洒落たバーの黒い扉を開けると、ピアノの音が聞こえてくる。奥にはピアノが置いてあり、ピアニストがベートーベンの月光を弾いていた。俺にとってはとても懐かしく感じる曲だった。店の中は客もまばらでカウンターには誰も座っていなかった。俺はカウンターに腰掛けると、メニューを手に取り目に通す。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
せっかちなバーテンダーだ。もう少し間というものを心掛けてもらいたいものだが、そんな事よりもとにかく酒が飲みたかった。
「ホワイトレディ。」
ぶっきらぼうにカクテルを注文すると再びピアノの方へ注目する。月光を聞きながら膝の上に右手を置き、曲に合わせて指を動かしてみる。しばらくピアノには触れてなかったが、今でも弾けるんじゃないかと思えるぐらい俺の指はスムーズに動いていた。
「先生、ベートーベンて女にもてなかったでしょ?」
「うーん…、どうなんだろね。確かにベートーベンは生涯独身だったけど…。」
皐月先生との会話が蘇ってくる。俺が小学三年から中学二年生まで通い続けたピアノ教室の先生だ。ベートーベンの月光を習ってる時に、先生に質問をした時の台詞だった。
「でも何で光太郎君はそう感じたの?」
「だって…、月光って曲自体は俺、嫌いじゃないんだけどさー。」
「うん。」
「普通、ピアノを弾く時、右手は主音を奏でて左手は伴奏でしょ?」
「だいたいそうね。」
「それなのに、この月光は左手と右手の親指から薬指までが伴奏で、主音を奏でるのが右手の小指一本だけなんだもん。」
あの頃は美千代に俺のピアノを聞かせたくて、とにかく一生懸命練習したもんだ。
転換させて誤魔化したかった。
「分かったよ。その代わり今日はここに泊めてくれ。いいか?」
「ハナッからそのつもりだよ。でも女をうまく引っ掛けたら、ここじゃなくてホテルに直行だろ?」
「ハ…、何、言ってんだか…。」
「よし、せっかく兄貴がその気になったんだから、すぐに出よう。」
「おいおい、随分とせっかちだな。」
「善は急げって、昔から言うだろ?」
「パーっと繰り出すのの、どこが善なんだか…。」
「難しい事はいいから、行くよ。ほら、早く早く。」
俺は強引に赤崎を街の外に連れ出した。さてと、どこに連れてくとするかな。そういえば千絵のいるヘルス、モーニングぬきっ子に写真しか見てないけど、目茶苦茶いい女がいたよな…。名前何て言ったっけかな。まあ、写真見ればすぐに分かる。あの女を赤崎にあてがったら、機嫌も良くなるんじゃないだろうか。赤崎があんな酷い目に合って落ち込んでなければ、いずれ俺自身が相手してもらおうと思ってたぐらいだ。
「兄貴よー。」
「何だよ?」
「女の事は女じゃないと忘れられないぜ。」
「うるせー。蒸し返すんじゃねーよ。」
この様子じゃ、とりあえず酒でも飲み行って、ある程度、酔わせた方がいいかもしれない。
「よっしゃ、とりあえずキャバクラ行くぞ、キャバクラ。」
「いいよー、別に…。」
「何、恥ずかしがってんだよ。もしかしてキャバクラとか行った事ないの?」
「う、うるせーぞ。キャバクラ行った事あるのが、そんなに偉いのかよ。」
「偉い偉くないじゃなくて、こういうのは勢いで行くもんだ。」
「勢いねー…。」
赤崎は今まで一切そういうところに行かずに、彼女の為に真面目に生きてきたのかもしれない。それをあんな裏切られ方されたら…。
光太郎と歌舞伎町の街へ繰り出す。思い切り泣いたせいか、気持ちはある程度スッキリして落ち着いていた。俺は今まで何の為に生きてきたんだろう。キャバクラはおろか、スナックもクラブも行った事がなかった。唯一あるとすれば、歌舞伎町に働きに来て、初めてファッションヘルスに行ったぐらいだ。スケベ心が騒いで…。でも、それさえもビビってしまい、態度の悪い店の女に怒鳴りつけて、すぐ出てってしまったんだっけ。だから正確にはそのような場所で遊んだという事が俺には全然なかった。いまいち女に対して、どうも気後れしてしまうところがある。幼い頃のお袋からの虐待で心の奥底に、女は恐ろしい生き物だと知らない内に刻み込まれているのかもしれない。
