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ブラックメルヒェン その25 「サンタクロースの孫娘」

2019年12月25日 | ブラック・メルヒェン(一話完結連載中)
 ジョンは窓ガラスをコツコツとしつこく叩く音で目が覚めました。
 ……なんだよ! 今何時だと思ってんだ! むっとした顔でジョンはベッドから上半身を起こしました。それから気が付きました。
 ……おい、待てよ。ここは二階だぞ!
 ジョンはベッドから転がるようにして抜け出すと、庭に面した窓を見ました。カーテンの閉まった窓から、確かにコツコツと叩くがしています。この窓にはベランダはありません。まっすぐな壁になっているだけです。
 ジョンは震える手をカーテンに掛けます。……幽霊か? それとも、宇宙人か? まだ高校生に成り立てのジョンには他の考えは浮かびませんでした。
 意を決して、さっとカーテンを開けました。
「あっ!」
 ジョンはびっくりして声をあげました。
 窓の外に、白の縁取りをしたい赤いふわふわしたオーバーを着て、同じく赤いふわふわした帽子をかぶった、ジョンと同じくらいの年ごろの女の子が、上下にふらふらと揺れながら、軽く拳を握ったままでいる姿がありました。いきなり開いたカーテンのせいか、女の子もびっくりした顔をしています。女の子はすぐに気を取り直し、窓ガラスを叩き始めました。反対の手で窓の鍵を指し示し、外すようにと言っているようです。
 ジョンは鍵を開け、窓も開けました。あまりにも無防備だって言うんですか? でも、理由があるんです。それは、女の子が可愛い娘だったからです。可愛いは、この年ごろの男の子には正義なんですよ。
「ふ~っ、ありがとう」女の子は窓から入って来ると、右手で自分の顔を扇いで見せました。「いくら外が寒くっても、こんなんじゃ暑くてたまらないわ……」
 女の子は膝丈まであるオーバーを脱ぎました。脱ぐと、光沢のある赤いミニのワンピース姿になりました。すらりと伸びた腕と脚が、ジョンをドキリとさせます。
「……あの……」ジョンは女の子の太ももを凝視しながら言います。こんな間近で見るのは初めてでした。「君、誰?」
「誰って……」女の子は呆れた顔でジョンを見つめます。それから笑い出しました。「あははは! 誰って、分からない? この時期に赤い服を着て家々を回るって言ったら、もう決まっているじゃない!」
「この時期……」ジョンはカレンダーを見ます。それから驚いた顔を女の子に向けました。「え? じゃあ、まさか、サンタクロース?」  
「そう、その通りよ」女の子は胸を張りました。豊かなふくらみが強調されます。「ま、正確に言うと、サンタクロースの孫娘ってところかな」
「……そうなんだ……」
「あ、疑ってる!」女の子はぷっと頬を膨らませると、窓の外を指します。「見てごらんなさいよ! トナカイのそりが浮かんでいるから!」
 ジョンはちらと外を見ます。室内を覗き込んでいるトナカイの一頭と目が合いました。トナカイはにやりと笑いました。
「……わかった、わかったよ。君はサンタクロースの孫娘だ……」
 ジョンが言うと女の子はにっこりと笑います。……可愛い。ジョンは思いました。その一点で、すべての理不尽な事は払拭されます。
「それで、どうして孫娘の君が?」
「そんな言い方やめてよね。わたしはエリーズって言う名前があるのよ、坊や」
「ぼくだって、ジョンって名前があるんだ!」
「あら、そう? じゃあ、ジョン、あなたにプレゼントを持って来て上げたわ」
 エリーズはそう言うと窓まで行きました。窓の外のそりに乗っている袋の口を開け、綺麗にラッピングされた長方形の箱を取り出します。それを持ってジョンの前に戻りました。
「はい、これ」エリーズは無造作にジョンに差し出しました。「あなたがサンタクロースを信じようと信じまいと、プレゼントは渡さなきゃならないの」
「サンタなんて、どうせ親が夜中に枕元の靴下に出来合いのプレゼントを押し込んでおくものだと思っていたよ。ま、ぼくの家じゃもう何にもやらなくなっちゃったけどね」
「そう、ここ何十年とそうなっているんだけど、本物のサンタクロースにプレゼントをもらえる人もいるのよ。だんだんと少なくなっているんだけど」
「じゃあ、何でぼくの所へ? ぼくは、信じていない側の人間だけど…… それに、どうして孫娘が配って回るんだ?」
「実はね、このままじゃ、サンタクロースが存在しなくなっちゃうの。みんなが望まないものは消えるしかないでしょ?」
「そんなに信じない人が増えているんだ……」
「そうなのよ。そこで、今年はサンタクロースが配り回る姿を見せようってことになったわけ。本物がいるんだぞって見せつけるためにね。サンタクロース協会で決まったの」
「そんなのがあるんだ……」
「当り前じゃない! 一人で世界中回れるわけないでしょ! 頭悪いわねぇ……」
 ジョンは憮然としました。でも考えてみれば納得できる話です。世界中を何人ものサンタが忙しく飛び回っている姿をジョンは思い描きました。
「でも、君は孫娘……」
「そうなのよ。この区域担当のサンタクロースが風邪ひいちゃって。わたしのおじいちゃんなんだけどね。それで、どうしてもって言われて、代理でやってるの」
「大変だね……」
「そう、大変なのよ! そりだってまだ十分に扱えないし、今は煙突のない家がほとんどで、こうやって窓を開けてもらわなくちゃならないし、煙突があったらあったで、全然掃除してないから入りたくないし…… 真っ黒になんかなりたくないわ!」
 エリーズはぷんぷんと怒っています。……怒られてもなぁ。ジョンは思いました。でも、確かに大変そうだと同情しました。
「じゃあさ、ぼくに何かできることはないかな?」
「えっ!」エリーズは驚いた顔でジョンを見つめます。しばらくすると、エリーズの目から涙が溢れてきました。「……ありがとう…… 強がっていたけど、本当は心が折れかかってたの……」
 エリーズは、すんすんと泣きながらジョンの胸に顔を預けます。ジョンは、以前見た映画のワンシーンを思い出しながら、ぎごちなく腕を上げてエリーズの肩をぽんぽんと軽く叩きました。
「じゃあ、配るのを手伝ってくれる?」エリーズは顔を上げ、ジョンを見つめます。「まだまだ残っているんだけど……」
「ああ、お安い御用さ!」ジョンは力強く言いました。「着替えるから、外のそりで待っていてくれ!」
「ありがとう……」エリーズは窓から出ながら振り返ります。「外は寒いから、暖かくするのよ、ジョン」
「ははは、ママみたいな言い草だな」
 ジョンはいそいそと着替えを始めました。
「ホー、ホー、ホー」そりに座ったエリーズはトナカイの背を軽く叩きながら小さく笑いました。「協会の提案通りじゃな。ちょっと可愛い娘ちゃんに化ければ、男って言うのは扱いやすいものじゃ。そうじゃ、今は地上は男女平等とか言っておるからな、来年はイケメンの孫にでも化けて女も配達に使うってのはどうかと、協会に提案してみるか……」
 エリーズは、いや、エリーズに化けたサンタクロースは、勇んで窓から出てきたジョンに、飛び切りの笑みを向けました。

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