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食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

雑草のすごい力ー1・2人類は雑草を進化させて穀物を生み出した(3)

2019-11-27 08:32:02 | 第一章 先史時代の食の革命
雑草のすごい能力
小学校の理科の実験で定番なのが植物の栽培だ。低学年ではアサガオなどを育てて、植物が成長する様子を観察する。夏休みには育てたアサガオを家に持って帰って観察を続けるのが宿題だった。面倒くさがりの息子たちをなだめすかして観察日記を書かせたのは、良い思い出だ。

小学校の高学年になると少し高度なことを教わる。インゲン豆などを使って種子が発芽する条件を調べるのだ。インゲン豆を水につけたり冷蔵庫に入れたりして発芽するかを調べる。そして、植物の種子の発芽に必要な要件として、「水」「酸素(空気)」「適度な温度」の3つを学ぶのだ。

しかし植物の種子の中には、これらの3つの条件がそろっても発芽しないものがある。種子がこのような状態にあることを「休眠」していると言う。休眠していた種子は、発芽する季節がやって来ると休眠から覚めて発芽する。

この休眠の仕組みはとても重要だ。例えば、春に芽を出す種子が冬の初めに暖かいからといって芽を出してしまうと、後にやってくる冬の寒さで全滅してしまう。一方、秋に芽を出す種子が春に芽を出すと夏の暑さで死んでしまう。このような間違った出芽をしないために、適切な季節になるまで休眠する仕組みがあるのだ。出芽すべき季節になって休眠から覚めた種子は、水・酸素・適度な温度の3つの条件がそろうと発芽する。

雑草の多くはさらに、光の刺激が加わって初めて発芽する「光発芽」という仕組みを備えている。これは、光合成をしないと生きることができない植物が、光がある場合にのみに発芽する仕組みだ。例えば、ほかの植物が生い茂っているところで発芽すると、先に生えている葉で光が遮られてしまう。また、種子が土の中深くにある場合も、出芽しても光があるところに到達できずに枯れてしまう。雑草はこれらの危険性を避けるために、生育に必要な光を感じた場合のみ発芽する光発芽の仕組みを備えているのだ。土を耕すとすぐに雑草が生えてくるのは、土深くに埋まっていた雑草の種子が地表近くまで掘り起こされて、光発芽したことが理由の一つとして考えられる。

さらに雑草の種子には、同じ条件でも発芽するタイミングがずれるという特徴がある。もし一斉に発芽すると、草刈りなどによって全滅してしまうかも知れない。そこで、雑草の種子は同じ条件で一斉に発芽するのではなく、お互いの発芽の時期を微妙にずらすという特徴を備えている。こうして、雑草の種子は長期にわたって断続的に発芽する。人が草取りをしても雑草がすぐ生えてくるように見える理由はこれだ。

雑草はどんな時でも種子を残す
雑草の極めつけの能力は、「自家受精(自家受粉)」で子孫を残すことだ。
動物がオスとメスに分かれていて生殖により子孫を残すように、花を咲かせる植物の多くは、おしべで作られた花粉がめしべに受粉することによって子孫(種子)を作る。この時、多くの植物で、花粉が同じ個体のめしべに受粉する自家受精を避ける仕組みが備わっている。

例えば、多くの植物で、おしべよりもめしべが長くなっており、花粉が同じ個体のめしべにつきにくい構造になっている。また、オオバコやミズバショウ、キキョウなどは、花の中のおしべとめしべが成熟するタイミングをずらすことで、自家受精を防いでいる。キュウリやスイカ、メロンなどでは、おしべだけの花とめしべだけの花を別々に作る。

さらに、花粉が同じ個体のめしべに間違ってついてしまった場合には、化学物質を出して受精を阻止する「自家不和合性」という仕組みもある。

こうして自家受精を防止することで遺伝子の多様性が保たれる。同じ遺伝子ばかりを持っていると、環境変化に対して同じ応答しかできなくなってしまい、全滅する恐れがあるのだ。これを避けるために、ほとんどの動物や植物で生殖活動が行われていると考えられている。

しかし、これだと、近くに別の仲間がいないと子孫を増やすことができない。そこで雑草は、独りぼっちでも子孫を残せるように自家受精する道を選んだと考えられている。これは、子孫を残すことを最優先にした究極の戦略と言える。

さらにイネ科の植物は、受粉に虫や鳥を使わず、風や重力で花粉をめしべまで運んで受精する。これも、変動する環境下で、他の生物がいなくても確実に子孫を残すための戦略と考えられる。

