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岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 294(マゲとお散歩編)

2025年08月14日 02時22分24秒 | 闇シリーズ

2025/08/14 thu

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仕事を終え、マンションへ帰ると鳥の世話を済ませてからゆっくり風呂へ浸かる。

今日はマゲを連れて一緒に散歩。

その為の休みである。

いや、少し違うな。

マゲをけいこに見せに行きたいのだ。

写真や動画を見せるのと、実物を見せるのではまったく別物だ。

夜に備えて睡眠をしっかり取っておこう。

ウトウトとし掛けた時、携帯電話が鳴った。

従業員の入江から。

店で何かあったのだろうか?

「はい、もしもし」

「あ、岩ちゃん、寝ているところ、ごめんね」

「どうかしましたか?」

「うーん、岩ちゃんには申し訳なかとね。店辞めよう思うちょる」

「え、辞める? 入江さんが?」

「うん、申し訳ないんやけどね……」

「今、店ですよね? とりあえず今から着替えてすぐ行きますから」

あのマイペースでおっとりした入江が突然辞めると言い出すなんて、一体何があったのだろう?

入江が抜けると早番のシフトが機能しなくなる。

俺は急いで着替えを済ませ、駆け足で店まで向かう。

店内に入ると客は誰もいない。

「入江さん、いきなり辞めるなんて何があったんですか?」

「うーん、あんね…、村本っちゅう人おるやろ」

村本…、先日店に来た太々しい態度の奴か。

「うん、それが何か?」

「さっき突然店に来て、いきなり競馬のテレビつけろって。ワイ、そんなんやり方知らんちゃよ。だからリモコン持ったままモタモタしていたら、殺すぞって何度も脅されて…。あんなんいたら怖いし嫌やわ…。時給千円でも岩ちゃんも同じ条件で文句も言わずやっちょるから、ワイも我慢しちょったけど、あんなん来るようになったら辞めたくなったんや」

あの野郎…、入江にそんな訳分からない事でキチガイみたいにまた怒り狂ったのか。

まだ一度しか会っていないが、はなっから気に食わない奴だった。

目にもの見せてくれる……。

「入江さん、気持ちは本当に分かる。でもさ、いきなり辞めるってなっても、店が困るのも分かるでしょ? ちょっとだけ俺に時間ちょうだい! 絶対に何とかするから! もしそれで駄目なら、俺も一緒に辞める。そのぐらいの覚悟でいるから、少しだけ時間をもらっていい?」

「岩ちゃんはいい人やき、岩ちゃんからそんなん頼まれれば嫌やって言えんちゃよ」

「入江さん、ありがとう! 少しだけ時間下さい」

俺は店から一旦出て、外に行く。

新庄へ電話を掛けた。

「あれ、どうかしましたか、店長」

「あ、新庄さん…、少し込み入った大事な話があります。お時間いいでしょうか?」

「言って下さい。何があったんですか?」

俺は先ほど聞いた入江が村本に受けた一連の騒ぎをすべて正直に話した。

そして先日も店に来て、かなり横暴な対応を自分にしてきた事まで伝える。

「新庄さん…、入江は村本のせいで嫌になり、店を辞めるとまで言ってきています。元々は木村が週に三回しか出られないと中途半端なシフトを言ってきたから、無理言って入江にしても岡部さんにしてもあんなシフトを出てもらっているんですね? これで入江が辞めるようなら、もう俺は都合良く人をまた用意なんて無理です。それに店とは関係ない村本が、そこまでしゃしゃり出てくるようなら、自分も他の職場を探そうと思います」

「店長、ご迷惑を掛けて申し訳ないです…。少しだけお時間もらっていいですか? 絶対に何とかしますんで!」

強い口調で話す新庄。

俺は素直に受け取り「分かりました」と答えた。

せっかくの休みが村本のせいで面倒臭い事になってしまった。

 

