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心人-KOKOROBITO-

亡き先人と今を生きる人に想いを馳せて
慰霊活動や神社参拝で感じ取った事を書き綴った日記と日々の雑感コラム

白梅同窓生と沖縄で6 【斎場御嶽のお供水】

2010年05月08日 | 慰霊
中山さんは、わたしが送り続けているお線香『白梅』について、手に握り締めた線香入れの薄紫の筒の中から、セロハンテープで束ねられたその線香を取り出し、こう話し始めた。

『○○さんから戴いた、この白梅というお線香は、とってもいい香りですよね。わたしが平和学習で学生の子たちに話をした後、このお線香を彼らに25本ずつ渡しているんですよ。ほら、テープで止めてね。学生の子たちも、いい香りですねって言ってましたよ。』

『ありがとうございます。そうやって使って戴いて、本当に嬉しいです。』

セロハンテープで止められたお線香。それを眼にした時、なんとも言えない気持ちになった。使って戴いていることはもちろん嬉しかったが、それよりも学生達一人一人にすぐにさっと取り出し、分け与える事ができるよう準備をされている、その行いに胸が熱くなった。間接的ながらも、送り続けてきた事の意義をここで感じさせてもらえた事は、幸せな事だ。

献花台のお供えを終え、後は壕とお地蔵様の前に置く、線香立てなどの用意に移った。花立ての陶器の高さにあわせ、花を切りそろえてゆく。そして、お水とお茶、おにぎりとお芋。供える場所ごとに黙々と作っていった。それを黙って、後ろから中山さんが覗き込んでいた。




お供え物の用意の整えが終わり、献花台の前でお参りをさせて戴きたいと申し出をする。中山さんたちは後方に下がり、わたしは前で立ち線香に火をつけ、線香を立てた。そして、白梅学徒隊の名簿石碑に斎場御嶽で祈りを捧げた水をかける。まっさらのタオルで丁寧に拭き取っていく。

『このお水は、今日ここに来る前に斎場御嶽によって、お供えさせて戴いたお水なんです。』と告げると、中山さんはこう話し始めた。

『沖縄では、お墓にお水をかけたり、こうした石碑に水をかける習慣がないのですが、本土の方はそういう風にみなさんされますよね?』と言った。

『そうですね。本土はそうです。でもここでのお水を流すことは、本土の慣習とはちょっと違うんですよ。この名簿に水を掛ける意味は、一人一人の想いを浮き上がらせることが出来るんです。そして、お水で鎮め、丁寧に拭き取っていく事は、背中を洗い流すような感覚でしょうか。なんだかお風呂に入った後みたいな感じでしょうか。』とわたしは話した。

なんとも説明になっているようで、なっていないながらも、同窓生の方々にはわたしの言いたいことは伝わったようだ。

『あ・・・・。ほんと、みるみるうちに名前がくっきり浮かんできたぁ・・・・。』と、武村さんが石碑を見つめ、大きな声で驚いていた。中山さんと同窓生は、この現象を目の当たりにされ、中山さんが他の同窓生の方にこのように説明された。

『わたしは、霊感とかなくて、何をどうすれば良いか分からず、自分たちのできることを、お供え物も用意できるものを持って、こちらに来ていたけど、○○さんは、目に見えない事から感じてやっていらっしゃるから、教えてもらったことをわたしたちもやっていきましょう。』

『ほんと。わたしも、今度、お水で拭いてあげよう。とっても、キレイ。』武村さんは、名簿石碑を眺めそう答え、そばで東恩納さんが笑顔でうなづいている。




タオルを片付け、改めて水で手を洗い、わたしは、数珠を取り出し、合掌の申し出を中山さんにした。壕で全てを捧げようと改めて、塔を見つめる。今日、ここでの同窓生の皆様との再会に対し一礼。そして、数珠に手を通し、再びここに来れた事を報告の上で、合掌をした。

わたしは『壕へ行っても宜しいでしょうか?』と告げた。中山さんは、『ええ、行きましょう。』と返事をされ、お盆の上に置いた花・線香立て・蝋燭を持ち、片手にはチベットのお鈴と棒と数珠を持ち、ゆっくり壕へと向かった。

(つづく)

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