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誰も知らない、ものがたり。

短編小説「The Phantom City」 06

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 カヲリより早くその声に反応したのはマルコだった。声の主をスキャンしてすかさず応答する。

『これは、これは、ノア・メンバーのハヤマ ケンさんですね、こんにちは』

 その名前を聞いてカヲリも驚いて声を上げる。

「ケン!?うわ、びっくりした!ケンなの!?」

 葉山 健という名の彼は、カヲリと同じく宇宙災害で家族を失った同年代の青年で、かつては同じ街区に住んでいた”外に暮らす仲間”の一人だった。それはもう10年も前の話。当時、ケンの肌色は健康的な褐色で背も高く、いかにもスポーツマンという好青年のイメージだったケンは、人が急激に減りはじめて皆が混乱してパニックを起こしていく中、自分も家族を失って間もなくから活発にボランティア活動をし、近所の高齢者から若者、子どもにまで幅広く顔を知られ、また頼られる存在となっていた。同じ世代のカヲリも随分と世話になった記憶がある。

 中枢地区のコロニーが整備され始めると、周りの人の多くがそうしたように、ケンも移住すると知らされた。それからすっかり連絡も途絶えて久しかった。

 今目の前にいるケンは当時の姿とは印象がうって変わり、すっかり色が白くなり、どちらかというとインテリ青年の風貌で品の良いスカイブルーのカジュアルジャケットをさらりと着こなしている。マルコがその名を出して、記憶の中の面影から同じ人物との認識を一致させたところで、思わず驚いて声が出た。

 そして、マルコが"ノア・メンバー”と言ったことも、カヲリの混乱と驚きに拍車をかけた。

「ケン、ひさしぶり、っていうか、あなたノア・メンバーだったの?」

「ああ、そう。どこから説明すれば良いかな・・・」といういってケンはマルコの方に視線を送る。

『よろしければ、私からご説明いたしましょうか。私の名前は、マルコです』 マルコがすかさず応える。

「ああ、珍しいね、君名前があるんだ。じゃあマルコ、そうしてくれるかい?」

『はい!カヲリが私に名前をつけてくれたのです。良い名でしょう?』

 これ見よがしに言うマルコをみて、ケンもカヲリも笑った。

『それではご説明しますね!』

 マルコは得意げに空中でくるりと一回転したあと、カヲリに向かって、それはもうさらさらと立て板に水を流すようにケンがコロニーへ移住してからのいきさつを事細かに話してくれた。

 ざっとようやくすると、ケンはコロニーに移住して、一緒に移住してきた近隣住民の人々の暮らしが落ち着いた頃を見計らって、すぐにノアとコンタクトをとり、自ら志願しノア・メンバーとなって働くことを選んだ。働く必要の無い暮らしを選ばずに、ボランティアとして人助けをしたいという志願理由と、元々ロボットプログラミングに興味があって学生時代から勉強をしていたことも、ノアへの興味につながった。今ではこのコロニー内のオートメーションシステムの保守管理の役割を他のノア・メンバーと共に行っているそうだ。

『・・・そして、今日はお休みで、ここ地下街区のB8Fでショッピングをお楽しみの所、偶然通りかかったフードマルシェの前でカヲリ、あなたを見つけて驚いて声をかけたのですよね?』

「あ、ありがとう、とても詳しくて正確だったよ」

『どういたしまして!』マルコはまたクルリと回る。

「そうだったんだね、さすがケンだよ。相変わらず頑張ってるね」

 ノアも若い働き手は大歓迎だった。あらゆることがオートメーション化されている社会とはいえ、運営や調整にまだまだ人手が必要なことに変わりは無い。そのため、常時ボランティアを募っている。

 ただし、希望者の全員がノア・メンバーになることは出来ない。免疫状態がある一定の基準値以上の健康体で、ノアの理念や運営指針をよく理解し、それに賛同する優秀な知能をもった人間でなければ馴れない。その知能を測るのは、ノアのマザーコンピューティングAIだった。

 

・・・つづく


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主題歌 『The Phantom City』
作詞・作曲 : shishy  

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