入江も店で一人いるのは心細いだろう。

電話を終えると、店へ戻り入江の傍にいるようにした。

「岩ちゃん、何を話したん?」

正直に全部伝えた。

そして現在新庄が動いている事。

村本をこっ酷く怒っているだろうと想定して話す。

「だってあれもヤクザやろ? そんな岩ちゃんの言う通り行くんかのう?」

「あくまでも俺の予想なんだけど、きっと胸がスッとするような結果になると思いますよ」

「あとで怖い思いすんの、ワイは嫌やで?」

「それは無いから大丈夫ですって」

新庄があのように言って動いてくれた。

これからどうなるのか、ある程度確信に近い何かを感じている。

良くなる事はあっても、これ以上事態が悪化する事だけはないはず。

「岩ちゃん寝ちょるのに起こしてしまってすまんちゃね。しかも今日休みなんに」

「何水臭い事言ってんですか。入江さんとはエイト時代からの仲だけど、仕事終わってから一緒に酒飲んだり、横浜だって来てくれたし、何だかんだ俺たちは仲良くやって来たじゃないですか。その入江さんが理不尽な目に遭うなんて、黙っていられないですから。逆に我慢しないでちゃんと言ってくれて良かったですよ」

誠心誠意正直に心から思った事を伝えた。

村本の横暴がヤクザだからといって当たり前にまかり通る店ならば、俺も一緒に辞める。

この言葉に嘘はない。

新庄から電話が入る。

「店長、今どちらにいますか?」

「今は店です。入江さんの一件で心配だったものでして」

「近くにいるんで、自分も顔を出します。少しだけ待っててもらっていいですか?」

「ええ、構いません」

入江はどうなるのか不安でまだソワソワしている。

「大丈夫ですって。入江さん一人で不安にさせたくないから、俺もここにいるんですから。安心して下さい」

インターホンが鳴り、新庄が到着した。

俺がドアを開け、中へ招き入れる。

「入江さん、すみませんでしたね」

「え…、いや…、あの……」

「村本はどうしたんですか?」

俺が間に入る。

「あいつ、ヤクザ者でも無いくせに勘違いしてんですよ。だからさっき呼び出してキッチリ図に乗ってんじゃねえと脅しておきました。それとこの店に一切おまえは立ち入るなとも言っておきましたんで。なので入江さん、辞めずにどうか続ける事できないですか?」

迅速な新庄の行動には頭が下がる。

それにしても村本の奴、ヤクザ者でもなかったのか。

荻と同タイプの人間。

ヤクザ者に癒着して虎の威を借りる狐状態。

男として非常に情けない。

入江はしばらく考えていた。

ここは俺も彼に辞められては困る。

新庄まで動かして村本を排除したのだ。

俺が背中を押す必要がある。

「入江さん…、本当ね、嫌な思いさせちゃってすみませんでした。でも、こうして新庄さんも動いてくれたし、今後ああいう目に遭う事は無いから、一緒にまた頑張れませんか?」

「う…、うん。岩ちゃんがそこまで言うなら、もうちょっと頑張ってみるけん」

俺と新庄は目を見合わせ、軽く頷く。

「じゃあ自分はまだ用事の途中だったんで、そろそろ行きますね。店長、休みなのにわざわざすみません」

新庄が出て行くと、入江は力が抜けたように椅子にへたり込む。

「ほんとごめんね、入江さん」

「いやー、岩ちゃん、強いのー」

「入江さんを誘ったのは俺。当然の事をしたまでです」

とりあえず一件落着でいいのかな?

俺はタバコを吸ってから店をあとにした。

 

村本と入江というイレギュラーがあったものの、夜までゆっくり睡眠を取る。

マゲをスナップキャリーに入れ、中へ粟の穂を置く。

途中お腹が減っても大丈夫なように。

それと水差しも籠につけた。

これからマゲとお散歩に行こう。

まずは籠を持ちながら歌舞伎町を練り歩く。

俺も今まで鳥を連れた人間をこの街で見た事が無かった。

ひょっとしたら俺が初かもしれない。

中川の豚小屋へ寄る。

客も従業員も一斉にこっちを眺めてきた。

「いらっしゃい、岩上さん」

「中さん、ウイスキーのロックに、カルピスサワー下さい」

「はい、喜んで」

「ペットの鳥連れて来ちゃいましたけど、大丈夫ですか?」

「岩上さんの家族連れてきて、何が悪いんですか」

「あえいがとうございます。ついでに中さんや他の従業員も一杯ずつどうぞ。それと俺とマゲを一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」

