サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

気候変動に対する緩和策と適応策、両立策と転換策

2022年05月20日 | 気候変動緩和・低炭素社会

気候変動に対する緩和策と適応策

気候変動対策には、緩和策と適応策という2つの対策がある。

緩和策とは、大気中の温室効果ガスの濃度上昇を抑制し、安定化させるための対策である。石油資源の消費抑制のための省エネルギー、再生可能エネルギーの導入、森林整備による二酸化炭素吸収等が緩和策である。緩和策の到達目標がカーボンゼロであり、地球上の温度上昇をどの範囲まで許容するかによって、これからの排出枠(カーボンバジェット)やカーボンゼロの実現の時期と経路が異なるものとなる。

緩和策を最大限に実施しても避けられない影響に対する対策が適応策である。既に、豪雨等の気象災害に対する防災、熱中症対策、農産物の高温障害対策等という従来の対策があるが、気候変動の進行に対して、これらを強化したり、追加したり、将来に予測される影響に対して準備をすることが適応策である。

適応策の理解においては、「気候変動により社会が受ける影響は、気候外力と抵抗力(感受性と適応能力)の関係性によって決まる」(白井ら、2014)という点が重要である。そして、「気候外力と抵抗力の差が社会における影響の受けやすさ、または対処できない度合いであり、脆弱性である」。気候変動の対策とは、気候変動に対する脆弱性の改善であり、気候外力に働きかける緩和策と抵抗力に働きかける適応策の2つの対策を両側から同時に実施することが必要である。

 

盛り込まれるべき持続可能な発展の規範

緩和策と適応策の各々について、良い対策と悪い対策がある。緩和策でいえば、大都市圏の事業者が、地方圏の里山にメガソーラーを設置し、住民との連携や自然生態系・地域文化の継承への配慮がないとしたら、二酸化炭素の排出削減量が大きいとしても、それは悪い緩和策である。

適応策でいえば、ミストシャワーがあげられる。駅前のタクシー待ちの場所に設置されたミストシャワーは確かに快適であり、高齢者等の身体弱者には生命を守るうえで必要であるかもしれない。しかし、都市内に緑地が全くなく、風の通り道を遮るような街区を放置したまま、ミストシャワーばかりがあるような街はやはり異常で、対策としては場当たり的に過ぎる。ミストシャワーを完全に整備しているなどと地域をアピールするのも可笑しなことである。

緩和策と適応策の検討において必要なことは、温室効果ガスの排出削減や気候変動の影響軽減という各々の目的を達成するだけでなく、それと同時に「持続可能な発展の規範」を満たすことである。筆者が考える持続可能な発展の規範は、①社会・経済の活力、②環境・資源への配慮、③公正への配慮、④リスクへの備えの4点である(白井、2020)。以下に説明する。

①の「社会・経済の活力」は、社会面、経済面、あるいは人の生き方の側面に分けられる。特に、日本等では、経済の量的成長を継続しきれない状況になっており、経済面に囚われずに、社会面や一人ひとりの人的な面での活力をあわせて、活力を総合的に捉えることが必要である。環境・経済・社会というように、経済面の活力をトライアングルの1つとするのではなく、社会面、人的な面とあわせて活力として捉えるのである。

②の「環境・資源への配慮」においては、人間の不利益にならないように自然の公益機能を守るというだけでなく、自然の持つ存在価値や人間以外の生物の権利に配慮するという人間中心主義ではない配慮の仕方が重要となる。

③の「公正への配慮」は、性別・年齢・身体特性・居住地・生きる時代等の属性によって、強者と弱者が生じ、両者の格差や弱者への差別が生じることがないように、特に弱者に対する配慮が重要である。

そして、自然や弱者に配慮をしていたとしても、自然災害や想定外の災害は起こりえる。そのことが持続可能性を損なうことになるため、④の「リスクへの備え」が必要となる。

 

