岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

チンコ出した

2010年11月29日 23時17分00秒 | 2010年執筆小説


チンコ出した



2010年11月29日~

 

「はぁ…、はぁ……」

 ヤバい。呼吸が荒くなってきた。

「本田さん、小便行ってきていいすか?」

「ああ、構わないよ」

 アルバイトの柳田は小走りに出て行く。チャンスだ。

 現在僕のいる場所は、会社の倉庫。ここにいるのは今、僕たった一人だけ。監視カメラが動いているかどうか、作業をするふりをしながら、さり気なく確認した。

 うん、大丈夫。今ならカメラは動いていない……。

 ゆっくり右手をズボンのチャックへ持っていく。念の為、左右をまた見回す。用心に用心を重ねるぐらいがちょうどいい。

 改めて誰もいないのを確認すると、僕は壁に寄り掛かり、そのまま腰を降ろした。その体勢で足を真っ直ぐ前に伸ばすと、一気に手早くチャックを下ろす。開いたジッパーの中へ右手を入れ、ブリーフの隙間へつっ込む。

 オチンチンの先っちょを指でつまむと、そのまま外へ引っ張り出した。

「はぁ~……」

 何とも言えない開放感が、全身を優しく包む。ひんやりとするコンクリートの地面に手をつきながら、ゆっくり時間を掛けて天井を見上げた。

 誰もいない倉庫内で一人、こうしてオチンチンを出して惚けている僕。この風景を誰かが見たら、きっと僕の事を変態だと思うだろう。でも、ハッキリ言いたい。僕は断じて変態などではない!

 え、誰に言っているんだって? ふん、独り言だよ、ただの独り言。野暮な事聞くなよ。そんな事じゃ、女にモテないぜ。

 あきらかにいけない行為だってもちろん理解している。しかしこれは、しょうがない事なんだ。

「……」

 よし、そろそろいいな。僕は落ち着いてオチンチンをしまい、チャックを閉める。

 これで今日一日…、いや、あと半日は問題ないだろう。さて、仕事を張り切って頑張りますか。

 木製パレットに積まれているプリンターの山へ近づくと、検品表をチェックしながら品物と照らし合わせた。

 えーとプリンターの型はまず…、『2360N』のNECからにしよう。しかしこうも毎日のように様々な物が送られてくるが、もう少し現場で働く身にもなってほしいものだ。最近になってからだよな、リース返却物件の品でパソコン関係の物が増えてきたのは。

 学校関係なら、まとまった数の品が来るからまだいい。だが持ち込み客の品のチェックは非常に面倒なものだ。愚痴を言ったところで何も始まらないが。

 一番の問題はうちの会社の場合、営業なんだよなあ……。

 営業力が弱いのはしょうがない。だけどもうちょっと商品を入れるタイミングぐらい考えてほしいもんだ。バランスよくと願っても、なかなか難しいのかもしれない。だけど残業代すら出ないのに、夕方六時以降になってこちらに届くなんてどういう事なんだ。せめて定時より二時間前にしてほしい。

 もう愚痴はいいって。それより黙々と作業しないと、また時間に追われるだけ。バーコードシールに書いてある番号と合わせながら、一つ一つ商品をチェックしていく。

「本田さん~、すみませんでした」

 アルバイトの柳田がトイレから戻ってくる。多分長かったから、小便と言っていたが、大をしてきたのだろう。まあ僕にとってはどうでもいい事だが。

「今、こっちのパレットの検品を始めているからさ、柳沢君は開梱を始めてくれるかな」

「分かりました。プリンターは型ごとに分けてですよね」

「そう、だいぶ仕事の要領を覚えてきたね」

「へへ、もう一週間ぐらい経ちますからね、俺も」

 彼は重いプリンターを一人で持ち上げると、そっと床へ置く。僕も検品する前に一緒に手伝ったほうが効率いいのかな? でもそれだと検品にどうしても時間が掛かってしまう。あともう一人ぐらい現場に入ってくれると助かるんだけどなあ。