マゲとお散歩デートの写真を撮ってもらう。

厳密に言えば俺もマゲも男だから、デートという表現はそぐわないか……。

俺の代わりに出ている木村へ電話を入れる。

「何か変わった事はない? 大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。ゆっくり休んで下さい」

「これまでの入客と店の回銭は?」

「入客十二名で、回銭は…、えーと…、十七万七千円です」

「木村のデズラは取ったの?」

「いえ、まだです」

「じゃあ給料引いたら、今のところ上りが六万五千円ってとこか」

「そうなりますね」

「何かあったら連絡ちょうだいね、よろしく」

電話を切ると、マゲの入っているスナップキャリーに群がる女性客二名がいた。

「凄い小っちゃい! ほんと可愛いですね」

「ありがとう。マゲって言うんだ」

飲み屋の水商売風の女二人は、マゲを見ながらずっと笑っている。

一人は日焼けサロンへ通っているのか小麦色の肌の金髪。

もう一人はその辺のスナックにどこでもいそうな感じの女。

「この子、真由美って言って、風林会館の奥の飲み屋で間借りして、週に二回だっけ? スナックやってんですよ。岩上さんも機会ある時顔出してやって下さいよ」

中川が声を掛けてくる。

「俺、基本夜仕事だから中々行けないけど、機会あればいいですよ」

「よろしくお願いしまーす」

「何曜日にやっているの? 時間帯は?」

「えっとー、まず今日と、木曜日ですね」

「え、今日ってもう夜の十一時回ってるじゃん?」

「間借りなんで、夜十二時から朝方までの営業なんですよ」

「ふーん、今日はちょっとこのあと寄るところあるからさ、今度機会あったら寄るね」

「良かったら、連絡先交換してくれませんか?」

「ああ、構わないよ」

「岩上さん…、でいいんですね?」

「うん、君は真由美ね」

中々性格が良さそうな子だ。

ただ俺は、せっかくの貴重な休みをけいこの為に使いたい。

歌舞伎町を歩いていたから豚小屋へ来てしまったが、本来なら真っ先にけいこの元へ行きたいのだ。

俺は真由美と金髪女へ一杯ずつご馳走してやってからチェックを済ませ、ゴールデン街目掛けてマゲと向かった。

 

小さな鳥籠のスナップキャリーを持ちながら歩く俺に、注目する通行人は多い。

ジャッキーチェンの酔拳で、確か鳥籠を持って歩く中国人のシーンがあったよな。

結局ジャッキーにやられる役だったけど……。

どうでもいい事を考えながら強飲へ到着する。

「あ、いらっしゃーい、岩上さん!」

あえてけいことは目を合わせず、カウンターの上に籠を置く。

「何ですか、この子はー?」

マゲへ夢中になるけいこ。

「先にグレンリベットくれよ」

「あ、ごめんなさーい。すぐ作りまする!」

この声を生で聞きたかった。

けいこがボトルを手に取りグラスへ注いでいる間、ずっと横顔を眺める。

マゲたちに加えけいこまで一緒にいたら、どれだけ幸せだろうか……。

「お待たせしましたー、どうぞ」

「おまえも飲みな」

「ありがとうございまする」

店内はまだ二十歳そこそこのサラリーマン風の男と俺だけ。

マゲは中にある粟の穂を懸命に突いていた。

「あ、岩上さん、そちらの彼、群馬から仕事で状況してきたばかりなんですよ」

「はじめまして、よろしくお願いします。牧村と言います」

礼儀正しく頭を下げるサラリーマンの牧村。

「この方は小説で本も出していて、格闘家でもあり、ピアノも弾いて…、整体もやって…、あと肩書なんでしたっけ?」

「そんな紹介しないでいいよ。今は何でもないんだから」

「あのー、お名前聞いてもいいですか?」

「俺は岩上だよ」

「下のお名前もいいでしょうか?」

「智一郎」

牧田は携帯電話で検索をし出し、俺の名前を見つけると一人で興奮している。

「やっぱり都会は違いますね! こんな有名な方とお知り合いになれたり……」

「ちょっと待て。別に俺は有名でも何でも無いから。勘違いしないで。確かに過去、中途半端にそういう事はやったけど、それで飯を食えていないからね。でもこんな俺に対してリスペクトしてくれて、素直に嬉しいよ、ありがとう。けいこ、この子に一杯俺からご馳走してやって」

「え、ありがとうございます。じゃあ自分も返杯を……」

「馬鹿野郎。君は今何歳よ?」

「まだ二十二歳です」

「俺は四十三歳な。年齢だけで言えば、二十歳以上も開きある訳ね。君は初対面なのに敬語を使い、俺を立ててくれている。俺は君に何も世話なんてしちゃいないのにね。それってね、君の好意なんだよ。それを俺が図に乗って、ふんぞり返っていちゃ駄目なのね。せめてこの場で年上らしい事をしてあげる…。つまり君に酒をご馳走するくらいしかないだろ?」

