食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

ローマ教皇の料理番スカッピ -ルネサンスと食の革命(4)

2021-05-27 17:17:39 | 第四章 近世の食の革命
ローマ教皇の料理番スカッピ -ルネサンスと食の革命(4)
前回はルネサンス期のイタリア・フェラーラで活躍した天才料理人メッシスブーゴのお話をしましたが、今回はもう一人の天才料理人バルトロメオ・スカッピ(Bartolomeo Scappi)のお話です。

スカッピはメッシスブーゴと同じルネサンス期にローマで活躍した料理人です。そして、彼の名を有名にしたのもメッシスブーゴと同じようにスカッピ自身が書いた料理本でした。

ルネサンス期にはヨハネス・グーテンベルグ(1398年頃~1468年)が開発した活版印刷技術が普及してきており、良い本が出版されるとまたたく間にヨーロッパ中で読まれるようになっていました。そして、その著者の名は後世まで語り継がれることになったのです。

このように新しい印刷技術は情報の伝達速度を著しく高めるとともに、著者の名を広く知らしめる役割を果たしました。ルターの宗教改革が成功したのも、彼の『95か条の提題』や『新約聖書』(ドイツ語版)が印刷され、多くの人々に読まれたからです。

ちなみに、活版印刷技術は羅針盤、火薬とともに「ルネサンス三大発明」の一つにあげられています。

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バルトロメオ・スカッピ(1500年初頭〜1570年頃)は、ルネサンス期のイタリアの料理人だ。彼はローマでさまざまな枢機卿に仕えたのち、亡くなるまで少なくとも3人のローマ教皇の料理長として働いたとされている。

スカッピがローマ教皇に仕えていたちょうどその頃、バチカンではミケランジェロ(1475~1564年)がシスティーナ礼拝堂で壁画『最後の審判』を描き、また、サン・ピエトロ大聖堂の建築にたずさわっていた。もしかしたらスカッピはミケランジェロとバチカンで話をすることがあったかもしれない。


サン・ピエトロ大聖堂(Michał LechによるPixabayからの画像)

1570年にスカッピは料理書の『オペラ(Opera dell'arte del cucinare)』を出版した。この本は大人気を博し、度重なる重版が行われるとともに、各国で翻訳された。1600年代にはオランダで盗作本が出版されるほどだったという。

オペラは次のように6巻に分かれている。

第1巻:料理全般について、料理長の義務、調理器具、良い食材を見分けて保存する方法
第2巻:動物と鳥の肉の料理とソースの作り方
第3巻:魚、卵、野菜の料理の作り方
第4巻:季節ごとの食べ物、高貴な人と一緒に旅行するために必要なアイテム
第5巻:ペイストリー(小麦粉とバターで作った焼き物)、ケーキなどの作り方
第6巻:体が弱い人のための料理

第2、3、5巻には様々な料理のレシピが掲載され、その数は1000を越える。また、28の緻密に描かれたイラストが載せられており、ルネサンス期にイタリアで使用されていた調理器具などを知ることができる。


オペラに掲載された調理器具

もっとも多いレシピはスープのもので、ほとんどの場合で具材は野菜と肉だ。また、スープの基本的な調味料としては、チーズ・砂糖・シナモンが一緒に使われることが多く、その時代の定番トリオと言っても良いだろう。ちなみにスカッピは、パルミジャーノ・レッジャーノを最高のチーズと呼んでいた。

料理の食材は中世から引き続いて使用されていたものがほとんどだが、中にはシチメンチョウのように新大陸から持ち込まれたものも記載されており、新しい食材が普及しつつあったことがうかがえる。

スカッピは典型的なルネッサンス人であり、科学的・論理的に料理を行った。例えば、煮る時には食材が浮かび上がらないように重りをつけたり、炎によるコゲを防ぐために油を塗った紙を肉に巻いたりなどの工夫をしている。また、ゼラチンを作る時に金属のスプーンを使うと苦くなるため、木のスプーンを使用するなど細かい指示も記載されている。

またスカッピは料理の見栄えにすごくこだわりがあったようで、魚でヤギなどの動物の頭を作るなど、視覚的にインパクトがある料理を好んで作った。そしてそのような料理を、ルネサンス期のイタリアで誕生した美しいマヨリカ焼の食器に盛り付けたそうだ。スカッピは教会の絵画や彫刻をいつも見ていたはずで、それらがスカッピの料理に大きな影響を与えたと思われる。


マヨリカ焼の食器

最後に、スカッピが残したレシピから「塩漬けアンチョビのタルト」を紹介しよう。

塩漬けアンチョビのタルト
(材料)
アンチョビ(カタクチイワシ)、小麦粉、バター、粉チーズ、卵、塩、コショウ

(調理の仕方)
アンチョビのはらわたを取り除き、水でよく洗ってきれいにした後、水気を切ります。
小麦粉に柔らかくしたバターと塩、そしてぬるま湯を少し加え、こねます。
生地をナプキンで包み、数時間寝かせます。
粉チーズ、卵、コショウをよく混ぜておきましょう。
型に寝かせた生地を広げ、その上にアンチョビの切り身を乗せて、さらに粉チーズ、卵、コショウを乗せます。
オーブンで焼いて、温かいまま、または冷たくしてお召し上がりください。