 まあとりあえず、目先の物から片付けていくか。僕と柳田は黙々と作業へ没頭した。

 

 今日も無事仕事を終え、電車に乗って帰ろうとする。階段を降りてホームへ行くと、いつもまばらな駅の中はたくさんの人が待っていた。何でも先ほど人身事故があったせいでダイヤが乱れ、電車の遅れは三十分ほどらしい。

 ただでさえ疲れているのに、ここでボーっと待つのは面倒だ。売店で雑誌でも買っておけば良かったな。そんな事を考えている内に電車がやってくる。案の定車内はギューギュー詰めで、ラッシュ時の山手線とタメ線を張るほどだ。

 次の電車がいつ来るか分からない状況なので、ホームにいた大勢の人々は強引に満員電車へ乗ろうとする。もちろん僕も。

 強引に背中から人混みに向かって中へ入った。だけどビクともしない。まだ僕の体の半分以上は外へ出たままだ。もっと力強く中へ押し込むと、そこでドアが閉まりだす。何度か足にドアがぶつかり、うまく閉まらない状態。仕方なく僕は体を反転させ、背中を外側へ向けた。それで数回ドアの開け閉めを繰り返すと何とか納まる。

 こんなにも混む電車に乗るなんて久しぶりだ。次の駅に到着すると、この車両から降りる人間は誰一人なく、逆にまた数名の人が強引に入ってくる始末。目の前に背のチビっこい女性は、僕のお腹辺りに顔を埋めているような形になった。ちゃんとこの人、息できているのかな? ちょっと心配だ。

 背中に誰かの肘が当たり、グイグイと前に押される。腹に顔を埋めた女性は苦しそうに「うぅ……」と呻く。こんな状態で押すなんて常識のない奴だな。

 さすがに苛立ち後ろを見ると、中年親父が迷惑そうな表情をしながらまだ肘で、僕の背中を押していた。こっちのほうが本当に迷惑だよ、まったく。

 人身事故のせいでこんな風になるなら、飛び込む人ももっと場所を選んでほしい。何か辛い事があってホームから飛び込んだんだろうけど、電車に乗る人々のその後を考えればそんな事できないはずだろう。

 でも、それでいて鉄道会社は多額の損害賠償金を遺族から請求するんだろうな。ダイヤの乱れがどうのこうのって言いながら。

 ん、待てよ? ダイヤが乱れたからって過去、一度も電車賃を払い戻しなんてないぞ?

 …となると、鉄道会社って酷くないか? 確かにバラバラになった死体片付けの費用ぐらいなら請求してもいいと思うが、ダイヤの乱れぐらいじゃ、別に客へ払い戻す訳じゃないし、電車を走らせる本数だって通常より減る。逆に経費としてなら浮く形になるんじゃないの?

 どうでもいい事を考えている内に、息苦しくなってきた。

 マズいなあ……。こんな満員電車の中でオチンチンを出す訳にいかないし……。

 でも、シチュエーション的には最適な場面ではある。

 僕って露出狂なのかな? 違うって。これは命に関わる事なんだから、露出狂ってわけじゃない。

 あと一駅か…。時間にして三分ほど。

 徐々に荒くなる呼吸。何で僕はこんな奇病に掛かってしまったのだろう。

 さり気なく周りを観察してみる。ギュウギュウ詰めなので、みんな懸命に立っている事だけに専念しているようだ。今ここで僕がオチンチンをこっそり出したとしても、誰にも気付かれる事はないかもしれない。

