ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

058. アルカサルの川エビ売り

2018-12-13 | エッセイ

 アルカサルはサド川の上流にある町。
ここまで逆上ると川幅はぐんと狭くなる。
でもセトゥーバルから帆船で上って来られるほどの川幅と水深がある。
昔はアルカサル付近で取れた塩を帆船でセトゥーバルまで運んでいたそうだ。
そのうちの3隻ほどが今でも残っていて、夏の間、セトゥーバルから観光客を乗せてサド湾を遊覧している。

 


アルカサルのサド川に一隻だけ係留してある帆船

 アルカサルの町はサド川の縁に沿って広がり、丘の斜面にびっしりと家々が張り付いている。
丘の上には城がそびえている。
それはかってこの町を支配していたモーロ人の城だ。
アルカサルという地名もモーロの要塞という意味。
それがレコンキスタの時に(1217年ごろ)キリスト教団に奪われてしまった。

 私たちがアルカサルを初めて訪れた時は、丘の上の城は崩れかけた城壁と草に覆われた廃墟で、城壁の上にはコウノトリたちが大きな巣をいくつも架けていた。

 その後、廃墟だった城跡には新しくポゥサーダ(国営古城ホテル)が建てられ、そこからはサド川とその縁に建ち並ぶ町並みと、そして水田が広がっているのが見晴らせる。
 アルカサルは米の産地で、ここで取れる米は味が良い。
水田があるから餌になる小魚や小生物が多く、コウノトリがたくさん生息できるのだろう。

 城からサド川べりに降りて行く道は石畳の急な下り坂で、石が磨り減ってつるつるしているので、うっかりするとすべりそうだ。
昔の人たちは木靴のつっかけを履いていたようだが、この石畳の急坂を上り下りしていたかと思うと、驚いてしまう。

 坂を下り終わったところに商店街がある。
といっても一本の細い路地の両端に昔から商売している店が立ち並んでいるのだが、だんだんと活気がなくなり、行くたびに寂れた感じがする。
レトロな店構えが私は好きなのだが、商売は大変そうだ。

 商店街の入り口の所はちょっとした広場があり、カフェが数軒店を出し、レストランも一軒ある。
川に面しているので、カフェの外の席に座ってコーヒーを飲むと気持ちがいい。
 昔はカフェはもっと少なくて、そこにはバスの発着所があった。
まだ高速道路がないころは、南のアルガルベなどの行き帰りにバスがここに立ち寄っていたものだ。

 川べりには数人のおばさんたちがパラソルの下に台を並べて何かを売っていた。
バスが発車するまでにまだ間があるので、外に出て、何を売っているのかと見に行くと、台においた桶の中には茹でた小さな川エビが山のように盛ってあった。
薄い桜色の小エビはおいしそうだが、食べるのは面倒くさそうだ…と思って買わなかった。
ところが、後でバスに乗り込んできた若い女性が川エビの包みを手に持ち、席に座るやいなや、すぐに食べ始めた。
あの小さなエビをどうやって食べるのだろうと、興味しんしんで見ていると、彼女は長く伸ばした爪の先で実に器用に小エビの皮をむき、次々に口に入れている。
まるでピーナツの皮をむいて食べるような感じだ。
バスが発着するたびに、彼女のように川エビを買ってバスの中で食べる乗客がけっこういるのだろう。

 ところがその後、高速道路が全線開通して長距離バスはアルカサルに寄らなくなった。
しかも川べりにあったバス発着所は町のはずれにちゃんとしたバスターミナルができて、そこに移動してしまった。
その近くにはスーパーマーケットも建ち、町の人々の流れはそっちの方に向かっているようだ。
これでは町の商店街はますます大変だ。
川べりで川エビを売っていたおばさんたちは新しいバスターミナルへ移動したのだろうか?

しばらくぶりにアルカサルに行った。
コウノトリを見に行ったのだが、丘の上のいくつかの巣には姿がなかった。
下の水田のあたり一帯からもうもうと白い煙が立ち上がっている。
ものすごい量の煙だ。
どうやら田んぼで稲わらを燃やしているようだ。
コウノトリは煙に追われてどこかに逃げてしまったのだろうか。

 


田んぼで稲わらを焼く煙

夕方には巣に帰ってくるだろうと思って、川に面したカフェのテラスでゆっくりと待つことにした。

道路を隔てた川べりには派手な色のパラソルが並んでいる。
それは川エビ売りのおばさん達のようだ。
バス発着所はなくなって、川エビを買うお客さんはほとんどいないはずなのに、なぜかおばさんたちの人数は少し増えている。
 以前は個別の売り台で少しずつ距離を開けて商売をしていたのだが、今は舟形の立派な売り台にみんなが一緒。
彼女たちはずらりと一列に並んで、いっせいにレース編みをしている。
大声で喋りながら楽しそうだ。
彼女たちの前には出来上がった色とりどりのレースが並んでいる。
川エビ売りはもう止めて、手編みレースを売っているのだろう…と思って、道路を渡って見に行った。
私たちが売り台の前に立ったとたんに、おばさんたちはレース編みの手を止めて、いっせいに台の上の布カバーを剥ぎとった。
そこには桜色の川エビが山のように盛られた桶が顔を出したのである。
そして
「私のを買って!」
「こっちのはどう!」
とすごい迫力で口々に売り込みをかけてきたのだ~。

 


船型の売り台を作って、みんなで並んでやる気満々!

muz 2008/01/01

 

©2008,Mutsuko Takemoto
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(この文は2008年1月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに転載しました。)

 

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