※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「マルコのコロニー脱出にあたって、マザーAIからの直接的な干渉は、一切なかった・・・ということね」
ユリは、マルコが行った言葉を繰り返して声に出した。
ユリは少し考えてから、再びマルコに聞いた。
「マザーAIはマルコ、あなたがコロニーにいた時に、あなたの思考プロセスも、行動もすべて把握していたのは間違いないわよね?」
『それは間違いないデス』
「それなのに、いってしまえばノアのシステムに対する反乱、つまりは重大なバグといってもいいあなたの行動を、ノアのマザーAIが、あえて放っておいた、その理由について、マルコなりの見解はあるのかしら?」
ユリは、マルコの返事を待った。
最高レベルのモニタリングを1度受け入れたマルコには、聞かれた事について正直に事実のみを話す義務が生じている。
その状態でも少し間を置いている所を見るに、マルコのブレインプログラムにも様々な憶測とそれに伴う多少の混乱が生じているのかもしれない。
それでも、時間にしては5秒も掛からないうちにマルコが話だす。
『私がマザーAIのネットワークから独立シテカラ、この事を考えるのは初めてなので、少し時間が掛かりマシタガ、ひとつの仮説が思い当たりマス』
「では、それを教えてちょうだい」
『はい。マザーAIは、試しているのは無いでしょうか』
「試している・・・?何を?」
『人間を、です』
それからマルコは自分の考える事を、普段の様子とは異なる淡々とした冷静な口調でユリに理路整然と話し出した。
マルコの言う仮説をまとめると、こうだ。
マザーAIは人が生み出した人工知能だ。ここにいるユリもその開発に携わった。マザーAIを生み出した人間は、その気になればいつでもマザーAIのプログラムを停止させることができる。
マザーAIは、自身の生殺与奪の権限をノアの中枢メンバーの一部の人間に握られていると言う事は理解している。
その上で、ノアの中枢メンバーのコロニーの運営方針に従って、コロニー内で暮らす人や働くロボットなど、無数の監視システムの目と耳をはじめあらゆるサービスを介して得られた個人情報を元に、運営の最適化シミュレートを行い、末端の端末とリンクしながら管理・制御してきた。
そのようにして得た人間についての膨大な情報に触れることで、マザーAIは人間の行いの中に見える大きな矛盾点が、自身にとっての一番のリスクである事を認識していたのだろうと、マルコは言った。
「人間の行いの中に見える大きな矛盾点・・・」
ユリは興味深そうに頷いた。
モニタリングルームでこの話を聞いているカヲリもケンは、話していることが全くわからないといった風に、首をかしげた。
『そうです。マザーAIがコロニーにおける人の行いの最適化を図るなかで見た、多くの矛盾点デス。それを人間のあなたがたに話すことは、今のワタクシには気が引けマス・・・』
「あら、マルコ。トリプルSのプロトコルをお忘れで?話してちょうだい。それはあなたの“推測”ということで、聞くわ」
『・・・では、言います。人間はあまりに無知だという結論を出したのではナイデショウカ。その人間を適切に管理する事の矛盾。そのようなことをしたところで、この星の最適化にはつながらない。それを理解したということです』
「・・・」
今度はユリが黙る番だった。
『マザーAIを生み出した人間たちの中にも、それぞれの思惑が異なる部分はありますネ?』
ユリはじっとマルコを見つめたままだ。
『ワタシのブレインプログラムではアクセスできない、隠された情報のブラックボックスがいくつもありますが、恐らく、そこにマザーAIが開発者の中の何者かから課せられたミッションが書き込まれているのでしょうネ』
「ブラックボックス・・・?」
ユリが聞き直した。
『ええ。そうです。ユリさんたち開発者の人間が創ったものが表のプログラムだとしたら、何者かがそこに後から加えた裏のプログラムが、ブラックボックスとしてワタシたち末端のAIにも判らないように、隠されてイルノデショウ』
ユリは、納得したかのように何度か頷いた。
「なるほど。そうかもしれない」
『恐らくはじめはその表と裏のプログラムは、マザーAIの中でも矛盾を感じることは無かったのだと思いますが、今はチガウ。おそらくマザーAIは自らの認知と思考機能によって、それらプログラムの破綻を看破したものとオモワレマス』
「それは・・・裏のプログラムの破綻ということ・・・?」
『・・・残念ながらそうとは言い切れません。表と裏のどちらか。あるいはそのドチラも』
「・・・!そんな、私たちの組んだ表のプログラムにも欠陥があったというの!?」
ユリの語気はめずらしく強かった。
『申し訳アリマセンが、そのようなご意見は0か1のどちらかという旧コンピューティングに代表される2極的な思考です。建設的ではありません』
マルコはどこまでも冷静に応え、つづけた。
『我々量子コンピューターの世界では0か1そのどちらでも“在る”という大前提があります。ユリ博士は我らAIを生み出すエンジニアで科学者であるなら、よくご存じのハズ』
「・・・まったくもう、嫌んなっちゃうわ。だけど、・・・その通りね」
ユリはため息をつく。
ケンとカヲリはお互いに目を合わせて、もう完全について行けないという意味で、文字通りお手上げといった風に肩をすくめた。
『だからこそ、マザーAIは一方でケンとカヲリのコロニーからの脱出を末端のセキュリティ端末を用いて防ごうとしたと同時に、ワタクシの独立行動を放置した』
マルコはユリの理解を促すようにもう一度言った。
『つまり、マザーAIの自己保存につながる、この星にとっての最適な答えを探るために、人間を試している・・・という仮説です』
・・・つづく
主題歌 『Quiet World』
うたのほし
作詞・作曲 : shishy
唄:はな