ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

048. いのしし遭遇

2018-12-04 | エッセイ

 新年の干支は猪。
ポルトガル語ではジャヴァリ。
明けましておめでとうございます。

 振り返ってみると、猪の思い出はいろいろある。
野生の猪を初めて見たのは、ドイツで森の中の道を走っているときだった。
そのころ住んでいたスウェーデンを拠点にして、ワーゲンのおんぼろマイクロ・バスでヨーロッパ中を旅していた。
 その時はたしかイタリアから山越えをしてドイツを抜けて北上する途中だった。
ドイツの森は深い。
道路は森の中を真っ直ぐに走る一本道。
何の気なしにゆっくり走っていると、数メートル前を右端から突然、黒い物が飛び出し横切った。
驚いて車を停めると、また右端から今度は小さなものが次々と出てきたのだ。
それは猪の子供、5匹の瓜坊たちだった。
私たちはあっけに取られて、道の真ん中に停まったままで、瓜坊達が渡り終わるのを見ていたものだ。


 それから数年後、旅のひと区切りという意味で、いったん日本へ帰国した。
そして宮崎の山の中でなんとなくジャズ喫茶を始めた。
店の建つ敷地は国道と山に囲まれ、敷地と山際の境にはU字型に小川が流れていた。
川の水は澄み切って、小魚の姿がよく見えた。
その小魚を狙ってエメラルド色のカワセミが、目の前を矢のように横切り、時にはオレンジ色のアカショウビンが、「ぴょろろろ~」と鳴声を上げて飛び去った。
夏の夜にはカジカガエルの鳴声が聞こえ、川の縁では蛍の大群が舞い踊っていた。
冬になると小川には10羽ほどの野生の鴨がいつのまにかやってきて、グァグァと賑やかな声をあげた。
そうすると、村の若者が、
「どれ、鴨釣りをしようかね」という。
「鴨を釣る?」
「うん、釣糸をたらしたら鴨が食いついてくるとよ」
まんざら冗談でもなさそうな顔で、彼は言ったのだ。


 そんな冬のある日。
その日は店の定休日なので、いつものように庭の手入れ。
庭といっても千坪ほどの荒れ地に芝を張り、川との境地には数本の桃の木などが植えてある。
私は芝刈り機を押しながら庭の芝刈り、ビトシは桃の木の枝を剪定していた。
「この桃の木は実はどっさり成るけど、さっぱり甘くないな~」
とぶつくさ言いながら作業をしていた時、川の対岸の草むらでガサガサと音が聞こえたので、ビトシはギョッとしたらしい。
作業の手を止めて対岸をじっと観察すると、
ガサガサと音をだしていたのは3匹の瓜坊だ。
ビトシは急いで、しかし音を立てないようにそっと、私を呼びにきた。
二人で足音を忍ばせて川岸に近づいた。
いるいる!
対岸の草むらでは3匹の縞々の瓜坊が、追いかけっこをしている。
くるくるくると3匹で走り周り、無心に遊んでいる。
「何とまあ、可愛らしいこと!」
私たちが見ていることは全く気づかないようす。
が、しかし、少し奥の藪でガサッと音が聞こえた。
たぶんそのあたりで親猪が子供たちを見守っているのだ…。

 また別のある日。
店のお客さんが声をかけてきた。
「お宅の店では庭で猪を飼ってるの?」と、不思議そうに言う。
「へっ?」
何のこっちゃ!
急いで庭を見下ろすと、なんとまあ、
中くらいの猪が1匹、のんびりと芝生のまん中を歩いている!
「ひゃぁ~、猪、猪~」
小さな瓜坊だったら、「可愛い~」で済むが、牙を持った猪は恐いじゃないですか!
その時、たまたま来ていた野菜売りのはなちゃんが、だぁ~っと店から庭に駆け下りて、池のそばに置いてあった、鯉捕り用の大きな網を担いで、猪を目ざして追っかけていった。
なにしろ大男のはなちゃんが網を担いで自分目がけて走って来るので、のんびり散歩していた猪はびっくり仰天。
あたふたと川を渡って、山の奥に逃げてしまった。
「ああ、しまった~、今夜はシシ鍋を食えたのにな」
大男のはなちゃんはまことに残念そう。
「でもその網ではね~」とみんなで大笑いだった。

まだそのころは猪も猿もそんなに数は多くなかったと思う。
だから人間と野生動物との衝突や事件もほとんど聞かなかった。
でもこの頃は野生動物が増えすぎたのか、人間の恐さを感じなくなったのか、熊や猿が人を襲ったりする事件が多発している。
新年は猪の年。
野生動物と人間がお互いのテリトリーを守って、穏やかに棲み分けて生きたいものです。

今年もどうぞよろしくお願い申しあげます。
MUZ
2007/01/01


©2007,Mutsuko Takemoto
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(この文は2007年1月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに転載しました。)

 

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