詩人 自由エッセー

月1回原則として第3土曜日に、隔月で二人の詩人に各6回、全12回の年間連載です。

第14回 栞時間(第1回) 紫陽花の鉢植え 川津 望

2018-04-30 23:05:01 | 日記
 メッシュシートがはためくたび、工事現場からハンマーを打ち付ける音は強まり、団地の開け放たれた窓からは電子レンジが低くうなる。走り去るひと、またひと。スーパーマーケットの外まで、あしうらが集まる。そのうちの小さな足がよちよちとコンクリートばかり踏み、O脚で、これから苦労するだろう。
 ここのところ微熱がさがらない。寝てばかりで浮腫んだふくらはぎが血流をさみしくしている。さすがに歩かなければ。歩行が酸っぱくなりそうでこれ以上、顔色のわるさに拍車をかけてしまうのはごめんだから。呼吸をするのに最低限のことだけして、誰もいないことを見計らって、昼ごはんを買いに戸外へ出た。
 自分の身体を見渡して細胞のどこにも属せない風景の一員になった、とでも言おうか、そういう感覚がおこった。座布団をふたつ持って皆既月食を眺めたベンチの前を通りすぎ、中東のひとが切り盛りする定食屋へ目をやる。信号を確認せず、ふっとスーパーへの道をまちがえてしまった。目蓋をおすとなにかを数えたくなるような、いろいろな模様が見える場所。まわりで数人の女性が何かしている。高校生くらいか、いやもう少し上か、まだ幼い表情をうかべたひともいて。そのとなりで年配の女性が「オトコマキ」と口にしている。腰が浮き上がり、その拍子に何かこぼれた。思わずまばたきする。5階、見るとそのひとが口を引き結んでいる。困ったときにする顔だ。いつの間にかスウェットのズボンが脱げてしまった。明かりのついていない小学校が見える。風の吹きとおる寝静まった廊下を走るより、あちらへ飛んで行った方が、何色にでも混ざることができる気がする。下腹部から何か出てきた。今日は何日目だったか。目をこする。身体の向きが変わって、テレビをつけた。

 ――あと一時間。一羽と数えるの、一匹と数えるの。飼育班は草を食む対象と5メートルほど離れていた。吸っても吸っても、同じ色になれないものを育てつづけた。班長のトウコちゃんだけれども体育の授業はお休みだ、貧血になるって。ダイちゃんは見るたびに痩せて、家でカロリーメイトしか食べていないらしい。物を貸したら返って来ない。飼育班、もうひとりいたよね。にきびに軟膏をつけていて、給食の時間、いつも屋上へ行って。あと一時間。一羽と数えるの、一匹と数えるの。秋だったかな、ダイちゃんは焼き芋をアチッ、アチッて言って持って来て。アルミホイルを剥がしてくれた。トウコちゃんは飼育小屋にこもりがちになった。飼育班、もうひとりいたよね。初夏だったかな、みんなで屋上へ行って。見下ろしたらダイちゃんってお年寄りみたいだった。てのひらが大きくて、トウコちゃんを膝にのせていた。あと一時間。飼育小屋の扉、開いている。対象と5メートルほど離れて、もうひとり。凄い顔。アチッ、アチッ。ダイちゃんじゃない。あと一時間。一羽と数えるの、一匹と数えるの。

 気づけば午後8時。着くまでが遅かったのか、着いてから時間が経ったのか、よくわからない。ただ冷えたスーパーの店内、積まれた惣菜よりテーブルの空いているところが増え、結局30パーセントオフのかっぱ巻きとから揚げを買った。塗料で汚れたニッカボッカーズを穿いたおにいさんが、加えて菓子パン2つと20パーセントオフの稲荷ずしを手に、レジへ向かった。
 会計を済ませて店をでると、露店に紫陽花の鉢植えが並んでいた。その花は「藍色が集まったもの」らしくしているものの、何かよそよそしい。おそらく根から送られてくるものをうけとる力に差があるからだろう。アルミニウムを吸収しても、青色になりにくい品種なのだろうか。
 一瞬、腰へ誰かの指が入ってくるような感じがした。赤くも青くもなれないこの感覚は、痛いと呼ぶものなのか。

 明日こそ祖父の見舞いへ行こう。祖母が生前植えた花の様子が気になっている頃だ。そして紫陽花の鉢植えのはなしもしなければならない。海軍だった頃のはなしより、そちらのはなしに関心があるだろうから。点滴は祖父の足の浮腫みをとるが、針は皮膚をいためている。転院していないとよいが。部屋の電子レンジでから揚げをあたためてから、面会時間を病院のサイトで調べることにする。

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