 でも、ちょっとしたタイミングで腹に顔を埋めているチビっこ女性が「プハッ」なんて言いながら離れたら、一貫の終わりだ。

 オチンチンを車内で出した事がバレてみろ。これは社会的にもマズいし、下手したら猥褻罪として逮捕されてしまうかも……。

 そんな事になってみろ。会社からはクビを言い渡され、すべてを失ってしまう。

 ヤバい。だんだん思考回路が鈍ってきた。

 仕方なく僕はそっと右手でズボンのチャックに触れ、静かにジッパーを降ろす。チビっこ女性には気の毒だが、これは僕の命が掛かっているんだ。すまない。

 さらに顔が埋まるようにして自分の腹をつき出す。

「む…、ううぅ……」

 女性の呻き声が聞こえたが、なりふり構っていられない。僕はオチンチンを外へ出した。

 辺り一面人間で密集されたこの空間。そんな場所で今、僕は大胆にも自分のオチンチンをこうして曝け出しているのだ。快感に近い高揚感が電気のように体内を駆け巡る。

「ふ~……」

 よし、息が普通にできるぞ。僕はすぐオチンチンをズボンの中へしまい、何事もないような表情をしながら腹を引っ込めた。

 

 無事誰にもバレず、駅に到着する。大きな駅なので、ドッと中にいる人たちが電車を降りた。僕は人の列と一緒に階段を上り、駅を出る。

 家までの帰り道を歩く中、何故僕はオチンチンをあのように出さないと駄目なのかを考えてみる事にした。

 まず考えられるのは、僕の体は病気だという事。ただの病気ではない。奇病である。

 普段の生活で何の支障もなかったのに、ある日いきなり呼吸ができなくなった。何でそうなったのかは、まるで分からない。この症状が突然出るようになって、もう一週間ほど経つ。

 初めて呼吸が困難になった時は本当に驚いた。

 部屋でくつろぎながらDVDを見ていたら、喉が詰まるような感覚に陥り、息を吐き出す事はできても吸い込む事はできなくなっていた。必然的に酸素が吸えない訳だから、そりゃあ焦るさ。僕だけでなく、誰がそうなっても焦るに決まっている。

 意識して鼻や口から息を吸おうとしても、まったく吸い込めないのだ。もう頭の中は大パニックになり、部屋の中を転げ回りだした。

 床の上でのた打ち回っている時、ベルトの締め付けが苦しく感じ、すぐ外してズボンを脱ぐ。その時一緒にパンツまで降ろしてしまい、僕は自分の部屋の中で下半身丸出し状態となっていた。

 もし、こんな状態で死んでしまったら、みっともない死に方だなあ……。

 そんな風に考えていたら、不思議と当たり前のように呼吸ができていた。

 始めはまだ気付かなかったんだ。こうすれば呼吸困難が治るって自覚したのは二度目から。

 とにかくこの症状になると、僕はオチンチンを出せば治るのである。

 ただ、安心はできない。まだ一週間だというのに症状はあきらかに進んでいるからだ。呼吸が苦しくなる兆候が、最初の内は一日一回だが、最近では一日二回は訪れる。

 前なら普通にオチンチンを出せば治った。でも今は違う。背徳感と表現すればいいのだろうか? 何となく後ろめたいけど、それでいてドキドキするようなシチュエーションで出せば、落ち着くようになっていた。もう自分の部屋でただオチンチンを出せば治るなんて、甘っちょろい問題じゃなくなっているのだ。

 今日は二回も出したっけ。

 一度目は会社の倉庫。

 二度目は満員電車の中。

 バレたら両方とも非常にマズい展開になるのは分かっている。でも、そういった状況だからこそ、ドキドキとスリルもあった。

 当分は会社内で隙を見て出せば、大丈夫だろう。でも、それすら慣れてしまったら……。

 本当にそんな事になったら、どうしよう? 神に祈りたい気分だ。

 医者に行ったところで、誰がこの奇病を治せる? 「呼吸が急にできなくなって、でもオチンチンを出せば治るんですが、どうしたらいいでしょう?」なんて恥ずかしくて言えるはずがない。それをもし言ったとしても、珍しい者扱いか精神病扱いされるのがオチだ。

 こっちは自身の命が懸かっている。でも第三者がこの状態を知ったら、大笑いするだけなんだろうな。しょせん他人事に過ぎない。

 何でまたこんな風になっちまったんだ……。

 お願いだからこれ以上症状が悪化しないようにね。僕は自分自身そう言い聞かせるように祈ってみる。

 明日も会社か。風呂入って早めに寝るとするか。

 