このように雑草は受精に独特の仕組みを開発することで、悪い環境でも生き抜くことができるように進化してきたのだ。

どうして農耕は始まったか?-1・2人類は雑草を進化させて穀物を生み出した(2)

2019-11-26 21:24:28 | 第一章 先史時代の食の革命
どうして農耕は始まったのか
ところで、人類はなぜ農耕を始めたのだろうか。

本当の理由は分かっていないが、獲物となる動物の減少を原因とする説が有力だ。
人類の狩猟技術の進歩と人口の増加によって、狩りやすくて肉が大量に得られる大型動物が減少して行ったと考えられる。さらに、約1万年前に氷期が終了したことが、寒さに強い大型の動物の減少に拍車をかけた。また、その後に続いた気候変動によっても獲物となる動物が減少したと考えられている。以上の変化によって、エネルギー源になる肉以外の食べ物を見つける必要が出てきたのだろう。

もう一度、各食品のエネルギーを示した図表1を見て欲しい。肉と同じように高いエネルギーを持つものとして、種実類や穀類などがある。少なくなった肉類を補うものとして、これらの需要が高まったとすれば納得がいく。

また、種実類や穀類は保存がきく。野菜や果実はすぐに腐ってダメになってしまうが、種実類や穀類は長期間保存できるので、冬など食料が乏しい時期の食べ物として貴重だ。

ところで、クリやアーモンドなどの種実類は「木」の種子だ。一方、ムギやコメなどの穀類は、「草」の種子だ。草の寿命は数年以内と短く、一年以内の寿命のものを一年草と呼ぶ。栽培することを考えると、木よりも草の方が効率的に種子を収穫できる。その中でも一年草は毎年収穫できるので、農耕を行う上で最も適していると言える。このような理由から、農耕が始まってから現在まで、一年草が主に栽培されて来た。「世界三大穀物」のムギ、コメ、トウモロコシはすべて一年草だ。

また、ムギ・イネ・トウモロコシの先祖はすべて雑草だった。さらに、ダイズ・ジャガイモ・サツマイモなども元は雑草だった。

雑草と聞くと、何か嫌な存在に聞こえる。実際に雑草の定義は、おおよそ「人間の生活を妨害する植物」とされている。つまり人類は、邪魔者だった雑草を、自分たちの命を支える植物に作り変えたのだ。これを「栽培化」と呼ぶ。もし、我々の祖先が、ムギ・イネ・トウモロコシなどを栽培化できなかったら、現在のような人類の繁栄はなかったと思われる。つまり、栽培化した植物を育てて食料とする「農耕」を始めることによって、人類社会は狩猟・採集の「獲得経済」から「生産経済」に移るという大きな変革を成し遂げたのだ。

そこで、この栽培化について少し詳しく見てみよう。まずは、雑草が持っている驚くべき能力についてだ。雑草の能力を知ると、栽培化がきわめて大きな食の革命であったことがわかるはずだ。


1・2 人類は雑草を進化させて穀物を生み出した(1)

2019-11-26 17:51:53 | 第一章 先史時代の食の革命
約20万年前から約1万年前まで、人類は狩猟・採集生活を営んでいた。このような生活を一変させたのが農耕の開始だ。これは人類史上きわめて大きな革命と言える。農耕の開始は、採集に頼ってきた食料の調達を自らが生産することになったことを意味する。つまり、獲得経済から生産経済への大きな転換点が農耕の開始なのだ。

先史時代の人口変化
狩猟・採集生活の間、人口はゆっくりとしか増えなかったと考えられている(図表3)。ところが、約1万年前に人類が農耕生活を始めると急速に人口が増え始めた。なぜだろうか。


一つ目の理由が、農耕生活への移行による死亡率の低下だ。

狩猟・採集生活では食料が安定して手に入るわけではない。時には、満足に食べ物にありつけない日が何日も続くときがあったと考えられる。その結果、餓死した人や、栄養失調で病気になり死亡した人も少なくなかったはずだ。

現代の狩猟・採集民族では、狩猟・採集中に事故により死亡したり、仲間同士の争いで死亡したりすることがたびたび見られるそうだ。食料となる動物や植物が安全な場所で見つかる保証はない。また、獲物の逆襲に会うこともあるだろう。さらに、獲物を狩るための毒矢や槍などで命を落とすこともあったと考えられる。同じように、狩猟・採集生活では死亡率が高かったと考えられる。

一方、農耕生活では、保存がきくコムギやコメなどの穀物が栽培されており、食べ物が安定して存在していた。このため、十分量の作物を収穫できていれば、一年を通して飢えに苦しむことはなかったはずだ。

