文庫 麦わら帽子

自作小説文庫

緑の指と 魔女の糸 「棄つ(ふてつ)もの」

2016-09-30 | 小説 緑の指と魔女の糸 シ
神は、生まれる。

ひととは違った、変わった形態で。

その日が近づいていることを、察することができたとき、

それは激しい衝撃だったけど、自分だけの秘密にした。

そして、神や妖の勉強をして、ある日、

私は、自分の未来に希望を抱いたのだ。



私が探し求めていた神は、沼の神。

神々しい景色、というものがある。

ひとは、容易にそれを感ずることができるだろう。

大抵、そこには小さな神がいる。

そして、神の世代交代も、ひっそりと行われている。

沼を囲む樹木たちが、とにかく猛々しくも美しく、

沼の水は、恐ろしいほどに澄んで、

多くの動物たちが、その恩恵を受け生きている。

その沼を見つけた時、自然に涙が溢れた。

紅葉の季節。

でも、あまりにも 粛然 と存在する小さな沼なので、

紅葉目当ての、人の姿もなかった。

沼を囲う樹木のひとつが、不思議な光を放っていて、

その洞に、シルクのような光沢のある純白の卵があった。

数日通って観察しているうちに、ついに卵が洞から転がり出て、動き出した。

卵が白い光を放って、人型となる。

白い衣を羽織った、白いひと、いや、神が、するりと衣を地に落す。

そして、沼に入り消えていった。

私は、神が残した衣の元に走りよる。

衣が僅かに動いて、鳴き声がした。

「キュン … キュン … 」

神が脱ぎ捨てた衣から生まれる妖が、「棄つもの」だ。

神の、へその緒に宿る儚い存在。

生みおとされれば、そのまま消えてしまう。

消える間際に、神の一部であった証を残すかのように、

この自然のなかに、小さな奇跡を残すのだ。

私が、子供の頃からずっと探していたもの。

ふてつもの。

消えてしまう前に、契約を交わし、寿命を与え、生かす。

「私と、契約を」

私は、衣から現れて震えている、小さな白いきつねを抱き上げた。

「汝の名は、命(みこと)。我は、汝に、10年の生涯と高徳を与えしもの、紫」

我が一族を縛る忌まわしき契約の解体に、協同願えるか。

私は、指を噛んで血を出すと、それを白キツネに舐めさせた。

「私は、貴方に、愛をあげる。一緒に生きて」

それが、もうひとりの家族となる、命との出会いだった。




家で待っていると、いつものように、凛と夏ちゃんが帰ってきた。

命を見るなり、奇声を上げるふたり。

「猫ちゃんがいる!」

と、凛が云えば、

「狸だよ!」と、夏ちゃん。

「キツネです」と、私が云った。

「白いキツネ? 神様なの?」

「私たちにとっては、神様のようなものね」

そこで、私はハッとした。夏ちゃんには見えるはずのない命。

「夏ちゃん、この子が見えるの?」

「うん。狸に見える」

「そうじゃなくって…」

私は、途中で吹き出してしまった。「この子、妖よ。普通は見えないわ」

「ええ!? 俺、妖が見えるの? えええ!? 凛ちゃんも見えてるの?」

「どうやらそのようね」

このアパートに引っ越ししてきて、2年が経っていた。

凜は、七字家の血を受け継ぎ、妖や霊魂が見えるようになった5才。

ほぼ一日一緒に行動している夏ちゃんに、影響が及んでしまったようだ。

「大事な話をするわ。ふたりとも 、よく聞いてね」

二人は、いずまいを正した。

「この子は、みこと。男の子で、やがては人型に変化する妖です」

「ひとに、なるの?」

「そう。今日から私たちの家族。

私は、この子に大切なお願いをしたの。そのために、命を10年間、生かさなければなりません」

「10年くらい、余裕で生きるでしょ」

凜が命をみやりながら云う。

「この子にとって、生きることは死ぬことより難しいの。

身体は弱く、絶望させたら死んでしまう」

「寂しいと死んじゃうウサギさんみたいに?」

と、夏ちゃん。

「ウサギさん以下です。とにかく、生命力が、極端に弱いの。その子を10年間生かすことは、

並大抵のことじゃないのよ。本当は、死んでしまうために生まれてきたような子だから。

私が、生きる意味と目的と、名を与えた。責任を持って、接してあげなきゃならないのね」

「…大切なお願いって? 契約を結んだのですか」

凜が少し元気をなくした。この子は、契約の恐ろしさを理解しつつある。

「なんのための契約ですか? 」

「それは、貴女たちがもう少し大きくなったら、ちゃんと説明します」

その時、命が、小さなくしゃみをした。

「ああ、秋風が寒いのかしらね」

「温めなきゃ!」

凜が、ガバッと立ち上がると、自分のストールを持ってきた。

「夏ちゃん、窓を閉めて。命、大丈夫? 寒くない? 食べたいものはない?」

「食べ物は人間と一緒で大丈夫よ。でも、添加物や刺激物は与えないでね」

「蜂蜜ミルクは?」

「OKよ」

ふたりは、早速ミルクを温め、命に差し出した。

おいしそうにミルクを飲みほした命は、嬉しかったのか、

何故か、凛ではなく、夏ちゃんに飛びかかった。

「こいつ、超モフモフ! かわいい!!」

「なんで夏ちゃんばかり? 私の方にもおいで? 命ったら!」

やきもちを焼く凜がかわいかった。

10年。

それは容易いことではない。

長すぎたかしら。 …ううん。私だって、そんなには持たないかも知れない。

10年たったら、凜は15才。

一人でも、生きていける。きっと、生きていける。

だから、10年。頑張って、命 。お願いね、 命。


それは、森が赤や黄金に染まって、

気持ちのよい風の吹く、美しい季節の、

とある、出会いの物語。







緑の指と 魔女の糸 「棄つ(ふてつ)もの」 完
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