せっかく、
4日目にしてロイコートラベルインフォ(loikawtravel.infos@gmail.com) から首長族の里PanPet(PahPae)の新年祭りへ行ける旨の返信メールがきたのに、
ヤンゴンの某・Sトラベル社が、ヤンゴン-ロイコー便の運航日を教えずに放置したので行けない事に。
残念だ。
冬に、ニャウンシュエから行こう。
首長族が民族移動でたどり着いたと言われる地にして、ミャンマー最大の首長村がある首長族の里、カヤー州デモーソー郊外へ、新年祭りを観に行くか思案中。
以前まで許可が必要だったらしい。
地球の歩き方にはカヤー州自体が載っていない。
外国の旅行ガイドブック・ロンリープラネットを買ったので、辞書を引き引き翻訳すると、
許可なしで行けるとも書いているし、現地の旅行社?で80ドルで首長村への車と許可を取ってくれると書いているし。
どっちなんだ?
あと、州都ロイコーでしか泊まってはいけないらしい。ロイコーから1時間半とのことだから、早く出れば日帰りは可能だろうが、ロイコー到着日や出発日に寄ることは出来ないのか。
現地の旅行社にコンタクト取ってみるか。
以前まで許可が必要だったらしい。
地球の歩き方にはカヤー州自体が載っていない。
外国の旅行ガイドブック・ロンリープラネットを買ったので、辞書を引き引き翻訳すると、
許可なしで行けるとも書いているし、現地の旅行社?で80ドルで首長村への車と許可を取ってくれると書いているし。
どっちなんだ?
あと、州都ロイコーでしか泊まってはいけないらしい。ロイコーから1時間半とのことだから、早く出れば日帰りは可能だろうが、ロイコー到着日や出発日に寄ることは出来ないのか。
現地の旅行社にコンタクト取ってみるか。
首長族の少女が移動したのを追ってみて始まった旅なのだが、彼女がビルマ(ミャンマー)へ移動したことで色々と、首長族について浅く広く知る機会になっている。

(NIKON D800+50mm)
まず、彼女は何故に移動しているのか?
初めに会ったのは、(北タイのチェンライから北に行った)メーチャンの山岳民族の観光村。
ここは、ゴールデントライアングル(三角黄金地帯<昔の無法地帯>)の観光ルートに組み込まれているので賑やかだ。
そこから次の年は、山を越えたタートンの民族村に。

(SONYα7R+NIKON 50mm)
ここは、チェンライへの川下りの出発点に近いようで、ゾウ使いの村にも寄る観光ルートのようだがチェンライ近郊よりは静かだ。子持ちが多く、のんびりしている。

(XperiaZ1)
そして今年は、ビルマの観光地に。

(PENTAX645D+Hassel CF60mm)
ここは、首長族の里?から200kmほど離れた、西洋人に人気の観光地であるが、首長族のブース・土産店以外で首長族を見かけるようなことは無さそうだ。
三箇所で撮った彼女の格好の特徴を見ると、
最初は、(フェイスペイントはしているが、)ナチュラルなメイク、派手な髪飾り、民族服の白い貫頭衣の上に地味すぎる柄の長袖シャツ、手首には首長族定番のシルバー色の装飾リング。
次の年は、濃いメイク、派手な服、下ろした長い髪、手首には誰かから貰ったと思われる翡翠のリング。
しかし、次の年のビルマでは、タナカを雑に塗りたくられた白い顔、寒い時期も上着を着てはいけないのか民族着、目に掛からないくらいの前髪、手首に翡翠のリングはしていないでシルバー色のリングだけ(腕時計は変わらず)。
おそらく、タイでは緩い首長族で良かったのだが、ビルマでは“首長族はこうあるべき”という姿に厳しく正されてしまった可能性がある。
ビルマの観光地で売店の男に聞いたときに、「タイでは儲からないので彼女らは此処へ来たんだ」と言っていたが、
14・5の少女が自ら、そんな(金銭の)理由で好きなオシャレを我慢する場所に来るとは思えない。
詳細が不明な話なのだが、当初おそらく親に付いて来たのだろうかと思ったが、売店にお姉さんとお婆さん?が居たみたいで、姉妹がまだ(国境の)メーホンソンの難民首長村に居るとかなんとか。

