パピヨン&猫~アリオ&りんご&バジル&くるみのブログ~

愛犬&愛猫と一緒に愛車で日本全国?はまだまだですが、お出掛けした事・趣味のお城の事・鉄道の事など紹介しています。

信州カシオペア紀行9/30

2016-09-30 16:48:09 | 時々、鉄道
最近は、
アリオりんごバジル
今年は特に真田丸関連の投稿がほとんどですが

撮り鉄でもあります。

ということで
今回は、信州にやってきたカシオペアを。

これまでに2回カシオペアは信州入りしています。
この9月に。

今回は3回目の信州入り。
これが最後(?)ということで、前2回は撮影できなかったので
何が何でもということで行ってきました。
新しい豪華寝台列車四季島が営業運転される前に
また来て欲しいなぁ。



JR篠ノ井線 稲荷山~篠ノ井間にて
EF64 37+E26系

JR稲荷山駅でしなの10号の通過待ち中の信州カシオペア紀行



久しぶりに鉄分を補給しました。

真田丸第38回「昌幸」9/25

2016-09-27 13:44:28 | 真田丸
一人の戦国武将(真田昌幸)が死んだ

遂にこの時を迎えてしまいました。

信濃に、上田の城に、戻ることができないまま
お屋形様(信玄公)のもとへ旅立ってしまいました。

とても悲しくもありながら
清々しい最期だったと思います。

しかし、今回は蟄居生活10年を一気に描かれましたが、10年の時の流れがイイ感じでした。

相変わらずのきりと源次郎の仲。
そこにふってわいたかのような佐助きりへの恋心
そして、亡きお梅に嫉妬する

こういうところに、九度山蟄居生活は、
苦しくて苦しくて大変だった大変だった
としか今までは語られてこなかったのでしたが、
大変だった中にもほのぼのとした場面があったのだという
三谷幸喜氏らしい描き方で、和ませてくれました。

幸村という名の発生には謎が多いのですが
まさかのの継承のし方。このように描かれたか!

真田~幸・・・信繁・・・・・

諱(いみな)は大変大事なもの。特に通字は大切なもの。
第37回「信之」で家康にを捨てろ言われた信幸は大変悔しがりながらも受け入れる羽目になりました。
それだけ大事なものなのです。
通字の継承は通常、子自らの考えで引き継ぐものではなく、親から与えられるものだと解釈しています。

ですので今回、家康に改名させられたことで宙に浮いた昌幸源次郎に託したという描かれ方は非常に良いと思いました。

現在の大阪城天守閣館長は、信繁が大坂城に入城した後に幸村と名乗ったとおっしゃっております。

未だ現代でも幸村は後世の創作との見方が大方です。
が、私は大阪城天守閣館長の説を支持したいと思います。

ただ、の経緯はわかりません。
妖刀村正説は、家康を更に持ち上げるようというか逸話に肉付けしているようで、全くのウソ話だと思います。

勝手な推測ですが、
九度山村の村人への敬意・感謝の意を込めてを用いたか?

やはり心にずっと生き続けていたお梅との間にできた子で、親らしい事を何一つしてやれなかったすえ(すへと書かれることもありますが、またすえとも読む)へのせめてもの償いの為か?

なんてね。

ただ、信繁は嫡男の大助(通称)の諱を幸昌(ゆきまさ)としましたが、これはただ単に父の昌幸を逆さまにしただけの事ではなくを託されたために自身の子にを与えたのだと思います。通字は憧れ・尊敬の念だけで受け継ぐものではないと思います。家の全てが込められているもので後世に託すものだと思います。

が女児(お梅と名付けられる)、大助を産みます。
今回はお梅が産んだ説を採用したようです。
他説は高梨内記の娘(ドラマではきり)との子。

よっぽど悔しかったのでしょうね。家康&秀忠。はいはい。タヌキとボンクラ。

威勢のある快活な豊臣秀頼が登場。淀殿がいなければ・・・この秀頼なら勝てる気がしました。しかし、出る杭は打たれるという。

二条城会見で成長した秀頼にビビっていたタヌキ。思わず頭を下げてしまった姿は痛快でした。
秀吉というより信長の威光が見えてしまったのか?

