋に詰めた。
驚いた客が「一キロでいいんだよ!」と文句を言っても、ドスおやじは知らん顔で代金を請求した。
客はぶつぶついいながらもしかたなしに支払っていた。
あんなにたくさんの豆を買わされたらたまったものではない。
そういえばドスおやじの目が据わっている。
もう一人のセニョーラもどっさり押し売りされて、用意していたお札では足りず、サイフを開けて泣きそうな顔をしていた。
私達はあきれ果てて「もうこの店では絶対買わないぞ…」と思った。
でもこの店のフルーツはとても美味しいので、メルカドやスーパーで買う気がしなくなるからやっかいだ。
次の時、ためしにミカンとリンゴを二キロづつ買うことにした。
“一キロづつだとめんどくさくてたくさん買わされるだろう”と思い、“じゃ二キロづつ買えば文句ないだろう”と決心したのだ。
そしたら、虫の居所が良かったのか、二キロと言ったのが良かったのかどうか解からないが、ドスおやじはウィンクまでしたではないか…。
それに目が据わっていない!そればかりかずいぶん人の良さそうなおとなしい感じがする。
そこに、近くで店を張っている気の強そうなセニョーラがやってきて、「アントニオ、ちょっと両替してよ」と威勢良く言った。
ドスおやじはアントニオという名前らしい。
彼は気の良さそうな笑顔まで見せて「ああ、いいよ」と答えていた。
その様子は仲間から信頼されている感じである。けっして仲間の嫌われ者ではないらしい。
そうすると、気のいいアントニオが客に対してドスおやじに変身するのは何かの原因があるのでは…
あの目の据わり方は…?
考えてみると今まで私達が買っていた時間帯は、彼が食事をしてたっぷりとビーニョを飲んだ後ではないだろうか?
今、ドスおやじは一リットル瓶をかかえて一人で飲んでいる。…
ということは店番は正直そうな年寄りと若者が二人でやっているに違いない。
これはチャンスだ!
ちょうど私達は食事を終ってコーヒーも飲んでしまった。
急いで行ってみよう、美味しいフルーツを一キロづつ買えるチャンスだ!
店に行ってみると、案の定、年寄りと若者が二人でやっていた。
ずいぶん忙しそうなのに、年寄りは木箱に腰かけて見ているだけ。
若者が一人でせっせとフルーツを計りにかけたり、次から次に客の応対にてんてこ舞い。
やっと私達の番が来て、モモを一キロとリンゴを一キロ、私の望みどおり測ってくれた。
ドスおやじのいないチャンスはめったに無い。
昼の一時半から二時過ぎまでがねらい目だ。
やれやれ、気を使わされる果物屋である。
家に帰ってさっそく食べてみると、やっぱりモモもリンゴも新鮮で甘くてとても美味しかった。
やっぱりあの店で買わなくちゃ…。(MUZ)
©2002,Mutsuko Takemoto
本ホームページ内に掲載の記事・画像・アニメ・イラスト・写真などは全てオリジナル作品です。一切の無断転載はご遠慮下さい。
(この文は2002年8月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに少しづつ移して行こうと思っています。)武本睦子