(メーホンソン ナイソイ村の子供達)
彼女の親がメーホンソン(昔の首長族観光の中心地)に移って、ついでに祖母・姉が出稼ぎしている観光地へ送り出されたか。
タートンから直にビルマに入ったのかと思ってたが、どうやらメーホンソンを経由してきたようだ。
色々な情報は、タイのIDカード(バット・プラチャーチョン?)を見れば分かると思って聞いてみたのだが、ビルマの観光地の首長族は誰一人持っていないそう。
タイの首長族はどうなっているだろう?
今はタイも、山岳民族にもIDを与えて定住化を図っているようであるが。
カレン族の多いミャンマーのカヤー州は以前、カレン民族解放軍など反政府組織が戦っていたくらいなので、
難民だと言えば出入り自由なのか、
はたまたミャンマーの証明書を持って国境を越えているのか・・。今度確認してみよう。

(パーイ川・メーホンソン国境ちかくの、フアイプーケン村の子供達)
それにしても遠い。
彼女らは北タイのメーホンソンから国境を越えてミャンマー側に、合法的か違法か分からないが、移動しているが、
我々外国人には解放されていない国境だ。
タチレイ(タチレク)などの、タイから陸路で訪れることの出来るミャンマー国境の町すら、国境でパスポートを預けないといけなくて、遠くへ行ってはいけない事になっている。
現状、バンコクからヤンゴン(または成田からヤンゴン)、さらにカヤー州へ飛ばないといけなくて、北タイが完全に別方向で遠くなる。
チェンマイに着いて20~60バーツ(80~200円)でターペー門周辺に行って、すぐレンタバイクで中・大型バイクを借りて3時間ほどで会いに行くのが、景色もよく好きだったのだが・・。
毎年会いに行ってる女の子の居る観光地から首長族の里までは250kmもあるようなので(飛行機の直行便など無いし、道も悪いので)、バス移動で1日取られる。
5日間ぐらいの休みだと、里と馴染みの子の両方を廻ることが難しい。
タイは経済発展しているし、首長族もタイで過ごしたほうが良さそうなものだが(自分も通うのに助かるのだが)、どっこい、彼女らは儲からないのでミャンマーに来たという話だ。
確かに、首長観光の中心地だったメーホンソンは、
チェンマイ近郊の観光村やチェンライ近郊の観光村の出現で客が少なくなったというし、

(メーホンソン・ナイソイ村の、首の真鍮リングを巻くのを辞めた女の人)
賑わっている村にしても、売っている物が150バーツ(600円)前後で良心的、さらに首長族が多くて収入が分散するという感じのようだ。

(チェンマイ近郊の観光村の子供達)
ミャンマーの観光地の方では、超インフレで物価が上がった影響か、翡翠など宝石類もあるが、宝石類以外でも平気で一つ20ドル(2300円)とか30ドル(3500円)とか吹っかけてくる。
思うに、タイの観光地とかで土産物で高額を吹っかけてくるのはミャンマー人なんじゃないか?とすら思えてくる。
インドなんかでは顧客という考えが薄く、その時どれだけ高く売れるかということで売りつけるらしいが、それに近い。
ホテルも、タイで4000円クラスの部屋で、ミャンマーでは10000円くらいする。タイは最高だ。ミャンマーは適正な価格になってほしい。
その為には、陸路を開放(陸路国境でパスポートを取り上げない)してもらって、タイに居る外国人客を招き入れて、ホテル等の供給量を増やしてサービス競争を起こしてもらうしかないのだが。
一応、ミャンマー政府はカヤー州の観光整備を行うということで、仏教遺跡のあるバガン、マンダレー、インレー湖という周遊コースにもう一つ観光地が加わるのかもしれないが、陸路(および北タイからミャンマー地方都市への空路)を開発してもらわないとアクセスが悪過ぎる。
北タイは景色も良く、大型バイクも借りられ、住んでみたいと思うほどだが、
ミャンマーでは今のところ、物価高でさらに“ぼったくる”イメージしかないので、あまり行きたくない。


