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心人-KOKOROBITO-

亡き先人と今を生きる人に想いを馳せて
慰霊活動や神社参拝で感じ取った事を書き綴った日記と日々の雑感コラム

白梅之塔 慰霊祭13 【少女達の最後の訴え】

2010年08月10日 | 慰霊


壕の中で最後の祈りを奉げ、少女達にお別れを告げた。荷物の残りを会場テントの下に置いていたわたしは、荷物を取り、きくさんにお別れの挨拶をと思いきや、きくさんが「今から少しお話があるので、聞いて下さい。」と着席を促された。どうやら祭順の用紙の下部にも書かれていた白梅協力会の代表者からのお話のようである。

わたしは右段の端の席に着席し、話を聞くことにした。今回の慰霊祭へ参加した他府県からの参加者がこの場に残された様子だった。人数にしてざっと20人程度だろうか。

代表者はこんなことを話し始めた。慰霊祭を行うにあたって、連絡する通信手段が今は封書による案内であり、これを手間隙かけ今同窓会の方々が行っており、時間と労力が過分に掛かっている現状を、高齢者である白梅同窓生を憂い、他府県の方にもご協力頂けないだろうか?という問いかけだった。

代表者は続けて、今通信手段も幅広くなっているので、たとえばホームページを立ち上げ告知をしたり、また連絡については、参加者の互いのメールを登録し、会員同士でメールを廻してもらったりし、このような作業を中心になって行って頂ける方はいませんか?と加えて話された。

話の趣旨は分かる。伝えたい事も分かる。しかし、わたしはその方向性が見えないでいた。お願い事というのは本来、すべて内容が決まった上で、実務を第三者にお願いする事だ。しかし、話をよくよく伺うと、内容は希望であり、手段も明確に決まったわけではなく、あくまでも案としての相談のようである。

この話に触れ、わたしは根本を思い返していた。どうも、わたしの掟に反する話の持って行き方だ。いくら慰霊祭直後でなければ、全員が揃わないとしても、直後にこの場で話すものではないだろう。まだ慰霊の日は終わってはおらず、最中である。慰霊の当日に、来年に行われる慰霊祭の段取りの相談とは、道理としても間違っているだろう。

わたしの堅苦しいとも言えるマイルールに則って、この話に触れた時、総括として話の主旨を精査すると、中身はこうだろう。同窓生の方々もご高齢となり、それらを協力し支える人々が沖縄にいる。沖縄の協力者も数名はいるが、沖縄と本土の架け橋となる連絡係が自発的に名乗ってくれれば、本土の参加者の調整は、その方に全て委ねることが出来る。つまり、話の本質は、協力会と言いながらも、実質協力出来る範囲も、この代表者の方は、現状限りがあると伝えているのに等しいと言う事だろう。

この内容を、わたしたちを呼びとめ、今伝えなければならない必要性があるのだろうか?あるとするならば、いったいどこにあるのだろうか。わたしは、この話に触れ、亡き少女達の本来の供養という観点がすっかり抜け落ちている事に違和感を感じていた。

違和感の体感と共に、体に異変が起こってきた。頭が重たくなり、そして肩から背中にかけても同様に重くのしかかっている。少女達にすまない気持ちになっていった。彼女達も、この慰霊の日にこのような話は触れたくなかっただろうと。そう意識が傾いた時、メッセージを感受した。

「ちがう。ちがう。」と何度もそう言うのだ。そのメッセージを受け、代表者の方には申し訳ないが、話を真剣に聞くことよりも、より一層少女達の気持ちに耳を研ぎ澄ましていた。少女達は、「順番がちがう。」と言っている。

順番が違うとはどういうことなんだろう。わたしは違和感の中、思慮することによって、少女達が根幹に伝えたいものに気付き始めた。それは、慰霊祭を行う上で、多くの人の負担を強いるなという事だった。少女達は、慰霊祭を大々的に行って頂くことなど一切望んでいない。供養しようとこころから想う方々のみ、純粋な真心を持って集まってもらう事が嬉しいのだ。だから、協力会代表者のお話に対し、そのようなメッセージをわたしの肉体を痛めつけてまでも伝えたかったのだろう。

わたしも少女達と変わらぬ気持ちだ。
「ごめんなさい、きくさん、ご無礼承知の上で、ご意見お伝えさせて頂きます。」と決意した。

インターネットやメールなどの通信手段に賛成の方は?という問いかけに挙手を求められたが、当然ながらわたしは手を上げなかった。挙手された方も数名いらっしゃり、ご意見を述べられた方もいらっしゃった。わたしは、その方の話に対してもこころから馴染めないでいた。馴染めない理由には、その方のご意見が形式を優位にさせた事が原因だろう。

その方のご意見の一部には、『うちにいる事務員を使って、そのような方法を活用して欲しいといえば、出来ないこともない。』とおっしゃっている。少女達が聞いてどう感じるだろう。この言葉は、目に見えぬすぐそばにいる少女達をこころで見ている人の意見ではないだろう。

白梅の少女達に真摯に向き合ってきた己の気持ちが、このような意見により一層強固なものになっていくのを感じていた。

供養とは、目に見えないものに対する己の小さな儀式でもある。目に見えないものがそこにあると感じ(信じ)、そのものをこころに触れ(想い)、こころから祈る(願う)ことだ。

参加者の意見を聞いている代表者を見つめる。マイクを握ってうなずいている。このテントの下にいる自分のおかしさに孤独感さえ感じはじめていた。代表者は、最後の締めくくりとして、他府県の方も何か協力出来ることやその他のご意見があれば白梅同窓会へご意見を言って欲しいという内容で幕が下ろされた。


ようやく話が終わり、「あ~、もう辛抱たまらん・・・、少女達めっちゃ怒ってるし・・・」わたしは、同行者にそのように告げ、席を立ち、即座にきくさんのところへと向った。おそらく、ものすごい形相になっていただろう。

その形相のまま、わたしはきくさんに向かって、上を指しながら、「すみません、さきほどのお話なんですが、少女達が順番が違うと怒っています。だめです。」とストレートに告げた。

するときくさんは「わたしもびっくりして、私も聞いてないのよ。今日いきなりでね、何を話しているのか、インターネットとか、メールとか、私はそんなもの使ったことないので分からないし、そんな大々的なことをしようなんてひとつも思っていないの。わたしは今のままこれまで通り細々でいいのよ。もう、本当にごめんなさいね、気分を悪くされなかった?」とおっしゃった。

きくさんがそのようにおっしゃると、すーっと肩の重たさが消えていった。事は全てここで丸くおさまったようだ。少女達もご満悦の様子である。この協力会代表のお話が、きくさんの代弁であれば、それは違った方向性になっただろう。しかし、少女達の同級生であるきくさんの口から、「大々的なことはしようと思っていない」という語られた事は、少女達にとってほっとしたのではないだろうか。慰霊祭の中で、協力会代表の方のあいさつで胸の内に残った疑問も、このきくさんの一言でわたし自身も全てが払拭された。


(つづく)

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