岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

4 新宿クレッシェンド

2019年07月06日 17時37分00秒 | 新宿クレッシェンド

 

 

3 新宿クレッシェンド - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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 誰もが無言のまま、俺の雑巾をゆすぐ音だけが聞こえる。
 ドンドンッ…、ピーンポーン……。
 入り口のドアが乱暴に叩かれ、すぐにチャイムが鳴る。
 キッチンとホールのところには、入り口に付けてあるカメラの映像を写すモニターがある。モニターには、三十代後半のサラリーマンみたいな男が写っていた。
 俺以外の店にいる人間の表情が途端に曇りだす。水野がドアを開けるようにジェスチャーをした。俺は頷き、ドアを開ける。
 モニターに写っていた男は、緩やかに店に入ってきた。
「おはようございます。今日からお世話になります。赤崎と申します」
「あ、鳴戸君、彼が今日入ったばかりの赤……」
 水野が話し掛けているのも構わず、鳴戸は俺の挨拶もまるで聞こえていないような感じで、一切反応を示さない。
 一見、普通のサラリーマン。ただ、体中からすごい殺気を放っている。只者ではないということだけは、本能的に理解出来た。岩崎が近寄って行く。
「おはようございます、鳴戸さん」
「どういうことですか、これは……」
 妙に甲高い声だ。見た目と声が一致していない。非常にアンバランスなのである。
 鳴戸は岩崎など視界に入らないかのように静かに目を動かし、水野に目線を合わせると近付いていく。水野の表情は、目をパチクリさせ、面白いくらい落ち着きが無くなっている。
「いやー私もあの時、店にいなかったんだよ。岩崎がいるし、まさかあんなことになるとは思わないだろ?」
「あのねー、水野さん、あんた、そんなことばっか言ってるから駄目なんですよ。ここの金は私が持つ、管理は水野さん。そうやって何度も話し合ったでしょう。今更、何を言ってんですか?ガキの使いじゃないんですよ、ガキじゃ」
 鳴戸の声はより一層甲高くなる。口調は丁寧だが聞いていると寒気を感じる様な話し方だ。水野は何かを言い掛けるが、口を閉ざす。
「黙ってちゃ、分からないでしょう、黙ってちゃ…、水野さん。私はこうなったというのを聞きたい訳じゃないんですよ。じゃー、そのあとをどうするか。それを聞きたいんですよ。どうするんですか、水野さん?あれは私の金ですよ、私の……」
 水野は下を向いて何も言えなくなっている。岩崎にしても鈴木にしても、俺の傍に来て、鳴戸を見ながら黙って立ったままだ。
「おいっ、岩崎。昨日の状況を言ってみなさい」
 鳴戸がこちらを振り向く。鳴戸の視線は、俺に向けられた訳でもないのに、一瞬にして鳥肌が立つ。岩崎は一瞬、俺の方を見てから躊躇うように話しだした。
「あ、あのー鳴戸さん、自分の横にいるのが、今日から入った赤崎さんです。すごい気がつくし、とても真面目なので……」
「おいっ、岩崎。そんなことは聞いてないでしょ。そんなことは。昨日何があったのか、それを分かり易く簡潔に話しなさいって、さっきから私は言ってるんですよ」
「すいません。自分が食事しに外に出てる間、客は二人いて、鈴木と山下が見てました。それで鈴木が客のINに行ってる時に、山下が金庫の中の金を二十万つかんで、いきなり店から走って逃げだしたんです」
「鈴木ー、あなたはその時、何してたんですか?」
 さらに体の強張る鈴木。もともと身長百六十センチぐらいしかないだろうが、委縮してもっと小さく見える。
「は…、はい。自分は店に客もいたので、自分が山下さんを追いかけたら、店に誰もいなくなってしまうので、岩崎さんが戻ってくるまで店にいました」
