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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 24

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 シモン博士が謎の黒づくめの男とホログラムで会話した日からおよそ2週間後のノアの中枢会議。

 そこで、世界各地のコロニーを統括管理するマザーAIの思考プログラムに、新たにコロニー外部…いわゆる「旧世界」に対して、これまでより広範囲の領域について干渉責任を加えることについての協議が行われた。

 シモン博士の発議に対し、初めは黒づくめの男が言っていたように、およそ20名近くの中枢会議メンバーからは概ね慎重意見、あるいは反対意見が連ねる結果となっていた。

 

「危険すぎます。コロニーを自律的に増殖出来るほどのリソースを自在に制御できるマザーAIにとって、それは事実上、無限の自由を与えることになりませんか」

 

 会議メンバーの中では若手の40代ほどに見える女性が、特に強い口調で意義を唱えた。

 

「仮にそれを我々中枢会議のメンバーが制御できるとしても、我らの中に何らかの方法で悪意を持つ第三者が介入した時に、取り返しのつかないAIの暴走を引き起こす原因にもなりかねません。」

 

 そこまでじっと耳を澄ますように聞いていたシモンは、その鋭い女性の反論を軽くいなすように、軽く笑みを浮かべて淡々とした口調で話す。

「ミセス、それはずいぶんと大げさな解釈だ。そんな巷で流行りの陰謀論的な議論の飛躍をするべきでは無いと思うよ」

 

 今回の発議の議論の中心は、コロニーを中心とした新世界秩序の管理の強化であり、我々人間では考えの及ばぬ”不測の事態”を予測し、リスクの可能性を排除するための措置であること。

 また、それはあくまでもコロニーの新世界秩序と、悪意なき善良な人々の社会生活を守るための絶対的な専守防衛ロジックの大前提に基づいて行われるものであること。

 この2つを挙げながら、AIの発展によって起こり得る社会全体のリスクマネジメントの領域では世界最高の権威といっていいシモン博士が丁寧な説明に耳を傾けていると、大方のメンバーはそれが非常に理にかなったものに聞こえ、徐々にシモン博士の発議に同調的な空気が流れ始めた。

 まるで陰謀論者であるというようなレッテルを貼られた形となった反対意見の女性は、それでもなお食い下がりながら、シモンと同じくマザーAIへの管理権限を持つ博士である、ミヒャエル・マツモトに意見を求めた。

 

「マツモト博士、あなたはいかが思われますか?私の心配は陰謀論者の妄想的な杞憂なのでしょうか?」

 

 シモンと同じく白髪の紳士、柔和な表情のミヒャエル・マツモトは、しばらく沈黙した後に、静かに語りだした。

「ミセス、あなたの言葉は誠実な中枢会議メンバーの忌憚のない意見として、非常に重要な指摘です」

 そのように、ミヒャエル・マツモトは女性メンバーの意見を尊重しながら語り始めた。

「一方で、シモン君が言うことは確かに一理あります。いまや全世界のコロニー運営はAIの思考プログラムにいちいちと人が干渉できないくらい膨大な情報処理が今この瞬間も行われている。その中に新たなリスクを見つけてヘッジするのは、もはやAIにしかできないでしょう」

 ここまで聞いて、シモンは満足そうにうなずく。

 柔和な態度を崩さないミヒャエル・マツモトの表情からその真意は読み取りにくいが、慎重に、言葉を付け加えた。

 

「ですが、シモン君、もし今回、君の言うマザーAIの思考プログラムへの干渉を行う際には、私もその場に立ち会わせていただくよ」

 

 ミヒャエル・マツモトの言葉を受けて笑顔を見せながらシモンは言う。

「もちろんだとも。ミヒャエル・マツモト。言語によるインプットになるだろうからね。その際は一緒にいてもらえると私も安心だ」

 シモンは仰々しく手を胸に当てる仕草をした。 

 ミヒャエル・マツモトはつづける。

「とにかく、マザーAIのリスクの解釈と、コロニー外のリスクヘッジの為にどこまでの行使権を扱うか、とても慎重にインプットしないとなりません。リスクの解釈次第で、マザーAIが無限に権限を拡大できるような形にならないように」

 ミヒャエル・マツモトは、今は亡きノアの発起人、故レオナルド・トーマス博士の信頼も厚く、その博識と人望に、他の中枢会議メンバーからもレジェンドのように扱われる博士だ。

 強く異を唱えた女性メンバーも、最後は、ミヒャエル・マツモトに一任する形で、ついにはシモンの発議が受け入れられた。

 わずか20名程度の意思決定機関であるこの場の会議で世界の管理バランスに影響を与える決議が行われた。

 

 今は、まだ有事なのだ。

 宇宙災害以降、臨時の世界政府といってよいノアの中枢会議が発足してから、AIによる世界管理を前提に非常に少人数による意思決定が世界の運営とその行く末が決められていた。

 

 ノアの中枢会議が終わると、シモンは一人、書斎の中でほくそ笑んだ。

 そして、例の黒づくめの男のホログラムを呼び出し、何かを告げると、すぐにそのホログラムは消えた。

 

 その2日後、ミヒャエル・マツモトは体調不良を訴え、しばらく病院に入院する旨が伝えられた。会話もできない状況らしい。

 

 一見、誠実に、真面目に運営されているように見えるノアの中枢に、確かに何かの陰謀が渦巻いていた。

 

 世の中で、誰かがそのような悪意やはかりごとの危険に気がつく人がいたとしたら、その人物は頭のおかしい陰謀論者であると叩かれ、あるものは一笑され、あるものは危険人物として、精神病棟へと隔離される。

 恣意的であるからこそ、陰謀はそうやって影に隠れることができる。

 

 ミヒャエル・マツモトに代わる、第三のマザーAI管理権限者の選定を行う中枢会議の最中に、未だ病床につく意識薄弱のミヒャエル・マツモトをリモートでつなぐ形で、シモンは狙い通りにマザーAIの思考プログラムへの干渉を行った。

 

 

・・・つづく。

 

 


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主題歌 『Quiet World』

うたのほし

作詞・作曲 : shishy

唄:はな 

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