また、農耕は安全な農地で営まれるため、狩猟・採集生活で見られる事故は少ない。さらに、たとえ喧嘩が起こっても、手に持っている道具は人を殺せるほどのものではなかった。このような理由から、狩猟・採集生活から農耕生活への移行にともなって死亡率は減少したと考えられる。

農耕生活で人口が増加した二つ目の理由が、農耕生活にともなって出生率が上昇したことだ。移動生活が中心だった狩猟・採集生活では、子供は移動の足かせになりかねない。このため、避妊などによって子供の出産数をコントロールしていたと考えられている。また、栄養状態の悪化によって、女性の排卵が抑制されることもあっただろう。さらに、男は獲物を追いかけるためにパートナーと離れている時間も長かったはずだ。こうして、狩猟生活では妊娠する確率は低かったと考えられる。

一方、農耕生活では、狩猟・採集生活で妊娠を妨げていた要因がすべて無くなった。安定した生活で愛するパートナーがそばにいたらどうなるか、想像に難くない。さらに、農耕のための労働力を増やすために子作りが奨励されたと考えられる。この結果、出生率が増加したのだ。

ただし、農耕生活の開始初期で安定した食料生産ができなかった地域では、死亡率の上昇が見られたようだ。新しい農耕生活に適応できた人たちだけが生き延び、子孫を残すことができたのかもしれない。

1・1肉食と火の革命(2)

2019-11-26 12:33:07 | 第一章 先史時代の食の革命
肉食が頭脳を発達させた
人類の祖先は遅くとも200万年前には肉食を本格的に開始することで、脳が拡大する栄養上の条件が整った。その結果、より高度な知性を進化させることが可能になったと考えられるのだ。その進化の道筋を見て行こう。

ホモ・ハビリスよりも大きな脳を持ち、手斧などのより機能的な石器を使うようになったのが原人の「ホモ・エレクトス」だ。彼らは約200万年前にアフリカに出現し、その後アフリカを出て新天地に飛び出した。ジャワ島で見つかったジャワ原人や中国で発掘された北京原人は、ホモ・エレクトスの地域集団である。しかし、アフリカを出たホモ・エレクトスは約30万年前に滅んでしまう。

一方、アフリカに残ったホモ・エレクトスからいくたびかの進化を経て、約20万年前に「人類(ホモ・サピエンス)」がアフリカに誕生したと考えられている。そして、その一部が約6万年前にアフリカを出て、世界中に分布するようになった(図表2)。この中には、今は海に沈んでいるベーリング陸橋を渡って、アメリカ大陸まで進出した大冒険家たちもいた。


このような人類への進化の過程で肉への依存が高まって行ったと考えられている。そして、この肉食の増加は脳を大きくするのに必要だった。
どういうことだろうか。

脳を維持するには大量のエネルギーが必要だ。例えば、人の脳は体重のわずか2%の重さだが、安静時の必要エネルギーの25%を消費している。脳が大きくなるためには、増えた分に必要なエネルギーを新たに獲得しなければならない。このエネルギーをまかなうために、肉への依存度が高まったと考えられている。

また、肉食が増えると植物性の食べ物の摂取量が減る。この結果、植物繊維の消化に必要な長い腸がいらなくなったと考えられている。腸も脳と同じようにエネルギー消費が激しいため、腸を短くして余ったエネルギーを脳にまわすことができたのだ。

火の利用がさらに脳を大きくした
さらに脳の拡大をおし進めたのが、火の利用だ。

火で調理すると、食べ物は消化・吸収されやすい形に変化する。例えば、肉を加熱するとタンパク質が変性することによってかみ切りやすくなり、さらに、消化酵素で分解されやすくなる。また、穀類やイモ類などのデンプンを多く含む食品はそのままではとても食べられたものではないが、煮たり蒸したりすると柔らかくなり美味しく食べられる。また、デンプンも消化されやすい構造に変化する(これをα化と呼ぶ)。ちなみに、非常食用のα化米は、火を使わなくても水を加えるだけでα化したコメを食べられるように加工した食品だ。

火は食べ物の消化・吸収を良くするだけではなく、食べ物の風味を良くする。デンプンは熱せられると一部分解して甘くなる。また、火で調理すると「メイラード反応」と呼ばれる化学反応が起こるが、この反応によって、たくさんの美味しそうなにおいが発生するのだ。例えば、肉を焼いた時の香ばしいにおいや、うなぎのかば焼きの食欲をそそるにおいは、どちらもメイラード反応によって生まれたものだ。

