
2025/06/14 sta
2025/07/09 wed
前回の章
巷ではゴールデンウィーク真っ最中。
先日スナックあいだへ向けた記事を書いたが、もっと誰が見ても分かるようにしたほうが俺らしいかもしれない。
フェイスブックに当時あいだママをブロックした時のスクリーンショットの画像をアップした。
すぐ高橋満治から連絡が来る。
「何だかあいだから先日私に、向こうがブロックしたので、こちらも同じ報復をしましたとか、わざわざメールがありましたよ」
「ああいう気が狂ったのは相手にしないほうがいいですよ。まだ文句とか妨害してくるようなら徹底的に俺もやりますから」
頼むから同一線上に立つなと直接言いたいくらいだ。
そもそもあいだを始めに紹介したのは高橋である。
あんなキチガイにいつまでも関われては溜まったものじゃない。
電話を切ると、鳥の囀り声が聞こえてくる。
ヨーロピアン十姉妹のポーポが亡くなってから、ずっと一人寂しく過ごすチッチ。
「ごめんな、チッチ。一人じゃ可哀想だよな」
もう一匹飼おうとは思っていたので、私大通りにある浦木ペットショップへ顔を出してみた。
「あら、お兄さんいらっしゃい。この前の鳥はちゃんと埋葬しておいたからね」
「わざわざすみません。お手数お掛けしました」
「今日はどうしたんだい?」
店内を見回し、鳥のいるコーナーを眺める。
「餌を買いに来たんですが、ヨーロピアン十姉妹の雌一匹になってしまったので、もう一匹喧嘩せず仲良くできそうな子はいないかなと思いまして」
「うーん、錦花鳥だと喧嘩するかもしれないねー。同じ種類の十姉妹だったら大丈夫だと思うよ」
十姉妹の鳥籠を覗いてみた。
中に五羽の十姉妹がいるが、一匹だけ白い身体なのに頭の部分だけ黒い前髪が生えているような子へ目が行く。
何だか丁髷をしているみたいで妙に面白い。
「おばさん、この子は?」
「ああ、これは十姉妹でも梵天といって結構珍しいんだよ」
「梵天?」
「ほら頭の羽毛が梵天のように巻き上がっているでしょ?」
「この子って雄ですか?」
「雄だし、まだ生まれて二か月くらいだよ」
この子ならまだ幼いし、同じ十姉妹としてチッチとうまくやっていけるかもな。
「おばさん、この子下さい。大切に育てます」
名前はどうしようか?
黒い前髪の部分だけ見ると『子連れ狼』の大五郎そっくりで吹き出しそうになる。
丁髷がついているみたいに見えるから、髷だけ取って『マゲ』…、うん、これでいこう。
二千十四年五月三日、俺は新たに十姉妹の雄を飼い始めた。
早速部屋へ戻り、チッチのいる鳥籠へマゲを離す。
チッチに新しいお友達雄の十姉妹のマゲ。
驚きながらもチッチはマゲに近付き様子を用心深く伺っている。
慣れない環境にいきなり放り込まれたマゲは、所狭しと逃げ回っていた。
凄い嬉しそうなチッチ。
マゲの鳴き声がガラガラ声で可愛くない。
それでも不細工ながら可愛いらしさがある。
この子たちのお陰でとても癒やされ、キチンと面倒を見ないとと心に固く誓う。
チッチとマゲの仲良しな様子をしばらく眺めてから、外へ出掛けた。
散歩がてら食事も済ませよう。
以前山下公園から歩いて帰った時、偶然見つけて気になっていたお店がある。
横浜橋商店街を抜け、私大通りも乗り越え、川を渡って少し進むと、老舗の焼きそば屋『磯村屋』が見えてきた。
ここからすぐ近くに海の見える丘公園もあるようだ。
