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♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(13)

2016年01月22日 14時31分33秒 | 暇つぶし
          
 兄さん、この野菜を如何されるのですか?」
 和久の考えが理解出来ずに聞く昌孝。
「昌、お前なら如何する?」
 逆に聞かれた昌孝は、暫く考へ込んでいた。
「野菜サラダか、ジュースですか?」
 自信なさそうに答えた昌孝。
「そうや! 昌、この野菜は宝の山や! 三種類のドレッシングを作って、女性客の心を掴むのや! それから、厨房に入ったらワシの側に居って、補佐をするのや! ええなぁ!」
「はい! 兄さん……」
 厨房に入った和久は、持ち帰った野菜でサラダを作らせ、昌孝の目の前で和洋中華三種類のドレッシングを作って見せた。
 また、サラダに使えない野菜は、蜂蜜を使ったジュースとして使った。
「昌! 此れを女将さんに試食して頂け……」
 昌孝が持って来たサラダとジュースを試食した千恵子。
「美味しい! 其々に違った味が楽しめて女性が喜ぶ味ですねっ……それにジュースも野菜の味がして美味しい……」
「はい! 此れを大きめの器に入れて、食事に付けるそうです……お代わりは自由で……」
 話を聞いた千恵子は、改めて昌孝を託した事を喜んだ。
 厨房に戻って来た昌孝に、千恵子の意見を聞いた和久。
「昌、此処にワシが作ったドレッシングの材料が有る! 同じ物を、お前も作ってみい……」
 手始めに、ドレッシング作りを命じた和久。
 仕事が終り、誰も居ない厨房で黙々とドレッシング作りをする昌孝の姿! 何回も作っては遣り直す昌孝……五ヶ月と言う限られた時間の中で、和久の調理を会得しようと、明け方まで精進する昌孝……それを陰で見守る和久が居た。
 千恵子は和久の姿に、涙を流して手を合わせた。
 和久が厨房に入り三カ月が過ぎた……その頃から、笹の家は満室の状態が続き、宴会に至っては三カ月待ちの状態が続き出している。
 昌孝の精進も並みの事ではなく、太閤楼の料理長である小竹 正晴に匹敵する位の腕になっていた。
 和久は最後の試みに、昌孝を誘って朱美の店に行く……店は相変わらずの満席だったが、朱美が席を作ってくれた。 
 閉店が近付き誰も居なくなった頃、前で飲んでいた女将を見る和久。
「小母さん、済みませんが煮込みの持ち帰りは良いですか?」
 帰り間際に、持ち帰りが出来ない事を知っていて頼む和久。
 和久の心情を察した女将は快く承諾して、朱美に持ち帰りの用意をさせる。
「昌! 此の煮込みと同じ物を作ってみい……味に対して謙虚に成らんと出来んぞ!」
「はい! 兄さん……」
 和久の意図が分からないままに返事をした昌孝。
 再び味に対する挑戦を始めた昌孝……試行錯誤を繰り返しながら、寝る間も惜しんでの挑戦である。
 一週間が過ぎようとした夜も、厨房に昌孝の姿が有った! 昌孝は出来ない苛立ちの中で(味に対して謙虚に成れ!)と言った和久の言葉を思い出して噛み締めた。
 次の日、千恵子と献立の打ち合わせをしている所へ、昌孝がドアをノックして入って来た。
 和久の前で正座をした昌孝。
「兄さん! 申し訳有りません……私には出来ません!」
 昌孝を見て、少し笑みを浮かべた和久。
「昌! 何で出来んのやっ!」
「はい! 似た様な味には出来ますが、あの煮込みは注ぎ足しては煮込みを繰り返して出来た味だと思います。 兄さん、申し訳有りませんが力不足です! すみません……」
 土下座をしたまま詫びる昌孝。
 会話をする二人を心配そうに見ている千恵子。
「昌、よう言うた! その通りや……あの味は誰にも作れんのや! ああして出来た味も有ると言う事を忘れるなよ! 味に対する謙虚な気持ちを忘れるなよ!」
 我が事のように喜び、手を差し伸べて昌孝を立たせる和久。
 立ち上がった昌孝は、一礼をして和久を見詰めた。
「はい、兄さん! ありがとうございます……生涯、肝に銘じておきます」
 昌孝の決意を聞き、嬉しそうに微笑む和久。
「女将さん、もう私が教える事は何もありません……後は昌の精進だけです! 今の昌は太閤楼の料理長にも匹敵する力を付けて居ります! 最後の仕事が終ったら料理長にしてやって下さい」
「最後の仕事?」

小説らしき読み物(12)

