■ 岡本太郎、生誕百年。ミッションマーケティングの始まり!
岡本太郎のエネルギーに「ミッションマーケティング」の本質を感じる!!
はじめに:
岡本太郎。
生誕百年を迎える。
有名な岡本語録といえば?
「芸術は爆発だ!!」
その芸術は、
生命力の持てるエネルギーをもてあまして想念を描ききれずに格闘する。
「はみ出したっていいじゃないか!!」
とばかりにキャンバスにとらわれずに枠外へエネルギーを放射する。
ひとつ逸話がある。
40年前の大阪万博で、
建築家、故丹下健三氏がつくった未来の空中都市をイメージした万博テーマ館の屋根の中央に
大きな穴をあけさせ、あの空を仰ぐようなて、天を突くような「太陽の塔」をつくってしまった。
今回は、
「明日の神話」という作品について!
もともと「HIROSHIMA NAGASAKI」という題であった。
1968年、メキシコオリンピックのときに、
現地のホテルに依頼されて作った超巨大な壁画だが、
ホテルの経営破綻で失われてしまった。
数年前に、それを探し出し日本に運び込み、一年の修復を経て、
銀座線渋谷駅へのコンコースの二階にすえつけられた。
迫力ある、縦5.5M×横30Mの巨大な壁画である。
コンコースを通る人を魅了しエネルギーを与え続ける、
人生の道標のような壁画である。
因みに、集合場所では忠犬ハチ公が有名だが、
雨が降ると野ざらしの忠犬ハチ公の前よりここに人気が集まる。
「明日への神話」。
そのスケール感、クオリティ感を考えると、
岡本太郎の「芸術は爆発だ」をこれほど忠実に表現している作品はないと思う。
そこには原爆の悲惨さが激しく細かく描かれている。
しかし、ただ悲惨さを描くのではなく、
原爆投下があってもそこから人間は再生され、生きつづけていく、
という人間の力を描いている。
迫力のある、凄みのある壁画だが、何か慈愛に満ちた、
優しささえたたえている壁画である。
岡本太郎は18歳のときにフランスにわたった。
ピカソにあこがれる。
ピカソの有名な「ゲルニカ」も戦争の悲惨さと抵抗を描いたものだが、
そこには生命のエネルギーも同時に描かれていて、
楽観的でさえあり、ユーモアさえ感じられる。
悲惨さも極限までゆけば、
人間のやさしさ、ユーモアという境地にたどりつく、
のかもしれない
岡本太郎も人間の極限を描く。
決して過去の悲惨さだけを描くのではない。
未来への生きる生の力を、そのエネルギーを描き出す。
岡本太郎の芸術の本質は目の威力にある。
目で社会を人間を射抜く。
本質を突きつける。
そこにエネルギーを籠める、ほとばしらせる。
日本人は二回被爆した。
最初は、第二次世界大戦での広島、長崎、
そして今回の福島である。
原子の巨大なエネルギーに二回も見舞われた。
原子力が悪魔の片鱗を見せ二回も日本を翻弄した。
改めて、
岡本太郎の「明日の神話」をみて、思うところがある
二回の原子力の災厄にただ悲嘆にくれるのではなく、
岡本太郎の芸術からほとばしり出る人間の生きるエネルギーに
日本の将来の可能性を信じたいと思う。
A.マーケティングの新しい価値観とは?:
そもそもマーケティングとは何だろうか?
社会に対して何ができるのだろうか?
マーケティングに期待されるミッションは何か、今の大儀は何か?
マーケティングに携わる者は何を心すればよいのだろうか?
このような国難の時期だからこそ、
自問自答してしまう。
学問的にいえば、
マーケティングとは、
供給者と需要者の各々の期待の交換を行う意志・行為である。
最も単純な定義は、
企業、生活者が欲しいものを忠実に提供することである。
ややこしくいえば、
価値の創造である。
今は、マーケティングの学問的な定義を論ずることにはほとんど意味が無い。
マーケティングはつとめて実務的なものである。
マーケティングで経済活動が成り立っている。
人はマーケティングで生きているとも言える。
従って、総論的な、総括的な理論ではなく、
今は、時の状況にどう対応するか、時の社会へどう貢献するか、
という実務的な各論が求められている。
この未曾有の危機に、どう社会へ貢献するか?!
被災地にいない大多数の銃後の生活者が、非被災地域の被災者に対して出来ることは何か?