早速中へ入ってみる。
入口のすぐ先には大きな鉄板が置かれ、おばあさんが焼きそばを焼いていた。
もう一人のおばあさんはおでんの仕込みをしている。
地元川越の駄菓子屋兼焼きそばの『みどりや』を思い出す。
みどりやは太麺だけど、磯村屋は通常の麺を使っているようだ。
こちらのほうが広いが、横浜版みどりやといった感じだろう。
おでんまであるのが凄い。
メニューを見ると、一番高い三色焼きそばの大盛りでも四百円。
肉と卵とポテトが入っているようだ。
早速注文してみる。
そしておでんはすべて一つ八十五円。
大根が無かったので、ちくわぶと牛すじを頼む。
昔懐かしい雰囲気が最高だ。
本当に値段も安く良心的なお店。
焼きそばも各種サイズが小と大があり、一番安いもので二百五十円。
さすがに酒は置いてないが、ビンのラムネを始め、コーヒー牛乳やソフトドリンク系など種類もそこそこ豊富。
おでん二品とラムネも飲んで、会計六百九十円。
是非ともまた行きたいお店である。
仕事から帰るとペットの世話をして、それからトレーニング。
風呂に入ってからサンドイッチでも食べるかと料理を開始した。
薄めのトンカツを揚げ、スパゲティのペンネアラビアータを作る。
ツナサラダも作り、これを一つのサンドイッチにしたら凄いものができそうだなと感じた。
名付けてウルトラスパイシーデラックスカツサンド。
ベーコン、ツナサラダ、トマト、カツ、グリーンレタス、チーズ、アラビアータソースを挟んだ贅沢なサンドイッチ。
グラタンも作っておくか。
小麦粉を炒め、バターでペースト状にしていき、牛乳を加えホワイトソースも作り始めた。
ブイヨンを始め、調味料で味付けをしていく。
アルミホイルの皿へバターを引いて、ペンネアラビアータを底に。
素揚げした茄子とポテトを乗せて、上からホワイトソースをたっぷり掛ける。
チーズを乗せてオーブンで焼く。
茄子とポテトのスパゲティグラタンの完成。
残りはチーズまで乗せた状態のまま冷凍しておこう。
一通り片付けを済ませ、鳥籠を覗き込む。
一日経ってないのに、もうチッチとマゲは仲良しこよし。
巣壷の中で一緒に並んで過ごしている。
ポーポが亡くなりしばらく一羽で淋しく過ごしていたのだ。
マゲと仲良くなって何より。
二千十四年五月五日の朝五時過ぎに大きな地震が起きる。
「うわっ! 凄い揺れですね」
キャッシャー室にいた平田も飛び出してきた。
俺は一応入口のドアを開けておく。
幸い店内には客がいなかったので、俺たち二人だけの安否を気遣えばいい。
縦揺れで長く続いたから、ひょっとしてまた東日本大震災の時のようになるのかと心配をしたほどだった。
治まるとインターネットで調べてみる。
多摩辺りの都内だと震度五弱あったようだが、津波の心配はいらないらしい。
横浜は海沿いなので、もし津波が来たら真っ先に被害を受けるだろう。
せめて大惨事にならぬよう祈るぐらいしかできない。
「ようやく治まりましたね。平田さん、イタリーノでも食べますか?」
「いや、今日は止めておきますよ。ほんと岩上さん、イタリーノ好きだなあ」
仕方ない。
どこかで食べてから帰るか。
仕事を終え店を出ると、たまにはどこか違うところへ寄り道するかと思い、関内駅から横浜駅へ向かう。
西口を出て探索していると『出会い系カフェ キラリ』という看板が目に入る。
何だ、この店?