 爽快な目覚め。モチモチした頬に優しく照りつける朝日。

 ママンの作ったブレックファーストを食べ、シナモンの香り漂うダージリンティーで喉を潤す。

「ほら、努。あなた、口の周りにクロワッサンの食べカスがたくさんついているわよ」

「そんな心配しなくたって大丈夫だよ、ママン。僕だっていつまでも子供じゃないんだからさ」

「そうは言ってもあなたは昔からおっちょこちょいだから、私は心配だわ」

「分かったよ~、うっさいなあ~」

 口うるさいママン。心配してくれているのは嬉しく思うが、もう僕は二十四歳の立派な大人なのだ。だからありがた迷惑である。

「おい、努」

 いつも寡黙なパパンが口を開く。多分ロクでもない事を抜かすんだろうな。

「な~に、パパン?」

「せっかくママンがおまえの事を気遣って言っているのだ。その場で口を拭け」

「もう…、今から拭こうと思っていたんだよ」

 僕の家は場末の定食屋さん。パパンは捻りハチマキを頭に巻きっ放しにした人生負け組のような客共を相手に、毎日世話しなく様々な定食を作っている。ママンは専業主婦なんだけど、最後の会計だけはちゃんとチェックしているので、本人曰く「私は会計士なのよ」と偉そうにしていた。

 僕が十八歳の頃に比べれば、まだ現状のほうがマシか……。

 あの頃は本当に毎日が地獄のようだった。

 強引に小汚い定食屋の仕事を手伝わされ、それでいて給料はたったの十万円。鬼のように僕を扱き使うパパンは底意地悪さ爆発だ。

 一度地震が起きた時、パパンがタンスの下敷きになり、入院した時は良かった。ママンがあらかじめ料理を作り、僕が店の経営者となってたくさんの大金を稼げたものである。あの時ちゃんとお金を貯金しておけば、人生勝ち組の仲間入りできたものを。

 欲望に弱い僕は『スナック 月の石』でいいようにボッタクラレ、見る見る内にお金は無くなってしまった。

 パパンが復帰すると、再度地獄のような日々は再開される。

 あれほどの大金を使いながら、未だ彼女無し。一度も異性と付き合った事のない僕。まさに駄目人間まっしぐらだった。

 このままではいけない。そう危険信号がどこからか聞こえ、僕は真面目に就職活動をして現在の会社に就職したわけである。どんな嫌な思いをしても今の会社にしがみつき、骨を埋めるつもりだ。家の定食屋なんぞ絶対に継ぐものか。給料だって二・五倍ももらえているんだから。

 そろそろ準備しないといけないな。今日も僕の部下であるアルバイトの柳田が張り切って仕事に来るのだ。

 席を立つと、僕は颯爽と自分の部屋に向かう。ドアを開ける前にオチンチンを出しておいた。何故ならこれは例の兆候予防になるからである。朝の通勤電車の中で出すわけにはいかないしね。

 すぐ後ろの居間のドアが開けば、僕はオチンチン丸出し状態なのを両親に知られてしまう。そんなドキドキ感が、全身に行き渡ると部屋へ滑り込み、着替えをおっぱじめた。

 予防接種、とりあえず完了っと。

 

 今日はお昼休みまで、なかなか順調な滑り出し。呼吸が困難にならないのは、今朝の予防接種が聞いているのだろう。このまま前もってオチンチンを出しておけば、この先ずっと快適に過ごせるんじゃないかな。