義援金のような直接的な支援は当然としても、
一番大切なことは、
消費活動を活発にして、社会の生産性・生産力を高め、
被災地域へ経済的なモノ・カネを、納税額の増大等を通して政府からのモノ・カネを
スムーズに循環させていくことである。
マーケティングは、マクロ的にいえば、
社会の適正な生産・消費をスムーズに実現するためのフレームをつくり(戦略化し)、
オペレーション(戦術化)することである。
そのフレームの中で、
一般生活者の出来ることは、
必要な消費は粛々と行うことである。
一般生活者が生き生きと活動するために、
マーケティングはどのようなミッションを持つべきだろうか?
B-1:マーケティングミッションという概念の台頭
ミッションオリエンテットマーケティングが求められている。
今回の大震災は、
通常のエマージェンシーというにはあまりにも過酷過ぎる。
あの第二次世界大戦の原爆投下のような異常値的な危機、災厄である。
しかし、岡本太郎の「明日の神話」は語る。
原爆投下からも人は再生していくと!
今、岡本太郎の生き様を見ていて、
マーケティングに出来ることは、
生きることそのものの意味、尊厳を体現していくことではないかと思う。
我々マーケティングに関係するものは、
マーケティングの様々な現場を通して、
(商品、ブランド、AD/SP、営業、C.S.、アフターサービス・・・・・)
活力のあるエネルギーをあらん限り放出し、
被災した人々の感情へ同調し、
心のそこから元気が湧いてくるようなパワーを、
贈り続けることではないかと思う。
今の時代、社会に求められている感情とは?、
癒し、安らぎ、勇気、元気・・・・・・なんでもいい、
今の生活のよすがになる、明日への夢が持てる・・・
ような感情である。
話は変る。
今、満足・幸福という精神的な目標が脚光を浴びている。
世界的に先進国は成熟して成長がむずかしくなり、
社会の中で格差も生まれている。
BRICSでは、まだ、物的成長が可能となっているが、
地球の許容度には限界があり、
早晩成長にブレーキがかかる可能性がある。
物的なGDP的な成長がなければ、
精神的な幸福度をもとめて、
そこに価値が生じるような新しい社会制度の設計が求められている。
このような要請が日本のマーケティングにも求められている。
生活者が、
企業からのマーケティング活動を見たときに、
そのようなパワーやエネルギーを発しているだろうか、
という自問を常にすることが、
企業のマーケティング担当者の役割ではないかと思う。
マーケティングのテクニカルな技法はどんどん実行しなければならない。
義援金付き販売手法、被災地からの仕入れ・購入促進・・・・
しかし、生活者へ商品、宣伝・・・・・を通してパワーのあるメッセージを届けるという、
精神的なミッションが、物的な・テクニカルなマーケティングの上位概念として
求められているように思う。
改めて、皆が元気になれるような、
明日の神話に代表されるような岡本太郎的な「生きることの意味を問うミッション」を、
前面に押し出したマーケティング活動が求められている。
「ミッションオリエンテットなマーケティング」
の到来である。
B-2:NEOマーケティングフレームの構築:
「新しいマーケティングミッション」を具体的に体現するマーケ戦略フレームとは何か?
今は、失われた20年と呼ばれ、
近々ではリーマンショックという経済的なストレスにも見舞われた。
環境問題、少子化・人口減少問題、国債残高超累積問題、超成熟社会問題・・・
と問題山積の時代である。
しかし、問題点は社会の矛盾の見直しを迫り、
逆にサステナブルな社会をつくる上での良いきっかけにもなる。
新しい変化は、決して悪いことだけではなくいい側面もある。
このような問題点を背景として、
最終需要家である生活者のライフスタイルも、
かなり以前から変りつつあるといわれてきている。
最終需要家のライフスタイルが変るということは、
企業のマーケティングパラダイムの大革新を意味している。
「否認」という言葉がある。
心理学、社会学の専門用語である。
自分の都合の悪い、あるいは直接関係の無い事象には、
何となく黙殺、否認し嫌なことを避ける行為である。
この大震災を契機に、
ライフスタイルが大きく動き出す可能性があるとすれば、
「否認」は許されない。
メガトレンドを自主的に認知し積極的に問題解決に動く、
マーケティングに携わる企業、担当者は、
そのソシアルメガトレンドに敏感でなければならない。
その潮流に貢献する
新しいマーケティングフレームを創出することが求められている。
実は、この時代に求められる新しいマーケティングフレームの、
大いなる創出実験が始まっている。
古い(古典的な)マーケティング概念を脱皮する、超える動きが始まっている。
本稿では、新フレームの事例を三つ程あげる。(詳細は別の稿で発表へ)
新フレーム1:ニーズ・差別性の打破
ニーズはあるか?、他と比べての差別性はあるか?