「よっしゃ、行くぞ。」
「何でおまえはそんなに元気なんだよ?」
「何、言ってんだか…。もちろん兄貴を元気付ける為に決まってるだろ。俺と一緒に飲みに行ったら、店の女共にもてるぜ。」
「でもさー、仕事が…。」
「いいじゃねぇかよ、今日ぐらい。思い切って弾けようぜ。な?」
光太郎が俺を気遣ってくれているのが痛いほどよく分かった。わざといつもより陽気に接しようとしてくれている。キャバクラに行くぐらい、まあいいか…。時計を見ると夜の十二時ちょっと前だった。北方に言って、明日は急だけど仕事を休めるか聞いてみるか。
「うちの社長に電話してみるよ。明日休みもらってもいいかって。」
「おう、早くしてくれよ。」
北方の携帯に電話を掛けてみる。待てよ、掛けたはいいが何て言い訳すればいいんだろうか。家庭の事情で…、それは一般的な言い訳過ぎる。色々考えている内に北方が電話に出た。
「夜、遅くにすいません。赤崎です。」
「何だ、こんな時間にどうしただよ?」
「家に帰ってから今まで寝てたのですが、どうも体調が優れなくて…。」
「それで?」
「まことに勝手ですが、明日、お休みもらっても構わないでしょうか?」
「うーん、具合悪いんじゃ、しょうがないな。分かった、じゃー明日は休んでいいぞ。」
「すいません。ありがとうございます。」
「明後日はしっかり朝の七時に来いよ。」
「はい、大丈夫です。それでは失礼します。」
うまく休みが取れた。もし俺が歌舞伎町をうろついている最中に北方とバッタリ鉢合わせになったらまずい。
「光太郎。キャバクラでも何でも付き合うから、早いとこ飲みに行こうぜ。」
「どうしたのよ、急に張り切り出しちゃってさー。」
「具合悪いから明日休むって言っておいて、歌舞伎町をフラフラしてたら変だろ。」
「なるほどね。じゃー、おさわりでも行くか。」
「おさわり?俺、よく飲み屋の種類ってあるけど、明確な違いがいまいち分からないんだよな。」
キャバクラ、スナック、クラブぐらいは聞いた事があるが、おさわりって…。
「そうかそうか。兄貴はそういう系に行った事が全く無いんだったよな。簡単に言うと、焼酎やウイスキーとかのボトルを入れてカウンターやボックス席に座り、店の女が一緒について飲むのがスナック。それに女の指名や時間制…、つまり一時間いくらって金が掛かるようになるのがクラブ。クラブに近いけど、指名や時間制は同じで更に若めの女がいてフリーボトルっていうのが置いてあるのがキャバクラかな。」
「フリーボトル?」
「だからスナックやクラブは自分専用のボトルを入れるようでしょ。だけどキャバクラはわざわざボトルを入れなくてもよくて、ウイスキーでもブランデーでも焼酎でも、店にいる時間内だったら飲み放題なんだよ。」
「じゃー、キャバクラの方が断然得なんじゃないのか?」
「確かにね。だから今、スナックやクラブは閑古鳥が泣いてる店も多いけど、キャバクラは増えてく一方だ。でも決定的に違うのが店にいる女のプロ意識の違いだね。」
「…というと?」
「ママって存在がスナックやクラブにはあるだろ。でもキャバクラには無い。」
「そのいるいないって何か違ってくるのか?」
「まず初めて働く時に水商売の女としてある程度のプロ意識を植え付ける。それと各店によってスタイルや方針、やり方等を管理しているところかな。所詮キャバクラは若い女が金目当てに集まっている素人集団だな。中には金金って割り切ってプロに徹している奴もいるけどね。」
「それじゃー、確率的にはスナックやクラブの方がうまい酒が飲めるって訳だ。」
「そうでもないよ。楽しみ方にそれぞれ個人差ってもんがあるからね。」
