意識を失った後は、なにも覚えていません。夢を見た記憶もないんです。手術の後は30分ほど、麻酔が覚めるまで手術室で寝かされるそうです。あとで旦那に聞くと、麻酔から覚めて(ほんとは意識が混濁していたようですが)、手術室から戻ってきた私は、搬送ベッドに寝かされたまま、部屋まで運ばれてくると、移動式のレントゲン撮影機での撮影やらなにやらで(旦那が確認できたのはレントゲン撮影だけ、あとはなにをしていたのか説明されなかったそうです。まったく頼りない旦那です)旦那たちは病室から閉め出されて、面会場所で待つように言われたそうです。病室に入れたのはそれから30分ぐらいしてからだったようです。
旦那は「搬送ベッドで運ばれてくる時に、おまえに呼びかけても、まさに苦悶の表情で、痛い痛いと騒ぐだけだった。おまけに凄いスピードで病室に運びこまれたと思ったら、すぐドアを閉められてしまったので、結局、よく見えたのは、おまえの足の裏だけだった。その足は、死体のように血の気がなく真っ青だったので、もしかしたら本当は大変なことになってしまったのでは?と不安だった」と言っていました。
旦那が不安だったのには訳があったんです。
私の手術中、旦那と父と義母と義妹の4人は手術室の外で待っていました。手術が終わった後、担当医と手術医の説明があったということです。
担当医と手術医の2人は、白布がかけられた大きな金属製のバットを持って手術室から出てきました。そして立ったまま、3人は説明を受けたそうです。このとき、義妹は席を外していたそうです。
「手術は成功しました」と担当医は言いました。そしてバットの白布を外しました。バットの中身に旦那たちは驚いたそうです。バットの上には、手術で切り取られた私の左乳房が入っていました。はじめは裏返しになっていて、たくさんの乳腺?や脂肪の塊だったので、「手術によって切り取られたモノに違いないと思ったけど、それがなんであるのかわからなかった」そうです。それにスエタような、嫌な臭いもしたそうです。
かわいそうなのは義母です。いきなりそれを見せられてショックだったようです。少し気分が悪くなったようでした。義妹は、そういったことに弱いので、ちょうど離席していたので助かりました。私も義妹がそれを見て卒倒でもしたら・・・と今になって思います。私が見せられたら多分、気を失うでしょう。
「これががんです」担当医がピンセットで指したそれ(ステージⅡAの大きいほうのがん)は、乳腺(旦那はそう思ったそうです)に沿って黄色い膿んだようなぐちゃぐちゃした塊で、思ったよりも大きかったようです。もう一つの方(9ミリの腫瘍)は、白い星形のぎざぎざした金平糖のような小さな塊だったそうです。小さな塊はメスでまっぷたつに切り割られていました。
それから、担当医はがんについてひとしきり説明した後、「私の肉と脂肪の塊」を裏返しました。裏側は青白い乳首が付いたツクリモノのようだったそうです。
「青白い乳首の周りに切取線のような切り痕があったよ。その塊は、もう死んでいた」と旦那はうつむきながら言いました。おまえが死んでしまったようで、思わず心の中で手を合わせて拝んでしまったそうです。
私は生きているのに、「部分的に死んでいた」のです。旦那が「もしかして」と考えたのは無理もないことです。意識を回復してから2日後に、旦那からこの話を聞いた私は、思わず泣いてしまいました。
旦那は「搬送ベッドで運ばれてくる時に、おまえに呼びかけても、まさに苦悶の表情で、痛い痛いと騒ぐだけだった。おまけに凄いスピードで病室に運びこまれたと思ったら、すぐドアを閉められてしまったので、結局、よく見えたのは、おまえの足の裏だけだった。その足は、死体のように血の気がなく真っ青だったので、もしかしたら本当は大変なことになってしまったのでは?と不安だった」と言っていました。
旦那が不安だったのには訳があったんです。
私の手術中、旦那と父と義母と義妹の4人は手術室の外で待っていました。手術が終わった後、担当医と手術医の説明があったということです。
担当医と手術医の2人は、白布がかけられた大きな金属製のバットを持って手術室から出てきました。そして立ったまま、3人は説明を受けたそうです。このとき、義妹は席を外していたそうです。
「手術は成功しました」と担当医は言いました。そしてバットの白布を外しました。バットの中身に旦那たちは驚いたそうです。バットの上には、手術で切り取られた私の左乳房が入っていました。はじめは裏返しになっていて、たくさんの乳腺?や脂肪の塊だったので、「手術によって切り取られたモノに違いないと思ったけど、それがなんであるのかわからなかった」そうです。それにスエタような、嫌な臭いもしたそうです。
かわいそうなのは義母です。いきなりそれを見せられてショックだったようです。少し気分が悪くなったようでした。義妹は、そういったことに弱いので、ちょうど離席していたので助かりました。私も義妹がそれを見て卒倒でもしたら・・・と今になって思います。私が見せられたら多分、気を失うでしょう。
「これががんです」担当医がピンセットで指したそれ(ステージⅡAの大きいほうのがん)は、乳腺(旦那はそう思ったそうです)に沿って黄色い膿んだようなぐちゃぐちゃした塊で、思ったよりも大きかったようです。もう一つの方(9ミリの腫瘍)は、白い星形のぎざぎざした金平糖のような小さな塊だったそうです。小さな塊はメスでまっぷたつに切り割られていました。
それから、担当医はがんについてひとしきり説明した後、「私の肉と脂肪の塊」を裏返しました。裏側は青白い乳首が付いたツクリモノのようだったそうです。
「青白い乳首の周りに切取線のような切り痕があったよ。その塊は、もう死んでいた」と旦那はうつむきながら言いました。おまえが死んでしまったようで、思わず心の中で手を合わせて拝んでしまったそうです。
私は生きているのに、「部分的に死んでいた」のです。旦那が「もしかして」と考えたのは無理もないことです。意識を回復してから2日後に、旦那からこの話を聞いた私は、思わず泣いてしまいました。