「Letters」

精神科医からの医療に関する時事報告

「私立精神科単科病院」に移って見えてきたもの その1

2009-08-31 18:32:11 | 日記
「心と社会」136号(40巻2号)
「私立精神科単科病院」に移って見えてきたもの その1

 よく知られていることであるが、わが国の精神科医療は精神病床の80%を占める民間精神科病院によって担われている。しかもその経営は診療報酬という全国一律の基準によってしばられている。精神科の場合にはこれに生活保護を受けている慢性精神疾患の患者層が厚いという事情が加わる。つまり、入院している限り「お上」が取りはぐれのない費用保証をしてくれている。いわば資本主義のインフラの上に社会主義的な診療構造がのっかっているわけである。この世界的に見てもかなり特異なシステムは、近代的精神医療のさきがけとなった精神衛生法制定(1950)の時代に戦後の困窮期にあった国にはお金がなく、民間での病院設立によって公的な精神医療システムを代替させてしまったことに起因する。おかげで一定の条件下であればそれなりに経営が成り立つレベルでの民間病院が続々と作られ、全病床数の4分の一、約35万床という精神病床がほぼ現在に至るまで維持されることとなった。

発達精神医学の時代 その6

2009-08-11 16:47:16 | 日記
「精神医学」巻頭言Vol.51 :312-313.2009
発達精神医学の時代 その6
-成人自閉症スペクトラムの専門外来から見えてくるもの-

それからおよそ2年。デイケアは産声をあげた。発達障害専門外来も開設し、ネットにアップロードした途端に受診申し込みが殺到して、あわてて予約制にするという経験もした。大学病院であるからには研究にも邁進しなければと共同研究者との2年越しの努力が実り、CRESTによる自閉症研究が認められることになった。ASDの研究はいまや世界の神経科学の最重要課題になりつつある。それは社会性という人間が人間たる根幹の機能をサイエンスする格好のモデルといえるからであり、そのためにはASD当事者の協力が必須である。しかし、研究しておしまいということは許されない。たとえ研究の果実が直接協力してくれた当人の福音にはならなくても、その子孫たちには何がしかのご恩返しをしなければいけない。そうでなくても成人のASD当事者たちは相談に訪れた医療機関からは専門外とか治療不可能とかの心ない扱いを受けているのである。幸いにしてデイケアは順調に推移し、当事者たちのコミュニケーショントレーニングの場として、行き場のなくなった彼らの安心できる場所を提供しつつある。いよいよここから新しい「発達精神医学」の発信ができるようになった。この科学はきっとこれからの精神医学にとって大きな一歩になることを私たちは確信しつつある。まだその歩みは始まったばかりであるが、当事者たちと一緒にその道を歩みたいと考えている3)。

文献
3)加藤進昌:「大人のアスペルガー症候群」との接し方。講談社、東京、2009.