観察対象をタイ側にも確保しておきたいものだ。

(これは多分、耳長族の子)
今後とりあえず首長族の里の新年祝いと、誰かの結婚式(できればミャンマー側・タイ側両方)は観察したい。

(NIKON D800+50mm)
まず、彼女は何故に移動しているのか?
初めに会ったのは、(北タイのチェンライから北に行った)メーチャンの山岳民族の観光村。
ここは、ゴールデントライアングル(三角黄金地帯<昔の無法地帯>)の観光ルートに組み込まれているので賑やかだ。
そこから次の年は、山を越えたタートンの民族村に。

(SONYα7R+NIKON 50mm)
ここは、チェンライへの川下りの出発点に近いようで、ゾウ使いの村にも寄る観光ルートのようだがチェンライ近郊よりは静かだ。子持ちが多く、のんびりしている。

(XperiaZ1)
そして今年は、ビルマの観光地に。

(PENTAX645D+Hassel CF60mm)
ここは、首長族の里?から200kmほど離れた、西洋人に人気の観光地であるが、首長族のブース・土産店以外で首長族を見かけるようなことは無さそうだ。
三箇所で撮った彼女の格好の特徴を見ると、
最初は、(フェイスペイントはしているが、)ナチュラルなメイク、派手な髪飾り、民族服の白い貫頭衣の上に地味すぎる柄の長袖シャツ、手首には首長族定番のシルバー色の装飾リング。
次の年は、濃いメイク、派手な服、下ろした長い髪、手首には誰かから貰ったと思われる翡翠のリング。
しかし、次の年のビルマでは、タナカを雑に塗りたくられた白い顔、寒い時期も上着を着てはいけないのか民族着、目に掛からないくらいの前髪、手首に翡翠のリングはしていないでシルバー色のリングだけ(腕時計は変わらず)。
おそらく、タイでは緩い首長族で良かったのだが、ビルマでは“首長族はこうあるべき”という姿に厳しく正されてしまった可能性がある。
ビルマの観光地で売店の男に聞いたときに、「タイでは儲からないので彼女らは此処へ来たんだ」と言っていたが、
14・5の少女が自ら、そんな(金銭の)理由で好きなオシャレを我慢する場所に来るとは思えない。
詳細が不明な話なのだが、当初おそらく親に付いて来たのだろうかと思ったが、売店にお姉さんとお婆さん?が居たみたいで、姉妹がまだ(国境の)メーホンソンの難民首長村に居るとかなんとか。

(メーホンソン ナイソイ村の子供達)
彼女の親がメーホンソン(昔の首長族観光の中心地)に移って、ついでに祖母・姉が出稼ぎしている観光地へ送り出されたか。
タートンから直にビルマに入ったのかと思ってたが、どうやらメーホンソンを経由してきたようだ。
色々な情報は、タイのIDカード(バット・プラチャーチョン?)を見れば分かると思って聞いてみたのだが、ビルマの観光地の首長族は誰一人持っていないそう。
タイの首長族はどうなっているだろう?
今はタイも、山岳民族にもIDを与えて定住化を図っているようであるが。
カレン族の多いミャンマーのカヤー州は以前、カレン民族解放軍など反政府組織が戦っていたくらいなので、
難民だと言えば出入り自由なのか、
はたまたミャンマーの証明書を持って国境を越えているのか・・。今度確認してみよう。

