岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

お誕生日

2007年02月18日 15時26分04秒 | 2007年執筆小説

お誕生日

2007/02/18~2007/02/23 PM15:00 6日間 原稿用紙枚 17枚


2007/2/23

 ギャグ小説として執筆w

 本当は一日で書けた作品ですね…

 18日「魂の髭」を書き終わり、すぐに本作品を執筆し始めましたが、こんなものを書いていいのだろうか…
 そう思う自分がいました



 今日はとっても大事な僕の彼女の誕生日。

 ルンルン気分でお手手を繋いでデートさ。

 彼女の名前は、貴子。そして僕の名前は、みちる。

 え、女の子みたいな名前だって?ちちち…、分かってないなあ。その辺を分からないと僕みたいな可愛い彼女を作れないよ。

 今日は、貴りんの二十一歳の誕生日。

「ねえ、貴りん」

「な~に、ミッチ~」

「今日は君の誕生日さ」

「だから一緒にいるんでしょ?」

「そうだよ、僕のマイスイートハニー」

「まあ、ミッチ~ったら…」

「何か食べたいものはないかい?」

「う~んとね~」

「何がいいんだい?」

「ダイエットもしてるしな~」

「馬鹿だな~。どんなに太ったって、貴りんは貴りんさ。いつだって素敵だよ」

「嫌だ、ミッチ~ったら…」

「例えばね、松屋に連れていったとしても、一番高い定食に、玉子だってつけちゃうぞ!海苔でもお新香でも持ってきやがれってんだ」

「わあ、男らしい」

「へへん」

 僕の鼻は今、ピノキオのように高くなっているだろう。

 貴りんは、僕のマイベストパートナー。彼女も僕なしでは生きていけないのさ。

「あ…」

「どうしたんだい、貴りん?」

「あれ見て?」

 貴りんの指差す方向を向くと、一軒のステーキハウスがあった。

「貴りんって、お肉好きだったっけ?」

「ううん、普通だけど…。でも、あの壁のところの紙…」

 ステーキハウスのレンガブロック壁の横には、白い模造紙で何やら文字が書いてあった。

「お誕生日の方、大歓迎中」

 模造紙には大きくそう書いてある。大歓迎…。貴りんの喜びそうな言葉だ。

「ねえ、ミッチ~」

「なんだい、貴りん?」

「私、お肉食べたいな~」

「松屋のステーキ定食、ど~んと行っちゃうかい?」

「嫌、私、あれがいい」

 貴りんは、ステーキハウスを見ながら言った。

 まいったなあ…。僕のお財布の中身は、千五百円しかない。

「一応、どんなメニューがあるかだけでも見てみようか?」

「わぁ~い、やっぱり素敵、ミッチ~」

 

 店先のメニューには、ランチタイム限定ステーキセット七百円と書かれていた。これならデザートもついているだろうし、お肉もライスも全部つく。何とかなりそうだ。

 大切な貴りんの笑顔を絶やさせてはいけない。

 男はいつの時代だって、男らしくあるべきだ。

 堂々とステーキハウスのドアを開ける。者ども、僕たちカップルを見るがいい。鼻を高くしながら、優雅に貴りんをエスコートした。

「あ、お客様、勝手に席に座られては困ります」

 そんな混んでいる訳でもないのに、しみったれた店だ。貴りんの記念すべき日に喧嘩をしても仕方がない。僕は普通だったら、こんなガリガリ店員など秒殺だけど、今日のところは勘弁しといてやる事にする。

「じゃあ、早くしてくれないかな」

「他にお待ちのお客様もいらっしゃいますので、順番にご案内申し上げます」

「ふざけるな、今日は貴りんの誕生日なんだぞ!あんなでかい張り紙を出しておいて、それでいてこの接客か?」

 僕は怒りに震えた。

「え、誕生日ですか?」

「そうだよ。この子の誕生日だぞ」

「しょ、少々お待ち下さいませ…」

 いきなり態度を変える店員。奥の厨房へと駆け足で向かって消えた。

 早く席に案内すればいいものを…。

「何だってぇ~!」

 奥の厨房から、でかい声が聞こえてきた。店内の客が一斉に声の方向を見たぐらいである。

「早く席へ案内しろ!」

「はいっ!」

 先ほどのガリガリ店員が出てきた。

「お客様、どうぞこちらへ!」

 先ほどとは打って変わり、ガリガリ店員は妙にハキハキと、元気になっているような気がした。

「あ、どうぞ。お掛けになって下さい。あ、違います!そちらの誕生日の女性の方、あ、そうです、そうです。はい、お掛け下さい。あ、少々お待ち下さい」

 やたら「あ」が話す前につく店員だ。まあ、僕の彼女、貴りんを大切に扱ってくれるので文句はないが…。

 ガリガリ店員は焦ったように、また厨房へ消えた。

「誕生日なんだろ?」

「はい!」

「よし、じゃあ、あれ買ってこい!」

「あれって…」

「あれだよ、あれ!」

「あ、あれですか!」

「そうそう!」

 厨房の料理長の声だろうか。ハッキリ言って、ホールに丸聞こえだ。

 店内の客は、僕らカップルをチラチラ見ている。あんまりにもナイスカップルなので、きっと羨ましいのであろう。

 