入場するのに二千円掛かり、中に女の子がいるので指名して個室で話せる場所らしい。
まったく経験が無かったので、とりあえず入ってみる。
パソコンや雑誌、ドリンクサーバーが設置された部屋があり、中には七名くらいの女の子たちがいた。
男性陣はマジックミラー越しに外から様子を眺め、気になった子を店員に伝えて個室へ行くシステムのようだ。
風俗と違うのは個室でいやらしい事をする訳ではなく、一緒に食事へ誘うやデートをするなど様々な交渉をする。
お互いの話が合えば外に出れ、その時プラスで契約成立料として店へ二千円払うシステム。
勝手がいまいち分からないが、メガネを掛けた地味そうな黒髪の女を指名して、個室へ呼んでみた。
近くで見ると顔立ちも中々整っていて、もう少し赤抜かれば結構美人な女になりそうな感じである。
「何歳なの?」
「二十二歳です。今日はどういった用件でいらしたんですか?」
「小腹減って横浜駅付近を歩いていたら、何だこの店と思って入ってみたの」
「食事と言う事ですか?」
「うーん、そういう事になるのかな? 君、お腹は?」
「じゃあ行きますか?」
「そうだね」
キラリの店員へ外に出る事を伝えると、驚いた表情で話し掛けてくる。
「え、もう女の子と決まったんですか? 入って五分も経ってないですよね?」
「は? 何か駄目だったの?」
「いえいえ、中々こんな風にならないのでビックリしただけです」
「女の子と出る時は二千円払うんだっけ?」
「は、はい」
俺は財布から二千円を取り出して渡す。
こうして名前も知らないメガネ女と共に食事へ行く事となった。
横浜駅周辺て全然詳しくないんだよな……。
女連れで松屋や吉野家へ行く訳にもいかない。
「何か食べたいものはある?」
「うーん…、私は何でもいいですよ。お兄さんに合わせます」
「お兄さんねー…。俺、もう四十二歳だよ?」
「え、見えないですね! 三十半ばだと思ってました」
「まあどう見えようと四十二年間生きているのは変わらないからね。この辺詳しくないからさ、どこか知らない?」
「うーん…、東口なら……」
「こっち西口だよね? とりあえず案内してくれる?」
妙な会話から俺たちは東口へ向かう。
歩きながらあのキラリにはよく通っているのか聞いてみる。
「たまにですよ。今彼氏がいる訳でもないので」
横浜駅東口からすぐそばにあるスカイビル。
そこの二十八階にレストラン街があると言うので行ってみた。
「入りたい店はある?」
「お任せしますよ」
たまたま目に付いたメキシカンレストランへ入ってみる。
二十八階…、浅草ビューホテルの時もKDDIの時も同じ。
奇妙な縁すら感じた。
初めて眺める窓の外の景色。
しかしこの高さには過去慣れがあるので感動も無い。
酒と適当に料理を注文する。
メキシカン料理がどういうものかすら分からないので肉系のものにした。
「青いマニュキア塗ってんだね」
「ええ、エメラルドブルーといってこの色、私結構好きなんですよ」
あまり食べていないので、どうしたのか聞いてみると「実は和食とかさっぱり系のほうが好きなんです」と答える。
「何だ、最初に言ってよ。それならいい和食の店知っているからさ」
この店を適当に切り上げ、タクシーを拾い野毛へ向かう。
行き先は当然ぽあろ。
中へ入ると、高橋満治が一人で飲んでいた。
「あれ、岩上さん。よかったら一緒に飲みましょうよ」
「いや、すみません。今日は連れがいますので」
前回このパターンで敦子と関係が終わったので丁重に断る。
「何を食べたい?」
「焼き魚がいいですね」
「水木さん、何か焼き魚もらえます?」
以前増山敦子と来た時同様、あえて嫌がる注文をしてみた。
「うちは焼き魚なんて……」
「焼き魚って言ってんだろ? 新鮮な魚を焼いて出せばいいじゃねえかよ」
低い声で静かに言った。
不服そうな顔で水木は料理を始める。
コイツは何を勘違いしているのだ?
