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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 80

 私自身の分裂は宇宙の終わりを意味するという言葉を思い出し、固唾を飲む。
 慎重に進まねば。しかし、どちらの道を行けばよいのか判らない。
 ちらりとヒカルを見ると、ヒカルは目を瞑り、首を横に振った。やはり、ヒカルには言えないのだ。

 情報がないということが、今を生きる人間には、大いに迷いを生じさせる。何のヒントもなく決めなくてはならない難しさ。

 しかし、思えば、自分はどうやって、これまでの人生の分かれ道を選び取って来たのだろう。 
 自分なりに検索をして情報を得たり、人に教わったりもしただろう。
 でも、何となくというだけで選び取った選択肢もきっと山ほどある。
 そして、さっき太陽に向かって歩くことを決めた感覚のように、確信を伴う直感。これは、理屈では説明ができるものではない。
 先祖の人々の様々な記憶と感情が流れ込んできた胸のあたりが感謝の気持で溢れた時、自然と迷わずに判断できた。

 もちろん、自分で道を選び取って、白紙の未来に向かって自らの力で進んでいくのが、人生だ。
 それでも、私は過去からつづく先人たちによって紡がれた、目に見えない巡りの糸によって、先行きを導かれているのかもしれない。
 声なき声で、今を生きる私たちに、精一杯のエールを送ってくれているのかもしれない。
 私たちができるのは、例え未来が判らかろうが、その思いに応えるように、自分の足で一歩一歩、道を踏み外さずに歩いていくことだけだ。
 
 ―考えたって、しょうがない。

 そう思えると、不思議と身体から緊張感が抜けていくのが判った。
 そして、風を感じた。世界が止めていた呼吸を、再びはじめたように思えた。
 自分でも1つ大きく呼吸をした。

 その時だった。どこからやってきたのか、蝶が二匹、ひらひらと目の前を横切った。
 一匹は大きめなアゲハ蝶。もう一匹は小さなモンシロ蝶だ。二匹の蝶の羽は、陽の光をつよく反射しているのか、随分と眩しく感じられる。

 ふと、おばあちゃんと、リンの笑顔が一瞬だが脳裏に、不思議なほど明瞭に浮かんだ。
 今にも手が届きそうなリアルな感覚を伴っているが、実際には届かないことは判る。
 それでも、確かに、二人が笑ってこちらを見ているのだった。

 二匹の蝶は、ユラユラと遊ぶように飛びながら、時折こちらの方の気を引くようにその場を回ってみたりしながら、右の道伝いにちょっとずつ森の方へと進んでいった。
 それになんだか、随分とこの場にふさわしくない、悠長で呑気な“踊り”のようにも見えた。 

 私は、思わず笑みがこみ上げるような気持ちになって、蝶を指差しながら、驚き顔でヒカルを見た。
 ヒカルにはこの蝶の正体がやはり判っているらしく、意味深な笑みをつくって、二匹の蝶を見つめていた。
 でも、自分の口からは何も伝えてはならない、とでもいうように口はまっすぐにつぐんいる。

 そうか、未来のヒカルが教えることを許されていなくても、過去を生きたおばあちゃんや、現在の見えない次元世界で大きなエネルギーを持つリンには、それができるのかも知れない。
 今は、直接話しかけることができなくても、さりげないサインを何かの形で送るように。
 普段暮らしている中でも、そういうサインを知らない内にもらっていたのかも知れないなと思った。
 ほんの数秒でもタイミングがズレていたら交通事故に遭っていた、そんな経験も少なからずある事に、いつも不思議を感じていた。

 いま、見えないどこかで、必死になって手をバタバタしているおばあちゃんとリンの姿を勝手に想像してみて、なんだか可笑しくなった。
 そんなことを考えながらも、私は深く感謝をしたい気持ちになった。
 私はヒカルに向かって1つ大きくうなずくと、ヒラヒラとと舞う2匹の蝶の後を追うように、右の道を歩き始めた。

・・・つづく
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