「じゃー、何が基準になるんだよ?」
「今の世の中じゃ、キャバクラを求めてる男が比較的多いって事じゃないの。」
「でも素人ばっかりなんだろ?」
「考えてもみろよ。ママがいるって事はそれだけ教育というか躾も厳しい。その分自由が効かない。だいたいスナックで働いて時間給千五百円ぐらいが相場だ。キャバクラは最低時給二千五百円くらいはもらえる。若くて顔のいい女は水商売やるってなったら普通どっちを選ぶと思う?」
「そりゃー、キャバクラだろ。四時間働けば一万円になるし。」
「その通りだ。男にしてみれば可愛くて若い女と一緒いる方がいいと思う奴多いだろ。実際に社会的にもそういう傾向に傾いてきてるしね。」
「社会的ってそりゃ少し大袈裟だろ。」
「全然、大袈裟じゃねぇって。例えば学校の先生が教え子に手を出したという事件だって増えていく一方だし、援助交際とか流行ってきているのも事実だ。」
「テレビとかが少し大袈裟に報道してるから、そう思うんだよ。」
「少なくても年に年に増加している事は確かな事実だ。世の中のオヤジ連中の女の好みがどんどん幼児化しているからだ。」
口ではそう言いながらも、実は俺自身もちょっとは感じている事だった。マロンで見たロリータを六万も出して買った客。あれはこの目で見た現実だった。金で自分の体を売り買いする馬鹿な女。そしてそれを喜んで買う馬鹿な男。もっと女は処女性を…、男はプライドを持って生きて欲しいものである。ふと泉と怜二の事が頭の中をよぎる。真剣に接してきたつもりだって人は平気で裏切ったりもする。弟ですら裏切ったりするのだ…。一体、真実の愛などこの世にあるのだろうか。光太郎は妹の美千代とその関係を築けた。しかし今でも美千代が生きていたとしたら、現状でその恋が同じようにこれたかどうかは分からない。兄と妹の禁じられた恋。誰も賛成はしないだろう。美千代が亡くなったからこそ、美談になってるだけの話に過ぎないのだ。
どこら辺からこの世の中は狂ってきたのだろう。数々の女から金を巻き上げてきた俺が言うのも何だが、明らかに今の日本は狂っている。今まではこの狂った世界を利用して金を稼ごうと思っていた。だが赤崎隼人という人間に会ってから、俺は何故か徐々にまともになってきてるのを感じる。お袋が亡くなってもう入院費を工面する必要がなくなったというのもあるが、あれほど金に対して執着してたのに今はもう何もなかった。
「嫌な世の中になったな…。」
「ああ、ほんと嫌な世の中だぜ。」
「何だかすべて投げ出したくなってきたよ。」
「あらあら…、随分とセンチメンタルになってんじゃん。馬鹿女相手にパーっと行こうぜ。パーっとよ。」
俺は赤崎と一緒にさくら通りを歩く。目についたキャバクラに、赤崎を促がして店内へと入る。中はうるさいロック風の音楽が掛かっていて、ガンガン耳に鳴り響く。
「いらっしゃいませー。御客様は二名様でよろしいですか。」
「ああ、初めてだから可愛い子つけてくれよ。」
「かしこまりました。では御案内致します。」
混み具合はまあまあだった。席に座ってキャバ嬢と話している男どもは、どいつもこいつも鼻の下を伸ばしている。
「お飲み物は何に致しますか?」
「ここってどんな酒置いてある?」
「一応、ウイスキー、ブランデー、焼酎は飲み放題になっておりますが。」
「そうじゃなくてさ、もっといい酒は?」
「こちらがメニューになってますが。」
「ヘネシーのXOちょうだい。」
「かしこまりました、ありがとうございます。」
赤崎はメニューを見直して慌てて、俺に声を掛けてくる。
「おい、光太郎。その酒、三万もすんじゃねーかよ。」
「金ならあるから心配すんなって。」
「そういうことを言ってんじゃなくてな…」
「いらっしゃいませー、奈央でーす。」
「はじめましてかな?ひよりでーす。」