(パーイ川・メーホンソン国境ちかくの、フアイプーケン村の子供達)
それにしても遠い。
彼女らは北タイのメーホンソンから国境を越えてミャンマー側に、合法的か違法か分からないが、移動しているが、
我々外国人には解放されていない国境だ。
タチレイ(タチレク)などの、タイから陸路で訪れることの出来るミャンマー国境の町すら、国境でパスポートを預けないといけなくて、遠くへ行ってはいけない事になっている。
現状、バンコクからヤンゴン(または成田からヤンゴン)、さらにカヤー州へ飛ばないといけなくて、北タイが完全に別方向で遠くなる。
チェンマイに着いて20~60バーツ(80~200円)でターペー門周辺に行って、すぐレンタバイクで中・大型バイクを借りて3時間ほどで会いに行くのが、景色もよく好きだったのだが・・。
毎年会いに行ってる女の子の居る観光地から首長族の里までは250kmもあるようなので(飛行機の直行便など無いし、道も悪いので)、バス移動で1日取られる。
5日間ぐらいの休みだと、里と馴染みの子の両方を廻ることが難しい。
タイは経済発展しているし、首長族もタイで過ごしたほうが良さそうなものだが(自分も通うのに助かるのだが)、どっこい、彼女らは儲からないのでミャンマーに来たという話だ。
確かに、首長観光の中心地だったメーホンソンは、
チェンマイ近郊の観光村やチェンライ近郊の観光村の出現で客が少なくなったというし、

(メーホンソン・ナイソイ村の、首の真鍮リングを巻くのを辞めた女の人)
賑わっている村にしても、売っている物が150バーツ(600円)前後で良心的、さらに首長族が多くて収入が分散するという感じのようだ。

(チェンマイ近郊の観光村の子供達)
ミャンマーの観光地の方では、超インフレで物価が上がった影響か、翡翠など宝石類もあるが、宝石類以外でも平気で一つ20ドル(2300円)とか30ドル(3500円)とか吹っかけてくる。
思うに、タイの観光地とかで土産物で高額を吹っかけてくるのはミャンマー人なんじゃないか?とすら思えてくる。
インドなんかでは顧客という考えが薄く、その時どれだけ高く売れるかということで売りつけるらしいが、それに近い。
ホテルも、タイで4000円クラスの部屋で、ミャンマーでは10000円くらいする。タイは最高だ。ミャンマーは適正な価格になってほしい。
その為には、陸路を開放(陸路国境でパスポートを取り上げない)してもらって、タイに居る外国人客を招き入れて、ホテル等の供給量を増やしてサービス競争を起こしてもらうしかないのだが。
一応、ミャンマー政府はカヤー州の観光整備を行うということで、仏教遺跡のあるバガン、マンダレー、インレー湖という周遊コースにもう一つ観光地が加わるのかもしれないが、陸路(および北タイからミャンマー地方都市への空路)を開発してもらわないとアクセスが悪過ぎる。
北タイは景色も良く、大型バイクも借りられ、住んでみたいと思うほどだが、
ミャンマーでは今のところ、物価高でさらに“ぼったくる”イメージしかないので、あまり行きたくない。


観察対象をタイ側にも確保しておきたいものだ。

(これは多分、耳長族の子)
今後とりあえず首長族の里の新年祝いと、誰かの結婚式(できればミャンマー側・タイ側両方)は観察したい。
この日も、昨日ほどではないが寒い。
初日のサンセットクルーズの船頭に今日のインデイン遺跡と首長族だけを頼んでいたので、7時に来いというので向かう。

しかし、船頭達が焚き火で暖をとっているところへ辿り着くと、初日の船頭は先約が入っているという。
仕方ないので、船着場に行く道中で声を掛けてきた船頭と交渉。
初日の船頭は20000チャット(2400円)と言ってたが、この船頭は30000チャット(3600円)と吹っかけてきた。値切るのが面倒なので了解する。
ちなみに、インデイン遺跡+1日ボートツアーが、(初日の船頭が言った)20000チャット前後のようである。
今回は、ショップのほとんどを省略して半日に短縮される訳なのだから、15000チャットくらいまでまけて欲しい。
次は値切ってみよう。

今日も霧の中を進む。
昨日の若造とは違って掛け毛布が準備されている。
ユニクロのフリースの上にベストを着て、更にライフジャケットを着ていたが、水路を遡ってインデイン遺跡に着く頃には薄着になった。
船着場から広場を抜けてメインストリート?へ出ると、牛が。

