ウワノ空ノウワゴト

何気ない日々をつづります

長いトンネル④

2009-03-27 | パニック

以前パニック障害とは、までお話しましたが、そこから何年も経ってしまったので、今回④を書かせていただきます。



結婚後しばらく専業主婦の生活をしながら、今日はここまでで行けたとか、これができたなどしながら治療する生活でした。

その頃はアパートに住んでいましたが、周りからは[専業主婦で子供もいなくて家に居て、あまり出かけてもいないようだ。]って思われているんだろうなぁと、勝手に想像し何もできない自分にストレスを感じていました。

このときにすごく思っていたのは『早く人間になりたい』ってことです

妖怪人間のような言葉ですが、本気で思っていました。

何かをするって事は恐怖との戦いで、早く普通の事ができる生活に戻りたいって。


飲んでいた薬はよく効いているかどうかわからなかったけど、診察でのひげ先生とのお話で気持ちが軽くなったり考え方を変えてみたりしながら、できないことに少しずつ挑戦して行き、市内のこの辺ぐらいなら運転できるとか、買い物できるとか、少しずつ自信がついてきました。

結婚式の頃は怖くて美容室も行けなかったのですが、オープンのチラシを見て思い切って行って見ました。

そして、パニックの事も話し具合が悪くなるかもと話ました。

スタッフの方は良くわからなかったかもしれないけど、思い切って言ったことで何かあったら休ませてもらえばいいんだって気持ちが楽になって、それ以来美容室にも行けるように


そして、治療から約1年経った頃かな?

働きに出たいと思い、旦那さんの実家に近いクリニックにパートで午前中だけ働く事にしました。

この時の仕事帰りの車で、『やっとここまできた!やっと普通の生活ができるようになった!幸せだ!』と思ったのを今でも忘れません。

良いスタッフにも恵まれ1ヶ月ほどは順調に進んでいましたが、スタッフの退職が続き残った私が1人で1日勤務というハードな勤務になってしまいました。

まだリハビリのような状態なのに断れない状況の中、緊張と不安の勤務になってしまいました。

何とか1人スタッフが入ってくれましたが、その方は子供がいるので午前中のみ。

1日勤務は変わらず、1年近く続きました。

それでも何とか治療のおかげで仕事中に発作が出たりすることもなく、発作自体も少なくなっていました。

ただ、予期不安があったり苦手な場所や乗り物等はありました。
(これは今現在でもあります。)

そしてスタッフももう一人増えた頃に、新婚旅行に行く事に。

不安もありましたが、薬を持っているし飛行機の中で寝れるように睡眠薬ももらって、薬がお守りって思えて思い切っていく事ができました

発作もなく楽しんでこられた旅行でした

今思うとすごいなぁって思うのですが

ここまでできても、今でも不安感が先に出ちゃいます


そしてこの頃には薬の量も減り、発作も出ないようになってきました。

と同時に薬を飲んでいるため避妊をしていましたが、子供が欲しいということもあり薬を止めて治療も一応終わりということになりました。

2年ちょっとの治療でしょうか。

ひげ先生には本当に感謝しています。

命の恩人です。


今でも苦手なことがあって、調子が悪いと発作が出そうな時もありますが、昔と違うのは「大丈夫」ってしっかり思えるようになったこと。

発作が起きても数分だし、死ぬ事はない。

発作が起こりそうだなと感じたら無理しないってことも。

そして何より旦那さんといると安心なんです。

誰かわかってくれて甘えられる人がいるのは、早い回復にもつながると思います。



普通の人より不安や恐怖が大きく、行動範囲も狭くなってしまいましたが、昔に比べれば本当に普通に生活できるようになりました。

この長いトンネルはもう出口が見え、光がさしてるところまできていると思います。

ただ発作の恐怖の記憶があるので、予期不安が消えるのかどうかわかりませんが、不器用なりの生活をしていこうと思っています。


今パニック障害で苦しんでいる人がたくさん居ると思いますが、残念だけどすぐには治りません。

時間はかかるかもしれないですが、しっかり治療をすれば確実に良くなります。

あの時死なないで良かったと思っています。

そしてどうか、甘えられる人がそばにいて、そして自分も甘えられる人になって下さい。


どんな病気でもそうですが、まさか自分がなるなんて、と思います。

なった人にしかわからないって何度思ったことか。


一人でも多くの方が克服される事を祈っています


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長いトンネル③

2006-03-02 | パニック
久々に、長いトンネルの③
今日は、ブログに遊びに来てくれるデイジー・ブロンドさんのうれしい報告があったので

ここからは、長いトンネル②の続きを
ひげ先生の所に通う治療
初めは車で行けず、電車で1駅乗って通っていた
当時は電車に乗るのも発作が起きそうで、怖くて仕方なかった
専業主婦でいた私は、外にも行けないしほとんどを家の中で過ごしていたが、先生からは規則正しい生活をすることを言われた
自分でも時間があるので、ガーデニングをしてみたり近所を散歩してみたり、できることをやって過ごした