これだけ通っている客に対しての対応ではないだろう。
気分を害し、軽く飲んで店を出る。
「そういえば名前すら聞いてなかったね」
「ひとみです」
「まだ時間大丈夫? 七十を越えたバーテンダーがいるバーがあるんだけど行きたい?」
「え! 凄く興味あります」
「じゃあ、次はそこへ行こうか」
タクシーをまた捕まえてアポロへ向かう。
ひとみは歌を唄うのが好きなようで、カラオケに行きたいと言い出す。
カラオケなんて久しく行っていないしな……。
有馬梨奈のエンジェルならカラオケもできるか。
「梨奈さん、どうも。ちょっとだけ飲みに来ましたよ」
彼女は俺が若い子と一緒に来たから驚いている。
俺はひとみに梨奈がもの凄い上手い歌手でもあると説明。
一曲唄ってくれるようお願いし、梨奈の美声を聞く。
あまりの迫力にひとみは圧倒されたようで自分が唄う事すら忘れていたほどだった。
時計を見ると深夜零時を回っている。
ん、ヤバい……。
横浜駅のメキシカンレストラン、ぽあろ、アポロにエンジェルと四軒も梯子をしたのだ。
仕事まであと四時間も寝れないではないか。
楽しい時というのは過ぎるのが本当に早く感じる。
会計を済ませ外へ出た。
「ごめんね、こんな時間まで」
「あ、あのー……」
「ん、どうした?」
「一応こうして食事とか行った場合、お小遣いを他の人からはもらっているんですけど……」
「金が欲しいのね」
俺は財布から一万円札を取り出しあげた。
まあこの子も商売女みたいなものか。
俺はそのままひとみの唇を奪う。
金を払って抱くのはいまいち好きではないが、この子がそれを望むなら仕方ない。
そのまま近くのラブホテルに入り、仕事前までひとみを抱いた。
世間ではゴールデンウィークも終わり、何故か携帯電話の画面がいきなり壊れたようだ。
様々な色の縦線が画面に出るだけで、携帯電話としての機能をはたしていない。
これじゃ連絡が来たとしても、誰からかまわるで分からない状態だ。
文明の進化に逆らい、これを機に携帯電話を持つのを辞めてみるか。
とりあえず俺に用事がある人がいると困るので、フェイスブックで携帯電話の故障により用がある人はパソコンのメールかフェイスブックのメッセンジャーへ連絡をと告知しておく。
早速インターコンチの森田からメッセージが届いた。
何でもホテルの総支配人と近くにいるから一緒に飲まないかという誘い。
まだインターコンチネンタルホテルには行った事が無いが、総支配人もいるなら知り合いになっておいて損はないだろう。
夜の八時にバーのアポロで待ち合わせをする。
本日高橋満治は大事を取ってお休みするらしい。
森田の話では過去心臓系の病気で入院した事もあるようだ。
店の前で待ち合わせ、階段を上がる。
「こちらが総支配人の大貫さんです」
「はじめまして、岩上です。自分も若い頃浅草ビューホテルにいたので、接客業の大変さは理解できますよ」
お互いの自己紹介を済ませ、酒と料理を注文した。
七十歳を過ぎても尚健在なバーテンダーチャンさんは満席になっても、一人でホール内をテキパキこなす仕事ぶりが凄い。
ピザ二枚、パスタ二皿を頼んだが、ここの料理はどれも美味しい。
いつも何軒目かに来ていたので、キチンと食事をするのは初めてだった。
「総支配人になると、安月給のホテルでもそこそこいいんじゃないですか?」
「いやいや、残業代なんてサービス業は出ないし、本当カツカツですよ」
会計の際、大貫が金を出そうとしたので俺が制した。
「初めてだし、ここは俺が出しておきますよ」
いずれ大事な女ができた時、インターコンチネンタルホテルの総支配人へ恩を売っておくのも悪くないだろう。
そんな思惑があった。
「岩上さん、次はスーちゃんのレシエン行きませんか?」