橋を渡ると、カメラ持ち込み料を取られる。
だが、参道がアーケードの様になっているとは露知らず、わき道の水路沿いを進んでしまう。途中で間違えたかと思って日本人に顔が似ている女性に聞いて進むと、参道の途中に出た。

なんか天井は安普請だし、この柱も昔からなのかどうか・・・。
もっと自然の中に佇むものを想像していたのだが、お土産露天が両脇にずらっと並んでいて遺跡に向かうという感じではない。

福建省の世界遺産の土楼群を見に行ったときに、整備されすぎた土楼と生活に使っている素朴な土楼の両方を観て思ったのだが、
あまり観光客向けに整備されていると面白くないのだ。

(ミャンマーのパペットショー<人形劇>は未だ観ていない。)

仏塔が両脇に現れる。
※


坂を上りきると、本堂のような建物。

脇から出て裏に廻ると、更に仏塔がある。
中心部分は手入れされている仏塔がほとんど。“遺跡”といった感じではないが綺麗ではある。




タイと同じで犬がうろついているが、ちょっかいを出さなければ問題ない。

風化した仏塔は、寄進者が居なくなった古い仏塔だろうか。子孫が生きていれば直して色を塗ったりするのだろうか、それとも1代限りなのか疑問。

仏像が納まっている仏塔と、

仏像が無い新しい仏塔(企業の?)がある。

船頭を待たせているので舟に戻る。(お金を払っているので急ぐ必要は無いのだが)
また首長族の○○○ちゃんのところへ。
なんか顔に金粉ついてるよ。

こうしてみると、奥のお姉さんとの首の(真鍮の)長さの違いは歴然だ。(まあ、タイに居た時はもっと長いの着けてた気がするんだけどね。正式な長さに正されたんでしょうか。)

足が寒いのかな?もっと綺麗な柄の布で巻いたほうが・・。


よっ。

どう?私の手さばき。的なカット。

今日は仕切ってる感じの男が居なくて、話し放題な感じだったが、タイ語がしゃべれず。
勉強して、また来年に来ます。ってことで、
凄く客で込んできたので、お互いバイバイと手を振って、笑顔でさよなら。
初日のサンセットクルーズの船頭に今日のインデイン遺跡と首長族だけを頼んでいたので、7時に来いというので向かう。

しかし、船頭達が焚き火で暖をとっているところへ辿り着くと、初日の船頭は先約が入っているという。
仕方ないので、船着場に行く道中で声を掛けてきた船頭と交渉。
初日の船頭は20000チャット(2400円)と言ってたが、この船頭は30000チャット(3600円)と吹っかけてきた。値切るのが面倒なので了解する。
ちなみに、インデイン遺跡+1日ボートツアーが、(初日の船頭が言った)20000チャット前後のようである。
今回は、ショップのほとんどを省略して半日に短縮される訳なのだから、15000チャットくらいまでまけて欲しい。
次は値切ってみよう。

今日も霧の中を進む。
昨日の若造とは違って掛け毛布が準備されている。
ユニクロのフリースの上にベストを着て、更にライフジャケットを着ていたが、水路を遡ってインデイン遺跡に着く頃には薄着になった。
船着場から広場を抜けてメインストリート?へ出ると、牛が。

橋を渡ると、カメラ持ち込み料を取られる。
だが、参道がアーケードの様になっているとは露知らず、わき道の水路沿いを進んでしまう。途中で間違えたかと思って日本人に顔が似ている女性に聞いて進むと、参道の途中に出た。

なんか天井は安普請だし、この柱も昔からなのかどうか・・・。
もっと自然の中に佇むものを想像していたのだが、お土産露天が両脇にずらっと並んでいて遺跡に向かうという感じではない。

福建省の世界遺産の土楼群を見に行ったときに、整備されすぎた土楼と生活に使っている素朴な土楼の両方を観て思ったのだが、
あまり観光客向けに整備されていると面白くないのだ。

