※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ケン、カヲリ、博士の三人は、ラボの1階のカフェで白崎ゆりを待った。
それぞれに珈琲や紅茶を煎れて、広く大きな窓から冬の優しい陽の光が温かく差し込むテーブル席へ。
このQuiet Worldという名の集落の創設者であり、ブログサイト「静寂なる世界」の管理人である白崎ゆり。その彼女に、ケンと同様、カヲリもよく聞きたいと思っていることがある。
自分の父のことだ。
カヲリがケンとこの集落に辿り着いて、初めて白崎ゆりとこのラボで会った時、同時に父がこの場所には辿りつけていない事を、彼女の口から知った。
落胆するカヲリの様子を見て白崎ゆりは優しく諭すように言った。
「大丈夫。今はムリでも、秋夫君はきっとくるわ」と。
そして、彼女が手に持つタブレットを開き、リモートでつないだ画面に、歳をとったが紛れもなく自分の父親の顔が映っていた。
その後は、涙を流してばかりで正直何を話したかもよく覚えていない。とにかく、父は言った。「かならずそこに迎えに行く」と。
カヲリの父の名前は、比奈田秋夫。以前、ケンがブログサイトでコメントのやりとりをした時のハンドルネームは「autumn」だった。自分の名前から「秋」の一文字をとったのだろう。
白崎ゆりはその父のことを「秋夫」くんと言ったことにカヲリは意外さを覚えた。二人はどういう間柄なのだろう。
カヲリは正直いうと自分の父親がどんな仕事をしているのか、よく判らなかったが、とにかく海外を飛び回ることと、AIエンジニアであるという言葉だけは聞かされていた。
白崎ゆりもノアのマザーAIの開発に携わるほどの著名なAIエンジニアでもある。そこに接点があるのだろうか。
そのように色々と考えていると、隣でケンが博士に素直な疑問をぶつけていた。
「・・・しかし博士、なぜ、ここは外の世界なのに、ブログでもなんでもネットワークに接続ができるのですか?」
博士は珈琲をすすりながら、うんうんと小さく頷いて、話し出す。
「それもな、電磁波を自在に操ってのことさ」
博士が言うには、電磁波による発電もそうだが、かなり精妙なコントロールをすることで様々な応用ができると。この集落では電気は電磁波のエネルギーによって発電しているし、ネットワーク環境もいわゆる無断で巧妙にタダ乗りしている状態で、一般的な常識に照らし合わせれば褒められたことでは無い。
「まあ、ゆうても連中が外の世界を情報から隔絶しようとしている以上は、その対抗手段が必要だからな」
それだけ言うと「あとは素人に言ったところで判らんて」ということだった。
そんな話をしていると、カフェの入口付近から朗らかな女性の声が響いた。
「みなさんお揃いね!」
カヲリはその声の方にふり向くと、そこに静かに優しそうな笑みを湛えた色の白い50代の女性が衣服に付いた雪を振り払うような仕草と共にカフェに入ってくるのが見えた。
白崎ゆりだ。近づいてきながら何やら興奮した様子で博士に話しかけた。
「ねえ、博士、あの外で雪かきを頑張ってる百式って、あのこ?」
「ん?ああ、そう、あのAIくん。えーと、名前は確か、マルコだったな?」
確認するように博士に顔を向けられたカヲリは頷いた。
「なんてことかしら。本当に信じられない。感動したわ」白崎ゆりは嬉しそうな笑顔と共にそう答えた。
「そうだろうな」博士もにっこりと笑って、大きくうなずいた。
一体、何がそこまで二人は嬉しそうなのか。全く状況がわからずにその様子を見るだけのカヲリとケンが、その意味することを知り、白崎ゆりや博士と一緒に驚くことになるのは、もう少し後のことだった。
・・・つづく
主題歌 『Quiet World』
作詞・作曲 : shishy