赤崎の台詞をちょうど遮るように、俺たちの席に女が二人来た。二人とも中々いい女だ。以前の俺なら口説いてから、金を引っ張っていただろう。
「二人ともいい男じゃん。女の子にモテモテでしょ?」
「モテル奴がキャバクラにわざわざ来るかよ。」
「またまたー、それが手なんでしょう?」
横目でチラリと赤崎を見ると、楽しそうに飲んでいた。まんざらでもない様子だ。
「寿司とろうよ。兄貴、喰いたいだろ?」
「えー、いいよ。」
「駄目だって。今日は無礼講。派手にいくんだよ。」
俺はでかい寿司を注文した。あっという間にボトルを空けて、ヘネシーXOのボトルを再度入れる。
「ねぇ、私たちのドリンク頼んでもいい?」
「おお、じゃんじゃん頼めよ。兄貴、楽しいか?」
「ああ、こんな面白いところがあるなんて思わなかった。」
「じゃあ、もっと飲んで楽しもうぜ。」
酒を浴びるほど飲んで騒いだ。寿司を頼みボトルも入れて四時間ほどいると、さすがに酔いも回ってきた。赤崎の方を見ると、明らかにろれつが回らなくなるほど酔っ払っている。無理もない。嫌な事が立て続けに起こり過ぎたのだ。今日ぐらい飲んで嫌な事は忘れさせたかった。店の中で派手に金を使いながら遊びまくる俺たちに、女どももどんどん群がってくる。
「おにーさんたちってお金持ちなんだ?」
「そーれもないらよ…。」
「やだー、この人。ろれつがちゃんと回ってないよー。」
「今日、おりはこれれも女に浮気されらのら…。」
「えー、何?」
「兄貴、今、その話題は止めなって。」
「いいんらよ。どーへ俺なんてね…。」
赤崎はこんなに酔ってまでも、まだ傷ついていた。
「何があったのー?」
「ひぶんの女とおとうろが、俺に内緒れ浮気しれたんら。」
「えー、浮気?信じられなーい。そんな事があったんだー。」
「おりはどーせ、馬鹿な男らよ。情けない男らよ。」
「兄貴、そろそろ出ようぜ。」
「何れらよ?」
「いいからさ。な?」
ぐでんぐでんに酔っ払った赤崎を見て、そろそろいい頃合いだと思った。もっといい女をあてがってやりたかった。
「もう少しここにいるらよ。」
「いいから、行くよ。チェックしてくれるかな。」
「はい、十三万四千円になります。」
寿司の出前もボトルも頼まずに普通に遊んでいれば、せいぜい七、八万ぐらいで収まってはいただろうが、一千万以上の持っているので、そんなに気になる額ではなかった。セカンドバックから金を取り出して会計を済ませる。
「ねぇ、良かったら携帯番号教えてよ。今度遊びに行こうよ。ちょータイプなんだもん。いいでしょー?」
帰り道、ひよりが俺の耳元でそっと囁いてくる。しかしもう俺にはどんな甘い囁きも心には届かない。
「悪いな、ねーちゃん。俺、女には困ってないのよ。別の奴、探しな。」
まさかこんな酷い台詞を言われるとは思ってもみなかったという表情をして、ひよりはその場で一瞬固まってた。俺は赤崎に肩を貸しながら、大笑いして店を出て行た。
景色がグルグル回っている。キャバクラ初体験だったが、こんなに楽しいところだとは思ってもみなかった。あの可愛くて綺麗なひよりと奈央の二人と話していると、心が弾み楽しくなってくる。少なくてもその間だけは泉の件を忘れる事が出来た。
かなり飲み過ぎたみたいだ。光太郎の肩を借りないと、まともに歩けなくなっている。それでも気分は爽快だった。こいつに感謝しないとな…。
「大丈夫かよ、兄貴。」
「らいろーふら。」
大丈夫だと言ってるつもりが、ろれつが回っていない。光太郎の顔が二重に見えてくる。
「おいおい、飲み過ぎだよ。しっかりしてくれよ。」
「らいろーふらって。」
急激にゲロが上昇してくる。とても気持ち悪い。俺は光太郎から離れ、道端に座り込み汚物を思い切りぶちまける。苦しい…。
「兄貴…。ったくしょうがねぇなー。」
背中を光太郎がさすってくれているのが分かる。俺は胃の中の物をすべて吐き出した。吐き終わると少しは楽になったみたいだ。