という概念はマーケティングの古典的な考え方で間違ってはいない。
しかし、時代はこれだけでは不十分である。
「アンビション」が大切である。
企業理念の意志として、開発担当者の意志として、
自社・自分の欲求をどう満たすのかという、
「アンビション」こそマーケティングエネルギーの源泉になる。
自社・自分が欲しいものへは、
一生懸命考えてこだわりのあるものをつくろうとする意志が働く。
ニーズを聞きすぎると、また他者・他商品との相対的な差だけを見すぎていては、
平凡な総花的な商品、広告、販促施策しかできない。
自社・自分が欲しい、したいというものでなければ、
人に感動は与えられない。
感動を与えられないマーケティングは収益をもたらすことはない。
マーケティングには、
客観的・機能的な視点と同時に、
生きた主観的・情緒的なこだわりが最も求められる。
新フレーム2:不特定多数へのコミュニケーションからの脱皮
典型的なマスマーケティングは今でも十分に役にたつ。
消費財のターゲットは超広い。
今までのマーケティングの常識では、
一人々々の顔を認定しての個別の対応は出来ないとされた。
従って、
TV広告を中心としたマスコミュニケーションで認知してもらい、
売場に商品をしっかり並べ視認してもらい、
プロモーション、特売で買う気持ちを高めてもらい、
結果として購入を実現する、
というマスマーケティングモデルを構築してきた。
高度成長時における典型的なマーケティングモデルである。
しかし、ITの進化でマーケティングパラダイムが変った。
ITで個別に消費者と絆ももつことが出来るようになった。
様々なルートで企業サイトにアクセスしてくる生活者を
しっかりエンクロージャーすることで、生活者と直接対話をすることが出来るようになった。
新商品の事前PR、商品開発のモニタリング、クリエイティブのヒント募集、
プロモーションのインフルエンサー化、通販の展開、バーチュアルなテストマーケティング
社会貢献の一環としてのボランタリー召集、義援金募集・・・・・・
様々な対話が可能となった。
ITコミュニケーションは、
スピード感もあり、
囲い込み人数も何百、何千万人という規模である。
特定された生活者でありながら、
半端でないマスレベルのコミュニケーションができる。
不特定多数消費財マーケティングのパラダイムを変える新しい手法が登場した。
消費財のパーソナルマーケティングの本格的な胎動がはじまった。
直接、消費者と対話をしてみませんか?
新フレーム3:マーケティングの4Pの超越:
4P概念は静的な機能分解的な概念で今の時代には合わなくなっている。
もちろんマーケティングのチェックリストとしては、
今でも十分機能するし、
古典的な方法論としては間違いのないものである。
しかし、
今は、「ダイナミック連鎖マーケティング」
(動的マーケティング)の時代である。
新商品を上市しようとした場合、
ターゲットを決める・対応するメディアミクスをあてはめる・チャネルを添える、
という作業はもう古くなっている。
現在では、
「スーパーマーケティングマップ」が求められる。
「ペルソナ化されたコアターゲット」と「それに関連する価値連鎖ターゲット」の
リレーショナルバリューチェーンの精緻なマップ化が求められている。
意識のベネフィット連鎖、行動の先行遅行を示す時間連鎖を見える化する。
そこにコミュニケーションのコンタクトポイント、
購買のプレース・プライスポイントを緻密に絡めることで、
人間軸だけではない、時間軸も考慮した
「スーパーマーケティングマップ」
が完成する。
それがダイナミックでサステナブルな動的マーケティング活動を保障する。
それによって、商品の持つ潜在力を最大限活かす
ダイナミックなマーケティングフレームが完成する。
C.最後に:
今マーケティングに求められていることは、
革新的なマーケティングパラダイムの創造である。
マーケティングが、
社会の不安を払拭し、社会の幸福度を高めていくというミッションを持つことが重要である。
欲望をエスカレートすることではなく、
最適な消費・生産レベルを実現し、加えて「心の満足度・幸福度」を最大化することに
どう貢献できるかが求められている。
岡本太郎の残した原爆投下にも失われない生命の力、
人間再生というテーマ!