「本田さん。自分、ヤニ吸いに行ってきますね」

 アルバイトの柳田が重そうな腰を上げ、立ちあがる。

「ああ、行ってらっしゃい」

 ヤニなど言わず、素直にタバコと言えばいいのに捻くれた男だ。どっちみち彼がタバコを吸いに行けば、倉庫内は僕一人。バンバン行っちゃって下さいな。

 時計の針は十二時半を回っている。そろそろ二階から従業員たちがタバコを吸いに、下へ降りてくる時間だ。

 うちの会社は、喫煙する場所が所定の位置に定められている。僕はそんな不健康なものなど、まず吸わないので関係ないが。あんな煙を体の中に入れるだけて、一箱四百円以上もするのにみんなよく吸うよ。ほとんど末路は肺ガンになって、哀れな終わり方をするんだろうな。わざわざ金を出してまで不健康になろうとする神経を疑ってしまう。

 まあ、どうでもいいさ。僕の体じゃないしね。それよりも、そろそろ出してみるか。

 すぐ近くの自動ドアが開き、二階で働く前園さんが降りてきた。こっちを見て僕の存在に気付くと軽く会釈をして、喫煙所へ向かう。

 その後ろ姿を眺めつつ、彼がナノマシン工場を曲がる手前で、僕はチャックを降ろしオチンチンを出してみた。今、前園さんが後ろを振り向いたら、僕はきっと変態扱いされるだろう。筋金入りのホモでもない限り、また振り返るなんてないけどね。

 強めの風が吹き、僕のオチンチンは爽快感を覚える。ああ、会社の昼休み中だというのに、僕はこんな場所でオチンチンを出してしまっているんだ。

「……っ!」

 その時工場の角から髪の毛のようなものが、視界に映った。

 慌てて僕は回れ右をして後ろを振り向く。まさか誰か来るなんて……。

「はうっ!」

 おっちょこちょいの僕は、先っちょの皮をジッパーで挟んでしまったようだ。あまりの痛さにその場でうずくまる。

「本田さん、どうしたんですか?」

「……」

 背後から女性の声が聞こえた。ひょっとして会社の従業員すべてのマドンナ的存在である田西あけみか? こんなタイミングで何故こっちに……。

「大丈夫ですか? 本田さん」

 座ったまま首だけ後ろへ向ける。やっぱり田西あけみだ。

「あ、田西さん…、どうも」

「突然しゃがみ込むから、ビックリしましたよ。どうしたんです?」

「急にお腹が痛くなっちゃって」

 咄嗟に出た嘘。嘘も方便って言うけど、オチンチンの皮を挟んで痛がっているなんて、とてもじゃないが絶対に言えない。

「私、事務所の医療箱から薬持ってきますね。ちょっと待ってて下さい」

 それだけ言うと、田西あけみは駆け足で来た方向へ戻ろうとした。

「あ、田西さん…、別に大丈夫だから」

「だってとても具合悪そうですよ? お薬飲んで、ちょっと休んだほうがいいですよ」

 心優しい彼女は綺麗な外見と同じく心優しい性格まで備えている。オチンチンをチャックで挟んだだけの僕に対し、真剣に心配してくれているのだ。だが、この状況では迷惑以外何ものでもない。

「いえ、ちょっとこうしていれば、すぐ良くなりますよ。気にしないでいいですから」

 頼むから向こうへ早く行ってくれ。こっちは早くオチンチンをしまいたいんだから。

「気になりますよ……」

「え……」

 今、彼女は何て言ったんだ? 僕の事が気になる? そう確かに言ったよな。

「私…、前から本田さんの事が気になっていました……」

 顔を真っ赤にしながら、か細い声で話す彼女。

「……」

 突然の告白に対し、どう対応していいのか分からず、黙ったままだった。人生初の異性からの告白。心臓を五寸釘で強烈に打ち込まれたような衝撃が、全身に広がる。

 田西あけみ。現在二十二歳。女としてほどよく育ったおいしい時期でもある。このたわわに実った果実を僕がいただいちゃっていいのだろうか? いいに決まっている。

 ギンギンにたぎり出す下半身。大きくなったせいか先っちょがヒリヒリするけど、そんなこたぁ~、どうだっていい。今、この倉庫内には僕と田西あけみしかいないのだ。

 覚悟して彼女はここへ来た。

 いや、僕に会う為にここへ来た。

 なら、その勇気に受け応えてやらねば。

「た、田西さん……」

 そう立ち上がった瞬間だった。

「い、いやぁ~~~~~~~~~~~っ!」

 田西あけみは叫び声を発しながら両手で目を覆い、その場から走り去る。

「ゲッ!」

 しまった…。オチンチンを出したままじゃん……。

 

