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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 84

 ”どちらかの”アサダさんとは、一体どういうことだろうか。
 いきなりこの美しい丘の中腹につれてこられたり、そこでリンとおばあちゃんの姿が突然現れたりと、立て続けに起こる現象についての整理がつかないまま、私はとりあえず一番気になり、引っかかったその言葉について聞き返す。
 
「2重になってしまったアサダさんの意識の、かたわれ…」ヒカルは静かにそういった。
 リンも、おばあちゃんも、ヒカル含めて私以外の三人はとくに驚く様子もない。ごく自然とそれが既成事実であるように認識しているようだ。しかし、私にはさっぱりわからない。

「まあ、トモヤもすぐにわかるから、まずあの小屋にいってからだよ」リンが割って入るように言った。
 そうだった。今は、とにかく時間がないのだ。私はみんなに向かってうなずくと、小屋に向かって歩き出した。

 小屋に向かう途中、私が先頭を歩いた。後ろについて歩く女性陣3人はつかの間のおしゃべりに花を咲かせている。
 さっきの蝶々になったときのエネルギーがどうのとか、ほんとうはもっときれいな青い羽がよかったとか、ここは次元の重なりが強いから3人一緒に結晶化できたねとか、聞いていても私には恐らくわからない話で盛り上がり、時折3人との朗らかに笑い声を上げている。
 なんだか緊張感を忘れるような呑気さに思わず私も顔がほころぶ。ふとおばあちゃんが私の名前を出して何やらヒカルに話しかけた。
「トモくんも大したものね、ここまでこれてまだ平気なんだから」
「うん。そうね。ふつうならパニックになって思考停止かもね」答えるヒカル。
「あんまり考えないから単純なんだよきっと」いたずらっぽく言うリン。
「ちょっと、それどういうこと?」振り返って言う私。
あはは、と三人が同時に笑い出す。リンはお腹を押さえて笑ってる。
ヒカルとおばあちゃんも思わずこらえきれずに口に手をあてて笑う。その仕草が何だかそっくりだ。

「トモくん、それは素直って、こと。褒め言葉よ」おばあちゃんが言った。
 ヒカルもここに来る前に、そう言ってたことを思い出した。

「ふうーん?」私ははぐらかされたような感じで、バカにされたのか、褒められたのかよくわからなくなった。
「いいから、いいから!」リンが笑いながら私の背中を押して前に進むよう促す。
「わわ!」
 私はバランスを崩しそうになりながら、背中を押されて前へ駆け出すような格好になった。
 リンは私と一緒に、後ろの二人と少し離れたところで立ち止まると、私にだけ聴こえるような声で言った。
「今あたし、超楽しい。ねえ、トモヤ、絶対にこの宇宙を守ってね。あたし、みんなも消えてほしくない」

 振り向くと、本当に楽しそうに笑っているリンの顔がすぐそこにあった。その目頭に少しだけ涙のような雫が光って見えた気がした。その時、不意に橋爪部長の腕に包まれたリンの姿を思い出した。
 私に何が出来るかは、わからない。でも、これだけは言える。心の底から、みんなを守りたいと思う。その気持が腹の底に石のように固まっていくのがわかる。
 私はリンの瞳に誓った。
「…うん。絶対に守る…!」


・・・つづく



 




 

 
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