なんでも、気になること辛いことをひげ先生に話した
人と同じこと、今まで出来ていたことが怖くて出来ないことに辛さと悲しさ、情けなさと苛立ちと焦りと、さまざまな感情が押し寄せてくる
先生はひとつひとつのことに、「何でそう思うのか」「それはそんなに思うほど大事なことなのか」「それができないとダメなのか」聞いてくる
それに答える私は、「できないから焦っているだけで違う考えがあるんだ」ということに気付かされ気持ちがラクになる
また、先生は少しでも挑戦して出来たことには、誉めてくれたし喜んでくれた
ひげ先生の1番良い所は、ざっくばらんに話してくれるところ
「そんな、頑張らなくていいじゃーん」みたいな

できなくて当たり前精神で、少しずついろんなことを自分なりに挑戦した
もちろん、かなり恐怖心とも戦いながら
治療に通うのも、行けるかもと思った時に車で行ってみたり
違うスーパーまで行ってみたり
縄張りを広げるように、動ける範囲を広げていけるよう挑戦した
ダメで戻ってきてしまう時もあったけど、成功したりすると「大丈夫かも」という気持ちが増えていき、少しずつ出来なかったことが出来るようになってきた
先生のカウンセリングと薬の効き目もあったのかもしれない

そんなこんなで治療をはじめて1年後、私は働きに出たいと思うようになったのである

この続きは長いトンネル④で







長いトンネル 「パニック障害とは」

2005-11-07 | パニック
長いトンネル②までお話しましたが、今までパニック障害とはどんな病気なのか?
知らない方もいると思いますので、今日は簡単に説明をします。

パニック障害は、ある日突然、めまい、動悸、呼吸困難といったいろいろな症状とともに激しい不安が発作的に起こる病気です。
脳の画像診断技術により、脳内の不安に関与する神経が異常に働き伝達しているということがわかってきているそうです。
もちろん、ストレスなどの心因的な原因があって、パニック障害になるケースもありますが、ストレスとパニック障害との関連は、まだ分かっていないようです。それよりは、症状が生じる直接の原因は「脳内神経伝達物質のバランスの乱れにある」と生物学的に考えたほうがよいと言われていたりもするそうです。

パニックの発作は、激しい恐怖感や不安感とともに症状が突然出現し、10分以内にピ-クに達します。
症状はさまざまです。

・動悸
・汗をかく
・身体や手足の震え
・呼吸が早くなる、息苦しい
・息が詰まる
・吐き気、腹部のいやな感じ
・めまい、ふらつき
・非現実感、自分が自分でない感じ
・死ぬのではないかと恐れる

発作は不意に突然起こることが多いので、またいつ発作が起こるのではないかと常に心の底に不安感を持ち続けます。
パニック障害の予期不安の内容は主に次のような恐怖であると考えられます。

・発作により死んでしまうのではないかと思う
・発作により気を失ってしまうのではないかと思う
・発作により事故を起こすかも知れないと思う
・発作を起こしても助けてくれる人がいないことを心配する
・発作を起こした場所からすぐさま逃げ出せないことを恐れる
・発作を起こしてた人に迷惑をかけるのではないかと心配する
パニック障害では必ず予期不安があります。

簡単ですが、原因から症状までを挙げてみました。
突然そんなことが起きるのか?!と思われるかもしれませんが、本当に突然発作が起きてその後、予期不安が出て...と、発作時は上記で述べた症状が一気に襲ってきました。

治療については、また長いトンネル③に載せていきたいと思います。




長いトンネル ②

2005-09-26 | パニック
今日は、前回書いたパニック障害についての続き

3年前に結婚してからすぐに、心療内科に行った
初診の時はドキドキしながら行ったけど中に入ると体格のいい、ひげ先生がいた
何から話していいのか症状がたくさんありすぎて困ったが、思いつくまま先生に話した
ひげ先生は、ちゃんと話を聞いてくれて理解してくれた
「辛かったねー、でも絶対治るから大丈夫だよ」と、その一言で泣いてしまった
もっと早く、ひげ先生に出会えてたらと今でも思う

その日から、パニックの薬を2種類ほど毎日飲みつづけた
そして2週間に1回の診察
予約になっていて、30分はひげ先生と話す

治療をはじめて2ヶ月ぐらいで結婚式をした
人前に出るしドレスもキツイし、息苦しくならないだろうか?発作はでないだろうか?と不安だったが、ひげ先生の「楽しみなさい」という言葉を信じた
前の日は緊張と不安で過呼吸ぎみだし、夜もあまり眠れなかったが当日になったらバタバタ忙しく、みんなの顔を見たら楽しくなってきて、花嫁がこんなに笑っていていいのか?!ってぐらい笑いすぎていた
ただ、ダーリンのギターを弾いての歌が余興であったのだが、1人ひな壇に残されている私は、前半のはしゃぎすぎた疲れが出て、じっとしているのが辛くなってきた
しかも、ダーリンの歌が長くて1番だけにしておけよー
私は逃げ出したくなり動悸がしてきた
結局、歌が終わって次の余興の間に抜け出してラクになったんだけど
まあ、みんなにもバレず無事終わったのでよかった

