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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 13

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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「やはり、それは本当のことだと仰られるんですね・・・」

 ケンがそう聞き返した言葉に、ユリはうなずく。

「・・・ええ。さっきも少しそんな話に触れたけど、博士と一緒に私たちが奴らの手から逃れてここにやって来る前は、あくまで最悪想定としての仮説の一つだった」

 カヲリはじっとユリの続きの言葉を待っている。

「でも、今ははっきりといえる。それは事実にちがいないわ」

 人口の大幅な削減とその管理。命を狙われたゆりと博士は、それを一つの仮説としながらも、実際にはその前提で行動を起こしたので、生きて来れたのかもしれない。

 そのような悪意ある目的が実際にあったとしたならば、ゆりも博士も、自分たちはその目的を阻害する因子であることは自明だった。

 だからこそ、思い切った行動をとれたのだ。

 最悪想定ができていなかったら、今頃はとっくにこの世に居れなかったに違いない。

 ユリと博士は結託して、本当に信頼できる人脈のなかから、さらに厳選に厳選を重ねて密かに協力を仰ぎ、限られた貴重なリソースを活用してここに集落を切り拓いた。

 普段仲が良いというようなくらいの間柄では、簡単に使用してはならない。

 敵はどこにいるのか、誰なのか、決して見えなくされているのだ。

 昨日までの友が、数年前から仕込まれた監視者であり、刺客であるかもしれないからだ。

 結局最後に頼れる人物であるかどうかを嗅ぎ分けるのには、己の直感をあてにするしかない。

 10年以上経った今、恐らく、それらの直感は正しかったのだと思うとユリは言った。その信頼できる人物の中の一人に、カヲリの父はいた。

 

「・・・でも」話を聞いていたカヲリが、小さな声を上げる。

 

「なぜですか、なぜ、人口を削減しなければならないんですか?」

 カヲリの声は震えていた。カヲリは最近その生存を確かめることができた父を除く家族と友人をことごとく宇宙災害で失っていた。

 それらが人為の計画によるものだと言うことは、にわかに信じられないような話ではある。しかし、実際には自分の身のまわりの人も、その多くがこの世界からいなくなった。それは厳然たる事実である。

 いままで、そのことに不条理を感じるいとまもなかった。自分も生きるのに必死で、疑問を挟む余地などなかったのかもしれない。でも、今、自分の常識を前提とした認識に、大きな風穴が空こうとしている。

「ただ・・・本当のことは、誰にもわからない」そう言うユリの瞳は少し陰って見えた。

 ユリは再びぽつりぽつりと語り出した。

 1970年代から、一部の知識人の間で世界の人口爆発がその後の地球環境に及ぼす深刻な影響を声高に叫び継承する学者は少なからずいた。そのことが、人類を滅亡へと導くということだ。それは少なくとも一部のエリート層、いわゆるこの世界を金融と軍事産業によって牛耳る人々の間では長らく真剣な課題として論じられてきた。

 実際に、人口の削減目標が描かれたある石版が、あろうことか1980年という近代にアメリカ合衆国ジョージア州のある場所に世界8各国語で刻まれ、設置されたりしているのだからあながち冗談とは思えない。そのことは世界に布告されるがごとく、誰もがインターネットでその内容を確認できる。彼らは真剣だったのだ。

 それから数十年の時を経て、緻密に練られたロードマップに則って実行されてきた数々の施策が実を結び、今のこの状況を生み出していると、ユリは言った。

 「そんな・・・!なんて勝手なの!一部の人間が、選ばれた人間だけが生き残ればいいって言うの!?」

 カヲリは思わず声を荒げた。

 「それが彼らなりの真剣な悲願の成就でもあった」

 そう言うユリの瞳には、長年そのことに怒りの感情を覚えながらひたすらに耐え忍びながら生きてきた、何とも言えない青く揺れる炎のような感情を見て取れる気がした。

 「でも・・・」ユリはさらに続けようとして、言葉を呑み込んだように見えた。

 「でも・・何ですか・・」ケンが促すように聞く。

 「うん、それも今となっては真実はもう判らなくなってしまった。これは、そのような考えを持つ一部の人の意志なのか、それとも・・・」

 

「それとも・・?」カヲリはユリをじっと見つめる。

「・・・私たちが長年をかけてその技術を育ててきたAIが、自ら導き出した計画だったとしたら・・・」

 

 ユリの表情が苦悶に満ちたそれに変わった。初めて見る悲しげな表情。

 それは、怒りなのか、自責の念なのか。

「ここまでのことを本当に人間だけで計画できるのかしら。それくらい、この新世界のできごとは悪い意味で出来すぎている・・・」

「純粋な悪意であれ、ねじ曲げられた正義であれ、本当に人の意志がこれらをコントール出来ているのか。・・・それが、もう今では判らないの・・・。だとしたら、AIの開発に携わってきた研究者として、私はただの傍観者としてはいることは許されない・・・」

 

 その言葉に、純粋なAIエンジニアであり研究者でもあったユリが、命の尊厳を知る良心ある人間だからこそ抱えざるをえない、いたたまれない苦悩を見て取ることができた。

 

・・・つづく


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主題歌 『Quiet World』
作詞・作曲 : shishy  

 

 

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