「なー、鈴木ー。山下にさんはいらないでしょ、さんは。本当使えない奴ですねー。もう帰っていいですよ。明日から来なくていいですから。分かりましたか?」
「は、はい。分かりました。今までお世話になりました。失礼します」
 泣きそうな顔をしながら、鈴木は荷物をまとめだす。水野も岩崎も黙ったままだ。
 何かとんでもないところに働きに来てしまったようだ。鳴戸が俺に視線を移してくる。甲高い声を上げて、無表情で淡々としていた顔が、急に笑顔に変わっていく。
「赤崎君でしたっけ。初めまして、鳴戸です。うちは暇な店ですけど、社長の水野さんと私とで共同経営でやってるんですよ。おい、鈴木、邪魔です。いつまでも私の視界に写っていると目障りなんですよ。早く消えなさい」
「はい、すいません。失礼します……」
 鈴木は荷物を持ち店から出て行く。目の前で起こっている光景があまりにも現実離れしていて信じられなかった。働いている人間がこんなにも簡単にクビになる。でも今、この目で見ていることはリアルな現実なのだ。
 昨日の今日で二人もスタッフがいなくなった。鳴戸の視線は俺を見ている。早く受け答えしないと……。
「初めまして、赤崎です。右も左もまだ分からない新参者ですが一生懸命に頑張ります。よろしくお願いします」
 目を細める鳴戸。作り笑顔かもしれないが、見ていて思わずゾッとする。
 どうやら俺のことをちょっとは気に入った様子だ。俺はこんな恐ろしい男の下で働き、これからどうなっていくのだろうか?
 辞めると言うなら今しかないような気がした。
 しかし、どう切り出せばいいのか……。
 なるようにしかならない。ここは腹をくくるしかないのだ。
「水野さん、いい感じの子入れましたね。これからは岩崎と赤崎君の二人いれば、店は大丈夫でしょう。岩崎、あなた店長なんだからしっかりと頼みますよ。…で、水野さん。明日までに水野さんの金で二十万埋めといて下さいね。これは店をまかせているあなたの落ち度ですから、いいですね。それでは私は帰りますが、しっかりと頼みますよ」
 一方的に話し終わると、鳴戸は店を出て行った。
 理不尽がまかり通る街、歌舞伎町……。
 その裏側の顔を少しだけ見たような気がする。水野はあれからずっと下を向いて無言のままだ。
 聞いた話をまとめてみる。昨日、俺がここで面接を終えて帰ったあと、客が二人来店。岩崎はご飯を食べに外へ行き、その間に山下は店の金を二十万持ち出し逃げた。その場に居た鈴木は責任を取らされクビ。店の金である二十万は水野が自腹で埋めなくてはいけない。
 そしてこのダークネスというポーカーゲーム屋は、鳴戸と水野の共同経営で成り立っている。ただし共同といっても、鳴戸の権力が強過ぎるといった感じはするが……。
「すいませんでしたね。赤崎さん、ビックリしたでしょ。鳴戸さんちょっと怖いとこあるから…。問題ないですけどね。それより早番、これで自分と赤崎さんの二人になっちゃいましたけど、これからも頑張りましょうね」
 鳴戸が帰ってからの岩崎は、とても飄々としているように見えた。水野には目もくれようとしない。
 これで俺は逃げ出せなくなったのだろうなと実感した。不安はメチャクチャある。でも今までに無い刺激を感じているのも確かだ。
 ミスの許されない世界。
 あとは岩崎のように、どううまく立ち回れるかでも違ってくるのだろう。さっきの様子を見ていると、鈴木がトランプのババ抜きで、ババを掴まされた感じがする。
 この岩崎という男、外見や仕草からは想像もつかないぐらいしたたかなんだろう。俺自身、いつ鈴木みたいになるか、分かったものじゃない。
 笑顔でも常に警戒心だけは怠らない様にしよう、気を付けないと……。
 まずは仕事を一から理解しなくては話しにならない。何も無い俺は、この場所に慣れて働き、金を稼いでいくしかないのだ。

