ヴィディグェイラには何もない?
エヴォラとベージャを結ぶ国道沿いにあり、ベージャまで10キロ余り。
町というより村と言った方がいいかもしれない。
なにしろ入ったかと思うと、もう町の出口になっている。
でも私たちはここに二度も泊まった。
というのも、 ヴィディグェイラには快適なレシデンシア(小規模なホテル)が一軒だけあるから。
最初の時は、スケッチ旅行の途中、偶然にこの町に入り込み、この宿を見つけた。
その当時には珍しく新築同然のホテルで、廊下や階段は大理石張り、部屋はバストイレ付き、それに朝食付き。
設備は三ツ星ホテル並み、値段は一つ星ホテル並み、といううれしい宿である。
さっそく荷物といっても小さなデイバッグを一人ひとつずつだが、それを部屋に置いて外に飛び出した。
ところが町の中を突き抜けるメインストリートには、いつの間にかどこから集ってきたのか、大勢の人たちが道の両脇に立っている。
がやがやと喋りながら皆がいっせいに同じ方向に顔を向けている。
何かを待っている感じである。
いったい何がやって来るのか、私たちも持ち前のやじ馬根性で人々の間に入って、彼らと同じ方向へ顔を向けた。
町の人たちは、突然見知らぬ東洋人が現われたので、いっせいに私たちの方向へ顔を向けたが、すぐにまた元の方向に戻り、一心に何かを待っている
しばらくして一台のパトカーがやって来た。
「いったい何なのだろう?」
それからだいぶ間を置いて、屋根に数台の自転車を積んだ車が現われた。
「あっ、ひょっとして自転車競走?」
と気がついたとたん、突然自転車の集団が道の端に現われたかと思うと、「ぴゅ~ん」
耳元で風を切る音が鳴り、あっという間に彼らのすがたは私の視界からかき消えて行った。
一瞬だった。
長いことそこで今か今かと待っていた人々は、やがてパラパラとどこかへ散らばってしまった。
何というあっけない競技だろうか!
それにしてもすごいスピード!
車よりも早い。百台余りの集団が瞬きするうちに通り過ぎていったのである。
それから二時間ほど経った。
レシデンシアの前が車の音でなんだか騒がしい。
窓から覗いてみると、屋根に自転車を積んだ車が数台、駐車しようとしている。
車にはスペインの国旗をつけている。
さっきこの町を通り過ぎて行った自転車競技の一団、その中のスペイン一行がこのレシデンシアに泊まるようだ。
車の屋根の自転車はじっくり見ると、何と細いタイヤ!
幅が3センチほどしかない。そんなタイヤで高速に耐え、選手の体重を支えているのだ!
やがて二十人ほどの選手たちがマイクロバスから降りて、がやがやとホテルにやって来た。
次の朝、私たちが朝食をしに階下へ降りて行くと、選手たちはもう食事を終えてホテルを出て行くところだった。
今日もまたまた過酷な競技の続きが始まるのだろう、と思いながら彼らを見送った。
二度目にこのホテルに泊まったのは、ついこの間。
数年前に来ているのに、ホテルがどこらあたりだったか判らなかった。
国道から入って、「あれっ!」というまに町の外に出てしまい、あわてて引き返してやっと見つかった。
オフシーズンなのでホテルはガラガラに空いているようだ。
値段は以前に比べてずいぶん値上がりしている。(ユーロになってからホテルやレストランの値段が倍近くになった)
でも、それでも安い。
バス付き、ツイン、朝食付き。おまけにエアコンまで壁に掛っている。
これで二人分で五千円ほど(ただし、夏料金はもっと高くなる)。
リスボンの同程度の設備のホテルだと二倍近くはするだろう。
このごろ、車で移動するビジネス客に対応する、快適でリーズナブルなレシデンシアが増えてきた。
私たちにとっては嬉しい現象。
外はもう夕暮れ。
冬の一日は暮れるのが早い。
メインストリートをぶらぶら歩いていると、一軒のバル(バー)が目に付いた。
ガラス張りなので外から中の様子がよく見える。
ということは、中からも外の通行人が見えるわけで、店の中で一杯引っ掛けている男達がいっせいに私たちを見ている。
ビーニョ(ワイン)を飲もうかな~と、その店に入りかけた私たちは、あんまりジロジロとみられるのでたじろいでしまった。
なにしろ私たちが店の前を通るのに合わせるように、みんながいっせいに顔を向けるのだから…。
これでは店に入りたくても入れない!
一日の仕事を終えた男達ががやがやと喋っているのが外まで聞こえてくる。
こんな店のビーニョは美味いに違いない…残念!
しばらく歩くと左に折れる道に出た。
あたりはとっぷりと日が暮れて、薄暗がりに数軒の店の灯りが見える。
まるで廃墟のような雰囲気の大きな建物の前を通った時のこと。
そこの入口のドアが半開きになっていて、ビーニョの樽や巨大な素焼きの壺が見えた。
「あれっ」と思いながら通り過ぎて、どうにも気になってまた引き返した。
ドアから中を覗くと、ずっと奥の方にでっぷり太った男が小さな椅子に腰掛けている。
「今晩は、入ってもいいですか?」と思い切って声をかけると、男は別にびっくりした様子もなく、「シン、シーン」と言いながら腰を上げた。
ドアをくぐって中に入ると、アーチ型の天井がずっと奥まで続き、両側には驚くほど大きな素焼きの壺がずらりと並んでいる。
ぶどうを搾るための小型の機械もある。
ここはやっぱり、ビーニョ(ワイン)を作っている所だ!
でっぷりセニョールの話では、この巨大な素焼きの壺の中には千リットルのビーニョが入っているという。
このヴィディグェイラで収穫したブドウだけではなく、近在の町や村のものも一緒に混ぜて、素焼きの壺で醸造している。
小さなカウンターの上にはビン詰のビーニョが数種類並べてある。
そのうえ、ガラスのコップまで用意してある。
「飲んでみるかい?」
「シン、シーン(ぜひ、ぜひ)。あの壺の中のビーニョはどんな味?」
◇ |
「う~ん、これはどうかな~」
でっぷりセニョールは手前の素焼きの壺に付いているコックを開けて、ガラスのコップに注いだ。
注ぎながら、「こりゃあ、まだだめだ、若すぎる」と言いながら手渡してくれた。
なるほど色が薄い。味ももひとつコクが無いような気がする。
「こっちを飲んでみるかね?」
でっぷりセニョールはカウンターに置いてあるビンからチント(赤)とブランコ(白)を別々のコップについでくれた。
これはまあまあの味がする。
家で食事の時に飲むには悪くはない。
チントを二本とブランコを一本買うことにした。
床には五リットル入りのビンがうず高く積んである。
町の人たちが空瓶を持って買いにくる。もし瓶がなかったら瓶代は別になるのだそう。
プラスティックの五リットル入りの容器にはビーニョブランコが入っていて、これもずらりと置いてある。
ビーニョを買いに来たお客は小さなカウンターに寄りかかり、コップ酒をぐいぐいとあおり、でっぷりセニョールと世間話に花を咲かして盛り上がることだろう。その様子が目に浮かぶ。
ヴィディグェイラには何かがあった!
廃墟のような建物の奥深く、造り酒屋がひっそりとあったのだ~。
MUZ
©2004,Mutsuko Takemoto
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(この文は2004年2月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに少しずつ移して行こうと思っています。)