曇り 8年生試験

2009-02-28 18:57:30 | Weblog
友人が受けた8年生の試験を聴きに音楽学校に行った。
Ex coroと呼ばれる昔の修道院で行われた。
試験でなく、演奏会である。
僕も2年前に受けたが、もっと規模の小さいものだった。
まぁ学校が違ったので比較できないが・・・。
僕もこの6月に10年生の試験(卒業試験)をここで受けます。
この素晴らしい雰囲気に負けない演奏をしたい。

曇り少し晴れ 散髪

2009-02-27 13:17:22 | Weblog
暑くなってきたので髪を切りにMirabellaに行った。
僕の音楽を紹介しようと思い、ヴィオラ・ダ・ガンバを持参した。
この写真の人はこの店"Paola free stile"のオーナー、パオラさん。
何曲か弾いた中で「ふるさと」が一番印象づいたようだ。

曇り 訃報

2009-02-26 14:29:09 | Weblog
音楽学校の中にあるバールの料理主人が亡くなった。
大家が僕の師匠と電話して聞いたところによると、拳銃で自殺されたとか・・・。
新聞には、火曜日「自ら行くこと」を決めた、と書いてある。
僕が悩んでいたときに助けてくれた人の一人である。
今週月曜日に会ったばかりで、まだ信じることが出来ない。
ご冥福をお祈りします。
ゆっくり休んでください。

晴れ 我々のアンサンブル練習

2009-02-25 22:59:03 | Weblog
いよいよ本格的に我々の新規結成したアンサンブルの練習を開始した。
マッテオとロベルトに家に来てもらった。
今日は5月にあるコンクールを望んでのものの話し合いをし、曲の選択を行った。
30分のプログラムなのだが、イタリアもの1つ、ドイツもの1つ、そしてフランスもの1つですることを決めた。

練習後、夕食に参加。
カーニヴァルが終わって、今日から少食の時期に入った。
この時期はお肉をとらず、魚を取るようだ。
今日も、大家のご自慢の料理が振舞われた。
ヴェネト郷土料理"Renga"(方言、イタリア語でなんていうか分からない)をよばれた。
先日いただいたBaccalàとともに大家、パオラ、の自慢料理らしい。

曇り 滞在許可証

2009-02-23 17:11:19 | Weblog
書類がそろったので、滞在許可証延長の受け取りのため、クエストゥーラに行った。
結果は、まだ出来ておらず2ヵ月後だそうな。
午前8時半に現地に到着して3時間、立ちながら待った。

午後は音楽学校に行き、友人たちと会った。

晴れのち曇り 特記事項なし

2009-02-22 21:56:48 | Weblog
一日中、ヴィオラ・ダ・ガンバを弾いた。

話は変わって、イタリア人の文章の作り方が日本人のものとは違うので紹介したい。
今、ミケーラに日本語を教えているのだが、先に簡単な漢字を紹介していた。
木の形から「木」が出来た。
木が2つで「林」
木が3つで「森」
そして「山」も山の形から生まれた、と。
そしたら「ミケーラ 木 森 山」と書いた。
「ミケーラは山の近くの森の中にある木の上にいる。」というのを表現したかったようだ。
ミケーラの後は語順が逆なのが興味深い。
そして「日本語は最後に動詞が来る、定冠詞も前置詞も無い。」などを紹介して、日本語の文章の作り方を言った。

晴れ アンサンブルの初練習

2009-02-21 17:34:40 | Weblog
ロベルトのトラヴェルソとオーボエ、マッテオのトラヴェルソそして僕のヴィオラ・ダ・ガンバの3人で
新アンサンブルの初練習を行った。(アンサンブル名は検討中)
バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第一番を彼自身でアレンジしたトリオソナタト長調のバスパートを弾いた。
よく知っている曲の通奏低音を受け持つことにより、曲の内容をさらに知ることができる。

音楽史の授業でオペラが生まれた背景などを習った。
そしてオペラを上演するさいの劇場で興味深いことを聞いた。
当時17世紀18世紀(革命以前)は劇場には固定席というものがなく、広い土地があって、
座ってみたい人は椅子を持ってきたそうな・・・。

そしてもう一つ、音楽学校のことをイタリア語でconservatorioというがこの単語の生い立ちも聞いた。
ヴィヴァルディーが「ピエタ」女子修道女(男性達は働きに出ていたから女性だけだそうな・・・)で音楽を教えていたのだが、
親の無い孤児(女子)を助ける・保護する・守る(conservare)ために設けられた学校、というのが本来の意味。