 岩崎が親身になって教えてくれたトランプのポーカーゲーム。
 ルールはとてもシンプルで、最初にカードを五枚もらい、チェンジは一度限り。その一度のチェンジで五枚全部変えても、役が揃っていればカードを変えなくても良い。
 役の説明を弱い順に説明してみよう。
 同じ数字が二枚だけ揃うとワンペアー。
 二枚揃ったのが、二組あるとツーペアー。
 同じ数字が、三枚揃うとスリーカード。
 五枚のカードの数字が、順番に並ぶとストレート。
 五枚のマークがハートなら、ハート全部と揃うとフラッシュ。
 ワンペアーとスリーカードの競演でフルハウス。
 同じ数字が四枚揃うとフォーカード。
 ストレートとフラッシュの競演でストレートフラッシュ。
 さらにA・K・Q・J・十の数字でフラッシュだとロイヤルストレートフラッシュ。これが一番強い役だ。
 対人間とやる時は、どちらがより強い役を作って張り合うもので、これで金が絡むと何の役も揃ってなくても、ハッタリで、相手を賭けの対象から降ろさせる事も可能な心理戦になる。
 これを対コンピューターのゲームにすると、どうなるのだろうか。
 まず、ツーペアーが出ると、賭けたベット数の二倍。
 スリーカードで三倍。
 ストレートで五倍。
 フラッシュで七倍。
 フルハウスで十倍。
 フォーカードで六十倍。
 ストレートフラッシュで百五十倍。
 ロイヤルストレートフラッシュで五百倍になる。
 店ごとによりレートが違う。店のレートを表す上で、一円、十円、百円とだいたいこのようなレートに別れる。一円の店は、基本的に一ベットで一円。
 しかし、そんな金額でやられても商売にならないから、最低五十ベットからマックスで百ベットまでにしたりしているようである。簡単にいうと、一回ポーカーのゲームをするたびに百円かかる訳だ。
 十円のレートの店は一ベットで十円。マックスが五十ベットだから、一ゲームで五百円かかり、百円だとマックスは二十ベットなので、一ゲームで二千円かかる訳だ。
 カードを一度チェンジして何も揃わなかったら、どんどん金は消えていく。
 ゲーム屋によってポーカーゲームの機種も非常に多く様々な台がある。
 ここダークネスで扱っている機種のルールはとてもシンプルで、レートは一円。
 台は役を揃えたら、ダブルアップかテイクかを決める。一円は常識で言うと、役が揃ったらダブルアップで次に出る数字を予想する。七を基準にすると、それよりも大きい数字だとBIG。小さい数字ならSMALLを叩く。
 それを繰り返してベットで賭けた数字が一万点を越えると業界用語で「一気」となり、その点数はそのまま現金として客に帰ってくるシステムだ。つまり点数が一万点を越え、一気になると画面は赤く点滅しながら点数がクレジットに加算されていく。
 例えばマックスの百ベットで役がスリーカードと揃ったとしよう。
 百のベットが三倍の三百になる。三百点をダブルアップで叩いて当たれば、倍の六百点。また叩いて当てると千二百点。次は二千四百点、四千八百点、九千六百点となり、この九千六百点を更に当てると一万九千二百点となり一万点を超えるので一気となる訳である。
 また叩いた時の数字で、七が出ればそのまま×三倍になる。
 岩崎はこの台を赤ポーと言っていた。何でそういう名前なのか聞いたが、説明を受けても理解出来なかった。
 一万九千二百点の百の位は二百、四捨五入すると繰り下がり現金にして一万九千円が、客の手元に戻ってくる訳である。仕事初日、聞いたゲーム屋の説明は、こんなところだ。
 俺は朝十時に行って、終わるのが夜の十時だから、十二時間働く計算になる。一日行って日払い、一万三千円の金をもらえる。
 結局初日は、客が誰も来なくて、買い物と仕事の説明を聞き、掃除をしただけで金をもらったことになる。ちょっと申し訳なかったが、素直に受け取ることにした。
「じゃあ、赤崎さん、ちょっと早いですけど、今日はもういいですよ。お疲れ様です。また明日も十時に来て下さいね」
 岩崎は笑顔を絶やさずに話してくる。時間を見ると、まだ九時半だった。
「何か暇で、何も役に立たなくてすいません」
「いえいえ、気にしなくていいんですよ。さっきの鳴戸さんにしても、水野さんにしても赤崎さんみたいな人を欲しがってましたし…。あ、もちろん私もですけどね。さっき鳴戸さんの話、聞こえたでしょう?やっぱ歌舞伎町というだけあって、従業員も山下みたいに狡い奴多いんですよ。鈴木も今日でクビになったけど、目の前で二十万盗られてるのに、指くわえて何してたんだって感じですしね。ああなるのも仕方がないですね」
 岩崎は自分が外に出掛けていたことについては何も触れず、何の責任も無いような口ぶりで話している。でも、俺に対して、色々と気遣ってくれているのは事実だ。
 今日一日で、色々な経験をしたような気がする。
 あとから来た鳴戸というオーナー。
 外見はそれほどでもないが、面の皮を剥げば、ヤクザみたいなものだ。かえって、あの中途半端な丁寧口調が怖い。水野の背中がとても小さく見えた。共同経営とは名ばかりで、鳴戸が実質的なオーナーの店といった感じだ。
 でも、俺は歌舞伎町に飛び込んだのだ。せっかくだからやれるだけ、頑張ってみようと思う。うまくこの街を渡り歩いてやろう。スタートは、このゲーム喫茶ダークネスからだ。
「こちらこそよろしくお願いします。では明日も十時に来ますので」
 一礼して店を出る。隣のビルのピンサロの眼鏡を掛けた店員は、まだ外に立って客引きをしていた。
 俺に気付くと、ニッコリ微笑みお辞儀してくれる。あれからずっと立ちっぱなしで通行人に声を掛けていたのだろうか?
 俺にはこういう仕事は、絶対に出来ないだろう。
 そんなことを考えながら、お辞儀して駅へと向かう。夜になると一段と人の密度は上がる。通りには焼鳥屋があるのか、とてもいい匂いと煙が辺りに充満していた。