「あーあー…。ゲロまみれじゃねぇかよ。一度部屋に帰って着替えなきゃ。兄貴、ここにいろよ。着替え適当に買ってくるから。聞こえてるか?」
「…」
声を出したくても出せなかった。うっすら目を開けると、俺の服はゲロまみれになっているのが見える。情けない気持ちでいっぱいだった。
「待ってろよな。いいか、すぐに戻ってくるから、そこ動くなよ。」
光太郎の姿がどんどん小さくなっていく。俺は地べたに座り込んだまま、完全にグロッキー状態だ。目を動かす事さえ、億劫になっている。
「うわっ、きったねーなー、こいつ。」
「ゲロまみれじゃん。」
「こんなとこで寝てんじゃねーよ、ボケ。」
俺の前を通り過ぎる奴らが、口々に捨て台詞を吐き掛けていく。悔しいが、俺には何もする事が出来ない。こんな惨めな思いをしてるのも全部、泉と怜二のせいだ。ちくしょう、気持ち悪い…。頭の中がグルグル回転している感じだ。
靖国通り沿いにあるドンキホーテで、適当な服を買う。急いでいるのに店内は客でごったがえしていた。レジは沢山の行列が並んでいる。イライラしながら仕方なく列に並ぶ事にした。買い物を済ませると、さくら通りでダウンしている赤崎の元へダッシュで戻る。
「あ、光ちゃん。」
名前をいきなり呼ばれ、振り返ると歌舞伎町のキャバクラ、ルシアンのナンバーワンキャバ嬢、康子だった。沢山の男を手の平で転がし、世の中を舐めきっている馬鹿な女。
「よう。」
「よう、じゃないわよ。こっちに来てるんなら連絡ぐらいちょうだいよ。」
「今、人と会ってる最中で忙しいんだ。」
「ふーん…、人って他の女でしょ?」
康子の目が少し釣り上がる。別の男連中には平気で裏切れるのに、自分自身そういう目には合うのは我慢ならないらしい。身勝手な女だ。
「男だよ。男。」
「嘘、信じられない。」
「じゃー、ついて来いよ。さくら通りの道端でダウンしてるから。酒の飲み過ぎだ。」
「うん、そうさせてもらうわ。」
康子とセントラル通りからさくら通りに向かうと、赤崎が横たわっていた。相当具合が悪そうだった。少し飲ませ過ぎたかもしれないと反省する。
「ねぇ、ひょっとしてあそこに倒れてる人が知り合い?」
「ああ、少し飲ませ過ぎたみたいだ。」
「そう、ちょっと待ってて。」
そう言うなり康子は近くの自動販売機で何かを買おうとしていた。俺は赤崎に近付き様子を見ていると、スポーツ飲料系のペットボトルを手に持ち、康子が近付いてきた。
「これを飲ませてあげて。」
「アクエリアスじゃん。何で?」
「いいから、ほら…。」
一口飲ませると赤崎はアクエリアスを奪い取り、一気に飲み干してしまった。
「ここまで酔ってる時はね、こういうスポーツドリンク系がいいのよ。」
「へー、何で?」
「よく理屈は分からないけど、酔ってる時って体中にアルコールが回ってるでしょ?だから体に水分を吸収させた方がいいのよ。」
「ふーん、なるほどね。」
「ところでさー…、一体二人で、どこで飲んでたの?」
「えーと、バ…、バーだよ。普通のショットバー。」
俺が誤魔化すと、康子の目つきが鋭くなる。こいつに付け刃の嘘は通じない。
「光太郎…。」
こいつが俺を呼び捨てにする時は、怒ってる場合だけだ。ここは素直に言うしかない。
「い、いや…、あの…、そのね…。」
「何よ?ハッキリ言いなさいよ。光太郎らしくないわよ。」
「久しぶりに会った知り合いだから希望通り…、その何ていうのかな…。お姉ちゃんたちがいる飲み屋へね…。も、もちろん、俺は付き添いで行っただけだよ。」
「そう…、ならいいわ。でもそれなら何で私のところに来ないの?」
「ほら、康子と俺にこいつが気を使いそうだろ?だから全然知らない所の方がいいかなと思ってさ…。俺、一人なら康子のとこ以外に行く訳ないだろ。行く必要もないしさ…。だろ?」
申し訳ないが、とりあえずここは赤崎のせいにしとく事にした。康子のプライドの高さはナンバーワンだけあって、非常に気高い。赤崎はボケーっとしながら、道端に座っている。