「勉強になります!」

「君が俺くらいの年齢になった時、余裕があったら若い世代に同じようにしてやれば、それでいいと思うよ。俺は若い頃、先輩たちにそう教わりご馳走になってきた」

これは常々思っている事で、できる限り実践はしている。

ただけいこの前で、さり気なく格好をつける事ができたのは良かった。

何杯か飲んでいる内に強飲は満席状態になる。

できればけいこの顔を見ていたかったが、ここは潔く気遣い引くのもいいだろう。

俺は会計を済ませ、歌舞伎町へと向かった。

 

格好つけて強飲を出たはいいが、少々飲み足りない。

さっき豚小屋は行ったし、あと顔の利く店はと……。

丸田の女のスナックは高過ぎるから嫌だし、あの組織とは関わりになりたくない。

「……」

誘う人間もいなければ、行きつけの店も行き尽くした。

待てよ…、先ほどあった真由美。

彼女のスナックが十二時から今日はやっていると言っていたよな。

「マゲ、もう一軒付き合ってね」

風林会館の裏手にある密集した飲み屋ビルの一階。

入って探すも、数が多過ぎてどの店だか分からない。

真由美へ連絡してみる。

「ほんとに来てくれたんですか! 今からすぐ迎えに行きます!」

タバコに火をつけて吸い終わらない内に、真由美は目の前に現れた。

基本スペックがすべて地味。

ブスでも可愛い訳でもない。

ただこれまでの環境で店を中途半端な時間帯に間借りして、週に二回だけスナック経営をするだけの女。

ただ俺から見て、一生懸命さだけは伝わってくる。

彼女なりに何とか現状を打破しようと必死なのだ。

案の定真由美の店へ行くと、俺以外客は誰もいない。

「岩上さん、お一人でいらしてくれたんですね」

「一人じゃない。相棒もいる」

マゲのスナップキャリーをテーブルの上に置く。

「あー、マゲちゃんもだー」

「それにしても見事なまでに暇な店だな」

「週に二回しかやらないから、全然顧客もいなくて…。あ、岩上さん、何を飲まれます?」

近くの酒屋が連絡すれば、迅速に酒を持ってきてくれるシステム。

せっかくなのでグレンリベットのボトルを頼む。

「それとさ、もし空いている小さなグラスあったら、水を入れてもらってもいい?」

「ん? チェイサーですか?」

「いやいや、マゲ用の水浴び用に」

不思議そうな表情でグラスに水を入れる真由美。

鳥籠の中へ入れると、早速マゲの水浴びが始まる。

パシャパシャと羽を広げながら、何度も水の中を出入りするマゲ。

「うわー、何ー、この子。凄い可愛いー」

朝五時くらいまで飲んでいたが、客は俺しか来なかった。

「真由美、店何時までやってんのよ?」

「ん-…、夜の十二時から朝は適当な感じかな?」

「俺しかいないじゃん。悪いからそろそろ帰るよ」

「うーんと…、お会計九千円になります」

「おい、ちょっと待て! ウイスキーのボトル入れて、こんな時間まで飲んで、おまえに何杯のご馳走して、その料金設定はおかしいだろ」

「うちはこんなもんですよ」

まるで狡いところがない天然な性格の真由美。

俺は財布から二万円を取り出し「これぐらいは最低でも取っとけ」と金にそんな余裕もないのに格好をつけた。

帰り道、ついつい見栄を張ってしまうこの性格を恨めしく思う。

けいこの顔も見れたし、マゲとも散歩ができた。

良心的な真由美の店も知る事ができた。

一度はあの時人生を諦め掛け、またこうして動き出した俺。

先の事なんて、今はまだ何も考えられない。

今はただ日々の生活を持続だけできれば、多くは望まない。

すべては時流の流れに沿って。

せめて休みの日ぐらいは、こうして面白おかしく過ごせれば、今はそれでいいだろう。

 

また仕事漬けの日々が始まる。

節約しながら自炊して、余ったもので弁当を作った。

銀鮭かま焼き、照り焼きハンバーグ、カレーコロッケ、たこさんウインナー、フライドポテト、野菜炒め、ゴボウサラダ、辛子明太子、しば漬け、海苔弁当。

待てよ…、節制の為とか思いながらいつも料理を作っているが、近場でササッと食事を済ませたほうが安く済んでいるのでは?