 帰りの電車はさすがにギューギューだ。特急の券を買おうとしても満席で買えなかった。仕方なく普通の急行に乗り、立ったまま窓の景色を眺める。
 電車が着くまで約一時間かかる。乗る前に雑誌か何か買っておけば良かった。
 次々と通り過ぎていく景色を見ながら昔を思い出す。
 どこの建築現場だったっけな……。
 二十一歳の時、ある建築業のアルバイトをしていた。
 朝の四時半に会社に集まるよう言われ、親方の香川と、先輩の…、といっても二日俺より早く入っただけで、一つ年下の緑川との組み合わせだった。
 その三人で田舎の方面へトラックで向かい、二時間くらい掛かって現場に辿り着いた時のことだ。
 俺の仕事はシャベルを持って延々と地面の穴を掘る。すぐに汗が噴出し、全身がビッチョリになる。そんな状況で途中、大雨が降り出してきた。親方は、雨宿りしながら煙草に火をつけ、退屈そうにしている。たまに俺に向かって怒鳴った。
「おいおい…。何、貴様、手を休めてんだよ。さっさと掘れよ。そんなんじゃ、いつまで経っても帰れねえぞ」
 雨でずぶ濡れの俺に、構わず罵声を浴びせる。息をすると白い煙が口から漏れる。髪の毛を伝って雨が目に入るのを拭いながら、俺は我慢して一生懸命穴を掘った。
 自分の中にある憎悪を閉じ込めるように……。
 帰って日給の一万円が欲しかった為に……。
 情けなかったなー、あの頃は、ほんと……。
 まあ、今もそんな変わりゃーしないか。
 ただ、その頃よりもちょっと年をとり、若気の至りというものがどんどん世間的に通じなくなっていくのを理解してきただけのことだ。
 金をつかんでみたい。周りにあいつは凄い奴だって言われてみたい。
 今まで俺は彷徨っていた。今も現状はそんな感じかもしれない。でも、足掻いてみるしかない。足掻くことだけが、今の俺を支える原動力となる気がする。
「おいっ、飯にするぞ」
 親方が俺に声を掛けてくる。仕事へ行く前に用意していた弁当の蓋を開けるが、服はずぶぬれ状態で寒気を感じるせいか、あまり食欲は湧かない。
 両手を広げてみる。爪の間まで泥が入り込み、とても薄汚れている。気になるので、食事を中断して手を洗いに行く。
 同僚の緑川が自動販売機でジュースを買っていたが、俺に気付いて手招きをしてくる。
「おまえ、もっと愛想振りまいて、要領良くやれよ。親方、機嫌悪くて、こっちにまでとばっちりがくるじゃねーかよ。おい、赤碕…。聞いてんのかよ、おいっ」
 急に俺を突き飛ばしてくる緑川。動じずにそのまま睨み付ける。
 緑川は一瞬ビクッとした反応を見せたが、まさか俺が、手を出すとは思っていないのであろう。胸倉をつかみ、さらに凄んだ。
「ここじゃ、俺の方が先、入ってんだよ。俺の方が一こ下だけど先輩だぞ。態度でけーんだよ、いつも赤崎はよー。殴んなきゃ分からね―か、あっ?」
「す、すみません……」
 誰に対して口を利いているつもりだ、このガキが……。
 そう言いたいのを堪えて、形だけ謝った。自分自身への不甲斐無さに体が震える。