森田のリクエストにより優美のバーであるレシエンへ向かう。
道を歩きながら大貫が奢られたのをしきりに気にしていたので、俺はスーツの右側の内ポケットから予備の財布を取り出し中身を広げて見せた。
右側の財布には百万円の札束、左側の通常使う財布には四十七万入っている。
「うおっ! ほろ酔いだったのが現実に引き戻されました」
目を丸くして驚く大貫。
毎月横浜の店での給料が三十万後半から四十数万。
月に一度新宿で酒井さんからポイント代の副収入で十数万から三十数万が入ってくるので、だいたい百五十万以上の金額になると、部屋へ残りをタンス預金するようにしていた。
俺も酒が入っていたので少し悪ノリしていた。
二軒目のレシエンでも大貫と森田へご馳走し、出勤時間になったのでそのまま仕事へ向かう。
二人は別れ際しきりに頭を深々と下げていた。
仕事終わったら、新しい携帯電話を買わないといけないな。
最近飲み続けて徹夜でそのまま仕事というパターンが多い。
少しセーブして反省しないといけないな。
仕事帰り新しい携帯電話を購入。
お昼に横浜橋商店街大通り公園側入口にある豊野へ寄り天丼を食べる。
相変わらずここの天丼はボリュームが凄い。
部屋へ戻ると鳥の世話。
中に入れてある水や餌を入れ替え、糞だらけになった床も奇麗にした。
それにしても梵天十姉妹という珍しい種類で基本的に頭の部分がボワボワとなっているのに、マゲは前髪だけ坊ちゃんのようになっている。
短い数本の黒い毛が立っていて、それが丁髷のように見えるのが本当に面白い。
写真を何度か撮っても、マゲの丁髷の部分がいまいち分かりづらい。
映像なら見えやすいかもとマゲとチッチを撮る。
部屋で寛いでいると、またインターコンチの森田から連絡が入った。
飲みの誘い。
今日も仕事なのでと断ると、先日行ったアポロで少しだけどうですかと言う。
あの店なら徒歩五分程度なので了承した。
到着すると、店内では森田と高橋満治が飲んでいる。
またダラダラと何軒も付き合うのはごめんなので、予めここ一軒だけと始めに伝えておく。
前回食べたゴルゴンゾーラチーズのパスタ。
カルボナーラに似たスパゲティで、とても濃厚で美味かった印象があったのでもう一度注文してみる。
アポロは奥の見えない部分で専用の厨房があり、バーレストランと謳うだけあってメニューも豊富だ。
ついでに和食のぽあろの水木の件で高橋へ話を振ってみる。
「高橋さん、俺そんな失礼な真似をする客ではないですよね?」
増山敦子や前回のひとみを連れて行った時の水木の態度。
思い返すと、どう考えても向こうがおかしいと思う。
「ええ、岩上さんならどの店へ連れて行っても問題ないくらいマナーもしっかりしていますし」
「和食の店でマグロの刺身や焼き魚を注文するのって、おかしいですか?」
「あ、水木さんところですか? おかしくはないですが、あそこは新鮮な魚を提供するのが売りじゃないですか。彼のこだわりもあるので」
「基本的に俺は寿司屋に行ってもマグロの赤身しか食べられないんですね。だからマグロが欲しいと注文したり、火を通した焼き魚と言っているのに、うちはそんなものを注文する客はとか少しズレていますよね? 高橋さんがあの店を応援しましょうと言うから、俺も気を使ったつもりで通っていましたが」
「きっと水木さんも悪気があって言ったつもりじゃないですよ」
連れの女性の前で恥を搔かせるような言い方をして、悪気が無いとは言い方が変だ。
少し話して理解したのが高橋は、自分の知り合いだと悪い部分でも庇う。
「岩上さん、次は……」
高橋の梯子癖が始まったので、仕事だからと丁重に断り店を出た。
連日仕事前に何軒も酒を飲んでいるなんて、その内身体を壊してしまう。
帰ってから久しぶりに弁当を作った。