2016年01月22日 10時15分48秒 | 暇つぶし
                     
 部屋に帰って来た和久は、窓辺の椅子に座り、チラホラと見えている街明かりを見ながら、明日からの事を考えている。
 翌日、朝食を済ませて部屋に帰った所に、千恵子と昌孝が来た。
 二人は和久の前に座り、深々と頭を下げて昨日の礼を言う……千恵子は顔を上げ、何かを決意してるような眼差しで和久を見詰めている。
「霧野様! 先程、料理長が来まして辞表を置いて行きました! 訳を尋ねましたところ(霧野様の料理を食べて目が覚めました……この程度の料理の腕で慢心していた自分が恥ずかしい! ご迷惑をお掛けして申し訳有りませんでした……もう一度、料理を見直したいので我がままをお許し下さい! 霧野様に宜しくお伝え下さい)そう言って出て行きました……霧野様!」
 千恵子が、そう切り出し掛けた時。
「お話は分かって居ります! 微力ながらお手伝いをさせて頂きます」
 千恵子の礼に答える和久。
「期間は五ヶ月です! 昌孝さん、如何ですか?」
 昌孝の気概を知ろうと、言葉を投げ掛けた和久。
「有難う御座います! 死ぬ気で付いて行きます……よろしくお願い致します」
 きっぱりと言い切った昌孝。
 安堵した眼差しで、和久を見詰めている千恵子。
 厨房に料理人を集めるよう昌孝に言い、千恵子と共に部屋を出て厨房に向かう和久。
「霧野様、本当に五ヶ月で大丈夫なのでしょうか?」
 厨房に向かう途中、心配して問い掛ける千恵子。
「女将さん、ご子息には基本が出来ています……それに、ずば抜けた味覚の持ち主である事も分かっています! ご心配にはおよびません。 ただ、この期間は何が有っても見守るだけにして下さい……それから私とご子息は、今日から住み込みの部屋に移りますので、宜しくお願いします」
 母親の気持ちに釘を刺して安心するように言い、千恵子は住み込みの部屋に移ると言う和久に、恐縮しながらも従った……また、昌孝の味覚を、どうして和久が知っているのか不思議に思う千恵子である。
 厨房には、笹の家の料理人が全て集まっている。
「皆さん! 今日から五ヶ月間、料理長として厨房を見て頂く事に成りました霧野様です……ご指示に従って下さい!」
 優しく美しい容姿に似合わず、威厳に満ちた態度で伝える千恵子は、改めて和久を紹介し、副料理長の梅田を和久に紹介した。
「梅田と言います! 霧野料理長、宜しくご指導下さい」
 五~六歳は年上と思われる梅田に、挨拶をされた和久。
「梅田さん、此方こそ宜しくお願い致します! ちょっと出掛けたいので昌孝君をお借りします……後の事は宜しくお願いします」
 厨房を梅田に頼み、千恵子と昌孝と共に厨房を後にする和久。
 仕入れに使う車を昌孝に用意させ、笹の家を出る。
「昌、野菜農家に知り合いは居ないか?」
 車中、昌孝に問い掛ける和久。
「兄さん、二十分程行った所に農業と野菜を作っている親友が居ますが……」
「そうか! 其処に行ってみよう……」
 和久の言葉で、連絡を取った昌孝。
 暫く走ると、ビニールハウスが無数に建てられた、広大な田園風景が見えて来た。 
 市道から少し狭い農道に入り、農家の庭先に車を停めた昌孝……其の農家の作業小屋と思われる入り口に、二つの人影が見える。 車から降りた昌孝は、小走りに二人の所に駈け寄り、車の方を指差しながら話し出した。
 暫く時間を置き、車から降りて三人の所に向かう和久……昌孝に紹介されて作業小屋に入った和久は、野菜の収穫の状況を聞いた。
 米田 一郎と紹介された昌孝の友人は、五軒の野菜農家で無農薬の野菜作りを目指していると言うのだが、収穫の二割近く出る出荷出来ない野菜の為に、皆が頭を痛めていると言う……処分にも金が掛かる為に、利益が出ないと言うのだ。 
 話を聞いた和久は、出荷出来ないと言う野菜を持って来て貰らう事にした。 米田が其々の農家に連絡を取り、暫く待っていると野菜が運ばれて来た。
 確かに、米田が言うように曲がっている物や、虫が食っている物や不揃いの野菜ばかりである。
 その野菜を試食した和久は、頷きながら昌孝を見ている。
「美味い! 昌、お前も食べてみい……」
 和久に言われて野菜を食べた昌孝は、驚いた様な顔で和久を見た。
「兄さん、今までに食べて来た野菜とは違います! 甘いし美味いです!」
 驚いて素直に言った昌孝。
「昌! 此れが本当の野菜の味なのや! 農薬漬けで虫も食べん様な野菜とは違うのや! 此れが大地の力なのや!」
 和久の言葉を噛み締める昌孝。
 昌孝の言葉を聞いた和久は、其々の顔を見回した。
「米田さん出荷出来ない野菜を、笹の家で全部引き取らせて頂けませんか? 金額は其方で決めて頂いて結構ですので……」
 和久の申し出に驚いた米田は、五人で話し合いを始め和久を見た。
「料理長、お金は頂けません! 廃棄する労力を考えれば、引き取って頂けるだけで助かりますから……」
 米田の言葉に、皆が納得しているのを見た和久。
「皆さんが丹精込めて作られた野菜です! 無料で頂く訳にはいきません! その代わりに、毎日届けて頂けませんか?」
 和久の提案に納得した米田達は、その提案を受け入れた。
 和久と昌孝は、試食して残った野菜を車に積んで帰路についた。