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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 37



 —このまま放っておけば、世界は消滅してしまう。
 
 昨夜、ヒカルはこの部屋に来てそう話した。

 私が量子テレポーテーションでヨーロッパから東京へと帰る際に、私の意識が別次元の世界にアクセスしてしまい、それがきっかけでこの宇宙の時空に小さな穴を空けてしまった。このままだと、宇宙そのものが風船が破裂するように無くなってしまうと・・・。

 正直言って、難しくって話の半分もわからなかった。
 しかし、確かに私が量子テレポーテーションで東京に帰ってきてからの世界は、それまで自分が過ごしていた世界とは、ほんの少しだけ異なっていた。
 
 会社のフロアが17階から18階に。
 怖い橋爪部長は、仏の橋爪部長に。
 憧れの上司であるアサダさんは、私の彼女に。
 この世界の何かが、決定的に変わってしまったことは、疑いようもなかった。
 気がついていないけど、まだ色々と細かな変化が大なり小なり、あるのかもしれない。

 そして、それまで私にとっては全く見知らぬ女性である三芳ひかるは、私と同期入社の同僚という“設定”で、私の前に現れた。ヒカルは、巡りに空いた穴を修復するためにやってきたという。

 そのためには、私はヒカルの横で深い眠りに入り、夢を見る必要があった。
 夢の中で私は、それまでの歴史とほんの3秒だけズレることで生じる世界の変化を体験する。
 その時、自分のとる行動が、この変化した世界の巡りに見事符号すれば、世界は無事となる。
 その代わりに、ヒカルの存在そのものは、この世界から消えてしまう・・・。
 そんな話だったはずだ。

 そして、眠りに落ちた私は、その通りいくつかの夢を見た。

 学生時代のバイト先の居酒屋で怒られていた時の夢。
 小さな子ども時代に、父親とおばあちゃん家に行ったときの夢。
 そして、就活中にいつも行っていた、あるビルの屋上にいた時の夢。
 どの夢も、それまでの私の記憶にもある、リアルなシーンばかりだった。
 しかし、どの夢でも、途中に3秒ほどの時間の空白・・・時間が止まって感じられる瞬間・・・があって、それから先のシーンは、私のこれまでの記憶にはない新しいものだった。
 
 恐らくは、その新しいシーンでの私の行動が、この宇宙の存続の鍵を握る、重要なものだったに違いない。
 果たして、すべては上手く行ったと言うことなのか・・・?

 最後の夢で、若かりし頃の橋爪部長に出会った。
 そこでの私の行動、話した言葉が、その後の世界の橋爪部長を大きく変えることになったということなのか・・・。その前に見たバイトの夢と子ども時代の夢での経験は、最後に見た屋上の夢での私の言動に結ばれるきっかけとなったのかも知れない。

 そして、地震で目が覚めてから、私はフェイステレフォンで橋爪部長の顔を見ながら声を聞いたとき、夢の中の男と橋爪部長との記憶がしっかりと結ばれるように、これまでには無かった“新しい記憶”が一瞬のうちに頭の中で“補完”された。

 ビルの屋上で会った男の人と、会社の採用面接でばったり再会するという記憶・・・。
 さらに、そこから先の記憶も、今や私の中では確かに自分の記憶として、頭の中にある。
 奥さんの七回忌には、ちょっとした成り行きで部長と一緒にお墓参りもしている。
 それは、新しい世界での出来事としての記憶であって、これまでの世界の記憶には当然無かった出来事だ。

 ・・・なんだか、奇妙な感覚だった。
 それまでの世界での記憶と、新しい世界での記憶が、両方とも私の中にある状態に、やや混乱した。

 でも、アサダさんについては・・・?
 アサダさんが、私の憧れの上司から、どうやって彼女になったのか・・・。
 その巡りのつなぎ合わせは、私の中で到底つながっているとは思えなかった。
 いまでも、アサダさんが私の彼女になっていることが、事実として受け入れがたい・・・。

 それなのに、ヒカルはもう消えてしまったというのか・・・?

 
 そこまで考えた時、不意に私のスマートフォンが電話の着信を伝えた。

 『トゥルルル・・・着信です。画面で送信者を確認し、電話に出てください』


 ひょっとしたら、アサダさんかもしれない!
 そう思った私は、急いでテーブルの上に置いてあったスマートフォンの画面を見た。
 
 そこには書かれた送信者の名前は・・・

 
 『三芳ひかる』 


 「・・・!?」

 み、三芳ひかるって、ヒカル?

 やっぱりまだこの世界にいるのか・・・!?




・・・つづく 

 
 
 
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