昌幸から大助へ伝えられたケンカの方法。さすがです。最高です。
昌幸の晩年、大助昌幸から多くを教わったのかな。そうであったと思います。

そして、昌幸から源次郎への遺言
最後の最後まで武将として己がまだまだ成したかった思いを源次郎に託し心から忠義を誓った信玄公のもとへ。

49歳の人生において信繁は、戦のない10年もの間、父と過ごせたことはとても良かったことではないかと思います。たとえそれが蟄居生活であっても、苦しい生活ではあっても、心の底から楽しかったと思います。尊敬する父と一緒に居られたことが。

さていよいよ大坂城入城、という運びになります。
楽しみです。


追悼巡礼~真田街道~9/25

2016-09-27 09:17:57 | 愛猫
25日の放送でついに真田昌幸御屋形様(信玄公)のもとへ旅立ってしまいました。

放送に先立って、バジルを連れて
昌幸公が命がけで勝ち取り、命がけで守ってきた真田の領地である
小県(上田城)、吾妻(岩櫃城)、沼田(沼田城・名胡桃城)
真田街道(昌幸公も何度となく行き来した道)を通って巡礼してきました。

先ずは地元の上田城でいつものようにおもてなし。



お昼前から行動し、家を出る前にご飯を上げてから来たので
眠くなっちゃったのかな?
それとも・・・
チラ見して様子を窺っているのかな?。
東虎口櫓門前の土橋の石段でおもてなし。
久しぶりの好天にたくさんの人出でした。


ちょっとはイイ顔を披露して。ということで場所を変えて。


続いて、3月以来の岩櫃。
先ずは岩櫃山の麓にある密岩神社へ。



陣羽織を借りて
バジルと同じ格好をして
記念撮影¥(^O^)


赤い幕が六文銭付きのものに新調されたようです。


もう一度、凛々しく。


岩櫃城の登城口にて


今回も本丸跡までは行かずにここまで。
いずれのうちには本丸跡まで行きたいです。

続いて沼田へ。こちらも3月以来。





信之・小松姫像をバックに



最後に名胡桃へ


再び真田街道を通って帰宅し第38回「昌幸」に備えました。

上田城⇀岩櫃城は車で1時間45分程
岩櫃城⇀沼田城は車で1時間程
沼田城⇀名胡桃城は車で20分程 です。

上田~沼田間の真田街道にはゆきむら工房や渋沢温泉、新鹿沢温泉、道の駅が3つ、浅間酒造観光センター、岩櫃温泉などがあるのでそんなところに立ち寄りながら
昌幸公や真田家の人々の想いを胸に往来してみてはいかがですか?これからの紅葉シーズンもおススメです(^O^)


真田丸第36回「勝負」第37回「信之」

2016-09-26 14:56:37 | 真田丸
第16回「表裏」以降、感想は書きませんでした。
源次郎の大坂での行動・生活がはっきりとしていない為。
多くの武将が登場しその人たちについては詳しくない為。

第15回まではなんとか、文献・資料等で自分なりに調べ、理解した話と真田丸の脚本を見比べながら感想を書いてきました。

それが難しくなったと判断段した為です。

第一次上田合戦よりあっさりと描かれた第二次上田合戦
佐助の知らせで終了した45秒超高速関ヶ原の戦い

まぁ、関ヶ原の戦い散々他のドラマ・映画・歴史番組等でもやったし、歴史の授業でもやってるからこんな程度で良かったのだけれど
第二次上田合戦についてはちょっとあっさりしすぎていて残念でした。真田家にとっては大事な出来事だったのですが・・・。

徳川秀忠率いる軍が上田城攻めを敢行している間、手薄になった本陣(染屋台の染屋城)を戸石城(現在は砥石城)の南東に位置し神川に迫り出した小高い山である虚空蔵山に築かれていた砦の伊勢崎城(山城)から出撃した真田信繁が攻め寄り、それに慌てた徳川秀忠小諸城逃げていくという敗走する姿を描いてほしかった。