まあ生活さえ成り立っていれば、細かい事は気にしないでもいいか。

またこうして料理をするようになった自分。

安い給料ながらも、この生活のリズムは嫌いじゃなかった。

店で客を対応をして、最後まで残っていた木田が帰る。

夜中の時点でノーゲストになると、このまま朝まで暇なケースが多い。

〆や印刷物を作るというのは表面的な理由であり、暇を潰せるようにノートパソコンを持ち込んでいる。

ただいかんせんインターネット回線も何も無い。

中に入れていたゲームをしながら過ごすも、長時間だと飽きが来た。

昔のように小説を書いていた時期だったら、いくらだって執筆できたのにな……。

本当まったく小説を書かなくなってしまった俺。

しょうがないよな。

尻切れトンボで終わったにせよ、やるだけはやってみた。

それで飯が食えないんじゃ、意味が無いのだ。

もうこのまま書かないで終わるのだろうか?

自分でも分からなかった。

多分今でも書こうと思えば作品は作れる。

しかし、今の感覚では魂を文章に乗せる事は無理だと感じていた。

暇だな……。

スマートホンを使い、インターネットで適当なページを眺める。

ちょっとした疑問が沸き出てくる。

最近の若い女って、何故口を尖らせたアヒル口と言うのだろうか…、そんな表情で自分の写真を撮るのだろう?

アヒル口を作り自分自身を撮ってみた。

その写真をフェイスブックに投稿してみる。

 


二千十五年三月二十五日

最近の若い女の子で、こういう口して写真撮っているの多いけど、何がしたいの?

誰か教えて。


 

暇人ここに極まる……。

何馬鹿な事をしているのだろう。

まあインカジ新宿クレッシェンド時代に比べれば、随分心に余裕だけはできている証拠か。

それにしてもこの先どう生きて行くのか?

何の目標も無くなってしまった俺。

難しく考え過ぎか。

右手の中指を眺める。

うん、あれから指先が冷たくなるような異常はまるでない。

あの時は精神的支障によるものだったのか?

医者じゃないんだから、いくら考えたところで分かるはずもない。

神経を病むぐらいなら、物事なんて深く考えない事だ。

こうしてゲーム屋で働き少額の金を稼ぎ、休みの日はけいこの顔を見に行く。

今はそれでいいじゃないか。

 

仕事を終え鳥の世話をする。

風呂に入って寝る。

起きてから料理をする。

いつものルーティン。

さて、今日は何を作るか。

人参やじゃが芋を使わないと、そろそろ痛むかもしれない。

カレー…、いや、今回はビーフシチューでも作るか。

常備買い揃えてある玉ねぎも沢山使い、鍋に野菜と牛肉を炒める。

十二分に火が通ったらトマトホルダーの缶詰を入れ、赤ワインも注ぐ。

ブイヨンなどを中心に調味料で味付け。

最後に市販のシチューの素を入れてよく溶かす。

何故最後だけいつも手抜きするのか自分でも不思議だ。

ビーフシチューを作り、味見してみた。

うん、まあ及第点だ。

そうなると当然本日のお弁当はこれを使ったものになる。

ビーフシチュー、レタスのコールスロー、ゆで卵、インゲンとコーンのバター炒めの弁当。

ヤクザ連中がこれを見たら、きっと喜ぶだろう。

三個の弁当を持って出勤。

大倉斉藤コンビ辺りいるかと思ったら、予想に反して店にいたのはヤスだった。

この店を紹介してもらった手前もあるのでそう邪険にはできないが、収支が少しでも上がったら即辞めのガジり客なので正直来なくていい客ではある。

「また料理作ってきたんですか? 今日は何ですか?」

「ビーフシチュー」

「うわー、美味そうだ。あ、先日の料理…、あのハンバーグの大きいやつです。あれ、一人じゃ食べきれなかったんで、上の三階の丸さんの店で一緒に食べたんですよ。美味しかったです。ありがとうございました」