薬を飲んでも調子がよくなっているのかどうかはわからなかった
ただ、少し眠いかなー?みたいな
診察では1番に、「車に乗って普通に運転したいんです」と訴えた
どうしても、発作がでるのでは?と恐怖で運転がままならないのである
実際車を運転すると、不安感が先に出るので発作を我慢しながらの運転になってしまう
だから、長い距離はもちろん、近くても怖くて辛いのである
が、昔は運転が好きだったので普通に運転ができないのが辛いのだ
田舎なので車移動は必要だし
するとひげ先生は、「車がそんなに必要かい?近くのスーパーとかには行けてるみたいだしさー、今のところそんなに車が重要な物ではなさそうだけど」みたいなことを言われた
まあ、そういえばスーパーまではなんとか行けるし専業主婦で仕事で車を使うわけではないし、そんな焦って車を運転したいとおもわなくてもいいのかなーって思った

ひげ先生のカウンセリングは、こんな感じで私がこうしなくてはいけないのでは?っと思っていることを、もっとラクに考えてもいいんじゃないの?って感じに堅くて辛いヒモをゆるくラクにしてくれるのである


今回はこのへんで
次回また治療の続きを




長いトンネル

2005-09-20 | パニック
パニック障害やPTSDについて

こんにちは、空です

たまたま、テーマサロンを見てみつけたので「パニック障害」について書き込みします

今思えば、中学生の頃から不安神経症みたいなものがあったと思う
ちょっと厳しくて怖い先生の授業とかは、別に怒られているわけでもないのに緊張していたし、手に汗かいたし、ひどいと動悸がして必死にこらえていたことも何度かあった
高校生になっても続き、一時期電車に乗っていると動悸がしたり、喉がつかえる感じで麺類が食べられなかったり、夜動悸や不安感に襲われ眠れないこともあったが、おかしいと思いながらも、友達と遊んだりバイトをしたりと楽しいこともあったので、症状も高校2,3年生の頃にはなんとなく落ち着いていた

看護学校に入学してからは、仕事と学校と忙しい生活
仕事は、看護学生として寮生活と、産婦人科だったので夜中にお産があれば呼び出され、朝も早くから働き午後学校、休みは日曜の昼間だけと、とにかく気付かないうちにストレスが溜まっていたと思う

そんな時、車で大きな事故にあった
相手が止まれを止まらず突っ込んできて車は廃車
幸い私はシートベルトをしてたので頚椎捻挫と打ち身かすり傷程度ですんだが、警察の人には「タイミングがズレてたら死んでいたかも」と言われた
それからはしばらく車も怖くて、乗れなかった

その後しばらくして仕事も友達とも充実した日々が訪れ安定していた
車もいつのまにか好きになっていてどこへでも行っていた

ところが、今から6年ぐらい前かな?ダーリンと付き合うようになってデートで横浜に行って観覧車に乗ったのだが、今まで思ったことも無いのに乗った瞬間に、「なにかあったら15分も閉じ込められて出られないじゃん」と思ってしまい慌てふためいた

そのころから、夜勤(1人)で動悸がして息苦しくて逃げ出したくなり、車では後ろからあおられているようで、赤信号でもその場から逃げ出したくなって心臓が飛び出すぐらいの動悸とめまいに襲われたりと
仕事も私生活もだんだんと辛くなり、今思えば鬱状態になっていたと思う

体がだるく、何もしたくない、背中と肩はカチコチ、外も怖くて出られない、生きているのが辛い、死んでラクになりたいとまで追い詰められた

そんなとき近くの医者に行った
パニックとは診断されなかった 「仕事のストレスなどでつかれているのでしょう、今はトンネルに入っているかもしれないが、ちゃんとトンネルから抜けられるから」と言われたが、その時の私は「そんなトンネルなんて出口も見えないし絶対抜けられないよ」と心の中で叫んでいた

仕事も辞め、しばらく家にいたが、少しずつ外に出れるようになり、仕事もはじめた
が、やはり仕事がキツイ 精神的に不安なことがたくさんありキツイ 車の運転もあるのでキツイ

結局結婚も重なり仕事を辞めた
結婚してから心療内科を探した
運良くとてもいい先生に出会え、そこではじめて「パニック障害」と診断された
ちゃんとパニック障害の治療を受けるまでに長い月日がかかった
またここからが長い治療に入るのだが....果たして長いトンネルを抜けられるのか?!
また次回コメントします