伊勢崎城は、虚空蔵山(ドラマで上田城築城の際に出てきた虚空蔵山とは違う虚空蔵山)の頂に築かれた砦。築城者・時期の詳細は不明ですが、真田幸隆(幸綱)の時代に築かれ、戸石城(砥石城)の支城として築かれたようです。

真田丸第36回「勝負」では蚕山と絵図に描かれていました。
実際の山の形ですがに似ています。

蚕の頭の頂に砦が築かれました。


源三郎(信幸)源次郎(信繁)が対峙した戸石城(砥石城)伊勢崎城の位置関係
両城は直線距離で1.6kmほどしか離れていません。

ドラマでは
源三郎は、源次郎の動きをあえて見過ごしたのか?
それとも、父昌幸の奇策に気が付かなかったのか?
戸石城から全く動こうとしなかった源三郎

源次郎が攻め寄せた徳川本陣がもぬけの殻となっていたが、その理由がわからない。
そして半日で終わった関ヶ原の戦い。徳川率いる東軍の圧勝の知らせが・・・。

唖然とする昌幸信繁父子

そりゃ~、そうなります。
あっさりと負けた石田治部源次郎は驚き、
昌幸にしてみれば徳川主力本軍の足止めに成功したにもかかわらず。

草刈昌幸が言っていたように、治部の挙兵が早すぎた。
そして、草刈昌幸がたくさんの兵法を治部に教えておけば・・・

なんて、あの場面を見て思いました。史実がどうとかこうとか関係なく。


父弟の助命と引き換えに縁切り・改名を受け入れた信幸。

家康に出仕し稲を娶った時点で信幸は家康には刃向かえない立場に取り込まれ、それから10年以上も経っており、信幸の精一杯が助命嘆願であったのではないかと思います。しかし、家康の考えはその上をいき、死罪は表向きで、兵金武具なんかより戦の機会を奪われるという、昌幸にとってはまさに生き地獄。それを与えるという。信幸ではそこまでは読み取れなかったのでしょう。死を突きつけられた父弟を救いたい一心だったと思いますので。

そんなところが、第37回「信之」描かれました。

そして、上田城を離れ九度山へ発った昌幸信繁父子。まだこの時は、また上田へ帰ってこられるという期待があったのでしょう。悲壮感も何もなくただただ上田を離れていきました。

しかし、2度と戻ることが許されなかった配流生活になるとは。

といったところまでが描かれました。

第38回は後日に。

もみじ市のダメダメな部分

2016-09-21 15:08:56 | 旅行
もみじ市自体には問題はないのですが
運営に文句アリアリ。

以前からペット入場禁止となっていましたが、
この禁止って表現もイラッとさせてくれる感じで、不可ぐらいの表現にしたらと思う。
今どき、屋外イベントなのにって思いますが。

理由は、衛生的な事で食品・小さな子ども
小さな子ども!?地面に座ってのワークショップ・イベントがある為。
また飲食は基本的に地面に座ってなので。

入場禁止となると片方が買い物に行き、
片方が枠外で待ちぼうけ。

ただでさえ飲食ブースは長蛇の列が出来ているわけで、
いちいち交代もしくは並び直して長蛇の列に並ばなくてはならなく
限られた時間内にいちいち最悪でした。
待っている方は何も見れない

わんこ&にゃんこをカートに乗せて枠外をただただウロウロしていました。

開催場所の管理者の違いもあるが、光が丘公園で開催された
ロハスフェスタは問題なくて、
もみじ市はダメって、
管理者の規則の違いか、運営者の考えの違いか、
それともペットを受けれる計画が考え付かない・出来ない・作れないのか。

それとも気取っているのか。

歩かせずにカートに乗せる・ケース・バックに入れるなど
対策を採っていればOKぐらいにして欲しい。

用をたしたい時は枠外からすぐに出れるので出て済ませば済む事。
ただ河川敷が広がっているんだから。


そもそも

駅から会場まで一定の間隔でスタッフが配置されていましたが
その都度その都度、「ペットは・・・」もう、しつこい!って感じ。
中には、多摩川河川敷自体に降りることがダメみたいな事を言いだすのがいて
正直、「はぁいっ(怒)???」って詰め寄っちゃった。