 昼休みの間、僕はずっと頭を抱えながら椅子に座っていた。

 何しろ大きくなったオチンチン丸出しのままの姿を、マドンナ的存在の田西あけみに見られてしまったのだから。

 どうしよう? これってかなりヤバいんじゃないの。

 もし、彼女が「本田さんが昼休み、倉庫の中でモロ出ししていました」なんて支店長に伝えてみろ。「キサマ、とんでもない奴だな」と、その場でクビを言い渡されてしまうかもしれない。

「あれ、本田さん。どうかしたんすか?」

 アルバイトの柳田が喫煙を終えて戻ってきたようだ。頭を抱えた僕を見て、不思議そうな表情をしている。

 よくよく思い返せば、こいつが僕一人を残してタバコなど吸いに行くから、予防接種でオチンチンを出そうと思ったのだ。そう考えると憎しみすら沸いてくる。

「何でもないよっ!」

「な、何を怒ってんすか、本田さん……」

「あ、ゴメン…。何でもないんだ……」

 完全な八つ当たりだった。こんなアルバイト風情に当たったところで、何一つ生まれるものなどありはしない。僕は冷蔵庫から三ツ矢サイダーを取り出すと、一気に飲み干したあと、ハチミツのビンを取り、指先ですくって一舐めした。

 うん、やっぱ男はハチミツだよなあ。口の中がトロけそうな感覚がいっぱいに広がり、先ほどまでギスギスしていた神経が徐々に落ち着いていく。

 待てよ…、いくら精神が落ち着いたからって、窮地な事には変わりない。田西あけみがどのような行動をするかで、僕の今後は暗雲に立たされてしまう。

 はあ~、何であの時オチンチン丸出しで、立ち上がってしまったのだろうか……。

 過去を振り返ってもそう。女というものは本来魔物であり、関わるとロクな目に遭わない。いつだって男は女次第で、どうにでもなってしまう悲しい生物なのだ。

 でもせっかく彼女が勇気を振り絞って愛の告白をしてくれたのに。初彼女ができる大チャンスだったのだ。それを僕は、オチンチンを見せてオジャンにさせてしまった。自分自身のドシさ加減にうんざりする。

「そういえば明日は派遣で一人、助っ人を呼ぶんですよね?」

「ん? ああ、そうだね。明日は入航予定がビッシリで、品物がたくさん入ってくるからさ。本当なら何人いても問題ないんだよね。だけど、うちの会社ってかなりケチでしょ?」

「そうっすねえ。俺の時給が上がる気配なんて、全然ありませんからね」

「……」

 この男、まだ入って一週間のアルバイトのくせに何を抜かしているのだ? どの業界でも一週間で時間給がアップするなんてあるはずねえじゃん。この、お馬鹿め。

「どの派遣会社から人が来るんです?」

「『T・M・F』だよ……」

「え、あの会社っすか……」

 T・M・F、略して、トモダチ・モット・フヤソウというふざけた社名の派遣会社である。名前だけでなく、来る人間もいい加減で使えない奴が多い。

 先日T・M・Fから来た、宮城という男はとんでもない男だった。まだ若いくせに、非常に何故か臭いのである。今風のサーファーみたいな髪型をして、耳にピアスなどつけているくせに、体臭が妙に臭いのだ。しかもそれでいて、非常に仕事が遅い。要は臭いだけで、まったく使えない男なのである。

 あれだと作業に支障が出てしまう為、僕はT・M・Fに「もう、宮城は来させないでくれ」と連絡をしたほどだった。

「まあ、、明日はマシな人材が来る事を祈るよ」

「そうっすね。じゃあ、俺も祈ろうっと」

「そんな事よりも昼休み終わったよ。さ、仕事仕事」

 柳田を急かしながらも田西あけみの動向がとても気になり、仕事に集中できそうもなかった。

 

