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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 07

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 博士が言うには、人間本来の免疫力を活かす食が何より大事だということだった。

 実際に、ケンとカヲリがこの集落へと辿り着いて博士達に保護され、ここでの暮らすための家を1軒ずつあてがわれてからの3ヶ月から4ヶ月の間は、徹底的な食事管理を博士の指導の下行ってきた。

 ただ、その食事の中身は驚くほど『普通』で、二人はこれで本当に自分たちの免疫機能が正しく回復するのか、正直疑わしい気持ちがあった。

 毎日欠かさず食べていたのは味噌汁に納豆。それからキノコ類。野菜。肉や魚もしっかりと頂いた。時折梅干しも。いわゆる日本人が古くから慣れ親しんだ食事といっていい。

 ただし、それらは一生懸命にこの集落の人たちが自らの手に加え、博士と宝来さんがつくったAIロボットたちの手を借りて田畑を耕し、山や川から頂いた命の恵みだった。

 博士は、旧世界で当たり前のように食されていた加工品やそこに使用されていた農薬類や化学的な保存料などにかねてより警鐘を鳴らしていた人物だった。

 それらの中には人の身体、特に血流や腸内環境に悪影響を及ぼす可能性があること、そして、それらが体内に蓄積した結果、ウイルスや細菌に対する防御反応である免疫系のバランスを崩していったとみている。

 宇宙放射線への暴露が一つのきっかけとなって、あらゆる臓器で自己免疫の暴走を引き起こしたというのが博士の見たてだった。

 だから、まず正しい食事で、身体の細胞を作り直すこと。それだけだ。と博士は言った。そうやって正しい食事で過ごしていれば、宇宙放射線も怖くは無いと。

 自分たちの身体には、気が遠くなるような悠久の時間をかけてつくられた、人知の及ばない精密な生命の仕組みがある。

 人類がここ数十年で進めた遺伝子工学はまだほんの入口の部分に立っただけに等しいと博士は言い切った。自然の叡智の集合であるDNAを簡単にいじってはならんと。

 ちなみに、食後には必ず緑茶や松葉茶を、その抗酸化作用が優れているとして飲むように言われていた。

 松は不思議な言い伝えがある。未来の日本人に何か身体におかしな病が流行ったら「松を食せ」という内容が伝えられたある有名な神示が、旧世界で日本の学者であり画家でもあった人間に降ろされたとされている。それが、一部の間で広がっていたほどだ。

 カヲリはふと、自分が住んでいた外の世界の自宅から程近い神社のことを思い出していた。荒廃した街の中で、一際自然の草木が生きいきと生い茂るの場所は、決まってそこが神社のある場所だった。 

 何気なくその話を博士にすると、博士は大いに頷き言った。

「それは大いにあることだ。神社の土には決まって良い粘菌が多くいると聞く。かの偉大な植物学・菌類学者である南方熊楠が明治政府から神社のあり方を必死に守り抜いたのは、その粘菌の神秘を知っていたからだというぞ」

 とにかく、自然の叡智に人は叶わない。何が影響してこの人の身体を含む生態の複雑系を支えているかは、未知な部分が多すぎる。人はこの星の自然と太陽をもっと湛えよ。

 そう博士は話を締めくくった。

「そうそう、そういえば姫がもう少ししたらこっちに来ると言っていたから、下のカフェにいこうか」

 姫とは、この集落『Quiet World』を博士と共に創設した白崎ゆりのことだ。

 元ノアの中枢委員のメンバーで、マザーAIの開発にも携わっていた人物。

 博士の話では、彼女も非常に多くの危険を乗り越えて今ここにいる。まだ危険がなくなったとはとても言えない状況ではあろうが。

 ケンとカヲリは、最初に博士達に保護された2日後に彼女と会っていた。非常に落ち着いた優しい声で話す50代前半の女性だった。

 特にケンは自分が所属していたノアという組織について、その知られざる内情を彼女の口から直接聞きたいと思っていた。

『では、まずその防護服を無事に脱ぐことができてからね。私が話せることを、あなた方に話しましょう』

 その約束を、彼女は覚えてくれていたのだった。

 

・・・つづく


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主題歌 『Quiet World』
作詞・作曲 : shishy  

 

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