会場に着く前からイライラ度MAX

そこへきて

枠外のロープ近くをわんこを歩かせていた年配者が責任者に
「近くを歩かせないでください」みたいな事を言われたようで
その責任者に問い詰めていました。

たまたまその場面に出くわし聞いていたら
こちらもその責任者の対応に頭に来て参戦


いろいろ問い詰めちゃった。
責任者が半べそかくぐらいに。


もう一つ、道路から河川敷に降りるとアスファルトのランニング&サイクリングロードがあります。
その内側は砂利道でさらにその内側が草っ原でもみじ市の会場。

ランニング&サイクリングロードの路面には白で「歩行者優先」と
書かれているにもかかわらず、「通行禁止です」と案内し、
もみじ市来場者は砂利道を通れと。ベビーカーを押してくる人に対しても砂利道を通れと。

たぶん、走者・自転車との接触事故が起きないようにとの事なんだろうけど。
せめて、ベビーカー押している人に対してはランニング&サイクリングロードを通してやればいいのに。
「歩行者優先」と表示されているんだから、走者・自転車は気を付けるでしょう。

それでも、危険だからというなら砂利道に工事現場等で使う路面保護用の硬質樹脂板を敷いて通行しやすくしてやればイイのに。
老若男女みんな歩きやすいと思うけど、こんなことも考え付かないだろうな。

わからないのかね。そういう事がどういう事か。

京王閣でやった方がイイね。ペット不可でも諦めがつく。
ペットを預けていくか、涼しければ車でお留守番させておくか(時々様子を見に行きますけどね)

圏央道のダメダメ部分

2016-09-21 13:46:18 | 旅行
9/18、調布市の多摩川河川敷で開催されたもみじ市に行ってきましたが
予定より1時間ほど到着が遅くなりました。

理由は、

関越道鶴ヶ島JCTから圏央道を通って八王子JCTから中央道を新宿方面へ向かい調布ICで降りる
という、圏央道のおかげで最近は多摩地区へ行く事が多くなり、その場合、都心の渋滞や信号を避ける為に上記の行程で行く事が多いです。

が、しかし、今回はその圏央道に不満が。

初秋の3連休ということもあって交通量は多めでした。

交通量は多めでも順調に車を進めると
「あきる野から相模湖まで渋滞」の表示が。

新宿方面だから関係ないなと思ったら
この渋滞にモロに巻き込まれました。

何故か?

片側2車線の圏央道。
八王子JCTまで2車線

八王子JCT手前の路面には白で
右側車線には厚木・相模原方面だったか東名・厚木方面だったかの表示がされており
そして、左側車線には甲府・新宿方面と表示されている。

???

はっ???

甲府・新宿方面???

この時、右側車線:左側車線=2:8ぐらいの交通量。

そうです、圧倒的に甲府・新宿方面の車の方が多いのです。
しかもその内、8割近くが甲府方面へ。

東名方面に行く車(観光)なんてたいしていないのです。

これが八王子JCTの線形です

画像上があきる野方面、左が甲府方面、右が新宿方面、下が東名方面

渋滞発生原因を解りやすく

緑線が圏央道厚木・相模原・東名方面の進行方向。
橙線が圏央道から甲府方面への進入路。
青線が圏央道から新宿方面への進入路。
赤線が圏央道から甲府方面への進入路。

先ず、緑線なんてたいした交通量は無いが1車線確保。まあこれは当然の事。

甲府・新宿方面が同じ車線である為に新宿方面に行きたい車は甲府方面の渋滞に巻き込まれる。
観光の観点から見ると圧倒的に甲府方面へ流れる車が多いという事なので。

圏央道本線から分岐後、圏央道東名方面から甲府方面へ分岐した進入路と合流し、中央道本線合流手前で1車線になってから中央道本線に合流するという。圏央道東名方面から甲府方面への交通量も多いとなるとこの合流部分が渋滞の原因となる。それは本線上・進入路部分で車が進まず止まっている事でもわかります。だらだらでも動いているのであればまだしも、動かない時が頻発。

