カメラを片手に

奈良市東部・下狭川の中墓寺と巨木アート記念館・手力男

クリスマスイブの今朝は0.6℃と氷点下を免れ、日差しは時折差し込む。
だが午前中は気温は5℃に達しておらず、真冬並みに寒さが厳しい。
東の春日奥山を見れば、若草山の雪、見た目は解けているようだ。
      11時、4.3℃、63%

NHKラジオ深夜便・今日の誕生日の花はサボテン科「シャコバサボテン」、
日が短くなると花を咲かす短日性植物で、森林性樹上着生生活を送るサボテン
の一種とされ、ブラジル南東部原産の多肉植物です。
冬の咲くことから「クリスマスカクタス」「デンマークカクタス」など、また
花の形状から「カニシャボテン」などとも呼ばれ、これらの種を中心とした
交雑種が園芸種として出回っている。
花言葉は「美しい眺め」
      借用

1902年の今日、明治時代の文学者、評論家の「高山 樗牛・ちょぎゅう」の
享年32歳の忌日、山形県鶴岡市生まれで、没後120年になる。
 ”早くから天才的な文才を示し、仙台二高在学中には評論を書きはじめ、
 山 形日報にゲーテの「若きヴェルテルの悩み」の訳稿を掲載したりした。
 東京帝大入学の年、読売新聞の懸賞小説に応募した「滝口入道」が1位入選
 翌年新聞紙上に掲載されて若い読者から熱狂的な支持を受ける。
 「帝国文学」の創刊に参画、また「太陽」の文芸欄も担当して、評論活動を
 展開するが、文章は雄渾かつ重厚、格調の高い独特の名文で、たちまち
 逍遥、鴎外と並ぶ評論家の地位を手にした。
 “日本主義”を唱え、一転して極端な個人主義に移り、さらに日蓮への傾倒と
 変転するが、ロマン性豊かな発言は多くの青年を熱狂させた。”
                     山形県立図書館HPより

さて11月初旬、奈良市興東公民館主催「郷土を知る」講座の続きです。 
昼食後は中墓寺、九頭神社御旅所(田部神社)から巨木アート記念館と回った。
      

秋の里山をのぼれば、山際に立つ民家と、川筋の田が見渡せます。
      

でもこんな斜面に大規模太陽光発電パネルが・・・水害の元ではないか?。
儲かりさえすればよいとの設置者、抑える政府は無計画なこの上ない。
金のある人が儲かり、災害には無責任と・・・
こんな金のばらまきには大反対です。
      

道筋にはアキノキリンソウ、サクラソウに似た花?
      アキノキリンソウ

      

カラスウリ(烏瓜)やキイチゴ(木苺)も、
      カラスウリ

特に木苺のジャムは美味しい、でも採っている暇はない。
      キイチゴ

中墓寺(ちゅうぼじ)、下狭川が檀家の融通念仏宗で、明治5年(1872)9月に
下狭川の大念寺と西念寺の両寺を排すと同時に、元勝福寺跡だった現在地に
あった堂を修復したうえで、狭川東町にあった中墓寺をこの地に移したもの。
本尊2体は大念寺の阿弥陀如来立像と西念寺の阿弥陀如来坐像で、県文化財に
指定され、現在は日光月光菩薩と共に瑠璃殿(昭和時代の耐火建築)に安置
されている。また庫裏裏には下狭川から移した古建築の薬師堂もある。

まずは庫裏へ案内され、なかなか個性的な住職が説明してくれた。
      庫裏

中墓寺の文字は先代前東大寺管長・狭川宗玄さんで、県道沿いに建つ案内板
に書かれていた時と同じです。
      

さて本堂?、コンクリート造「瑠璃殿」に。
 

阿弥陀如来坐像が真ん中におられた。
前住職が阿弥陀様を金色に塗られたとかで、そのままだったら・・・ぼやく     

もう一つの本尊「阿弥陀如来立像」
            

薬師如来様も

気になったのは古い仏様の立像と十二神将絵です。
    

そして境内脇の桜の木の下の石仏、高さ140㎝で来迎印を持つ阿弥陀如来立像
半肉彫りで室町時代後期大永4年(1524)の記銘があり、もとは狭川氏菩提寺
「金剛院」にあったものだとされている。
    

ここから狭川氏墓、そして下狭川城跡へ行けるのですが、マムシがいるので
注意が必要なようです。
中墓寺に別れを告げ県道まで下り、九頭神社御旅所(田部神社)へ白砂川沿いを
上がります。小さな橋が掛かる。
      

橋を渡ると、鳥居の奥に広場があり一段高くなる磐座が・・・。
      

田部神社、秋祭りには九頭神社御旅所になります。
祭神は「菊理媛」 日本を創られたご夫妻神様のケンカを落ち着かせた神様。 


川沿いをすこし上れば、河岸に彫刻が・・・    
静海坊自彫りの像」で、元勝福寺の住職・静海坊の自画像と。

さらに上がれば「巨木アート ふじい忠一記念館 手力男」で、もとJA跡です。
おじいおばあが暖かく迎えてくれました。柿とお茶を頂きました。



この狭川地区も、過疎化が進んでおり、どうかしなければという話の中で、
世界的に有名な現代アート作家「ふじい忠一」さんとご縁があり、「狭川地区
の活性化に役立つならば」と巨木アート7点を貸し出していただけました。
狭川の氏神「九頭神社」の主祭神「天手力男命」、天の岩戸をこじ開けた怪力
の持ち主でしたね。ふじいさんは一年がかりで、巨木を曲げられたことに
イメージを重ねている。

2020年1月にNPO法人として認証され、「人と木と、自然」のコンセプトが
生まれてた。

この巨大な木を曲げるとは?驚かされますよ。

悲しいことに「ふじい忠一」さんは2022年6月13日に亡くなられており合掌。
現在は週末土日開館(10時-16時)となり、月二回(2・4日曜日10時-12時)
朝市も開かれる。

我にとり、奈良市東部といえば、柳生か月ヶ瀬しか浮かんでこないが・・・
狭川地区、市内から車で30分も走れば、自然と文化の豊かな地区が有るなん
て、勉強になりました。


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