 仕事を終え、書類を提出しに事務所へ向かう。階段を一歩上がる度、僕の心臓の鼓動は比例するように早くなる。これから事務員の田西あけみと顔を合わせるようなのだ。

 心境は、これから死刑台へ向かう囚人のような気持ちだった。

 ほんと何でオチンチンなんか出したままで、立ち上がろうとしたのかなあ……。

 いくら後悔しても、もう遅い。一度見せたものは取り消せないのだ。

 そういえば今日一日、呼吸困難に陥っていないぞ? これって前もってオチンチンを出したから、予防接種が効いているのかもしれないな。

 待てよ…、今この場でオチンチンを出したら、いい感じでさらなる予防接種になるのではないだろうか? ちょっと上がれば目の前には事務所。たくさんの人間がいる。もちろん出入りだって多い。そんなところでモロ出しするなんて、かなりヤバめなシチュエーションだ。

 おいおい、どうするよ……。

 出す?

 出しちゃう?

 ヤバヤバっしょ。

 どうよ?

 いっちゃう?

 でもなあ……。

 もう想像しただけで、何とも言えない背徳感が全身に伝わってくるほどだ。これは「モロ出しチョンパー」って、出しちゃうしかないんじゃないの。

 いつの間にか荒くなっていた呼吸に気付き、ゆっくりと息を吸い込む。

 よし、冷静になってきたぞ。ここは落ち着け。落ち着きつつ、そっと右手をチャックへ持っていく。ジッパーをつまみ、本当に少しずつ降ろしていった。

「ふう……」

 チャックを降ろすだけで、こんなにも緊張するなんて久しい。やっぱ最高のシチュエーションかもしれないね。

 さて、ここから本番だ。ここまではまだいい。もし誰か出てきても、チャックを開けたドジな男として笑って済まされる。だが、オチンチンを出した状態で見られてみろ。人生終わってしまうぐらいマズいよ。

 手早く出して、素早くしまう。この戦法しか通用しないだろうな。

 僕はズボンの中へ右手をつっ込み、パンツの間からオチンチンをつかんで外へ引っ張り出す。

「ほわぁ~」

 思わず声に出てしまうほどの快感。一昔前、映画『セーラー服と機関銃』のヒロイン薬師丸ひろ子が最後のシーンで銃をぶっ放したあと、「かい・かん……」なんて言っていたけど、今なら彼女の気持ちがよく分かる。

 甘美でトロけそうな至福の時。いくら広いこの世の中でも、会社の事務所の前でオチンチンを出して黄昏る男など、どこにいる?

 今、僕は世界でたった一人の貴重な男になったのだ……。

 あまりの快感にゆったり目を細め、しばらくその空気に浸る。

「い…、いや~~~~~~~~~~っ」

「え?」

 慌てて目を開けると階段の上で、田西あけみが両手で口を押さえながら叫んでいた。

 おいおい、いつの間に君はそんなところに出てきてしまったんだい、セニョリータ……。

 気付くと僕は、階段を一気に駆け降りて逃げ出していた。

 

 一人倉庫の中でポツンと佇む僕。もう定時を過ぎているのでアルバイトの柳田は帰っている。

 取り返しのつかない失態。今日だけで二回も田西あけみに見られてしまった。まさかあんな大声を上げるなんて……。

 あのあとたくさんの人間が彼女の元へ駆け寄り、「あけみちゃん、どうしたんだ?」なんて聞いてくるんだろうな。田西あけみにいいところを見せようと、そんな機会を虎視眈々と狙って奴らは多い。叫び声なんて聞いてしまったら、誰だって行っちゃうよ。