 そういえば、まだオーダーを頼んでいない。

 ホール内の店員は、あのガリガリ店員のみらしい。他には見当たらない。

「何かあったのかな、このお店…」

 貴りんが心配そうな顔で僕に聞いてくる。よし、僕がその不安を打ち消してあげるよ。腕の見せ所だ。

「ランチ時っていうのは、元々忙しい時間帯でしょ?」

「うん」

「だから、材料が何か足りなくなって、急いで買出しに行ったんじゃないかな」

「すっごい~、ミッチ~!あったま冴えてる~」

「えへへ」

 その時、ガリガリ店員が、悲壮感漂わせる表情をしながら店に飛び込んできた。彼に店内の視線は集中している。そんな事お構いなしにガリガリ君は、両膝に手をついて大袈裟に、「はぁはぁ」と呼吸の出し入れをしていた。

 僕は店員の持つ、紙袋に注目していた。何とかコーナーと書いてあるような…。

「はぁ…、はぁ…。お、お待たせしました…」

 紙袋へ無造作に手を入れながら、ガリガリは僕らのテーブルへ向かってくる。一体、中には何が入っているのであろう。

「おいっ、馬鹿野郎!何やってんだ!」

 奥の厨房から、ついに料理長が少しだけホールに顔を出し、怒鳴っていた。体格は、図太い野武士のような声のイメージ通り、太っちょである。

「あ、すいません!」

 慌ててガリガリ君は、厨房へ引っ込んだ。

「入り口から入ってくる馬鹿いるか!」

「あ、すいません!」

「何のあれを買ったんだ?」

「あ、チョチョチョ…、チョコレートです」

「よし、誕生日っていえば、チョコレートケーキだからな」

「そうっすね」

「よし、うまくこの高かった皿に、うまそうに盛り付けろ!」

 どうやらこの店は、貴りんの為にわざわざ他店まで行って、ケーキを買ってきたらしい。

 

