さらに調子に乗って思い出巡りを続けます。
五日市から市街地へと言えば、己斐峠です。
私よりも年代が上の方にとって、広島市近郊でメジャーな峠は、野呂山と己斐峠ではないでしょうか?
畑賀や竜王、妹背や湯来等々、私の時代では広島は何かとメジャーなスポットがありましたが、その昔は己斐峠で走っていたと聞きます。
私としては走る峠と言うか途中の廃屋や首なしライダーなどの曰く付きのスポットとしての印象が強く、対向車も多かったので(そもそも走っている人がいなかった)全く縁がありません。
ただ、あの廃屋は非常に興味がありました。

(車内からの撮影なので写りが悪いです)
広島在住の時は何度となく通った道でしたが、やはり少し迷いながらなんとか入り口(出口?)にたどり着きました。
・・・が、様子がおかしいです。
レイアウトが全く変わっています。
廃屋もありません。
私の知らないうちに工事が入り、カーブの少ない新道となったようです。
まあ・・、確かにあのコーナーはバスの乗客は酔うだろうし・・、納得です。

気付いたら頂上に来ていました。
気をつけて見ていると旧道も通れそうでしたが、小雨模様だった為またの機会としましょう。
そして竜王峠です(頂上付近)。

説明するまでも無く、私の走り屋人生の原点の場所です。
20歳の10月にEP82スターレットを購入した当日から通い詰めました。
21歳(平成4年)はクラッシュで(クルマが)入院中以外は正月から毎日通っていた庭の様なところです。
あの時代は真剣に【竜王最速】を目指していました。
ただ走る事が好きで楽しくて・・・。
思えば、ウデを求めるよりもクルマばかりを速くして最速を目指していたような・・・。
竜王峠のレイアウトでは、EP82は打ってつけですね。
軽く・トルクがあると言うことで、ブーストアップだけで無敵状態です。
色々な人に声を掛けられるのが、快感でしたね。
この頃は「速く走る為のコツは?」の問いに対しての答えは迷い無く「気合い」でした。
その頃のレベルが良く分かる回答ですね。。
途中の直線脇に公園があります。
夜の夜景とエキゾーストとスキール音・・・。
私に文才があれば、何冊かの本が書けそうです(笑)

ギャラリーコーナーです。

湯来のように有名人がドリフトしているわけでもなく、クルマを停めるスペースの少ない峠なのに、全盛期はグリップで走っている私らに声援を送ってくれるギャラリーが30人くらいいました。
ここでは3回クラッシュして、2回キップを切られています。
それでもあの頃はそれが勲章でありモチベーションでした(まさにアホです)。
今でもクルマは好きですが、この頃の方が圧倒的に好きだったと思います。
ここに通るたびに、20年前に私の乗っていた五次元サウンド響かせたシャコタンの白いEP82が走って来るようなデジャブの様な感じになります。
走り屋行為は断固追放されるべきですが、私のクルマ熱をとことん受け止めてくれた竜王峠には感謝の思いで一杯です。(いつか恩返しをと・・・)
五日市から市街地へと言えば、己斐峠です。
私よりも年代が上の方にとって、広島市近郊でメジャーな峠は、野呂山と己斐峠ではないでしょうか?
畑賀や竜王、妹背や湯来等々、私の時代では広島は何かとメジャーなスポットがありましたが、その昔は己斐峠で走っていたと聞きます。
私としては走る峠と言うか途中の廃屋や首なしライダーなどの曰く付きのスポットとしての印象が強く、対向車も多かったので(そもそも走っている人がいなかった)全く縁がありません。
ただ、あの廃屋は非常に興味がありました。

(車内からの撮影なので写りが悪いです)
広島在住の時は何度となく通った道でしたが、やはり少し迷いながらなんとか入り口(出口?)にたどり着きました。
・・・が、様子がおかしいです。
レイアウトが全く変わっています。
廃屋もありません。
私の知らないうちに工事が入り、カーブの少ない新道となったようです。
まあ・・、確かにあのコーナーはバスの乗客は酔うだろうし・・、納得です。

気付いたら頂上に来ていました。
気をつけて見ていると旧道も通れそうでしたが、小雨模様だった為またの機会としましょう。
そして竜王峠です(頂上付近)。

説明するまでも無く、私の走り屋人生の原点の場所です。
20歳の10月にEP82スターレットを購入した当日から通い詰めました。
21歳(平成4年)はクラッシュで(クルマが)入院中以外は正月から毎日通っていた庭の様なところです。
あの時代は真剣に【竜王最速】を目指していました。
ただ走る事が好きで楽しくて・・・。
思えば、ウデを求めるよりもクルマばかりを速くして最速を目指していたような・・・。
竜王峠のレイアウトでは、EP82は打ってつけですね。
軽く・トルクがあると言うことで、ブーストアップだけで無敵状態です。
色々な人に声を掛けられるのが、快感でしたね。
この頃は「速く走る為のコツは?」の問いに対しての答えは迷い無く「気合い」でした。
その頃のレベルが良く分かる回答ですね。。
途中の直線脇に公園があります。
夜の夜景とエキゾーストとスキール音・・・。
私に文才があれば、何冊かの本が書けそうです(笑)

ギャラリーコーナーです。

湯来のように有名人がドリフトしているわけでもなく、クルマを停めるスペースの少ない峠なのに、全盛期はグリップで走っている私らに声援を送ってくれるギャラリーが30人くらいいました。
ここでは3回クラッシュして、2回キップを切られています。
それでもあの頃はそれが勲章でありモチベーションでした(まさにアホです)。
今でもクルマは好きですが、この頃の方が圧倒的に好きだったと思います。
ここに通るたびに、20年前に私の乗っていた五次元サウンド響かせたシャコタンの白いEP82が走って来るようなデジャブの様な感じになります。
走り屋行為は断固追放されるべきですが、私のクルマ熱をとことん受け止めてくれた竜王峠には感謝の思いで一杯です。(いつか恩返しをと・・・)
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