今年はたいした怪我をしなかった。
左足の裏と薬指、左手親指の皮がめくれたのと、試合中に袴を踏んでこけたときにぶつけた右ひざにやけどのような擦り傷があるのと、胴を受けたのか右ひじに痣と腫れがある程度。
右ひざのやけどのような傷は、テトロンの袴をはいてこけるとなるらしい。化繊は摩擦したときに熱を出す。だからそれはやけどですと、3年生だったかが教えてくれた。
あたまにたんこぶもあった。3年生の○木か幹事の中○のどちらかだと思うが、背の高いやつが打ち込んだ面がまともに入り、正直目から星が出た。頭を押さえるとまだ少し痛い。
40歳にもなって、ひざ小僧にキズ絆を貼って、筋肉痛でロボットのように歩く姿を我ながら情けないと思うが、なんとなく「名誉の負傷」を自慢したい気持ちもあって、人と会うたびに稽古会の話をし、絆創膏やひじの腫れを見せたりする。
骨折や怪我で包帯を巻いてきた友達がヒーローだった小学生の頃と基本的な価値観は変わっていない。三つ子の魂は百までである。怪我自慢をして気付いたのだが、話を聞いてくれた人の半分くらいは、僕のことをうらやましそうに見ている。
メタボという言葉が広がる前から、みんな運動がしたかったのである。学生のときに運動部にいた人はなおさらだと思う。運動不足を解消したいという欲求もあるだろうが、もしかすると無心になって遊ぶことを求めているのかもしれない。よく言うではないか「あの頃は楽しかったなぁ」と。
何もかも忘れて無心になって遊んだ経験が最近どれだけあるだろうか。全てではないが、大人同士の“お付き合い”にはいろいろ計算しなければならないことがある。多くは損得にまつわるものであり、結果ぐったりと疲れることも多い。
稽古会では無心になれる。面をつけた時点で一剣道部員に戻り、何も考えず、全てをこの一本のために集中する。対峙した現役生の速さ、瞬発力に感嘆しつつも、何の打算も無い純真さに一瞬の涼すら感じることがある。全ての感覚が研ぎ澄まされているからこその感受性の高まり。普段忘れている何かを取り戻している。
年齢を重ねるほど、無心になれる時間を貴重に思う。手が切れそうなくらい冷たい岩清水が、渇きだけでなく全身にたまった澱までも洗い流してくれるように、単純化された目的の中に身を置く事がこれ程までに精神を清澄にしてくれるとは。
堅苦しい文章になってしまったが、稽古会は大人が気持ちよく遊べる場所なのだ。ぜひ多くの卒業生に参加していただきたいと思う。必ず、何かが得られる。
左足の裏と薬指、左手親指の皮がめくれたのと、試合中に袴を踏んでこけたときにぶつけた右ひざにやけどのような擦り傷があるのと、胴を受けたのか右ひじに痣と腫れがある程度。
右ひざのやけどのような傷は、テトロンの袴をはいてこけるとなるらしい。化繊は摩擦したときに熱を出す。だからそれはやけどですと、3年生だったかが教えてくれた。
あたまにたんこぶもあった。3年生の○木か幹事の中○のどちらかだと思うが、背の高いやつが打ち込んだ面がまともに入り、正直目から星が出た。頭を押さえるとまだ少し痛い。
40歳にもなって、ひざ小僧にキズ絆を貼って、筋肉痛でロボットのように歩く姿を我ながら情けないと思うが、なんとなく「名誉の負傷」を自慢したい気持ちもあって、人と会うたびに稽古会の話をし、絆創膏やひじの腫れを見せたりする。
骨折や怪我で包帯を巻いてきた友達がヒーローだった小学生の頃と基本的な価値観は変わっていない。三つ子の魂は百までである。怪我自慢をして気付いたのだが、話を聞いてくれた人の半分くらいは、僕のことをうらやましそうに見ている。
メタボという言葉が広がる前から、みんな運動がしたかったのである。学生のときに運動部にいた人はなおさらだと思う。運動不足を解消したいという欲求もあるだろうが、もしかすると無心になって遊ぶことを求めているのかもしれない。よく言うではないか「あの頃は楽しかったなぁ」と。
何もかも忘れて無心になって遊んだ経験が最近どれだけあるだろうか。全てではないが、大人同士の“お付き合い”にはいろいろ計算しなければならないことがある。多くは損得にまつわるものであり、結果ぐったりと疲れることも多い。
稽古会では無心になれる。面をつけた時点で一剣道部員に戻り、何も考えず、全てをこの一本のために集中する。対峙した現役生の速さ、瞬発力に感嘆しつつも、何の打算も無い純真さに一瞬の涼すら感じることがある。全ての感覚が研ぎ澄まされているからこその感受性の高まり。普段忘れている何かを取り戻している。
年齢を重ねるほど、無心になれる時間を貴重に思う。手が切れそうなくらい冷たい岩清水が、渇きだけでなく全身にたまった澱までも洗い流してくれるように、単純化された目的の中に身を置く事がこれ程までに精神を清澄にしてくれるとは。
堅苦しい文章になってしまったが、稽古会は大人が気持ちよく遊べる場所なのだ。ぜひ多くの卒業生に参加していただきたいと思う。必ず、何かが得られる。