今こそその意味を具体化するときではないかと思う。
この稿終わり
岡本太郎のエネルギーに「ミッションマーケティング」の本質を感じる!!
はじめに:
岡本太郎。
生誕百年を迎える。
有名な岡本語録といえば?
「芸術は爆発だ!!」
その芸術は、
生命力の持てるエネルギーをもてあまして想念を描ききれずに格闘する。
「はみ出したっていいじゃないか!!」
とばかりにキャンバスにとらわれずに枠外へエネルギーを放射する。
ひとつ逸話がある。
40年前の大阪万博で、
建築家、故丹下健三氏がつくった未来の空中都市をイメージした万博テーマ館の屋根の中央に
大きな穴をあけさせ、あの空を仰ぐようなて、天を突くような「太陽の塔」をつくってしまった。
今回は、
「明日の神話」という作品について!
もともと「HIROSHIMA NAGASAKI」という題であった。
1968年、メキシコオリンピックのときに、
現地のホテルに依頼されて作った超巨大な壁画だが、
ホテルの経営破綻で失われてしまった。
数年前に、それを探し出し日本に運び込み、一年の修復を経て、
銀座線渋谷駅へのコンコースの二階にすえつけられた。
迫力ある、縦5.5M×横30Mの巨大な壁画である。
コンコースを通る人を魅了しエネルギーを与え続ける、
人生の道標のような壁画である。
因みに、集合場所では忠犬ハチ公が有名だが、
雨が降ると野ざらしの忠犬ハチ公の前よりここに人気が集まる。
「明日への神話」。
そのスケール感、クオリティ感を考えると、
岡本太郎の「芸術は爆発だ」をこれほど忠実に表現している作品はないと思う。
そこには原爆の悲惨さが激しく細かく描かれている。
しかし、ただ悲惨さを描くのではなく、
原爆投下があってもそこから人間は再生され、生きつづけていく、
という人間の力を描いている。
迫力のある、凄みのある壁画だが、何か慈愛に満ちた、
優しささえたたえている壁画である。
岡本太郎は18歳のときにフランスにわたった。
ピカソにあこがれる。
ピカソの有名な「ゲルニカ」も戦争の悲惨さと抵抗を描いたものだが、
そこには生命のエネルギーも同時に描かれていて、
楽観的でさえあり、ユーモアさえ感じられる。
悲惨さも極限までゆけば、
人間のやさしさ、ユーモアという境地にたどりつく、
のかもしれない
岡本太郎も人間の極限を描く。
決して過去の悲惨さだけを描くのではない。
未来への生きる生の力を、そのエネルギーを描き出す。
岡本太郎の芸術の本質は目の威力にある。
目で社会を人間を射抜く。
本質を突きつける。
そこにエネルギーを籠める、ほとばしらせる。
日本人は二回被爆した。
最初は、第二次世界大戦での広島、長崎、
そして今回の福島である。
原子の巨大なエネルギーに二回も見舞われた。
原子力が悪魔の片鱗を見せ二回も日本を翻弄した。
改めて、
岡本太郎の「明日の神話」をみて、思うところがある
二回の原子力の災厄にただ悲嘆にくれるのではなく、
岡本太郎の芸術からほとばしり出る人間の生きるエネルギーに
日本の将来の可能性を信じたいと思う。
A.マーケティングの新しい価値観とは?:
そもそもマーケティングとは何だろうか?
社会に対して何ができるのだろうか?
マーケティングに期待されるミッションは何か、今の大儀は何か?
マーケティングに携わる者は何を心すればよいのだろうか?
このような国難の時期だからこそ、
自問自答してしまう。
学問的にいえば、
マーケティングとは、
供給者と需要者の各々の期待の交換を行う意志・行為である。
最も単純な定義は、
企業、生活者が欲しいものを忠実に提供することである。
ややこしくいえば、
価値の創造である。
今は、マーケティングの学問的な定義を論ずることにはほとんど意味が無い。
マーケティングはつとめて実務的なものである。
マーケティングで経済活動が成り立っている。
人はマーケティングで生きているとも言える。
従って、総論的な、総括的な理論ではなく、
今は、時の状況にどう対応するか、時の社会へどう貢献するか、
という実務的な各論が求められている。
この未曾有の危機に、どう社会へ貢献するか?!
被災地にいない大多数の銃後の生活者が、非被災地域の被災者に対して出来ることは何か?
