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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 95

「トモヤのバカ!まだわからないの!ヒカルちゃんは・・・!」
 リンが業を煮やしたかのように再び言葉を発した。その顔は今までに見たことがないほど張り詰めた表情をしている。

「・・・だめ!リンちゃん、それを言ってはだめ・・・!」
 消え入りそうなヒカルが精一杯の声を出してリンの言葉を止めようとする。
「・・・それを言ったら、巡りの掟を破ったら、リンちゃん、あなたの存在が消えちゃう・・・!
 ヒカルは最後のちからを振り絞るようにリンの口元を手で抑えた。
 しかし、薄れゆくヒカルの手は、リンの口をもう塞ぐことはできない。
「リンちゃん!」おばあちゃんもへたり込んだ場所から必死に叫び声を上げる。

 リンは二人の静止に構わずに続けた。思いっきり届けと言わんばかりの大声で叫んだ。
「ヒカルちゃんは、トモヤとアサダさん、あなたたち二人の―――――――!」
 
 確かに口にしたであろう、その最後の言葉は突如現れた静寂によってかき消された。
 まるで、何か大いなる力が働いて、リンの言葉をこの世界の全ての音もろとも奪うように。

 その刹那、私とアサダさんは、突如目の前に現れた光景に意識を奪われる。
 そこは、自分のマンションの部屋の中。カーテンは開けられており、朝の明るい太陽の光が部屋の中にやさしい光を届けていた。
 その光と溶け合うように、芳しいコーヒーの香りが部屋に漂っていた。
 リビングの方から人の気配を感じたと同時に、声が聞こえる。
『おはよう、トモくん、コーヒー淹れたよ』

 ・・・この光景は、以前に見たことがある。巡りの穴に飛び込んだ、あの時に見た夢だ・・・。
 そう、この夢の中で私とアサダさんは一緒に住んでいた。そして、朝、二人でおいしそうな珈琲を一緒に飲む。
 
『ほんとにいい香り。そういえば、ミキはもうコーヒー飲めるの?気持ち悪くならない?』
 私はマグカップに顔を近づけたまま、ミキのまた少し大きくなったお腹を見ながら言った。

 ・・・そう。その夢の中のアサダさんのお腹は大きかった。妊娠しているのだ。
 そして、私はそのお腹の子は男の子か女の子、どちらか聞かれて答えようとしていたっけ。
 その答えを言う前に、夢から醒めたのだった。
 しかし、今見ている光景は、私にその続きを見せた。

『俺の勘ではね・・・女の子だと思うよ。』私は言った
『へえ、意外!私みんなに男の子って言われるから、そうなのかなって思いこんでた』
 そういいながら、アサダさんもどこか嬉しそうだった。

『それで、名前を考えたんだけどさ・・・』
『え、やだ!もう決めてるの?気が早いわね、ふふふ!聞かせてよ』

「ヒカル・・・。イナダ・・・ヒカル・・・」
 その名前が自分の口から漏れ出たところで、意識は戻り眼下に今に消え入りそうなヒカルの姿が目に飛び込んだ。
 それと同時に、未来の走馬灯が私の脳裏を一瞬で駆け巡った。

 出産後まもない小さなヒカル。その小さな手で私の人差し指をギュッと握る感覚。
 『ヒカルね、できるんだよ!』これはヒカルが、はじめて自転車に乗れたであろう時の姿か。
 次には小学生になって友達と外で遊んでいる様子。中学生か、高校生か、制服を着て大きなスクールカバンを肩から下げて家を出る様子。
 未来になるにつれ徐々に薄れゆくビジョン。
  しかし、たしかに私は見た。大きくなった娘の顔と姿は、まぎれもなく私の知るヒカルだった。


・・・つづく
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