「おーい…、兄貴。大丈夫か?」
「く…、くそったれ…。」
「何、怒ってんだよ。大丈夫かよ?」
赤崎はグデングデンになりながらも、一点を睨みつけている。
「ちょっとー、光ちゃん。」
ここでキャバクラに俺が行こうと誘った事を康子にバラされても非常に困る。俺は赤崎の耳元で康子に聞こえないように、小声で話した。
「分かってくれよ。な?今、知り合いの女に合っちまったんだ。ここは俺にうまく話を合わせてくれよ。頼むよ、兄貴。なっ?」
赤崎は俺の声などまるで聞こえていない様子で、一点を相変わらず睨んでいた。
「い、泉の野郎…。クソが…。」
そうか、赤崎は女の事をあれからずっと引きずっていたんだ。こんなゲロまみれで何も分からない状況になっても、まだ女を恨んでいる。無理もないだろう。
「泉なんて、もうどうでもいいじゃねぇかよ。」
「ちょっと、さっきから何こそこそしてるのよ、光ちゃん。だいたい泉って誰よ?」
「状況を見てくれよ。今、こんなに酔っちゃってるだろ。」
「もう、こんな酔っ払いなんか、ほっといて私のマンションに行こうよ。」
「あのさ…、今日ね、こいつ一緒に住んでた彼女に浮気されたんだよ。そんな状態で放っておける訳ないだろ。そのぐらい察してくれよ、康子。」
「こんなに酔ってちゃ、一緒にいても仕方ないでしょ。少しぐらい、私に構ってよ。」
「この間も逢ったし、結構マメに接してきただろ?」
俺は康子の相手をしていてイライラしてきた。考えてみれば、もうこの女に媚を売って金をもらう事など必要ないのだ。
「いつもいつも、私はこれでも我慢してきたのよ。早く行こうよ。」
「うるせぇー。ここにいるの嫌なら、とっとと向こう行けよ。」
「何よ、その言い草は?私、今まで光ちゃんにいくらお金渡したと思ってるの?」
「うるせーよ、ボケッ。じゃー、おまえは今まで沢山の男にいくら貢いでもらったんだよ。自分の事ばっか棚に上げてんじゃねぇよ。すべての男がおまえの言いなりになると思ったら大間違いだ。」
康子の表情が切り替わり、険悪なムードに包まれだす。
「光太郎。あなた誰に口を利いてるか分かってるの?」
俺はセカンドバックから百万円の札束を一つ掴み、康子に投げつけた。
「キャッ。」
「これでもうおまえには貸し借り無しだろ?まだ何か文句あるか?」
「ちょっと…、妹さんの入院費がとか言ってて、何でそんなにお金を持ってるの?今まで私を騙してたの?」
「今までの金は返したろ?別に今まで騙してようが関係ねぇだろが。」
「ゆ…、許せない…。絶対に許せない…。結局、光太郎もホストと一緒だ。」
「おいおい、俺はホストよりも全然優しいぞ?あいつらは金を毟り取るだけだけど、俺はちゃんと金を返したろ?悪いけど一緒にしないでくれよ。それにおまえだって客から似たような事して、毎日金を絞り取っているじゃねぇかよ。」
ワナワナと体が震えるだす康子に構わず俺は続けた。
「もともとおまえに興味があって近付いた訳じゃない…。金だ。おまえなら簡単に金を引っ張れそうだったから近付いただけだ。」
「い、今まで私に掛けてくれた優しい言葉は嘘だったの…。」
「ほんとに馬鹿だなー…。嘘に決まってんだろ。おまえだって男どもにいつもしてる事だろ。それと変わんねぇって。」
言うだけ言って俺は赤崎を気遣う事にした。とりあえず汚れた服を着替えさせないと…。ゲロまみれになった赤崎を背中に担ぐ事にする。その時、俺の横っ腹に衝撃が走った。康子の方を振り向いて睨みつける。
「テ、テメェ…。」
「や、やだ…。わ、私…、私、知らないからね…。あんたとは関係ないからね。」
ビビッたのか、康子はその場から駆け足で逃げるように去って行った。
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