以前①、②、③、パニック障害とは、までお話しましたが、そこから何年も経ってしまったので、今回④を書かせていただきます。
結婚後しばらく専業主婦の生活をしながら、今日はここまでで行けたとか、これができたなどしながら治療する生活でした。
その頃はアパートに住んでいましたが、周りからは[専業主婦で子供もいなくて家に居て、あまり出かけてもいないようだ。]って思われているんだろうなぁと、勝手に想像し何もできない自分にストレスを感じていました。
このときにすごく思っていたのは『早く人間になりたい』ってことです
妖怪人間のような言葉ですが、本気で思っていました。
何かをするって事は恐怖との戦いで、早く普通の事ができる生活に戻りたいって。
飲んでいた薬はよく効いているかどうかわからなかったけど、診察でのひげ先生とのお話で気持ちが軽くなったり考え方を変えてみたりしながら、できないことに少しずつ挑戦して行き、市内のこの辺ぐらいなら運転できるとか、買い物できるとか、少しずつ自信がついてきました。
結婚式の頃は怖くて美容室も行けなかったのですが、オープンのチラシを見て思い切って行って見ました。
そして、パニックの事も話し具合が悪くなるかもと話ました。
スタッフの方は良くわからなかったかもしれないけど、思い切って言ったことで何かあったら休ませてもらえばいいんだって気持ちが楽になって、それ以来美容室にも行けるように
そして、治療から約1年経った頃かな?
働きに出たいと思い、旦那さんの実家に近いクリニックにパートで午前中だけ働く事にしました。
この時の仕事帰りの車で、『やっとここまできた!やっと普通の生活ができるようになった!幸せだ!』と思ったのを今でも忘れません。
良いスタッフにも恵まれ1ヶ月ほどは順調に進んでいましたが、スタッフの退職が続き残った私が1人で1日勤務というハードな勤務になってしまいました。
まだリハビリのような状態なのに断れない状況の中、緊張と不安の勤務になってしまいました。
何とか1人スタッフが入ってくれましたが、その方は子供がいるので午前中のみ。
1日勤務は変わらず、1年近く続きました。
それでも何とか治療のおかげで仕事中に発作が出たりすることもなく、発作自体も少なくなっていました。
ただ、予期不安があったり苦手な場所や乗り物等はありました。
(これは今現在でもあります。)
そしてスタッフももう一人増えた頃に、新婚旅行に行く事に。
不安もありましたが、薬を持っているし飛行機の中で寝れるように睡眠薬ももらって、薬がお守りって思えて思い切っていく事ができました
発作もなく楽しんでこられた旅行でした
今思うとすごいなぁって思うのですが
ここまでできても、今でも不安感が先に出ちゃいます
そしてこの頃には薬の量も減り、発作も出ないようになってきました。
と同時に薬を飲んでいるため避妊をしていましたが、子供が欲しいということもあり薬を止めて治療も一応終わりということになりました。
2年ちょっとの治療でしょうか。
ひげ先生には本当に感謝しています。
命の恩人です。
今でも苦手なことがあって、調子が悪いと発作が出そうな時もありますが、昔と違うのは「大丈夫」ってしっかり思えるようになったこと。
発作が起きても数分だし、死ぬ事はない。
発作が起こりそうだなと感じたら無理しないってことも。
そして何より旦那さんといると安心なんです。
誰かわかってくれて甘えられる人がいるのは、早い回復にもつながると思います。
普通の人より不安や恐怖が大きく、行動範囲も狭くなってしまいましたが、昔に比べれば本当に普通に生活できるようになりました。
この長いトンネルはもう出口が見え、光がさしてるところまできていると思います。
ただ発作の恐怖の記憶があるので、予期不安が消えるのかどうかわかりませんが、不器用なりの生活をしていこうと思っています。
今パニック障害で苦しんでいる人がたくさん居ると思いますが、残念だけどすぐには治りません。
時間はかかるかもしれないですが、しっかり治療をすれば確実に良くなります。
あの時死なないで良かったと思っています。
そしてどうか、甘えられる人がそばにいて、そして自分も甘えられる人になって下さい。
どんな病気でもそうですが、まさか自分がなるなんて、と思います。
なった人にしかわからないって何度思ったことか。
一人でも多くの方が克服される事を祈っています
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