私は若い頃唯一、四年弱サラリーマン経験が有ります。
全国を旅しましたが一番印象深い土地を紹介致します、三大○○と観光地を指しますがこれは三大霊山です、高野山、比叡山、恐山ですが趣が全く違い初めて訪れた時
涙した記憶が有ります。
恐山は一生に一度は訪れてほしい場所の一つです。(著名人の発言です。)
「人生観が変わる方もいるかもしれない」それが恐山です。
「恐山」という山は存在せず、宇曽利(うそり)湖を中心とする釜臥山、大尽山などの八峰を総称して「恐山」と呼んでいます。
休火山で硫黄臭が蔓延して植物類は一切無く、殺風景な火山岩地帯です。
先ず参拝するには三途の川に掛った太鼓橋より入場します、悪人は渡れません注意申し上げます(駄洒落入れたいが恐れ多く控えます)この世とはしばし別れです。
周りに風車が多く石の間に刺さって居り異様に感じました、風が吹きクルクル回っています参拝の帰り意味が解かり虚しさが込み上げて来ました。
岩場から硫黄泉が湧出し、まさに〝地獄〟のような景色が広がる中、それらをめぐって、死者の成仏を願うのが、「恐山」のお参りの仕方。「無間地獄」「金堀り地獄」「賭博地獄」など、136の地獄があります。この世のものとは思えない独特の地形に、死後の世界を思わずにはいられません。ぐるりとめぐるのにかかる時間は、約40分ほどです。
水子供養や八角堂、「血の池地獄」と言われる池、賽の河原があり極楽を思わせる白砂の浜と湖など,生と死をこんなにもはっきりと表現できていて、今までにない景色を目の当たりにして独特な印象を受けました。
因みに血の池地獄とは稀に水藻が発生して池が赤くなる現象で伝説です。
地蔵堂の左手から順路に従って地獄巡りをしました。そこかしこに死者の霊を慰める為に積み上げられ石やお地蔵さんの周りで無数の風車がからからと鳴っている様は異様です。周りに参拝客がいたからいいものの一人暗がりではまさにおどろおどろしいという表現がぴったりの場所だと思います。
あちこちから湧き上がる温泉と、死んだ子供たちを手伝うために人々が積み上げた石、風が強いために回り続ける風車の音が物悲しくて不思議な魅力がありました。硫黄があるために荒地と緑地の境目がはっきりしていて、その風景も面白かったです。カラカラと回る風車にも意味があります。これは、幼い子供の霊を慰めるために置かれているものなのです。故人を思って供えられた、草履や手ぬぐいなどが、ぶら下がっている地帯も。3mほどもある巨大卒塔婆もそびえます。
奥に歩いていくとどんどん景色が変わっていきます。いたるところに積み重ねられた石があり、湖の近くにはカラカラと風車がまわっていました。
また、亡くなった方のお名前や住所が書かれた「てぬぐい」が木に結ばれているところ、生前着用していた衣類や「草履」を納める場所がありました。
或るお堂に奉られてる、ランドセルや上履き入れその他に気付き己を恥じました。
此処は幼くして亡くなった子供達の霊地と自覚しました。
一番の親不孝は親より先に亡くなる事です、人生の運不運有ります賽の河原で子供達の祈りの声、一つ積んでは父の為、二つ積んでは母の為。私は幻で聞きました。積んでも積んでも赤鬼に必ず崩されます、自分の背丈より高く積めば三途の川を渡りあの世の行けるそうです。しかし無駄。
でも毎日親に詫び、手から血を流しながら積みます。しかし鬼に崩されます。しかし世に神様は居ます、母子地蔵です手伝って助けてくれて完成出来三途の川渡れあの世に無事行けます。もしかしたら母子地蔵、親の思いが変形したのかも知れません、参拝が終わり三途の川を渡りこの世に戻るとエメラルドグリーンの宇曽利湖と
白砂が迎えてくれます、生きてる事の実感を肌で感じ幸せを思いました。
お近くにお越しの際は是非参拝お勧め致します。また境内に温泉が有り入浴出来ます、楽しいとは申しませんが行く価値は充分に有ります。
ただ冬季は参拝出来ません注意下さい。
補足
旅行会社辞めて母がと知人が亡くなり二度行きました、イタコさんに霊の母と知人を呼んで貰ったのです、迷信と知りっつ慰霊で行きました処が東北弁で全く解釈出来ませんでした
イタコさんはお寺と全く関係無いそうです、夏と秋の大祭では未だ居るか分かりません、子供達も一緒でした私が亡くなった時も訪れてくれるそうです。
それで冗談で霊が本人の確認が出来ないので合言葉を決めました、山と言ったら海と答える約束ですジョークぽいですが本心も含まれます。
長文駄文失礼いたしました。