義援金のような直接的な支援は当然としても、
一番大切なことは、
消費活動を活発にして、社会の生産性・生産力を高め、
被災地域へ経済的なモノ・カネを、納税額の増大等を通して政府からのモノ・カネを
スムーズに循環させていくことである。
マーケティングは、マクロ的にいえば、
社会の適正な生産・消費をスムーズに実現するためのフレームをつくり(戦略化し)、
オペレーション(戦術化)することである。
そのフレームの中で、
一般生活者の出来ることは、
必要な消費は粛々と行うことである。
一般生活者が生き生きと活動するために、
マーケティングはどのようなミッションを持つべきだろうか?
B-1:マーケティングミッションという概念の台頭
ミッションオリエンテットマーケティングが求められている。
今回の大震災は、
通常のエマージェンシーというにはあまりにも過酷過ぎる。
あの第二次世界大戦の原爆投下のような異常値的な危機、災厄である。
しかし、岡本太郎の「明日の神話」は語る。
原爆投下からも人は再生していくと!
今、岡本太郎の生き様を見ていて、
マーケティングに出来ることは、
生きることそのものの意味、尊厳を体現していくことではないかと思う。
我々マーケティングに関係するものは、
マーケティングの様々な現場を通して、
(商品、ブランド、AD/SP、営業、C.S.、アフターサービス・・・・・)
活力のあるエネルギーをあらん限り放出し、
被災した人々の感情へ同調し、
心のそこから元気が湧いてくるようなパワーを、
贈り続けることではないかと思う。
今の時代、社会に求められている感情とは?、
癒し、安らぎ、勇気、元気・・・・・・なんでもいい、
今の生活のよすがになる、明日への夢が持てる・・・
ような感情である。
話は変る。
今、満足・幸福という精神的な目標が脚光を浴びている。
世界的に先進国は成熟して成長がむずかしくなり、
社会の中で格差も生まれている。
BRICSでは、まだ、物的成長が可能となっているが、
地球の許容度には限界があり、
早晩成長にブレーキがかかる可能性がある。
物的なGDP的な成長がなければ、
精神的な幸福度をもとめて、
そこに価値が生じるような新しい社会制度の設計が求められている。
このような要請が日本のマーケティングにも求められている。
生活者が、
企業からのマーケティング活動を見たときに、
そのようなパワーやエネルギーを発しているだろうか、
という自問を常にすることが、
企業のマーケティング担当者の役割ではないかと思う。
マーケティングのテクニカルな技法はどんどん実行しなければならない。
義援金付き販売手法、被災地からの仕入れ・購入促進・・・・
しかし、生活者へ商品、宣伝・・・・・を通してパワーのあるメッセージを届けるという、
精神的なミッションが、物的な・テクニカルなマーケティングの上位概念として
求められているように思う。
改めて、皆が元気になれるような、
明日の神話に代表されるような岡本太郎的な「生きることの意味を問うミッション」を、
前面に押し出したマーケティング活動が求められている。
「ミッションオリエンテットなマーケティング」
の到来である。
B-2:NEOマーケティングフレームの構築:
「新しいマーケティングミッション」を具体的に体現するマーケ戦略フレームとは何か?
今は、失われた20年と呼ばれ、
近々ではリーマンショックという経済的なストレスにも見舞われた。
環境問題、少子化・人口減少問題、国債残高超累積問題、超成熟社会問題・・・
と問題山積の時代である。
しかし、問題点は社会の矛盾の見直しを迫り、
逆にサステナブルな社会をつくる上での良いきっかけにもなる。
新しい変化は、決して悪いことだけではなくいい側面もある。
このような問題点を背景として、
最終需要家である生活者のライフスタイルも、
かなり以前から変りつつあるといわれてきている。
最終需要家のライフスタイルが変るということは、
企業のマーケティングパラダイムの大革新を意味している。
「否認」という言葉がある。
心理学、社会学の専門用語である。
自分の都合の悪い、あるいは直接関係の無い事象には、
何となく黙殺、否認し嫌なことを避ける行為である。
この大震災を契機に、
ライフスタイルが大きく動き出す可能性があるとすれば、
「否認」は許されない。
メガトレンドを自主的に認知し積極的に問題解決に動く、
マーケティングに携わる企業、担当者は、
そのソシアルメガトレンドに敏感でなければならない。
その潮流に貢献する
新しいマーケティングフレームを創出することが求められている。
実は、この時代に求められる新しいマーケティングフレームの、
大いなる創出実験が始まっている。
古い(古典的な)マーケティング概念を脱皮する、超える動きが始まっている。
本稿では、新フレームの事例を三つ程あげる。(詳細は別の稿で発表へ)
新フレーム1:ニーズ・差別性の打破
ニーズはあるか?、他と比べての差別性はあるか?