 学生の頃なら、とっくにぶち殺しているところだ。いつから俺はこんな丸くなったんだ。拳を力一杯握り締める。
「おい、聞いてんのかよ、あっ?」
 緑川は殴るふりをし、色々喚きだす。血液が沸騰してくる。学生時代を思い出す。いつからこんな大人しくなっちまったんだろ。
「おらっ。舐めてんのか?」
「……」
 気が付くと、俺は緑川の鼻に頭突きをしていた。鮮血がほとばしる。鼻を押さえてうずくまる緑川。
 今まで溜まっていた鬱憤をぶつける。そのまま顔面を蹴り上げた。足のつま先から伝わる感覚が気持ちいい。殴ることに何の躊躇いも感じない。ゾクゾクとした快感が背筋に走る。嫌いな奴を殴るのは、何の罪悪感もない。
「赤崎さんすいません、すいません。勘弁して下さい」
 懇願する緑川。ちょっと暴力をちらつかせるだけで、ある程度の人間は暴力に屈服する。右側に口が歪む。顔がニヤけてくる。
 無言でうずくまった亀状態の緑川の体へ、ところ構わず無差別に蹴りを入れた。一発蹴るごとに、快感が増してくる。
「おまえら、何してんだ。おいっ、赤崎…。やめろ。やめろよ……」
 俺が暴力を振るっている状況を目の当たりにして、香川が大声をあげながら、向かって来る。俺は学生時代の残虐的な感覚にすっかり浸っていた。
「うるせーよ、クズが……」
 顔面に容赦なく拳を叩き込む。大袈裟に悲鳴を上げながら倒れこむ香川。
「あー、痛いよー。痛いよー」
「何、いつも偉そうにしてんだ、クソが…。ちょっと先に入った程度で、楽しながら胡座かいてんじゃねーよ。何が痛てえんだよ、オラッ。舐めてんじゃねえぞ」
「やめろ、やめてくれ…。悪かった。うげっ……」
「うげっじゃねんだよ。何ビビリ腐ってやがんだ」
 相当こいつにはムカついていたんだろうな。いくら殴っても蹴っても、罪悪感は無かった。心がスッキリする。まー、そろそろやめてやらないと、壊れちゃうか……。
「今日の金はいらねーから、テメーらにくれてやるよ。もう、俺は帰るから家まで送ってけや」
「うっ…、ゴホッ…、む、無理ですよ。まだ昼じゃないですか…。無理言わないで下さいよ…。勘弁して下さい」
 ためらわず横っ腹に蹴りをぶち込む。緑川はのたうち回る。
「聞こえなかったのか?俺は送ってけと言ったんだ。もう、同じ台詞吐かねーぞ」
「は、はいっ」
 腹を押さえたまま、よろめきながら二人は起き出す。狭山まで送らせると、「変な気起こすとぶち殺すからな」と、散々脅してから開放してやった。
「次は狭山市、狭山市でございます……」
 車掌のアナウンスで現実に戻る。もう地元の近くまで電車は来ていた。

 

 

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12345678910111213家に帰り、服を脱ぎ捨てて風呂に入る。さっき電車の中で思い出した暴力シーン。気持ちはスッとするが、いつも後悔の連続だ。まず金が手に入らない。後々面...

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