首長族。

首長族。や、カレン族、タイ北部に注目するブログ。

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ここまでの、首長族とミャンマー・レポート

2015-01-18 15:56:55 | 首長族。
首長族の少女が移動したのを追ってみて始まった旅なのだが、彼女がビルマ(ミャンマー)へ移動したことで色々と、首長族について浅く広く知る機会になっている。

                                                (NIKON D800+50mm)
まず、彼女は何故に移動しているのか?

初めに会ったのは、(北タイのチェンライから北に行った)メーチャンの山岳民族の観光村。
ここは、ゴールデントライアングル(三角黄金地帯<昔の無法地帯>)の観光ルートに組み込まれているので賑やかだ。

そこから次の年は、山を越えたタートンの民族村に。

(SONYα7R+NIKON 50mm)
ここは、チェンライへの川下りの出発点に近いようで、ゾウ使いの村にも寄る観光ルートのようだがチェンライ近郊よりは静かだ。子持ちが多く、のんびりしている。

(XperiaZ1)
そして今年は、ビルマの観光地に。

(PENTAX645D+Hassel CF60mm)
ここは、首長族の里?から200kmほど離れた、西洋人に人気の観光地であるが、首長族のブース・土産店以外で首長族を見かけるようなことは無さそうだ。

三箇所で撮った彼女の格好の特徴を見ると、

最初は、(フェイスペイントはしているが、)ナチュラルなメイク、派手な髪飾り、民族服の白い貫頭衣の上に地味すぎる柄の長袖シャツ、手首には首長族定番のシルバー色の装飾リング。
次の年は、濃いメイク、派手な服、下ろした長い髪、手首には誰かから貰ったと思われる翡翠のリング。
しかし、次の年のビルマでは、タナカを雑に塗りたくられた白い顔、寒い時期も上着を着てはいけないのか民族着、目に掛からないくらいの前髪、手首に翡翠のリングはしていないでシルバー色のリングだけ(腕時計は変わらず)。

おそらく、タイでは緩い首長族で良かったのだが、ビルマでは“首長族はこうあるべき”という姿に厳しく正されてしまった可能性がある。


ビルマの観光地で売店の男に聞いたときに、「タイでは儲からないので彼女らは此処へ来たんだ」と言っていたが、
14・5の少女が自ら、そんな(金銭の)理由で好きなオシャレを我慢する場所に来るとは思えない。

詳細が不明な話なのだが、当初おそらく親に付いて来たのだろうかと思ったが、売店にお姉さんとお婆さん?が居たみたいで、姉妹がまだ(国境の)メーホンソンの難民首長村に居るとかなんとか。

(メーホンソン ナイソイ村の子供達)
彼女の親がメーホンソン(昔の首長族観光の中心地)に移って、ついでに祖母・姉が出稼ぎしている観光地へ送り出されたか。
タートンから直にビルマに入ったのかと思ってたが、どうやらメーホンソンを経由してきたようだ。

色々な情報は、タイのIDカード(バット・プラチャーチョン?)を見れば分かると思って聞いてみたのだが、ビルマの観光地の首長族は誰一人持っていないそう。

タイの首長族はどうなっているだろう?
今はタイも、山岳民族にもIDを与えて定住化を図っているようであるが。

カレン族の多いミャンマーのカヤー州は以前、カレン民族解放軍など反政府組織が戦っていたくらいなので、
難民だと言えば出入り自由なのか、
はたまたミャンマーの証明書を持って国境を越えているのか・・。今度確認してみよう。

(パーイ川・メーホンソン国境ちかくの、フアイプーケン村の子供達)

それにしても遠い。
彼女らは北タイのメーホンソンから国境を越えてミャンマー側に、合法的か違法か分からないが、移動しているが、
我々外国人には解放されていない国境だ。
タチレイ(タチレク)などの、タイから陸路で訪れることの出来るミャンマー国境の町すら、国境でパスポートを預けないといけなくて、遠くへ行ってはいけない事になっている。
現状、バンコクからヤンゴン(または成田からヤンゴン)、さらにカヤー州へ飛ばないといけなくて、北タイが完全に別方向で遠くなる。

チェンマイに着いて20~60バーツ(80~200円)でターペー門周辺に行って、すぐレンタバイクで中・大型バイクを借りて3時間ほどで会いに行くのが、景色もよく好きだったのだが・・。

毎年会いに行ってる女の子の居る観光地から首長族の里までは250kmもあるようなので(飛行機の直行便など無いし、道も悪いので)、バス移動で1日取られる。
5日間ぐらいの休みだと、里と馴染みの子の両方を廻ることが難しい。

タイは経済発展しているし、首長族もタイで過ごしたほうが良さそうなものだが(自分も通うのに助かるのだが)、どっこい、彼女らは儲からないのでミャンマーに来たという話だ。
確かに、首長観光の中心地だったメーホンソンは、
チェンマイ近郊の観光村やチェンライ近郊の観光村の出現で客が少なくなったというし、

(メーホンソン・ナイソイ村の、首の真鍮リングを巻くのを辞めた女の人)
賑わっている村にしても、売っている物が150バーツ(600円)前後で良心的、さらに首長族が多くて収入が分散するという感じのようだ。

(チェンマイ近郊の観光村の子供達)

ミャンマーの観光地の方では、超インフレで物価が上がった影響か、翡翠など宝石類もあるが、宝石類以外でも平気で一つ20ドル(2300円)とか30ドル(3500円)とか吹っかけてくる。
思うに、タイの観光地とかで土産物で高額を吹っかけてくるのはミャンマー人なんじゃないか?とすら思えてくる。
インドなんかでは顧客という考えが薄く、その時どれだけ高く売れるかということで売りつけるらしいが、それに近い。

ホテルも、タイで4000円クラスの部屋で、ミャンマーでは10000円くらいする。タイは最高だ。ミャンマーは適正な価格になってほしい。
その為には、陸路を開放(陸路国境でパスポートを取り上げない)してもらって、タイに居る外国人客を招き入れて、ホテル等の供給量を増やしてサービス競争を起こしてもらうしかないのだが。
一応、ミャンマー政府はカヤー州の観光整備を行うということで、仏教遺跡のあるバガン、マンダレー、インレー湖という周遊コースにもう一つ観光地が加わるのかもしれないが、陸路(および北タイからミャンマー地方都市への空路)を開発してもらわないとアクセスが悪過ぎる。

北タイは景色も良く、大型バイクも借りられ、住んでみたいと思うほどだが、
ミャンマーでは今のところ、物価高でさらに“ぼったくる”イメージしかないので、あまり行きたくない。



観察対象をタイ側にも確保しておきたいものだ。

(これは多分、耳長族の子)

今後とりあえず首長族の里の新年祝いと、誰かの結婚式(できればミャンマー側・タイ側両方)は観察したい。

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