茄子と豆腐の調合味噌炒め、モヤシとニラ炒め、牛焼肉、コロッケ、目玉焼き、ご飯は麦を入れて麦飯にしてみる。
同じ番で働く平田の分も作り、職場へ持って行く。
「岩上さん、またいいんですか?」
喜ぶ平田。
「いいも何も食べてくれないと、俺二つも食えないから困ります」
「ありがたく頂戴します」
遅番での平田との人間関係は中々良好だ。
夜中の三時過ぎなので、客は誰もいない。
インカジは客が来るのを待つ商売なので、暇なら暇で仕方がないのである。
この店の初期に一年ほど田村の駄目オヤジに無償で毎日弁当をあげたが、辞める最後の時に人の作った料理を「出た! メタボ弁当」と笑いながら抜かした事を思い出す。
今になっても苛立ちを覚えた。
あの駄目人間田村と違い、平田は感謝してくれる。
俺は良かれと思っての好意だから、それだけで充分満足した。
廊下を人が通った時のチャイムが鳴る。
入口のドアの上に設置された監視カメラのモニタへ目を向けると、誰かが店に近付いてきてドア前で突然下に消えた。
またヤクザ客の誰かが悪戯でしゃがんだのだろうと思い、入口のドアを開けようとする。
だがドアは開かず、向こうから力を入れて押さえている感じがした。
少し力を入れようとすると「お願いです! 待って下さい!」と女性の声が聞こえる。
お願いしますも何も、営業時間中入口のドアの前にこうして座られては邪魔なだけ。
力を込めて強引にドアを開く。
床に液体が広がっている。
それを見た瞬間、この女、店の前で小便してやがるなとすぐ察知できた。
向こうもまさか営業中とは思っていなかったのだろう。
まだ下着も下ろしたままだと思い、武士の情けで少しだけ待つ。
頃合いを見てドアを開き「何をしているんだ、おまえは?」と冷たい声で言った。
キャバ嬢風の女が立ち上がり「お金払えばいいんですよね」と怒った顔で逆切れしている。
営業中の店のドアの目の前で座り小便をしときながら、第一声がこれかよ……。
年齢で言えば二十代前半、キャバクラか風俗嬢のどちらかだろう。
「おい…、おまえはどういう教育されてきたんだ?」
さすがに怒鳴りつけた。
「え?」
「『え?』じゃないよ! 今うちは営業中だし、当然中にお客さんだっている。それをこんな事しといてお金を払えばいい?」
「す、すみません……」
俺は使用済みのおしぼりが入った籠ごと放り投げると「自分で掃除しろ」と命令した。
こんな馬鹿な女、新宿歌舞伎町でも見た事がない。
実は小便をところ構わずする女って、これで三人目。
朝方まで上の階にあるホストで飲み、終わってからプライベートで会う為に何故かうちの階まで降りてきてホストが来るのを待っている馬鹿女。
途中我慢できなくなるのか、階段の踊り場でそのまま小便されたり、今回のようにドアの目の前でしたり……。
楽して下手な男より金を稼ぐ女は、大抵このように非常識で出来が悪い。
仕事上でチヤホヤされてしまっているので、モラルというものが欠け過ぎているのだ。
ホストで金を使う為に自分の身体を売ってまで金を作る馬鹿な女。
新宿時代は見ていると、そんな若い馬鹿女が多い。
俺が過去働いた新宿の店で、そのようなホスト狂いな女を散々見てきた。
変に懐かれ相談があるというから話を聞くと、今貢いでいるホストがどうとか、金を貸して欲しいの二択。
時間が経って久しぶりに見ると、子供ができて産んだまではいいが、肝心の相手がホストを辞めてくれないので…と、結婚暦無しのシングルマザーになっているのが大半。
外見だけ着飾った中身がスカスカの男に惚れる馬鹿な女の図式。
日本の政治家たちはこういう闇の部分って全然分かってない。
国自体でいつか改善していかないと、この先どんどん大変な事になるんじゃないかなって常に思う。