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誰も知らない、ものがたり。

短編小説 「The Phantom City」 01

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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 アスファルトを焼くような初夏の暑さが部屋を容赦なく侵食する。

 この日は街の電力が一部制限され、運が悪いことに住んでいる区画が貧乏くじを引き、エアコンはおろか、この数時間は水道すら使えない。一人ぼっちで過ごすには、あまりにも物憂げな昼下がりだった。こうやって電力がしばしば制限されるので、冷蔵庫にたくさん食べ物を入れておくこともできない。そのせいで随分と重宝していたドライフードのストックもそろそろ底をつくので、今日は買い出しにでなければならない。この部屋にいたら確実に熱中症になってしまいそうなので、涼みに行くつもりだと考えれば丁度いい。そう思うことで少し気持ちに張り合いが生まれるような、やるべきことが失われた世界に、カヲリは生きていた。

 いま、大抵の人々は仕事をせずに生きている。カヲリもその一人だった。
 別に職を失ったわけではない。仕事をする必要がないのだ。少し前だとベーシックインカム制度という形で、政府から全住人に生活保障としてお金が支給されていたが、今はもうその形式すら必要ない。食べたいものも、着たいものも、基本は何でも与えられる。カヲリがこれから行く買い出しも、正確には”買う”のではなく、”貰いに”行くのだ。
 だからといって、旧世界の第二次世界大戦後の配給のような様相とは全く程遠い。食材は全国各地からこだわり抜いたものがより優られ、好みに合わせて、まるで一流のシェフが腕をふるったかのように美味しく調理された状態で貰うこともできる。
 洋服や靴、カバンだって、何だって手に入る。好きなブランド、好きなジュエリー、時計。あらゆる贅沢嗜好品もよりどりみどりだ。この新世界では、人が望むものはすべてが手に入る。少なくとも最初に旧世界から新世界へと変遷した人々はそうやって浮かれたものだ。

 しかし、今は皆がもう気づいてしまっている。この幻のような世界の虚しさに。
 カヲリは外にでるために外出用のマスクと強烈な紫外線や感染症のウイルスから身を守る防護服を手慣れた様子で身につけた。
 どんなにおしゃれをしても、この馬鹿らしいほど重苦しい装備を一旦はしなければ外に出れないのだから、自ずと中に着る服はタンクトップだし、ズボンは肌も危険で露出できないからストレッチ生地のジーパンのような丈夫で動きやすいものばかりだ。
 それに、目的地に辿り着くまでに人とすれ違うこともそうそうない。それほど、世界の人口は壊滅的に減ってしまったのだ。おそらく、最盛期の10分の1くらいだろう。おしゃれなどは居ない相手に手紙を出すような意味のないものに感じてしまう。

 なぜここまで人口が減ってしまったのか。その原因が何だったのかは誰もが気がついていた。
 でも、誰もそれについては言うことができなかった。人類は自らの過ちを認めることがまだ出来ないでいるのだ。
 それまで安全だと思われていた食料の添加物や大気中に舞っていた化学物質がいつしか人の体を少しずつ根本から蝕んでいた中で、DNAレベルに干渉する未知の宇宙放射線が突如地球降り注ぎ、ある日を堺に人が突然その自然免役機能の大部分を失いはじめてしまったのだ。
 当時のテレビは大騒ぎして連日の死亡者数を大々的に報じながら、これまで単なる風邪で済んでいたものが人の命を奪い始めた事を伝え、世界中はパニックに陥った。
 医療や宇宙科学の権威や専門家もその危機的状況になすすべなく、津波のように押し寄せる死亡報告を伝える側のマスメディアの人々もその犠牲となり、社会のすべてのインフラは、人の減少によって機能不全を起こした。誰も何も出来なかった。そして、周りの人が次々と帰らぬ人となっていった。そんな、あっという間の社会崩壊だった。

 その人類始まって以来の宇宙災害とも言えるこの絶滅の危機について、幾つかの大学の医療研究チームや遺伝子研究、あるいは放射線研究の専門家たちは、宇宙放射線は単なるきっかけであって、それまでに人類が知らず知らずに体内に摂取してきた様々な化学物質が原因の一つであることは明らかでありこれは人災だと断言した。しかし、今となっては、もう誰もその事を口に出して責める事はしない。文句を言う人も、それを聞く人も、あまりに人が減りすぎた。
 残されて生きている人間は、そのような振り返りは二の次にして、少しでも早く新しい文明を再興しなければならなかった。

 ほどなくして、世界に救世主が現れた。
 AIとロボットの開発研究を担う生き残った人々が集まり結成した「ノア」と名乗るテクノロジストの義勇団体だ。彼らは世界に放置され残されたリソースを元に、そのAIとロボットのテクノロジーの種火を徐々に大きくしていった。やがてロボットがロボットを作り、次々と数を増やしながらあらゆる仕事をこなしはじめ、世界の生産活動の肩代わりをしていったのだった。そうやって世界の基幹的なインフラシステムを再構築し始めた。
 もともと人が減った中で、世界中に点々としたコロニーのような経済圏を、それらAIとロボットを中心に再構築していくまでに、それほど時間がかからなかった。
 まるで前々から準備されていたかのような手際の良さだった。

 今では、人が働く必要が無くなったのは、そのためだ。AI・ロボットによる自律生産による共同経済圏では、人が生きるために仕事をする習慣が消滅した。

「・・・あっつ!」
 完全防護状態で外に出たカヲリは思わず声に出した。旧世界の街並みはそのまま残っている。しかし、もぬけの殻のように人がおらず、居ても時折ぽつりぽつりと見える程度だった。建物は徐々に老朽化し、コンクリートはあちらこちらにヒビが入り、蔦も生え放題だった。


・・・つづく。


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主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy  
曲を聴く
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