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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 22

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


前の話を読む


 

 ケンは自分も元ノア・メンバーだということを言うと、小山は目を見張った。

 ノア・メンバーに属するということは、コロニーの住人をケアするという名のもとで様々な管理権限がある一方、住人たち以上にノアのマザーAIプログラムの直接的な管理下に置かれ、仕事中の行動はもちろん私生活においてもコロニー内の社会生活から”逸脱”しにくい状況に置かれるということだ。

「そんなおまえさんがここに辿り着くなんてな。これまでかなり危険な目を見たんじゃないのかい?」

 そういう小山の言葉に、ケンはカヲリと目を合わせてうなずき、カヲリ、マルコと一緒にコロニーを脱出した時から今に至る顛末を話した。

 

「なるほどな。それは難儀だったなあ」

「はい・・・コウタくんの感じた恐ろしさや怒りも、わかる気がします」

 

 カヲリがエントランスロビーに目をやると、落ち着いたコウタは集落の男性に肩を抱かれながらゆっくりと施設を出ようとしていた。

 「大さーん!」と隣にいた男性が遠目から手を振り、小山に先に行っているとジェスチャーで伝え、小山もそれに手を上げて応えた。

 

「コウタの心の傷は、まだ癒えんのです」

小山は肩を落としたちっぽけな背中を見つめて、悲しそうにつぶやいた。

 

『・・・』

 マルコは無言で話を聞いていた。

 

「じゃ、わたしも行きます。少しコウタと話さにゃならん。あんたらには今度何か埋め合わせさせてくれな」

 そう言うと、小山は大きな身体を揺らすように、小走りで施設を出たコウタを追いかけるように去っていった。

 大きくて、優しい人だ。カヲリはそう思った。

 両親と離れ離れになってしまったコウタの不憫な境涯と、それを親の代わりのようにして支えようとする小山の姿に思わず目頭が熱くなり涙がこみ上げてくる。

 

 ケンとカヲリ、そしてマルコが博士とユリのいるラボを出て自分たちの住居への帰り道をあるき出した頃には、大分日が傾いていた。

 道とその脇に避けられた雪に、茜色の夕日が自分たちの長い影を落とす。

 3人の間に夜の帳を運んでくるような冷たい風がひとつ吹きぬけた。

 マルコが日中一生懸命に雪かきをしていたおかげで、行きと比べると随分と歩きやすくなっている。

 

「マルコどうした。だまりっぱなしで」

 ケンが宙に浮きながら少し先を先導するように進むマルコに声をかける。

 カヲリが少し小走りで前に回り込みマルコの顔を覗く。

 傾きかけた夕陽によって新品のボディが茜色に染められているマルコは、モニターに映し出されたつぶらな瞳でカヲリの姿を捉えた。

「マルコ、コウタくんのこと考えてるの?」

 カヲリにそう問われてマルコは少しだけふわりと空中で弾むように動いてから、ようやく声を発した。

『・・・父と母というのは、人間のミナサンにとって、どのような存在なのでショウカ』

 

 マルコの問いを受け止めてたカヲリは、不意にケンと目が合った。

 カヲリは宇宙災害で母を亡くしていた。

 それは、あまりにも突然に訪れた親との別れ。当時の社会の阿鼻叫喚の地獄をみるような混乱の最中では、悲しみを噛みしめるような余裕さえも無く、生き抜くための行動を次から次へと行わなくてなならなかった。

 コウタの話を小山から聞いた時、やはり、カヲリも当時のつらい記憶が少なからず思い起こされていた。

 カヲリには今は離れ離れでも、父親が残された。

 一方、ケンは、父親も母親も宇宙災害で亡くしていた。

 やはり、ケンも両親のことを思い出していたのだろう。

 カヲリと目が合うと、ケンは一度目線を下に落としてから、夕焼け色の空を見渡すように遠くを眺めた。

『あ、モチロン、父と母のDNAを受け継いで子が生まれるという生物学上のお話デハナクてデスネ・・・』

 うん、わかってる。と応えてから少し間をおいてカヲリが答える。

 

「そうだな。なんと言ったらいいんだろうね・・・」

 歩きながらカヲリは言葉を探した。AIのマルコにどうしたら伝わるのか。生まれながらに持つ血のつながった家族という関係性。人は生まれたからには親がいる。少なくとも乳飲み子は、親を始め誰か大人の世話を受けなければ生きていけない。

 ほとんどの人は親の世話を受け、愛情を受けて育っていく。それを素直に喜べるような環境の人もいれば、十分な愛情を注がれることが叶わずに傷つく人たちもいた。ふと、ケンはどうなんだろうという質問が頭を思ったが、今は流した。

 少なくとも、カヲリ自身にとって親は大切な存在だった。

「なくした時に、気がつくの。親から自分がいかに大切に思われていたかってことを」

 カヲリは当時の記憶を辿るように遠くを見つめながら言葉を紡いだ。

「母は、自分の体が細菌に侵されてみるみる弱り痩せていくなかで、しくしくと泣いていた。なんでだと思う?」

 カヲリに問いかけられたマルコは、少し考えてから答える。

『ヤハリ、病苦がつらかったのでしょうか。身体の節々に炎症が起こっていたはずですし、近づいてくる死は恐ろしいことかと・・』

 

 カヲリは小さく首を横に振り「それもあったと思うけど」と言った後に続けた。

「カヲリをひとりにさせちゃう。ごめんね、ごめんねって、繰り返し言って泣いてた」

『・・・』

「自分が死んじゃうって時まで、私の行く末を心配して泣いてたんだ」

 ザクザクと道に残る雪を踏みしめ歩く音が妙に響いた。

 

「私はその時、独りでもちゃんと生きようって思ったの。母や先に亡くした兄弟の思いと一緒に。皆を心配させないようにって」

 

 マルコは黙って聞いていた。

「親って、私にとってはそういう存在」

 カヲリが話し終わったのを見計らったように、遠くの方でカラスたちが鳴いた。

 

・・・つづく。

 


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主題歌 『Quiet World』

うたのほし

作詞・作曲 : shishy

唄:はな 

 

 

 

 

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