緩和策と適応策による持続可能な地域づくり

持続可能な発展の規範を満たすようなカーボンゼロ社会への取組みとしては、省エネルギーや再生可能エネルギーへの取組みを地域活性化、福祉の向上、災害に対する備え・防災強化につなげることがあげられる。

同様に、持続可能な発展の規範を満たすような気候変動適応社会へ取組みも考えられる。適応策といっても農業分野、水災害分野等で異なる対策となるが、どの分野においても気候変動適応に対して地域の住民、事業者が主体的に取組むことで、地域の活力形成につなげることができる。

また、気候変動の影響は抵抗力の弱いところに深刻であることを考えると、適応策はその弱いところを明らかにして、その弱さの改善を重視したものとなる。熱中症における高齢者の患者の多さに対して、高齢者の見守りや支援対策を強化することは適応策であるが、同時に高齢者福祉になる。適応策とは本質的に、公正への配慮が重要な対策である。

 

両立策と転換策に注目

緩和策と適応策の推進の両方において重要なことは、地方自治体が専門性を持つコンサルタント等に委託を行い、国のロードマップやガイドラインに対応する数値目標の机上計算や施策の作文を行うというような外部任せにしないことである。地域の住民や事業者がカーボンゼロや気候変動適応の必要性や実現上の規範を学び、地域特性に応じたビジョンを共有すること、そのビジョンを目指したイノベーションを地域ぐるみで立ち上げていく仕組みをつくることが必要である。

加えて、重要な点として、「両立策」と「転換策」という視点を提起する。

両立策とは、緩和策にも適応策にもなるような対策を意味する筆者の造語である。例えば、再生可能エネルギーの導入は、電力消費による二酸化炭素の排出削減という点で緩和策であり、災害時に電源確保になるという点で適応策である。食料の自給自足は、食料の流通過程での二酸化炭素排出削減という点で緩和策であり、災害時の食料融通になるという点で適応策である。都市緑化はヒートアイランド緩和による冷房使用抑制という点で緩和策であり、猛暑におけるクールスポットとして熱中症対策になるという点で適応策である。

転換策は、緩和策にも適応策にもある。緩和策における構造転換策は、価値観や生活様式、社会や地域の構造を転換することである。例えば、自給自足や地産地消、スプロール化・スポンジ化した市街地のコンパクト化、脱物質化・サービサイジングなどは、転換策としての緩和策となる。とかく電気自動車の導入や再生可能エネルギーによる電力供給といった技術対策が緩和策の中心となりがちだが、経済の質や構造を変えるような転換策を視野にいれていくべきである。

適応策における転換策は、水災害対策の例がわかりやすい。水災害に対して堤防を高くしたり、堤防の決壊を想定して、早く逃げるという対策が重要であるが、気候変動がさらに進展すると逃げる機会が頻繁になる。そこで住む場所を変えるという転換策が適応策として必要になる。農作物の高温障害対策では、地域特産品に特化した画一的な大量生産ではなく、多品種少量生産を行うことが気候変動の被害を分散させ、壊滅的なものとしないという意味で、転換策としての適応策である。

「両立策」と「転換策」は、持続可能な発展の規範を満たすうえで重要である。経済成長やグローバル経済に依存して疲弊する地域の状況、効率性を追求するなかでの弱者の排除、外部依存による地域で支えあうコミュニティの希薄化等、今日の社会の構造的欠陥を改めることが、両立策と転換策に通じるからである。

農山漁村地域は大都市が有利に主導してきた社会において、後進地・低開発地域とみなされてきた。しかし、大都市が有利に主導していた社会のあり方を変えようとするとき、農山漁村地域こそが先導地域となり得る。農山漁村地域は、本来、自然と直接的に対峙し、自然や人との関係を基盤にしてスローで豊かなスタイルを営んできた。その価値を見直し、再生していくことが、大きな意味で「両立策」あるいは「転換策」を推進していくことになる。


下記の特集原稿より抜粋

[ 一般財団法人 日本地域開発センター ] (jcadr.or.jp)


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