こんな奴でも料理を褒められるのは悪い気がしない。

「ヤスさん、一つ食べる?」

「え、いいんすか? ありがとうございます!」

思っている事と行動が反比例な俺。

「その代わり今度このうちに客連れてきて下さいよ」

「分かりました。声は掛けているんですけどね」

「頼みますよ」

結局ヤスは勝ち確定のあと、ゲームも打たずに朝までずっと喋り続けていた。

相変わらずウザい奴ではあるが、入客数がまだ欲しい俺にとって、まだまだ客を連れて来てほしい思いもある。

朝十時に岡部さんが出勤して交代すると、ヤスは俺のあとをついてきた。

「岩上さんの新宿クレッシェンドの跡地。別のインカジになりましたよ」

「ふーん、そうなんだ」

悪夢以外の何物でもなかった新宿クレッシェンド。

あの忌々しい店も本当に無くなったのか。

「気になりませんか?」

「まあ少しは…。どういう店になったんだろうってくらいの興味は」

「自分紹介するんで、ちょっと寄りませんか?」

投げやりになって店の最後関わり合いにならなかった。

ヤスの言うようにあの中がどうなったのか、少しだけ気にはなる。

「二万くらいなら、ちょっとやってってもいいか……」

「いやいや、岩上さん…。三万INじゃないと、自分に紹介料三千円入って来ないんですよ」

「……」

「ですから最初に三万入れて、途中で一万円OUTするのは構わないので、それでどうでしょうか?」

結局ヤスが朝まで店にへばりついて俺のあとをついてきたというのは、これが目的。

たかが三千円もらうのに彼は真剣に…、必死に獲物を逃がさない。

こういった部分がガジり屋って陰で呼ばれるんだよな……。

まあ帰り道平和通りをちょうど歩いていたので、新しくなったインカジ『セカンドフロアー』へヤスの紹介で入ってみる。

 

二階にある店だからセカンドフロアー。

中々洒落た店名だ。

店内は本当に同じ店なのかと思うほどの変貌ぶりで、内装に相当金を掛けたのだろう。

各席はすべてパテーションの壁で区切られ全個室になっている。

色合いは基本的に白ベースの壁で統一され、清潔感溢れる造りになっていた。

「あ、斉木さん、今日紹介するのは小説で本を出されている作家さんを連れて来たんですよ」

裏稼業でその紹介いるのか、この馬鹿……。

ヤスは得意げに俺の事をペラペラと店員へ話している。

「岩上さんはプロのリングにも立ち、戦っていた人なんですよ」

本当に頼むからやめてほしい……。

俺はヤスの腕をつねり上げた。

「いっ、痛っ! 何すんですか?」

「俺の事はいいから…。早く誓約書書いて打って帰るよ」

このままだとつい先日までこの店をやっていた人間ですくらい言いそうだ。

ちょっと中の様子を見に来ただけで、恥の上塗りはごめんである。

斉木と呼ばれている人間が個室へ案内してくれた。

ヤスとのペア席じゃなくて良かった。

俺はバカラを開き、三つの画面を出し一万円ずつプレイヤーへ賭ける。

「……」

バンカー、プレイヤー、バンカーで残りクレジット百ドル。

ポーカーを開き、賭け金千円ずつで回す。

「……」

二回小役が揃いダブルアップするも一回目で負け。

一瞬で三万円が溶けた。

俺はそのままを席を立ち歩き出すと、斉木が「お帰りでしょうか?」と聞いてくる。

「またゆっくり来させて頂きますよ」

入口まで来た時背後から「岩上さん、もう溶けたんですか?」とヤスの声が聞こえたが、無視してセカンドフロアーを出た。

帰り道スーパーへ寄り買い物中、豚肉が安く売っていたので購入。

包丁で一枚ずつ切り分け、卵と小麦粉を少量の水で溶き肉を漬ける。

パン粉をまんべんなく付けてから油で揚げればポークカツレツの完成。

 

『豚肉衣焼きエスカロップ』

2024/10/09 wed豚肉衣焼きエスカロップ先ほどの記事の続きになりますシチュー作ろうとしたら…、なんじゃ、こりゃー…… - 岩上智一郎の作品部屋(小説…

岩上智一郎の部屋

 