この部分は大いに改良する余地がある。
何とかしてくれ。

草刈署長、上田に犯罪事故という大軍が押し寄せてきました。打ち破りましょう9/19

2016-09-21 11:25:02 | 愛猫
真田安房守こと草刈正雄さんが
上田警察署の一日署長に就任しました。

殿が目の前に\(^O^)/

防犯・交通安全啓発イベントが開催されました。

お昼頃、雨が上がり、委嘱式・パレードが無事行われました。

イベントにあたって現在の上田警察署長の小田原署長の挨拶がありましたが、
この署長、おしゃべりがうまい!!
小田原だけに(なにやら北条氏とも関係があるとか)真田丸にかけて
小田原征伐の一役を担い活躍した草刈正雄昌幸に署長の座を譲るというくだりは面白かったし、盛り上がりました。

そしていよいよ、殿の登場。




委嘱状が手渡され


草刈署長の宣言

宣言の括りに
「では、各々抜かりなく!」
シビレました。

草刈署長がイスに座っている時だったかな、赤備えバジルを高い高いしたところ気が付いて頂き、指さしてこちらを見て頂きました。

その後、ゲストがもう一人

JDポリスみたいでした。
河原綱家役の大野泰広さんが警察車両上に登場。

警察官に紛れていたので解りませんでした。
今でもまだ「???誰?」となっている人がいるようで、
「歯が抜けた」というと会場中から「あぁ~ぁ、あぁ~」と一斉に声が上がりウケてました。
大野さん近頃大活躍です。

大野さんからも防犯・交通安全のお話があり
締めくくりに皆で真田丸と同様の勝鬨を挙げました。

市役所前から上田城跡公園前の信号までパレードが行われました。



その後、上田城へ向かおうとしたところ、バジルを高い高いした時に後ろの方で見ていた人たちがやってきて撮影会状態になりました。「今日は草刈署長バジルも見れて良かった」なんて言って頂いた方がたくさんいました。喜んでもらい良かったです(^O^)

上田城にて一ヶ月ぶりかな




バジルを東虎口櫓門前の石段に座らせると
あっという間に人だかりになり撮影会が始まりました(^O^)




市役所の敷地に設置されている真田幸村(信繁)の案内板をバックに

このほかに真田十勇士のものが市役所のある大手通りに設置されています。


ロハスフェスタ東京に行ってきたよ9/17-18

2016-09-20 10:33:38 | 愛犬
9/17
目的は、りんごちゃんの誕生日記事でも紹介したように
春買えなかった、わんこ用のカメラの洋服。

曇りに傘マークだった天気予報だったのでそんなに暑くないかなぁなんて思っていたら・・・
時折、陽射しがあり思わぬ蒸暑さにちょっとバテ気味になりました(;^ω^)

初日から行き、

D+L(デュプラル)さんの前で。
大変賑わっていました。
それぞれアリオりんごにぴったりのサイズの服がまだあり、同じ色のお揃いで無事買えました。良かった良かった(*´▽`*)


一緒に記念撮影


もう一度D+L(デュプラル)さんの前で。
こらこら、こっち向きなさい(;^ω^)ラルジュちゃんはこっち向いてるよ。




お声掛けしたおうちの2パピちゃん達。綺麗なお顔(*^^*)
我が家と同じエアバギー。
しかしアリオの人見知りというか犬見知りには・・・
この時のアリオは「抱っこ!抱っこ!」って感じでハンドル部分によじ登ってきました。


ナインゲートバーガーさん
昼食はハンバーガー。ベーコンエッグを注文しました。

チェーン店以外のハンバーガーって食べたことがなかったのですが
食べ歩いている人のを見て食べたくなり買いました。

食べてみると、これがまた美味しくて美味しくて
写真を撮る間もなく食べてしまいました(;^ω^)
投票しました。


9/18
東京オーヴァル京王閣近くの多摩川河川敷で開催されたもみじ市に行ってきました。今年は雨模様の予報の中にもかかわらずでしたが屋外開催でした。

昨年は雨予報を受けて京王閣で開催されましたが、
今年はどのような判断だったのでしょう。

やっぱり河川敷開催を望んでいる人がたくさんいるのでしょうか?