(ミャンマーのパペットショー<人形劇>は未だ観ていない。)

仏塔が両脇に現れる。
※



坂を上りきると、本堂のような建物。

脇から出て裏に廻ると、更に仏塔がある。
中心部分は手入れされている仏塔がほとんど。“遺跡”といった感じではないが綺麗ではある。




タイと同じで犬がうろついているが、ちょっかいを出さなければ問題ない。

風化した仏塔は、寄進者が居なくなった古い仏塔だろうか。子孫が生きていれば直して色を塗ったりするのだろうか、それとも1代限りなのか疑問。

仏像が納まっている仏塔と、

仏像が無い新しい仏塔(企業の?)がある。

船頭を待たせているので舟に戻る。(お金を払っているので急ぐ必要は無いのだが)
また首長族の○○○ちゃんのところへ。
なんか顔に金粉ついてるよ。

こうしてみると、奥のお姉さんとの首の(真鍮の)長さの違いは歴然だ。(まあ、タイに居た時はもっと長いの着けてた気がするんだけどね。正式な長さに正されたんでしょうか。)

足が寒いのかな?もっと綺麗な柄の布で巻いたほうが・・。


よっ。

どう?私の手さばき。的なカット。

今日は仕切ってる感じの男が居なくて、話し放題な感じだったが、タイ語がしゃべれず。
勉強して、また来年に来ます。ってことで、
凄く客で込んできたので、お互いバイバイと手を振って、笑顔でさよなら。
この旅一番の冷え込みで起きる。

寒いのでさっさと支度をしてフロントへ。
首長族に会いに行きたいだけなのだが、色々な所を周るボートのコースに組み込まれてるらしい。
8時になるが迎えが来ない。
女将さん?が電話をかけて、やっと来たのが後輩T・Nに顔が似た高校生くらいにしか見えない若者ひとり。
ほんとに彼に似ている人が多いな、この地域は。
英語がほとんど出来ないコンビで心配だが、(迎えの車などあるはずもなく)歩いて橋の近くのボート乗り場へ。いざインレー湖へ。

ユニクロのフリースを着たが、(飛ばす)ボートが受ける風で寒い。
風を防ぐ、登山用のウインドブレーカーが欲しい。

1時間近くで、湖の中ほどまで来ると少し暖かくなる。
集落の入り口に、仏像を載せて練り周るファウンドゥーウー祭りの山車?舟飾り?が。


居住空間を抜けてナムパン村へ。

今日の五日市の場所だ。(毎日開催場所が移動して五日で一巡する)

まあ、人混みが好きではないので、面白くはない。すぐに退散。

次の場所へ出航。
機織り工房へ連れて行かれる。


英語で解説する女性がいるが、英語が分からず。
地球の歩き方に、蓮の繊維で作った糸で織った貴重な布なので買ったほうが良いと書いてあるが、
布に興味ないし、地味な色の布だし。

次に舟大工と葉巻工房へ、どんぶらこ。舟大工はスルー。

スモーカーの人たち向けのネタ(お土産)に、葉巻を購入。

ここでレストランへ。
日が当たらない側で、半袖Tシャツで舟を降りたのを後悔。肌寒い。

ここでもミャンマーカレーを食べて、舟に戻ろうとすると、歩いて寺へ行けるという。
ファウンドゥーウー・パヤーへ。

仏像に金箔を貼りまくっている。

女性は近づいてはいけないらしい。

自分も5000チャット(600円くらい)で金箔10枚セットを購入。

貼りに行くがなかなか近づけない。
なんとかペタペタ。
どうか、いつもの首長族の子に会えますように・・。
しかし、こんな形になるまで貼るとは、どれだけ貼ったんだ?

