ジェシル 危機一発！ ㊿

「わたし？」高く持ち上げられたジェシルは苦しそうな顔でオムルを見下ろす。「どう言う事よ！」
「お前はあちこちに恨みを買い過ぎたんだよ」
「宇宙パトロールの捜査官なんだから、煙たく思うヤツらが居たって当然じゃない！」
「ははは……」オムルは相変わらず馬鹿にしたように笑う。「ジェシル、お前を煙たく思うのは組織だけじゃないんだぜ」
「……意味が分かんないわ」
「公然の秘密だが、パトロール内にも組織と通じている連中はいる。そいつらも合わせてお前に恨みを持っているのさ」
「悪を滅ぼすのが宇宙パトロールじゃない！」
「ジェシル、お前はまだまだ青いな」オムルはジェシルの胸倉を締め上げる力を増した。ジェシルが苦しそうにうめく。「悪と善とは持ちつ持たれつなんだよ。とにかく、お前はやり過ぎたんだ。善悪の秩序ってのに、お前は邪魔なんだよ」
「オムル、じゃあ、あなたは……」
「そうさ。オレは頼まれて相手を仕留める。早い話が殺し屋だ……」
「屑野郎ね！」
　ジェシルは言った。オムルはむっとした顔をしながら締め上げる力をさらに増した。ジェシルは苦しそうに咳をした。
「ひどいことを言ってくれるじゃないか、ジェシル……」オムルは笑う。「いつもオレに笑顔を向けてくれていたじゃないか」
「気の毒だって思っていたからよ！　こんな屑野郎って知ってたら、絶対しなかったわよ！」
「気の毒か……」オムルの顔から笑みが消え、ジェシルを睨みつけた。「お前みたいに、優秀で、貴族出身で、恵まれた環境の捜査官にはわからないだろうな」
「何言ってんの？」
「オレのような特に目立つところも無い普通の捜査官にはな、苦労しかないんだよ！」オムルは声を荒げた。「オレは現役時代から、その筋のヤツらに情報を流して小遣いを稼いでいた。結構稼いでいたよ。何しろパトロールの給料は安い。そのくせ命がけだ。釣り合いが取れないからな！」
「そんな……」
「お前にはわからないだろうさ」
「じゃあ、どうして宇宙パトロールになんかに入ったのよ！」
「最初は志しがあったさ。だがな、段々と思い知らされたんだよ。オレは大して能力の無い、その他大勢だってな」
「だからって、裏切り行為に走らなくても良いじゃない！」
「ははは……　結構いるんだぜ、そっちと通じて、色々と便宜を図ってもらっている現役どもがな」
「最低……」
「何とでも言うがいいさ。……しかし、オレは事故に遭った。途端にオレの需要は無くなった。組織はオレに振り向きもしなくなったんだ」
「悪運が尽きたのよ！　テデムスの神のお怒りよ！」
「ふん、信仰心の欠片も無いお前が言っても、ちっとも響かないぜ」オムルが馬鹿にしたように言う。「お前なら、平気でご神体だろうが神殿だろうがぶっ潰すだろう？」
「まあ、そうだけど……」
「サイボーグ手術を受けてまで現役に戻る気はなかった。元々、捜査官に向いてなかったしな。こんなからだになって、組織とも切れて、生きる気力も無くなった。だがな、何の気まぐれか、パトロールがオレにこの仕事をくれた。資料室の管理人さ。温情のつもりだったんだろうな」
「イヤだったら、断ればよかったじゃない」
「断るだ？　とんでもない！」オムルは笑い出した。ジェシルを締め上げる力が増した。「宇宙パトロールみたいなお役所はな、人を外見や経歴で判断しやがる。その経歴も書類に書かれている事だけしか見ようとしないのさ。だから、平凡で劣等生のオレには、ちょうど良い仕事だと判断したんだろうさ。馬鹿野郎どもだよな」
「上層部が馬鹿野郎なのは認めるわ。でも仕事もらったのに、そんな言い草は無いんじゃない？」
「オレはこう見えて、コンピューターの扱いは人並み以上なんだぜ。証拠が何も残らないようにして、メインコンピューターからいくらでも情報を引き出すなんて、簡単な事さ」オムルはデスクの上の電子雑誌を読んでいた端末を顎でしゃくって見せた。「あれで色々とやってたのさ。楽だったぜ。誰も来ないんだからな。まあ、お前が来た時だけは電子雑誌を読むふりをしてたがな。用心のためにな。何しろ優秀な捜査官様だからな」
　オムルはさらにジェシルを持ち上げた。天井に頭が付くほどだった。締め上げる力も増し、ジェシルが苦しみでうめく声も強くなる。
「おい、まだ、気を失うんじゃないぜ」オムルは残忍な笑みを浮かべる。「こんなに話すのは本当に久しぶりなんでな。もう少し付き合ってもらうぜ。話し飽きたら、その時は死んでもらうよ」


つづく