残ったビーフシチューを使かい、川越の洋食ビストロ岡田にあったエスカロップを作ってみる。

あの店でエスカロップとは豚肉衣焼きにデミグラスソースという説明だった。

本来のエスカロップの意味合いをインターネットで調べてみる。

本来は北海道根室市のご当地グルメらしい。

トンカツをケチャップライスまたはバターライスに乗せて、デミグラスソースを掛けた洋食料理。

ケチャップライスだとくどくなるので、今回は白米を使用。

まあ昨日のメニューを再利用しただけなので手抜きで作れ、食材を無駄にしないという利点がある。

アクのない葉物の野菜は、常に新鮮なものをマゲたちへ与えるようにしていた。

鳥の餌を変えると真っ先にマゲが食べだす。

後ろでボーっとするナミダに、カメラを構えると逃げ回るベニ。

それでも根気よく撮影していると、ベニが最後にナミダを軽く突く映像が撮れる。

そういえばマゲの彼女を飼う計画が頓挫したままだった。

近い内横浜へ行きたいなあ……。

携帯電話が鳴り、横浜の高橋満治からの連絡が入る。

「お久しぶりです、高橋さん。どうかしましたか?」

「今年も桜が咲き出して、また桜まつりが始まるんですよ。岩上さん、お時間合ったらどうかなと思いましてね」

「お誘い有難いのですが、立場上中々新宿離れる事ができないんですよ。基本夜に仕事ですし」

「ご多忙なところすみません。機会あればまた飲みましょう」

あの人は本当に飲み歩くのが好きだなあ。

まあ横浜のフレンチワイズにしても、高橋満治が紹介してくれなかったら知らない店だった。

彼の連れて行く店当たり外れはあるものの、何一つ知らない当時の俺からすればいい経験をできたし、勉強にもなったのだ。

横浜か……。

またあっちで住みながら生活したいなあ……。

 

エスカロップの弁当を持ちながら出勤。

高木や莉麻がいたので弁当を配った。

「店長、ありがとう! 密かにここへ来ると弁当楽しみにしてんだよね」

食べる姿を見ながら仕事の準備をしていると、木村が急に明日遅番で仕事に入れないかと聞いてくる。

前にも急に言うのはやめろと注意したが、自分本位な性格は中々直らない。

しかし今回は桜まつりというタイミングも合い、ちょうど休みが欲しかったので特に注意する事なくシフトを変わってあげた。

これで明日は横浜の大岡川の桜まつりへ行ける。

 

『闇 246(横浜の桜編)』

2052/06/09 mon2025/07/09 wed前回の章『闇 245(群馬と川越と新宿とポーポ編)』2052/06/07 sta前回の章闇 244(三…

岩上智一郎の部屋

 

業務終了の朝までの時間が待ち遠しかった。

寝ずに昼過ぎぐらいから横浜へ向かう。

久しく行けていない横浜。

半年ぶりになるのかな?

今思えば、横浜って本当食材費とか家賃とか安かった。

新宿は家賃も倍以上、食材費も一・五倍ぐらいしているような気がするのだが。

マグロにしても先日アメ横で中トロ買って寿司作ってみたけど、横浜の時のマグロのほうが美味しかった気がする。

仕事するなら新宿なんだけど、住むなら横浜が理想なんだよな。

現在の職場まで徒歩三分という楽さも中々魅力的ではあるんだけど……。

湘南新宿ラインで横浜駅まで三十分程度で到着。

大岡川だから京急で日ノ出町駅へ行ったほうがいいよな。

横浜から二駅目。

俺は駅を出ると、目の前を道路を渡り川の方向へ進む。

左手には洋食屋のミツワグリル。

何だかとても懐かしく思えた。

長者橋まで行くと、桜と屋台が見えてくる。

うん、何だかんだ右往左往したが、今年もまたここの桜を眺めながら酒を飲む事ができるなんて思いもよらなかった。

橋を渡り終え、右へ曲がる。

今年も川沿いにズラッと並ぶ屋台。

もう春到来なんだなあと感じた。

まだ三分咲きといった大岡川の桜。

あの腐った新宿と比べると、俺はこんないいところで住んでいたのだと当時を振り返る。

一原の誘いなど乗らず、あのまま横浜へいたらどれだけ安定し楽しい生活が送れた事だろう。

過ぎ去った時は絶対に戻らないけど、どこかで俺が成功したら、また横浜へ戻って来たい。

桜を眺めながらのんびり歩く。

一軒の屋台の椅子に、高橋満治が一人で飲んでいる姿が見えた。

「高橋さーん!」

俺は腕を振りながら大声を出した。

 

 

 

闇 295(横浜花見と小1の女の子編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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