食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

トマト-ヨーロッパにやって来た新しい食(3)

2021-05-12 23:04:50 | 第四章 近世の食の革命
トマト-ヨーロッパにやって来た新しい食(3)


皆さんはトマトをよく食べますか?

総務省の家計調査よると、日本の家庭ではトマトの購入金額が野菜の中でもっとも高いそうです。

年間の消費量について見てみると、日本人一人あたり約4.4kgトマトを食べているそうです。たくさん食べているようにも見えますが、世界を見回してみると下の図のように日本人よりずっと多くのトマトを食べている国がたくさんあります(国連食糧農業機関の統計FAOSTATより)。最も消費量が多いトルコでは1年間に88kgものトマトを食べていて、何と日本人の20倍にもなります。
この図から分かるように、トルコも含めてスペインやギリシアのように地中海に面した国々ではトマトをたくさん食べるようです。この理由は、地中海の温かい気候がトマトの生育に適していたからだと考えられます。



このように今や多くの国々でたくさん食べられるようになったトマトですが、ジャガイモと同じように、ヨーロッパに伝えられてからしばらくの間は食べられることはありませんでした。

今回はこのようなトマトの歴史について見て行きます。

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1521年にアステカ帝国を征服したスペイン人のエルナン・コルテス(1485~1547年)は1527年にスペインに一時帰国しているが、この時に初めてヨーロッパにトマトを持ち帰ったと言う説が有力だ。

ところで、トマトの学名はSolanum lycopersicumと名付けられたが、これは「ナス族の(Solanum) 狼の桃(lycopersicum)」という意味だ。

「桃」と名付けられたのはトマトが桃に近い赤色をしているからだと考えられる。一方「オオカミ」が意味するところは、いつも発情していると思われていたオオカミのように、トマトには発情効果があるとされたからだ。イギリスやフランスではトマトの別名として「愛のリンゴ (love apple, pommes d'amour)」が使われていたが、これもトマトの発情効果が念頭にあったからだ(リンゴは性欲を生み出したエデンの園の「禁断の果実」)。

トマトに発情効果があると思われたのは、同じナス科の「マンドレイク」がトマトに似た実をつけるからだと考えられている。マンドレイクはハリー・ポッターの映画にも出てきた人の形をした根っこを持つ植物で、精力剤をはじめとして様々な薬や毒の原料として用いられていたらしい。そして、古代ギリシアでは「愛のリンゴ」と呼ばれていた。つまり、トマトはマンドレイクの仲間とみなされた結果、発情効果があると思われたわけだ。

このように少し危ない植物とみなされたため、トマトは食用として利用されることはしばらくの間無かった。その間は赤い実がきれいだったことから観賞用として上流階級の邸宅の庭などで育てられていたらしい。

それでも目の前にあると食べようと試みる人が出てくるものだ。イタリアには16世紀の中ごろにスペインからトマトが伝わったとされているが、イタリアの上流階級で実験的にいろいろな植物を食べてみようとした人々がいたようだ。彼らはトマトを食べてみても毒に当たらないし、美味しかったことからトマトに興味を持った。そして、品種改良を進めることでさまざまな色や形のトマトを作り出して行った。

ヨーロッパで最初のトマト料理がいつ作られたかについては記録が残っていないのではっきりしない。トマト料理のレシピが記録に初めて登場するのは1692年にナポリの料理人アントニオ・ラティーニが書いた料理本で、そこには次のようなトマトソースが記載されている。

「熟したトマトをローストし、皮を取り除いたらナイフで細かく刻みます。そこに細かく刻んだ玉ねぎとトウガラシ、そして少量のタイムを加えます。すべてを混ぜ合わせて、少量の塩、オリーブオイル、ワインビネガーで味をととのえます。これは、ゆでた料理などに最適な非常においしいソースです。」

このソースにはトウガラシが使用されていて、メソアメリカで食べられていたトマトを使ったサルサに似ている。

やがて、トウガラシの代わりにニンニクを使った「マリナーラソース」が生まれた。マリナーラソースは、トマトとにんにく、オリーブオイルとバジルを使って作るイタリア料理の基本的なソースだ。マリナーラソースを乗せて作った「マリナーラ・ピザ」はナポリピザの元祖とされており、1734年に初めて作られたと言われている。

こうして、トマトは様々なイタリア料理に使用されるようになって行ったのだが、現在のイタリア料理の定番のトマト料理の多くが登場したのは19世紀なってからで、パスタにトマトが使われるようになったのも19世紀のことだ。

19世紀にはトマトの赤色は緑・白・赤から成るイタリア国旗の赤色を象徴するものと考えられて、料理に盛んに使用されるようになった。例えば、この頃に生まれたピザ・マルゲリータは、国旗の緑・白・赤を表すようにバジル・モッツァレラチーズ・トマトからできている。

  ピザ・マルゲリータ

スペインやフランスでも18世紀頃からトマトが料理に使用され始め、19世紀頃に現在でも食べられている伝統的なトマト料理が作り出されて行った。例えば、スペイン料理の有名な冷製スープである「ガスパチョ」や、世界三大スープのひとつと言われるフランスの「ブイヤベース」も19世紀頃に現在の形が確立したとされている。

ガスパチョ:トマト・タマネギ・キュウリ・パプリカ・ニンニク・バゲット(パン)・オリーブオイルなどをすり鉢ですりつぶして、塩・ワインビネガーで味をととのえる。現代ではミキサーで簡単に作れる。


ガスパチョ(Aline PonceによるPixabayからの画像)

ブイヤベース:鍋でニンニクをオリーブオイルで炒めて香りを出し、セロリ・フェンネル・パセリ・タマネギなどの香味野菜を炒める。次に小魚を炒めて、水を注いで弱火で煮込む。魚のアラを取り出して、トマトペーストと細かく刻んだ野菜、数種類の魚を入れて煮込む。火が通ったらサフラン・塩・コショウで味をととのえる。


ブイヤベース(Innes LinderによるPixabayからの画像)

日本にトマトは17世紀に伝わったとされているが、ヨーロッパと同じように観賞用として栽培されていたそうである。