「はあ~……」

 もうため息しか出ない。間違いなく会社はクビになるだろうな。何せ、オチンチンを事務員の前で二回も出してしまったのだから。

 せっかくここで二年も頑張って、今の地位を築いてきたというのに……。

 それが呼吸困難という奇病のせいで、一気にパー。何でこんな因果な奇病になっちゃったんだろう。

 いや、それよりも現状をどうするか考えなきゃ。ここへ佇んでいたって、何の解決にもならない。

 どうせクビになるのなら、いっその事黙ってこのまま帰ってしまおうか? うん、それがいいに決まっている。

 でも、明日から無職か~……。

 二十四歳にして、人生再出発するようになるなんてな。

 パパンとママンに辞める事を伝えたら、大変な事になってしまうだろう。何しろうちのパパンは、僕にあの小汚い定食屋を継がせたくて溜まらないのだ。ママンもきっとそうに違いない。

 きっとパパンは僕に跡を継がせ、自分は隠居生活に入って楽をしたいんだ。僕が茄子味噌定食を作ったり、焼肉定食を作ったりするのを目の前で見て、下品な笑いをしながらビールを飲みたいのだろう。パパンの悪友でもあり、昔からの腐れ縁である友達の竹花さんと一緒に。

「おい、努。おまえさんの味付けは、まだまだワシの領域に達しとらんわい」

 そんな風に偉そうな面をして、毎日のように僕は小馬鹿にされる。

 冗談じゃない。嫌だよ、そんな日々を送るなんて……。

 じゃあ、どうするんだよ? また一から就職活動?

 何度様々な会社へ面接に行っても駄目だしされ、人格破壊を起こしそうになったあの苦節をまた味わうようになるのか?

 運良くこの不況時に新しい仕事が決まったとする。しかし、大抵の仕事は自分の周りに他の人間がたくさんいるだろう。そんな状況で呼吸困難に陥ったら……。

「……」

 お先真っ暗だ。今僕がいる『株式会社 パオパオ機械』は自分にとって、とても都合のいい職場環境だったのだ。ほどよく回りに誰もいない環境ができ、オチンチンを出せた。そんな都合いい職場なんて、他にあるのかよ!

 ない…、そんなんあるわけないよ。

 もういい。ヤケクソだ。最後なんだから、ここでまたオチンチンを出しておこう。きっと二十年ぐらい経てば、青春のいい思い出に変わってくれるさ。

 僕はまたチャックを開け、オチンチンを開放した。

 会社内で今日一日、三回も出す。朝出掛ける前に出したのを合わせたら四回目だ。ちょっとこれは出し過ぎなんじゃないのか? いいんだ、別に。クビになるんだよ、クビに。だからいいじゃん。

「ほ、本田さん……」

「えっ!」

 振り向くとそこには事務員の田西あけみが、いつの間にか立っていた。

 

 穴があったら入りたい。

 顔から火が出る。

 そんな言葉がピッタリくる。

 会社の中で三回もオチンチンを出した僕。それを三回とも目撃してしまった田西あけみ。ああ、何てこったい、セニョリータ……。

 何故ゆえに君はそんな場所にいたんだい? そのタイミング現れるなんて、あり得なさ過ぎじゃないの?

 心の中でいくらそう叫んでも、目の前にいる彼女には届かない。

「本田さん……」

「……」

 いくらそう話し掛けたって、何て返事を返せばいいやら。

「本田さんって、変態だったの?」

「ち、違いますよっ!」

 とりあえず否定をしたが、誰がどう見ても変態に見られるだろうな。

「だって……」

「だって何ですか?」

 さり気なくオチンチンをしまいながら、僕は強気に言ってみる。これが精一杯の強がりだった。

「何で会社の中で、そんな行為をしているんですか?」

「え…、いや…、あの……」

 出さないと呼吸困難に陥ってしまうと説明したところで、信じちゃくれないだろうな。

「今日だけで三回も私は見ているんですよ? 何故そんな事を?」

「……」

「何故黙っているんですか?」

「も、もう…、会社のみんなには……」

「私、言ってません」

「へっ?」

「驚いて大きな声を出してしまい、たくさんの人が『どうした?』って来ましたが、本田さんの事はまだ何も言っていません」

 

 

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