三浦マイルド「あれが一発勝負の面白さ」R―1優勝への異論に反撃
江頭2:50さんは、自分の番組や著書で、自腹で観に行った映画を批評しています。彼は、
「例え、どんなにつまらない映画があったとしても、批評するオレよりも映画のほうが上だ!
もし、その映画がクソでも、オレはそれをエサにしてしか生きていけないハエなんだ。
批評することは簡単だけど、創ることは難しいぜ!」と述べています。
素敵な表現です。批評をする人というのは、ついつい上に立った気になりがちですけど、
江頭さんの場合は、例え誰かの作品を「クソだ」と評したとしても、自分はその下にいる
存在だという自覚を持っているというわけです。批評をするのは良いけれど、
対象へのリスペクトだけは忘れてはいけないということだと思います。
お笑いの大きな大会がある度に、「何で◯◯が優勝じゃないんだ?」と怒る人がいます。
それだけならまだしも、そういう人達は大抵、自分が面白いと思わなかった芸人や、
その芸人を評価した人、審査員などに憎悪を剥き出しにして噛み付きます。
不思議で仕方ないのですが、「何を面白いと思うかは人それぞれ」という大前提が理解できない
人がいるようで、何か自分のアイデンティティまで否定されたかのような勢いで他人に
食ってかかるのです。「僕は誰々の方が面白いと思った、誰それはあまり面白くなかった」と
言うだけでは飽き足らないのか、芸人さん本人のツイッターにまで悪態の範囲を広げていきます。
そもそも、自分が桂文枝さんや関根勤さんよりもお笑いのセンスや経験が豊かだと
思っているんでしょうかね。もしそうだとしたらとんでもないことで、その時点で
センスがないと思うんですが…
江頭2:50さんは、自分の番組や著書で、自腹で観に行った映画を批評しています。彼は、
「例え、どんなにつまらない映画があったとしても、批評するオレよりも映画のほうが上だ!
もし、その映画がクソでも、オレはそれをエサにしてしか生きていけないハエなんだ。
批評することは簡単だけど、創ることは難しいぜ!」と述べています。
素敵な表現です。批評をする人というのは、ついつい上に立った気になりがちですけど、
江頭さんの場合は、例え誰かの作品を「クソだ」と評したとしても、自分はその下にいる
存在だという自覚を持っているというわけです。批評をするのは良いけれど、
対象へのリスペクトだけは忘れてはいけないということだと思います。
お笑いの大きな大会がある度に、「何で◯◯が優勝じゃないんだ?」と怒る人がいます。
それだけならまだしも、そういう人達は大抵、自分が面白いと思わなかった芸人や、
その芸人を評価した人、審査員などに憎悪を剥き出しにして噛み付きます。
不思議で仕方ないのですが、「何を面白いと思うかは人それぞれ」という大前提が理解できない
人がいるようで、何か自分のアイデンティティまで否定されたかのような勢いで他人に
食ってかかるのです。「僕は誰々の方が面白いと思った、誰それはあまり面白くなかった」と
言うだけでは飽き足らないのか、芸人さん本人のツイッターにまで悪態の範囲を広げていきます。
そもそも、自分が桂文枝さんや関根勤さんよりもお笑いのセンスや経験が豊かだと
思っているんでしょうかね。もしそうだとしたらとんでもないことで、その時点で
センスがないと思うんですが…