このように様々な食材を火で調理すると、消化・吸収が良くなるとともに風味も増すことで、以前よりも多くのエネルギーを摂取しやすくなった。このことも脳の拡大を促進したと考えられている。

人類の祖先が火を使い始めるようになった時期についてははっきり分かっていないが、少なくとも100万年前には火が使用されていたと推察されている。最初は、山火事や落雷、火山活動などで発火した木の枝などを火種にしていたのだろう。やがて人類は、火打ち石を使うことや木同士をこすり合わせることで火をつける方法を編み出した。日本の縄文時代の遺跡からは、木の摩擦熱を利用した発火装置が見つかっている。

火を用いた調理法も次第に工夫されるようになった。最初は単にたき火で食材をあぶるだけだったが、火で熱くした石の板の上で食べ物を焼いたり、熱くなった灰の中に食材を入れて熱したりするようになった。

第一章 先史時代の食の革命 1・1 肉食と火の革命

2019-11-26 09:52:19 | 第一章 先史時代の食の革命
第一章 先史時代の食の革命
約1700万年前に、ヒト・チンパンジー・ゴリラの共通の祖先が地球上に現れた。そして約600万年前に、ヒトとチンパンジーの祖先は分かれたと考えられている。人類の祖先はその後、猿人・原人・旧人・新人の各段階を経て、約20万年前に人類(ホモ・サピエンス)へと進化した。

約20万年間の人類の歴史の中で、文字で記された記録が残っているのは約5000年前になってからのことだ。人類の歴史のうち、記録のない時代を先史時代と呼ぶ。本章では、この先史時代の食の革命について見て行こう。

1・1 肉食と火の革命
 人類の祖先が最初に経験した食の革命が「肉食」だ。肉食とは必要な栄養を取り込むために動物の肉体を食べることだ。肉は栄養が豊富なため、肉食によって効率的にエネルギー補給ができる。この肉食が猿人・原人から人類への進化において大きな役割を果たしたと考えられている。

 また、肉や穀物、イモなどを火で調理することによって、消化と吸収が格段に良くなる。このような火の利用も人類へと進化する上で重要だった。

なぜ肉を食べるのか
久しぶりに集まった大学時代の友人たち数人と焼肉を食べに行った時のことだ。積もる話も多く、待ち合わせの駅前からずっとお互いの仕事や家族の話などで盛り上がっていた。店に入ってもおしゃべりは止まらない。

ところが、肉が焼け始めた途端に雰囲気が一変する。皆の口数が急に少なくなった。肉の焼け具合が気になるようだ。そして、一人がふいと少し生焼けの肩ロースを口に入れた。「おっ」と言う隣の男の小さな声とともに残りの者も無言で肉を頬張りだした。

少し意地汚い光景だが、肉をとても美味しいと感じてしまうのは、人の体がそのようにできているので仕方ないことだ。つまり、進化の過程で肉を美味しいと感じる仕組みが作られたのだ。だから、肉をがっつく自分自身に気づいても罪悪感を持つ必要はない。自然の摂理だと納得しよう。

このように肉を美味しいと感じる仕組みができたのは、肉が高エネルギー食品だからだ。動物は十分なエネルギーを摂取しないと生きていけない。肉はこのための格好の食品なのだ。つまり、動物は生存に有利なものを美味しいと感じるようにプログラムされていると言える。

ここで、いくつかの食品について100グラム当たりのエネルギー(カロリー)を比較してみよう(図表1)。


野菜類や果実類に比べて、肉や魚のカロリーが高いのが分かる。甘い果実類のカロリーが低いのは大量に含まれる水分のせいだ。植物性の食品でカロリーが高いものは、種実類や穀類、豆類などの、いわゆる「種子」の部分を食べるものだ。種子には発芽するために必要な栄養が濃縮されているため、栄養価が高いのだ。しかし、種子ができる季節は限られており、常に手に入るものではなかった。一方、動物の肉は、獲物をしとめることができれば常時手に入る。このため、肉はエネルギーを得るための格好の食べ物と言える。

約250万年前に氷期に移行して地球上の気温が低下した結果、植物性の食べ物が減少した。これを契機に人類の祖先は肉食の度合いを強めたと考えられている。
気温が低くなると地表からの水分の蒸発量が減少し、降水量が少なくなる。その結果、大きな樹木は育たなくなり草原が広がる。そこに草食動物が増えたが、人類はそれらを食糧にしたのだ。