という概念はマーケティングの古典的な考え方で間違ってはいない。
しかし、時代はこれだけでは不十分である。
「アンビション」が大切である。
企業理念の意志として、開発担当者の意志として、
自社・自分の欲求をどう満たすのかという、
「アンビション」こそマーケティングエネルギーの源泉になる。
自社・自分が欲しいものへは、
一生懸命考えてこだわりのあるものをつくろうとする意志が働く。
ニーズを聞きすぎると、また他者・他商品との相対的な差だけを見すぎていては、
平凡な総花的な商品、広告、販促施策しかできない。
自社・自分が欲しい、したいというものでなければ、
人に感動は与えられない。
感動を与えられないマーケティングは収益をもたらすことはない。
マーケティングには、
客観的・機能的な視点と同時に、
生きた主観的・情緒的なこだわりが最も求められる。
新フレーム2:不特定多数へのコミュニケーションからの脱皮
典型的なマスマーケティングは今でも十分に役にたつ。
消費財のターゲットは超広い。
今までのマーケティングの常識では、
一人々々の顔を認定しての個別の対応は出来ないとされた。
従って、
TV広告を中心としたマスコミュニケーションで認知してもらい、
売場に商品をしっかり並べ視認してもらい、
プロモーション、特売で買う気持ちを高めてもらい、
結果として購入を実現する、
というマスマーケティングモデルを構築してきた。
高度成長時における典型的なマーケティングモデルである。
しかし、ITの進化でマーケティングパラダイムが変った。
ITで個別に消費者と絆ももつことが出来るようになった。
様々なルートで企業サイトにアクセスしてくる生活者を
しっかりエンクロージャーすることで、生活者と直接対話をすることが出来るようになった。
新商品の事前PR、商品開発のモニタリング、クリエイティブのヒント募集、
プロモーションのインフルエンサー化、通販の展開、バーチュアルなテストマーケティング
社会貢献の一環としてのボランタリー召集、義援金募集・・・・・・
様々な対話が可能となった。
ITコミュニケーションは、
スピード感もあり、
囲い込み人数も何百、何千万人という規模である。
特定された生活者でありながら、
半端でないマスレベルのコミュニケーションができる。
不特定多数消費財マーケティングのパラダイムを変える新しい手法が登場した。
消費財のパーソナルマーケティングの本格的な胎動がはじまった。
直接、消費者と対話をしてみませんか?
新フレーム3:マーケティングの4Pの超越:
4P概念は静的な機能分解的な概念で今の時代には合わなくなっている。
もちろんマーケティングのチェックリストとしては、
今でも十分機能するし、
古典的な方法論としては間違いのないものである。
しかし、
今は、「ダイナミック連鎖マーケティング」
(動的マーケティング)の時代である。
新商品を上市しようとした場合、
ターゲットを決める・対応するメディアミクスをあてはめる・チャネルを添える、
という作業はもう古くなっている。
現在では、
「スーパーマーケティングマップ」が求められる。
「ペルソナ化されたコアターゲット」と「それに関連する価値連鎖ターゲット」の
リレーショナルバリューチェーンの精緻なマップ化が求められている。
意識のベネフィット連鎖、行動の先行遅行を示す時間連鎖を見える化する。
そこにコミュニケーションのコンタクトポイント、
購買のプレース・プライスポイントを緻密に絡めることで、
人間軸だけではない、時間軸も考慮した
「スーパーマーケティングマップ」
が完成する。
それがダイナミックでサステナブルな動的マーケティング活動を保障する。
それによって、商品の持つ潜在力を最大限活かす
ダイナミックなマーケティングフレームが完成する。
C.最後に:
今マーケティングに求められていることは、
革新的なマーケティングパラダイムの創造である。
マーケティングが、
社会の不安を払拭し、社会の幸福度を高めていくというミッションを持つことが重要である。
欲望をエスカレートすることではなく、
最適な消費・生産レベルを実現し、加えて「心の満足度・幸福度」を最大化することに
どう貢献できるかが求められている。
岡本太郎の残した原爆投下にも失われない生命の力、
人間再生というテーマ!
今こそその意味を具体化するときではないかと思う。
この稿終わり