予定より1時間ほど遅れてお昼前に到着。原因は後ほど。

昼食に





どこのなんだかわかりませんが、美味しかったです。


京王線2000系復刻カラー(緑)の8000系8713編成

色々と言いたいことが多かった今回のもみじ市。それは後ほど。

もみじ市から2日目のロハスフェスタへ。
終了1時間前に到着。

2日目はバジルも一緒に。



再びD+L(デュプラル)さんのブースへ行き
赤備えバジルを見てもらいました。




みんなで記念撮影。

ロハスフェスタは満足でした。
もみじ市は京王閣で開催された方が良いと思いました。

5歳になったよ9/16

2016-09-20 09:47:37 | 愛犬
りんごちゃん。

これからも元気でいてね(^O^)

たくさん楽しもうね(*^^*)






17-19日に開催されたロハスフェスタ東京に行った際に買ったカメラの洋服。
ケーキはイオンペットで購入。思ったより食べてくれました(*^^*)美味しかったね。

春の際、代々木わんわんカーニバルでお会いした
別のインスタ仲間さんちの2パピヨンちゃん達が着ていたのを見て欲しくなり
ロハスフェスタで買ったというのでお店を教えてもらい
向かったのですが、時すでに遅く、売り切れていました。

お店(インスタ仲間さん)のお知らせで
今回もそれぞれのサイズ少数ずつ用意するということだったので
ロハスフェスタ初日の17日に行って買いました。

お店の名前はD+L(デュプラル)
看板犬はパピヨンです。

その様子は後ほど。

犬伏で密談してきたよ9/11

2016-09-14 08:46:01 | 愛猫
真田氏にとって最も有名な逸話である
犬伏の別れの舞台となった
栃木県佐野市犬伏新町にある薬師堂へ行ってきました。

真田丸第35回「犬伏」でもタイトル通り犬伏での様子が描かれました。

この犬伏の別れについて
研究者・歴史家のなかには「後世に創作された話だ」と主張するのがいますが
一旦は全員で上杉討伐の為に会津へ向かっていたところに
石田三成から密書が真田昌幸のもとに届いたので

さぁ、どうする!?となるわけです。

ここで、真田父子が何も相談することなく別れる訳がない。

犬伏での密談はあったものと思っています。

ただ、その場所が未だにはっきりとしていませんが、

伝承をもとに昔から犬伏新町の皆さんが大切にしてきた薬師堂。
現在見られる薬師堂は400年前の建物ではなく昭和初期に建替えられたようです。

真田丸効果で、連日たくさんの人・わんこが訪れているようです。






地元の方とお話しする機会があり、上田から来たと伝えると
「上田の人・真田好きの人にとって犬伏は大事な場所なんですね」と。




そうなんです、真田家にとって後世に続く大変重要な決断をした場所なので。
そして、上田の人にとって九度山と同じくらい犬伏は重要な場所なのです。

薬師堂の中に入る事が出来、地元の方による5分ほどの解説を聞くことができます。



真田丸公式HPにもその様子が載っていますが、矢沢三十郎役の迫田さんと河原綱家役の大野さんのサインが飾ってありました。

1時間30分ほど滞在・おもてなしをしたところで
我が家も、犬伏で密談。



密談の結果、我が家は別れる事なく、とりあえずお腹が空いたのでランチに行くことにしました(*^^*)





ランチは、佐野プレミアムアウトレットに隣接するドッグデプトガーデン佐野店デミハンバーグチーズ+を頂きました(*^^*)
お腹は十分満たされたのですが、佐野といったらラーメン
ということで市内のラーメン屋さん(宝来軒)へ行きラーメン1杯頂いてきました。美味しかったです(*^^*)

その後は、道の駅どまんなかたぬまへ行き、トイレ休憩&お散歩。
お散歩していると、山盛りのかき氷が目に入り、心を奪われ即買い。

お店特製のとりおとめシロップに練乳をプラスして頂きました(*^^*)

器から20cmほど飛び出していました。ふわふわでとちおとめシロップが美味しかったです。