舟に戻るときに、小さい男の子がお母さんを手伝っていたので撮ったら、お姉ちゃんも手伝っていた。

やっと待ちに待った、首長族のところへ。
ここまで来て、あの子は居るだろうか?、と不安だ。
上陸して、3人並んで機織りをしている首長族の女の子を眺める。
?
○○○ マイカッ? (○○○ですか?)※クン(さん)をつけるのを忘れた。。
そうだという。
化粧がミャンマー風にさせられていた(タナカ<日焼け止めファンデーション>を塗りたくられて顔が白め)ので一瞬分からなかった。
え、私に会いに来たの?(とは言わないが、そんな感じ)

なんか大きなカメラだね・・・、的な表情。

一番明るい処に居たのがお姉さんらしいのだが、特に話はしなかった。

それにしても薄暗い。カメラがブレブレだ。

午後でそれほど客はいなかったが、(英語が話せる)仕切ってる感じの男が居て、あまり○○○に話しかけられない感じ。
だが、その男に首長族の里の場所など色々と聞いた。
次の日も来るつもりだったので退散。

寒いのでさっさと支度をしてフロントへ。
首長族に会いに行きたいだけなのだが、色々な所を周るボートのコースに組み込まれてるらしい。
8時になるが迎えが来ない。
女将さん?が電話をかけて、やっと来たのが後輩T・Nに顔が似た高校生くらいにしか見えない若者ひとり。
ほんとに彼に似ている人が多いな、この地域は。
英語がほとんど出来ないコンビで心配だが、(迎えの車などあるはずもなく)歩いて橋の近くのボート乗り場へ。いざインレー湖へ。

ユニクロのフリースを着たが、(飛ばす)ボートが受ける風で寒い。
風を防ぐ、登山用のウインドブレーカーが欲しい。

1時間近くで、湖の中ほどまで来ると少し暖かくなる。
集落の入り口に、仏像を載せて練り周るファウンドゥーウー祭りの山車?舟飾り?が。


居住空間を抜けてナムパン村へ。

今日の五日市の場所だ。(毎日開催場所が移動して五日で一巡する)

まあ、人混みが好きではないので、面白くはない。すぐに退散。

次の場所へ出航。
機織り工房へ連れて行かれる。


英語で解説する女性がいるが、英語が分からず。
地球の歩き方に、蓮の繊維で作った糸で織った貴重な布なので買ったほうが良いと書いてあるが、
布に興味ないし、地味な色の布だし。

次に舟大工と葉巻工房へ、どんぶらこ。舟大工はスルー。

スモーカーの人たち向けのネタ(お土産)に、葉巻を購入。

ここでレストランへ。
日が当たらない側で、半袖Tシャツで舟を降りたのを後悔。肌寒い。

ここでもミャンマーカレーを食べて、舟に戻ろうとすると、歩いて寺へ行けるという。
ファウンドゥーウー・パヤーへ。

仏像に金箔を貼りまくっている。

女性は近づいてはいけないらしい。

自分も5000チャット(600円くらい)で金箔10枚セットを購入。

貼りに行くがなかなか近づけない。
なんとかペタペタ。
どうか、いつもの首長族の子に会えますように・・。
しかし、こんな形になるまで貼るとは、どれだけ貼ったんだ?

舟に戻るときに、小さい男の子がお母さんを手伝っていたので撮ったら、お姉ちゃんも手伝っていた。

やっと待ちに待った、首長族のところへ。
ここまで来て、あの子は居るだろうか?、と不安だ。
上陸して、3人並んで機織りをしている首長族の女の子を眺める。
?
○○○ マイカッ? (○○○ですか?)※クン(さん)をつけるのを忘れた。。
そうだという。
化粧がミャンマー風にさせられていた(タナカ<日焼け止めファンデーション>を塗りたくられて顔が白め)ので一瞬分からなかった。
え、私に会いに来たの?(とは言わないが、そんな感じ)

なんか大きなカメラだね・・・、的な表情。

一番明るい処に居たのがお姉さんらしいのだが、特に話はしなかった。

それにしても薄暗い。カメラがブレブレだ。

午後でそれほど客はいなかったが、(英語が話せる)仕切ってる感じの男が居て、あまり○○○に話しかけられない感じ。
だが、その男に首長族の里の場所など色々と聞いた。
次の日も来るつもりだったので退散。