 貴りんは、声が聞こえていないのか、店のメニューを見てワクワクしていた。

 ガリガリの店員が、ケーキの皿を運んでくる。

「あ、どうぞ。お待たせしました」

 テーブルの上に出されるチョコレートケーキ。何故か、貴りんの分しかない。

「あ、あの~…、僕の分は?」

「すいません、ケーキは誕生日の方のみですので…」

「何だって!」

「当店の決まりとなっています」

 ふざけやがって…。

 怒る僕などまったく気にせず、店員は行ってしまった。

「……!」

 危なく大声を出すところだった。貴りんが何気なく見ているメニュー。彼女はとんでもないページを開いていた。

「サーロインステーキ 二百グラム 二千九百円」

「フィレステーキ 百六十グラム 二千五百円」

 僕の財布の現状で、こんなものを頼まれたらバブル崩壊だ。考えるんだ、みちる…。僕は必死に自分へ訴えた。

「た、貴りん…」

「な~に、ミッチ~?」

「いや、あのさ…。ぼ、僕にもメニュー見せてほしいな…」

「あ、ごめ~ん」

 僕の陰謀など知らずに、笑顔でメニューを手渡す貴りん。本当にごめんよ…。心の中で懺悔した。

 おいしそうにチョコレートケーキへむしゃぶりつく彼女は、まだ注文してない事を忘れている様子である。これはチャンスだ。今しかない。

「へい!」

 僕は右腕を宙に上げ、中指と親指でパチンと音を鳴らす。遠くで見ていたガリガリ店員は、その合図を見抜き近づいてきた。

「すいません…。これ、二つ!」

 一番安いランチタイム限定ステーキセットを指で差しながら頼む。貴りんには見えないよう懸命に心掛けた。これなら二人で千四百円。ギリギリ男の面目を保てる。

「え、ミッチ~…。わた…」

 貴りんがケーキを口の端につけたまま、何か訴えるような表情で口を開く。

「以上、それで…」

 とりあえず聞こえなかったふりをするしかない。

「あの~、焼き方はいかがなされますか?」

 はよ向こう行けや、ガリンチョめ…。僕は心の中で必死に叫んでいた。

「な、生焼き…」

「はぁ?」

 それで察しろや、ボケナスが…。

「そ、そんな焼かなくていいですよ」

「レアでよろしいですね?」

「ええ、それでいいですから、早く…」

「か、かしこまりました」

 願いが通じたのか、うまい具合にガリガリ君はテーブルから離れた。

 ふ~、これでよしと…。僕はゆっくり余裕たっぷりの笑顔で貴りんを見る。

「どうかしたのかい、貴りん?」

「私、サーロインステーキ頼みたかったのに…」

 このクソアマが…。思わず歯軋りをしたくなる自分がいた。そんなもんを頼まれたら、僕は一貫の終わりである。いや、年貢の納め時になるのだ。

「だ、大丈夫だよ…。サーロインなんかよりも、負けず劣らずの素晴らしいデリ~シャスステーキを頼んだからね。食べたらトレビア~ンって唸っちゃうよ」

「ほんと?」

「ああ、本当だとも。大船に乗ったつもりで任せておきなって!」

「わぁ~い、格好いい!」

 あとは出てくるランチ限定ステーキが、どのくらいの代物かというだけである。

 

 食事を待つ間、貴りんはあっという間にチョコレートケーキを平らげてしまった。

 不二家のペコちゃんみたいに、舌をペロリと出し、口の周りを舐め回す貴りん。なんて可憐なのだろうか。僕の体中の細胞は、大喜びで毛穴から歓喜の声を上げている。

「おいしかったぁ~」

「そ、そう…」

 一口ぐらい僕にくれたっていいのに…。そう思っても、僕は絶対にそんな事、口には出さない。時には無口ぐらいが、ちょうどいい時だってあるのさ…。

「私、今日で、もう三十二歳になっちゃったんだね」

 貴りんは年齢を気にしたのか、途端に顔が曇り空になる。

「馬鹿だな、いい女っていうのは、何歳になったって、いい女なんだよ」

「ミッチ~…」

 彼女は、僕の甘い囁き声でメロメロさ。もう、ひと捻りで完全にノックダウン。それからの事を想像すると、僕の股間は激しく膨れ上がり利かん坊になる。

 甘いムードのある空間をステーキのジュージューと焼けた音がこじ開けてくる。

「お待ちどうさまでした」

 テーブルの上に置かれる限定ステーキ。うん、これなら見た目も悪くない。貴りんは、目の前のお肉に釘付けだ。僕も口の中は涎でいっぱいだった。

 付け合せのサラダ、ライスが出されると限定セットは終わりみたいである。

「あ、おいしぃ~」

「うん、おいしぃ~ね~」

 なかなか値段の割にいける。僕も貴りんも大満足だった。

 その時、店内がざわめきだした。

 ガリガリ店員が、ギターを肩に掛けながら、ホールに出てきたからだ。視線は僕らのほうを向いている。嫌な予感が…。

 ガリガリ君は予想通り、僕らのテーブルまで来ると、一礼してから話し出した。

「本日は当店にお越しくださって、まことにありがとうございます。今日はそちらのお客さまが誕生日という事なので、これから語り弾きを行います」

「え……」

 そう言い出すと、ガリガリ君はギターを適当にポロンと鳴らしながら、歌を唄いだした。

「はぁっぴば~すでぇ~ぃ~…、つ~ゆ~…」

「おい、やめろ!」

「はぁっぴば~すでぇ~ぃ~…、つ~ゆ~…」

 ガリガリ野郎はすっかり自分の世界に入り込んで、目を閉じながら唄っていた。

「やめろ~っ!」

「はぁっぴば~すでぇ~ぃ、でぃあ、お客さま~」

「……」

「はぁっぴば~すでぇ~ぃ~…、つ~ゆ~…」

 ダサいギターの演奏が、最後にポロロンと音を立てて終わる。その瞬間、貴りんは大袈裟なジェスチャーで大きな拍手をしていた。

「こんな素敵なバースデー初めて…」

 目をウルウルさせながら喜ぶ貴りん。僕はそのひと言で、とても幸せな気分に包まれた。

 店内では貴りんの拍手だけが、一人寂しく木霊していた。

 

                        おわり

 

題名「お誕生日」

作者 岩上智一郎

二千七年二月十八日~二千七年二月二十三日

原稿用紙 十七枚分

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 新宿プレリュード | トップ | その先に見えるもの »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

2007年執筆小説」カテゴリの最新記事